第5話 ネムネム・悩み
『皆さん、時は来ました。遂に御出でになされてます。我らが教祖“ネムネム様”!』
『ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!』
『ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!』
『ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!ネムネム!』
100人を超える大勢の人が声をあげて謳った。すると上空から1人の男が降りてきた。
「皆さんはこの社会に不満を持っているのですね。でも大丈夫。私には力があります。そして皆さんに、この力を分け与える事ができます。私の名はネムネム!貴方達の言う神です。」
学校ではいつも2人が人気者になっていた。今日もサイコのクラスの真ん中で、女子が話題にしている。
「ねえねえ、“Asutoro boy”の活躍観た?」
「観た観た。“Flash girl”もメッチャカッコいいよね。」
そんな話をしている生徒の中に1人、サイコを見ている少女がいた。
「ねえねえ“マナミ”!聞いてる?」
「なにサイコ君ばっか見てんの?」
そうモブの少女たちが話かけると、マナミと呼ばれた少女は静かに口を開いた。
「ねえ、この前の山の汚染問題のニュース見た?」
「なにそれ?」
「最近はエビの怪物をぶっ倒したニュースしかやってなくない?」
「そう、ありがとう。」
マナミと呼ばれた少女はつまらない顔をしてクラスを去った。
(この前のニュース、出てた顔は絶対にサイコ君だった。)
彼女の名は“神楽マナミ”、サイコのクラスメイトである。マナミは求めていた、常人には引き出せない力を。そして“超能力研究部”を作ったが、部員は自分1人。いわゆるボッチであった。
帰り道の途中、サイコを見かけた。両手を構えて何かブツブツ言っている。
「ちょっとサイコ君、何やってるの?」
「ああ、えっとマナミさん。今、その…。」
サイコは少し口を噤んだが、少し考えてから口を開いた。
「悪霊と戦ってるんだ。良い事パワーが少し足りなくて、手こずってるけど。」
「悪霊?」
マナミは周りを見渡した。しかし何もいない。普段のマリならただの頭おかしい奴と思うが、今日は違った。
「サイコ君、私にも見える様にできる?」
「え?まあ、一応。」
サイコは片手をマナミに向けた。その瞬間、マナミの視界は真っ白になり、少しすると元に戻った。いや、少し違う、サイコの前に何か見える。白装束を着て、ケツアゴで、バットを持って浮いている変な奴だ。
「サイコ君、これが悪霊?」
「そう。でも低級だから取り憑かれても大丈夫。バナナの皮で滑るくらい。」
『ケッケッケ!ただならぬ気配を感じて憑こうとしたが、まさかエスパーだったとわな。』
悪霊がなんか言ってる。
「サイコ君、倒せないの?」
「いや、さっきまで良い事パワーが足りなかったけど、今ちょっと溜まったから。えい!」
『くわばら!』
悪霊が弾けとんだ。
しばらくしてマナミが話しかけた。
「……あのさ、サイコ君は本当に超能力者なの?」
「うん。」
「その事、他に知ってる人いるの?」
「1人だけ。」
「知られたくないの?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ。でも、みんな知ったら驚くし、迷惑になるから…。それが怖いんだ。」
「…じゃあさ、なんで私には教えてくれたの?」
サイコはハッとし、少し悩んだ。そして答えが出たようだ。
「マナミさんだったら、大丈夫って思ったから。」
マナミは少し嬉しそうな顔をした。サイコは自分の言った事が恥ずかしくなった。
「…あのさ、もしよかったら私と友達にならな……」
マナミが言いかけた時、サイコは顔を赤くしながら振り返った。
「すみません、この後用事があるので…さようなら。」
「あ!ちょっと!」
マナミはサイコを引き止めようとしたが、サイコは既に走り出していた。
「サイコ君が超能力者……。」
その夜、マナミは悩んだ。今すぐこれを皆に打ち明けたい。だが、良心がそれを許さなかった。サイコが広めたく無いなら、それは秘密にするべきだ。それに、自分を信じたサイコを裏切る事になる。だが、自分が夢に見た力を持っている人間がいる。
マナミはヒーロー図鑑を広げた。どんな特殊能力を持った人間でも、超能力者はいなかった。怪力でも超スピードでもない。超自然的な力、超能力。自分が憧れた能力…。ああ、誰かに言いたい。相談したい。その事を考えると、その晩は眠れなかった。
次の日、マナミは悩みながら下校していた。結局、サイコとは話せなかった。夕方の薄暗い中、誰もいない細道をマナミは使っていた。
「ちょっとそこの貴方、こっちこっち。」
マリは何者かに話しかけられた。マナミが振り向くと同じ仮面を付けた3人組がいた。赤子が静かに眠っているような仮面だ。
「だ…誰?」
「私達は“眠れる子ども達”。」
「……ネムネム…?」
マナミはさすがに危険だと思ったのか少し後ずさりをした。
「待って下さい。私達は決して危ない者ではありません。マナミさんの味方ですよ。」
(……何で私の名前を。)
「今悩んでいるのでしょう。何にかはわかりませんが、とても、とても大きな悩み。」
マナミは不思議と仮面の者も言葉に耳を貸していった。
「私達もそうでした。しかし、“ネムネム様”の力によって、私達は…」
3人は同時に仮面をとった。皆、普通の顔だ。だが表情は違う。明らかにおかしい笑顔だ。まるで糸で引かれているかの様に口が上がっている。
「こんなにも幸せになれたのです。さあ、貴方も…。」
自分の体から力が抜けていく。マナミはだんだん意識が薄れていった。
翌日、マナミは学校にこなかった。
「皆さん、大塚マナミさんが家に帰っていないそうです。警察にも連絡したそうですが、何か心当たりのある人は、先生に教えて下さい。」
教室がザワザワした。そして、誰かが噂した。
“ネムネムに連れ去られたんじゃないか。”
“怪しい3人組に気をつけろ。”
その噂は学校中に広まり、サイコの耳にも入った。
サイコは放課後、佐久間のアパートに寄っていた。佐久間のところへ依頼がきていたのだ。
「佐久間さん、こんな事までしてたんですね。」
「ああ、金は貰えるところから貰っとかないとな。それでだが、今回の依頼は少し危ないかもしれない。」
「危ない?」
「得体の知れない新興宗教だ。何でも教祖“ネムネム”という奴に目をつけられると、一気に虜にされるらしい。今回の依頼主も、息子がやられたそうだ。」
「…ネムネム。」
サイコは拳を握った。