下宿
彼女は手野医療大学の正門で待っていた。まるで彼氏を待つ彼女のような雰囲気で、しばらく見とれていたかったが、そうもいかない。
「来たぞ」
自分が声をかけると、少しばかり風が吹く。髪が風になびき、それが邪魔だったようで左手でかき上げる。かばんは右手に持っていたが、肩へと掛け自分へと告げる。
「一応同居するっていうことになるみたいだから、あらかじめ言っておくけど、妙な事したら警察に突き出すからね」
「はいはい」
彼女に呆れつつ言った。宿は取っておいたから、そこへと約100日間同居するということになっている。安宿ではあるが、2LKだ。ちなみにトイレも風呂もある。キッチンは片方のリビングにしかないが、支障になるようなものはないだろう。
バスを乗り継いでだいたい10分。大学そばにある宿へと着いた。ちなみにこの建物は手野不動産が保有しているもので、相当安く借りることができているうえに、家賃は全額経費落としができる。
「私、こっちね」
荷物は少しだけのようだ。
「教科書とかはいらないのか」
「大丈夫。友達に見せてもらう約束してるから」
どうせ死ぬんだったら持たないほうが楽だということなのだろうか。それは言わず、彼女はキッチンがないほうの部屋へと入った。自分はというと、キッチンがある方の部屋に泊まることになったようだ。インターネットはそれぞれの部屋に接続ポートがあるが、テレビはキッチンの近くに1台だけしかない。冷蔵庫は450Lの大きなものが1台、あとは電子レンジ、ガスコンロ2つ、洗濯機1台、食器洗浄機1台、戸棚と食器類、それに洗い場と固定電話がある。一通りの生活はできるように、それぞれの家電は部屋付きのものだ。持っていかれないようにしているらしいが、それについては企業秘密らしい。ちなみに、寝るのは自分の部屋は敷き布団、彼女の部屋はベッドになっている。パソコンはないから、もってきた。あとはテーブルがそれぞれあるが、ちゃぶ台みたいな背の低い、円形のものだ。
「準備、できたよ」
「ああ」
まずは契約書の作成だ。上司から承認をもらった条件、それに彼女と話し合って決めた条件を明記して、弁護士に作成してもらった。そこに一つ一つ確認して、そのうえで署名、捺印をしてもらう。
「これで、保険契約は完了。ついでに103日間の共同生活の契約も」
「はいはい。わかりましたよーっと」
言いつつ彼女は冷蔵庫の中を、座ったまま漁る。今日の晩御飯でも探しているのだろう。
「店屋物でも取るか?」
「何それ」
自分の言葉の意味が分からなかったようだ。
「出前のことだよ。この近くにはいくつか店があるからな」
「それでいいよー」
彼女は言いつつ、見つけた清涼飲料水を飲もうとした。が、ふたが開けられないようだ。そこで自分にペットボトルを差し出して、じっと見つめてきた。
「……開けんぞ」
「なんでさ」
「それぐらいは自力で開けろ。生きられねぇぞ」
ベーと舌を出して、こちらを威嚇でもしてくるように何やらぶつぶつといっていたが、最後には彼女はあきらめてハサミをつかって開けていた。その間に、自分があらかじめ調べておいた店の情報をネットで探していた。
「ほれ、ここならいいだろ」
女性が好みそうな店ということで、同僚にも話をあらかじめ聞いていたところだ。彼女も好きならいいが、と思いつつ聞いてみると、どうも気になっていた店らしく、ちょうどいいや、という雰囲気だ。
「じゃあ電話を取ってくれ」
「はいはい」
どやら2回はいを繰り返すのが、彼女の癖のようだ。自分は、そう思いつつ、コードレスになっている城に少し灰が混じった色をしている受話器を受け取った。