クローバー
「でもどうするんだ、自分らの死の時期を占うっていうことか?」
「そういうことかな。でもやっぱり噂になってたか」
彼女は何か言うつもりのようだ。自分のことを探偵か何かと思っているのかもしれない。彼女は言う代わりに、茎付きのオリーブを先に食べた。どうやらそれが彼女流の飲み方のようだ。
「先に、名前を教えてもらえないかな」
自分が彼女に言うと、茎を近くにあった小皿の上に乗せ、そっと種も置いた。
「名前は、聞いたほうが名乗る。のが鉄則では?」
彼女は確かに大人な雰囲気がある。160そこそこという印象から、さらに大きな、妖艶な感じを周囲に漂わす。それは男から生気を吸う闇の蝶か、はたまた文字通り死を司るための存在だからか。
「……それもそうだな」
言いつつ、懐にいつも忍ばしている名刺を取り出して、彼女へと一枚、片手で差し出す。いつも使っている仕事用の名刺だが、構いはしないだろう。
「手野保険調査課?ふーん」
彼女はさほど興味はないようだが、一方の自分は興味津々だ。彼女のおかげで、手野保健特別生命表が書き換えられかねない事件となっている。保険料に直接影響が出るから、他の人にも迷惑なことになる。
「で、保険調査の人が何の用。占い以外ってことかな」
占いの話はさておき、聞いてみたいことは山ほどある。
「占いっていうのが、死司の力っていうことか」
「ま、そういうことになるね。私が先祖から受け継いだ、最初で最大の宝物。この力のおかげで、故人は身辺整理を終えてから安らかに別世界へと行くことができるということ」
「どんな力なんだ」
ショートグラスに手をやり、彼女はクイッと飲む。ほぼ3分の2ほど飲んだようだ。少し、氷が融けている。
「死司の力は死の力。代わりに他言無用よ」
「いいだろう」
オフレコ、といったところだろう。調査するうちにそんなことも数々であってきた。こんな時のマナーぐらいは知っている。
「私はね、人の命がいつ終わるかがわかるの」
「つまり、死ぬ時がいつか分かるってことか」
「その通り。でもそう言ったら怖いでしょ。だから私は『占い』ということにしておくの。それで相手が安心するなら、おいしいものってものよ」
「その占いで、君はどんなメリットがあるんだ。ただ相手の死ぬのを言い当てる、だけじゃないだろう」
少なくとも自分なら、これで金儲けの一つでもたくらむだろう。彼女も同じことを考えていたらしく、平然とした顔で教えてくれた。
「占いで、もしも当たらなければ私の体をあげる。もしも当たったら保険金の1割をもらう。そんなところよ。女子大生の体目当てでくる人も多くいるけど、今のところ何も起こってないわ」
「ほう。じゃあその金は何に使うんだ」
大体は生活費か、あるいはギャンブルか。そういえばこの前、裏カジノが摘発されていたのを思い出した。たいがいの裏金や着服した金は、よっぽどでなければこの2択に消える。
「親への仕送りと、あとは生活費」
「仕送り?」
「そ。私もそうなんだけど、死司の能力者って短命なのよ。母親が死司だったんだけど、私が小学校に入るかどうかってところで亡くなったのよ。だから父親の男手一つで育てられたってわけ。でも、親せきからの援助もあったんだけどね。それで私も父親の生活が楽になるようにって思って、仕送りを少しずつだけどしてるのよ」
その発想はなかった。ただ、それでも自分としては止めさせなければならないだろう。死司の能力があろうがなかろうが、少なくとも手野保険の選択は止めなければ。
「それはよく分かった。でも、どうして手野保険なんだ。他にもたくさん保険会社があるだろうに」
それについても、いとも簡単に彼女は教えてくれた。
「簡単よ。一番高額の生命保険をかけることができたからよ。その方が私も嬉しいし、彼らも嬉しいのよ」
支払う方は堪ったものではない。ただ、彼女の話もわかる。保険金は遺族の方が使うための資金となる。だから保険は資産と言われるわけだ。
「じゃあ、占ってもらおう。ただし、自分じゃなくて君を、だ」
彼女は驚いていた。死司の力があるのであれば、それはたやすいことのはずだ。もっとも、自分自身を調べることはできない、という制限でもあるのであれば別だが。
「もう私の寿命は知ってるわ。あと100日よ」
「100日もあるじゃないか」
自分は思わず答えた。
「その間、どうするつもりなんだ」
「どうしようかなって。大学には通っているけど、これも父親の願いだったからだし。死ぬ直前に保険契約するつもりだけど、貴方がいいんだったら、今のうちに契約しちゃおうかなぁ」
「契約してもらってもいいが、100日後に死ぬのならお断りするしかないな」
「あら残念」
そしてショートグラスをクイと傾け、飲み物をコクンと飲み込んだ。
「ごちそうさま、マスター」
「ありがとうございます」
マスターはスッとグラスを下げ、少し待つ。次を頼むかどうかを確認するためだ。
「こちらの女性に、ライム・クローバー・リーフを」
「承りました」
少し頭を下げ、マスターは勢いよく作っていく。その間にも、自分は彼女へ尋ねた。
「じゃあ賭けをしよう。占いじゃなくて」
「賭け?」
彼女は少し出ようとしていたが、それをとどまって、席へと腰を落ち着けた。
「そうだ、君がもしも100日以降も生きていたとしたら、手野保険と契約はしないようにしてくれ」
「もしも言ったとおりに死んだとしたら?」
自分は、持ち歩いているパンフレットを見せる。そして1ページ目を開け、生命保険のところをトントンと指でたたく。
「この契約をあらかじめ結んでもらう。この100日間、君は占いをしない。そのために自分は常に君と同行させてもらう。さすがに大学は行けないが」
「あら、私生活の全てを支配するつもり?」
まるでストーカーね、と彼女は小悪魔っぽく言った。指を組み、その上に左ほほを乗せ、こちらをハニカミながら見てきている。
「そんなことはない、が、確かに君が占いをしていないということを証明させてもらう。あとは君が死なないようにするお目付け役だ」
そして君、といったところでふと気づいた。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「あら、そうでしたっけ」
そこでようやく、彼女が長咲栄子という名前だということを知ったわけだ。ちょうどその時、ライムジュースでできたクローバー・クラブにミントの葉が一欠けら乗せられた。