葬儀
それからとにかく1か月。彼女との共同生活は、それなりに楽しんでやっている。少しずつではあるが、彼女の好みも分かってきた。紅茶よりコーヒー派。ミルクとガムシロップは、ポーション1つずつ。少し甘めが好き。かき氷はザラメが一番。肉より魚、お酒は強めだけど多くは飲めないなど。
そんなある日、手紙が届いた。もともとは彼女宛の手紙で、こちらへ転送されてきたもののようだ。
「手紙」
彼女の部屋をノックし、自分は一言、髪を整えつつ出てきた彼女へ手紙を差し出す。ありがと、といって、その場で宛名や通信面を確認すると、あー、となんともいえないめんどくさそうな声を出した。
「どうしたんだ」
中身から訃報であることは分かっているが、彼女とのつながりは分からない。ただ、彼女の知り合いということだけは分かる。
「昔のお客さん。私が占ってあげたの。その日付がもう来たっていうこと」
行かなきゃなぁ、と彼女はぼんやりとつぶやいていた。どうやら、占ってあげた相手の葬儀には、出向くのを慣例としているようだ。
「行くのか」
「もちろん」
日付を確認し、そのうえで大学が休みだということを調べていた。自分も今回はついていくことにする。彼女の客となる人らについては、今のところ直接会っていないからだ。
喪服や数珠の類は、どうやら彼女は一緒に持ってきていたようだ。あっという間に準備をし、葬儀へと出向く準備を整えている。自分も、こういうときのための礼服を持ち合わせていたのが幸いして、黒ネクタイに礼服という、誰の目からも明らかの服装を準備した。日付を確認すると、今から下宿を出ると、日付までには間に合いそうだ。だいたい1日がかりの旅になる。
「これ、経費落ちしないかなぁ」
彼女の言葉は、そのまま鍵をかけた部屋とともに無視することにした。礼服は現地のホテルを慌ててとったので、そこで着替えることにした。ちなみに、葬儀後、少し用があるから残っていてほしいということが手紙に書いてあったから、余裕をもって2日分ホテルを取ることにした。
最寄り駅まで歩き、それから電車と飛行機と、さらに電車を使って最後はタクシー。いったんホテルに泊まり、翌日に葬儀会場となる公民館へと出向いた。すでに数人が記帳し、香典を渡している。そこに自分らも並ぶと、慣れた手つきで基調を済ませ、香典を記帳台のところにいる方へ手渡す。少し待たされてから斎場へ。焼香も済ませ、後は帰るだけとなったとき、事件は起きた。
「あんた、ようノコノコと来よったな」
どう見ても怒気強め、肩を怒らしてノシノシと女性が歩いてくる。ようやく見つけた親の仇のような雰囲気だ。女性はここの喪主の人で、初めに見たときは悲しんでいるだけのように見えていた。ただ、それが打って変わってやくざ顔負けの迫力がある。
「何かしましたか」
彼女はというと、それについて心当たりがないようだ。漫然と喪主に向かう。どう見てもけんかになる、そう覚悟した自分は休憩していた心を奮い立たせて、彼女と喪主の間に立つ。
「あなたは関係ないわ。すっこんどいて」
要は邪魔だから引っ込めと、喪主がそういうが、自分としてもこのまま引き下がるわけにはいかない。
「当方、手野保険の社員でございます。この度は、誠にご愁傷さまでした」
「ご愁傷様?それは違うわ。これは殺人よ。殺した犯人はそこに立ってる彼女。あの女が、父を、父を……っ」
最後はもう泣きだした。なんと声をかけていいかわからない中、ふと周りを見ると、誰もが遠巻きにしている。そのうえ問題の長咲はというと姿を消していた。
泣き止むのを待ってから、自分はその女性と冷静に話をすることができた。公民館の一室を喪主や家族用の控室にしていたようで、そこを使わせてもらうことにした。自分の名刺を渡して、それを確認されてからびりびりに破かれて、そのうえで話は始まった。
「それで、何があったのですか」
「知らないわよ。ただ父から聞いた時には、居酒屋で父が飲んでいたら、横で大学生グループが飲んでいて、そこの一人が彼女だったっていう話。私が見たのは写真で、父と仲良さそうに笑顔で写っているもの一枚だけよ。そのときに、占いでいつ死ぬかっていう話を聞いて、それが本当かどうかわからないけど、保険契約をしたって。母が本気で切れて、大ゲンカしたうえで仲直りして、病院に言ったら末期がんが見つかったの。契約が発効してから、ね。保険契約、特にガン特約つけるからっていうから全身くまなく調べた時には出てこなかったのに、契約が終わったとたんに出てくるなんておかしいと思うでしょ。それもこれも、あいつが何かしかけたせいよ」
「保険金は、支払われたでしょうか」
「もちろんよ。全額振り込み済みで、だから保険はキチンと発効したのよ。それから2週間ぐらい持たなかったけどね」
冷静になったのか、周りにいる親族のおかげか。ようやくまともな話となった。ほかに話を聞いてみると、それでも注射痕や薬の影響というのはなく、唐突にステージ4のガンが見つかったということのようだ。膵臓から腹膜へ、さらにリンパへと転移がされているのが分かり、容態は急速に悪化。そして死に至ったということらしい。ただ、最初に長咲と出会ってからは1か月以上間が空いているうえに、その1回以外なにもなかったらしい。そして、今回も例に漏れず遺言があり、その一度会っただけの名も知らない女性に保険金の1割を渡してほしいという条項があったそうだ。遺言執行人は近所の税理士で、ちょうど本人が訪れていたのでそのことについても知らせたうえで、自分はその場を離れた。