死因
翌日から、自分は長咲の見張り役という役目のため、上司に出社見合わせの話をするために大阪府手野市にある本社ビルにいた。手野鉄道手野駅前手野グループ本社ビル群2号棟11階にオフィスがある。
オフィスは他課も入っているが、自分の直属の課長は一人だけだ。調査課課長は元警部で、手野警察署でどこかの課長をしていたという話を前聞いた。ただどの課に勤めていたのかは知らない。
「……っていうことはつまり、その女性、長咲栄子さんが、この保険金詐欺まがいのことをしてるっていうことか」
「詐欺、というのは誤りでしょう。ただ、法的に訴追することは極めて困難だと思います」
「だろうな。弁護士と相談はしたか」
各社にはほぼ専属の弁護士がいる。彼らは法的側面からの支援をしてくれている。そのうえ、何かあったら相談にも乗ってくれる。しかも社員なら無料だ。業務内容であろうがなかろうが、会社が代わりにその分の料金を支払ってくれているらしく、婚前契約や遺言書、さらには離婚調停や親権争いなどなど。様々なことをもちこんでいるそうだ。
「ええ。単なる契約の問題ですから、問題はないといわれました」
「先生方がいうのだったらいいだろう。見張りは24時間か、ん、大学生だったが、大学は通うのか?」
「彼女が大学に通学している間は、私のほうは別件で動きたいと考えています。今まで手野市周辺で不審死が38件。どうも彼女が関与しているようなのです。これらの洗い直しをしようと考えています」
「なら、いいだろう。1週間に1度連絡をすること、報告は常に、彼女の死の直前には検査をさせること。この3点が条件だ」
不審死としたが、実際のところ警察が動いたものは一つもない。それはすべてが自然死、あるいは事故死として片づけられているからだ。それが不思議で仕方がない。彼女はまさに死神としてふさわしいだろう。出会う男、あるいは女、みんなが少しすると死ぬのだから。なら、彼女に会った自分も……
「分かりました」
そんな考えは頭から払いのけ、自分は課長に返事をする。条件3つはどうにかできることだろう。検査には当社の標準検査ではなく、最高度の精密検査の方式を取ることにした。血液検査、問診だけではなく、CTやMRI、さらにはカテーテルやX線など。考えうる様々な検査を行うことになっている検査だ。その代わりに最高金額の保険契約を結ぶことができる。最低支払金は、死亡時1億円。天井知らずで行われている。果たして、彼女がこれのための当社への支払いができるかどうか。38人分の生命保険金で当社がそれぞれに支払た総額の1割としても、軽く置く単位は越えるからきっと大丈夫だろう。
自分は、他に報告すべきことを報告して、彼女に特化するためにほかの仕事から手を引くこととした。そのための割振りや代わりのおごりの相談なんかを済ませて、別室に引きこもることとした。
作業場となるのは資料庫だ。警察から取り寄せた資料と、さらに手野保険として保管している資料の2つを突き合わせつつ、38人の死因を一つ一つ調べていくことにしたためだ。少なくとも、これで何らかのパターンが見つかれば儲けものだ。
飲み物として作業場の壁際にあるぬるくてまずい、明らかに出がらしのような苦みがあるコーヒーを飲みつつ、そこにミルクとガムシロップを3つずつ入れて考える。どうも、確かに死に不審な点はない。事故死3人、老衰5人、うっ血性心不全5人、心筋梗塞7人、心不全18人となっている。わからないものを心不全として診断した医者がいるようで、人数が一番多い。事故死の3人を除き、さらに老衰の5人も特に問題ないだろう。そもそも80代、90代でもよく保険の承認が下りたものだ。だが、それはそれだ。事故死にしても、高エネルギー障害や、ろっ骨骨折で心臓を突き抜けたことのように、どれもこれも心臓関連の話が多い。
「……ということは、彼らは全員心静止による死亡ということになるんじゃないか?」
自分はそう仮の結論をつける。そうこうしている間に時間が過ぎていた。そろそろ彼女が大学を終える時間だ。これでしばらくはここに帰ってくることはないだろうから、自分は後片付けを完璧にし、コーヒーを無理矢理飲み切ってから彼女の迎えに向かった。