101日目
その日は下宿に戻り、改めて翌日に病院へと出向いた。花束は持って行かなかったが、代わりにコーヒーを持ち込む。ちなみに、500mLのペットボトルだ。それもブラックではなくてカフェオレ。気に入ってもらえたらうれしいのだが、どういう反応を示すだろうか。
彼女の病室は、手野保険からの手術に対する保険金の一部が使われていて、個室に入院していた。そこは今はナースステーションそばであるが、明日以降、リハビリに適した部屋へ移動することになっているようだ。ここまでは、ナースステーションで看護師が話してくれた話。そういうことで、自分は今、彼女の病室の前でドアを開けたところだ。父親がいることは想定の範囲内だ。
「お待たせしました、着替え、持ってきたぞ」
「ありがと、そこ置いておいて」
父親は杖を突いて歩けるほどまでに回復している。ただ長時間の歩行はまだ訓練中らしく、彼女と話しているときはずっと椅子に座っていた。
「……宮藤さん、聞きました。ここ3か月ほど同棲していたんですね」
「そうです。会社からの指示、ということです」
父親がどう出るかは想定外だ。何が来てもおかしくないと考えていた。だから、頭を下げられたとき、一瞬反応に困った。
「いろいろと手を尽くしてくれて、ありがとう。おかげで娘は生き延びることができた」
「いえ、頭を上げてください。私の方こそ、栄子さんのおかげで、様々なことが分かりました」
「例えば?」
彼が頭を確かに上げて、自分へ尋ねる。
「彼女は死司の力を持っていることは、もうご存知だと思います。死司の力は、人が死ぬときがわかるのではない、心臓が止まるときがわかるということなのです。心臓が止まれば、結果として人が死ぬということのようです」
「ということは、本当に人が死んだ、ということはただの偶然ということか」
「私が出した結論ではあります。もっともっと細かく調べたら、違う結果が出るかもしれません」
彼は、つまりは続けて同棲する必要があるということだと受け取ったようだ。
「娘をよろしくお願いします」
唐突に彼は立ち上がると頭を下げる。ポカンとして反応しきれずにいると、杖を突いて病室から出て行ってしまった。
「どうしたっていうんだよ……」
その後ろを中から見えなくなるまで追い、それから彼女へと向かう。彼女はというとさっきの会話を聞いていたのかどうなのか、眼は閉じて、ゆっくりと息をしていた。ただ笑いをこらえるのに必死らしく、少し、唇の端がぴくと動いている。
「……さっきまで起きてただろ」
「やっぱりばれた?」
目を開けて自分を見る。しっかりと起きているのは、さっき荷物を置いておいてほしいという声で分かっている。ということもあり、起きているのは確定していた。
「それで、大丈夫なのか」
「うん、今のところ大丈夫。なんだか体も楽になった気がするし」
それでも、心電図や何かの薬を、体に張り付けたり刺されていたりする装置や注射器やらが、痛々しい。入院は1週間程度は最低でも続くことは確定している。以後も通院は必須だろう。よいしょ、とさきほどまで父親が座っていた椅子に座って、彼女の枕元へとやってきた。




