火星開発 PLANT-0
ここは火星。西暦が一万年を超えた夏……。
人類は、火星開発を進めていた。七十年前に出会った、同じ天の川銀河の宇宙生命体たちと共に。
そして、今、火星のドーム型都市では、火星特有の酸素気団で地上に風が吹く。
赤井仁美は空中庭園から、赤い大地を見下ろしていた。
――赤だ。
そして、少し微笑んだ。
この時代、日本人は、進化をし、黒から茶、そして赤色へと髪と虹彩の色を変化させた。
ここは、火星唯一の一般開放されている、植物プラント。人類の背より高い植物も多々、存在している。よって、上下左右全て緑色だ。
仁美の後方で、自動ドアが開いた。
「植物好きなのですか? もう閉園の時刻を過ぎていますよ」
宇宙生命体の青年が入って来た。彼は、ルーン=カーディ。植物学の学者だ。
「あ、すみません」
彼は、この空中庭園の管理をしている。特殊メガネとイヤホン姿が特徴的だ。
「あの」
「何か?」
彼はきょとんとする。
「大変ですか? 人類の可視光線の範囲に合わせてメガネかけるのって」
「いいえ、まったく」
彼は、きっぱりと答えた。
「そうですか」
「でも、……」
ルーンは少し躊躇って言う。
「人類が青色に見える時、私たちは、赤色に見えるので、火星にいながら地球の赤い夕焼けが見えると思うと、少し興味深い」
彼は微笑んだ。
「もしかして、地球に行ったことが?」
仁美は尋ねる。
「ないです」
彼はそう答える。そして。
「それより、もう閉園です」
「あ、そうですね……」
火星学園高等学校進学コースの教室。
「わぁ。酸素気団があんなに近くに」
「見せて見せて」
「綺麗な青」
生徒がざわつく。
――放課後、あの酸素気団まで、フリー・ランニングしちゃおうかな。
火星は、重力が地球の三分の一である。よって、フリー・ランニングに適している。
仁美は笑顔で窓の外を見つめた。
放課後。
「わぁ」
――すごく高いところまで来ちゃったな。
――あのブルー・タワーがあんなにきれいに見える!
ブルー・タワーは、火星開発のシンボルとして建設された。
――ん?
仁美は何かに気付く。
「あ!」
――あんな所に科学者さんがいる!
――今度は麦の検査かな?
「よし、行こう!」
彼女はフリー・ランニングで降りて行く。しかし、着地に失敗。麦畑に着地してしまった。
――しまった!
「何やっているんですか!」
ルーンは怒った。
「あ、その……」
「ここの麦に何かあったら、どうするつもりだったんですか! ここは、今火星にいる人類と私たち、皆の食料をまかなっているんですよ!」
次の瞬間、ルーンは、はっと我に返った。
「すみませんでした。麦を倒した分の金額は、バイトしますので」
「えぇ、頼みます」
仁美はそう言うと、去って行った。
――人類など、好きではない。
――両親も、同じく。
ルーンは下を向いていた。
一時間後。研究室。
――しまった、言い過ぎたかな。学生に。
ルーンは片手で頭を押さえていた。
「ルーン」
「何ですか?」
同僚の声に振り返る。
「地球にいる君の祖父から電報だ」
「ありがとう」
ルーンはそれを受け取った。
――私宛てに一体、何だろう。
『お前の父が息を引き取りました。 祖父より』
――地球に行ったまま?
「……」
――詳細が書いてない。なぜ死んだ!?
ルーンは席を立ち、走り出す。
「主任?」
同僚はきょとんとしていた。そして、窓の外を見る。
「雨だ」
ルーンは雨の中を走って行く。
「どうして今になって」
――地球への連絡部署は、確か……向こう。
「科学者さんですか?」
ルーンは立ち止まる。そして、声のする方を見た。そこには仁美の姿があった。
「どうされたのですか? 今日は、午後からずっと雨ですが」
仁美が心配そうに尋ねる。
「え」
――そうか、地下の氷を溶かし始めたんだった。
火星は、地球と比べて太陽から遠い分、惑星全体の温度が低い。よって火星では、これからの本格的な火星開発の為、惑星全体の温度を上げようと地下の氷を溶かして、氷中の二酸化炭素を火星中に行きわたらせようとしていた。
「先ほどは、すみません。怒鳴ってしまい」
ルーンは謝った。
「私もすみませんでした」
仁美は頭を下げた。すると。
「実は、人類が嫌いで……」
ルーンは胸のつかえを話した。
「父親は、地球に行ったきりだったので」
「私もですよ」
仁美は微笑んだ。
「寂しい事、少しぐらいなら。実は、祖父の代から火星で暮らしているんです。祖父は、火星開発の技術者だったので。だから、私、人類なのに地球の事は資料でしか見た事なくて」
彼女は苦笑した。
「あ、すみません。私の視野が狭かったのですね」
ルーンは申し訳なさそうにした。
「あ、えっと、そんな事は……」
ルーンは眼鏡を外した。
「今度こそ、地球へ行くべきですね」
彼は夕日を見て立ち尽くした。
――赤い夕日、見えるのが羨ましいな。
仁美は青い夕日を隣で見ていた。
雨は、君へと拍手を送る。傘を差して意思表示をすれば……。
その後、雨は降り続け、二酸化炭素は火星を覆い、温室効果で火星を地球並みに温めた。