バーでの出会い
手野市中心街から少し外れ。そこに自分が行きつけにしているバーがある。シックな内装、樫の木の一枚板でできた扉。取手には、どこかの邸宅で使われていたのか、優雅に湾曲した青銅製のものが使われていた。カランカランと、カウベルを加工したベルがドアを開けるたびに、来客が来たことをマスターへと伝える。
「いらっしゃいませ」
元気ではない、が覇気がないわけではない。そんなダンディーな声で、マスターはいつも通り自分を出迎えてくれる。カウンターだけの小さな店。6人で満席だ。その中で、いつもの席へと座ろうとする。指定席なのは、奥から2番目の席だ。もはや、何も言わなくともマスターが飲み物を出してくれる。最初は決まって、おつまみのナッツ一袋と、決まってロンググラスで差し出されるジントニックだ。いつもの席に座ると、ナッツを一口食べ、飲み込んでからジントニックを一口。あとは食べては飲み、飲んでは食べる。とは言ってもだいたい30分ほどで飲み終わり食べ終わるペースだ。少しゆっくり目ではあるが、これぐらいが自分にはあっている。
少し、自分のことの話もしておこう。自分は手野保険で保険調査員をしている。果たしてその人が確かに保険を受けるにふさわしいこととなったのかを確認することが、自分の仕事となる。工学系の大学院を出て修士号を持っている自分は、このところ不思議な話を耳にしていた。少しマスターにも聞いてみよう。幸いなことに、今、このバーの中にいるのは自分とマスターだけだ。
「マスター、少しいいかな」
「何でしょうか」
コップを純白のシルクのような布で拭きつつ、マスターが自分の話に耳を傾けてくれる。
「“シシ”の女性という話を聞いたことはないか」
「どのような漢字を書かれるので」
「死を司ると書いて、死司だ。この界隈で最近亡くなった方々が、その直前、1週間ほどで高額の生命保険に入っているんだ。しかも保険適用期間となってからほんの数時間や、長くても3日のような短期間でね。事件の香りもしていたということもあって警察も調べていたのだが、犯罪の可能性が完全に排除された。だが、果たして」
「宮藤さんは、あきらめられない。といった雰囲気でございますね」
「ああ、少なくとも保険金は警察が判断した時点で支払われることとなった。だが腑に落ちない。そこでそんな人がいないか、ということを聞きたかったんだ」
「申し訳ないですが、わたくしの耳には入ってきておりませんね。噂を聞きましたら、真っ先にお教えしましょう」
「頼む」
それを頼むと、自分は再び酒を飲みつつナッツをかじった。
半分ほど飲むと、カランカランと玄関ベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、お好きなお席にお座りください」
女性だ。160あるかないかだ。まだ若く、20歳に達していないのではないか、という疑念を感じる。ただ、マスターはそれは聞かない。お客というのに全幅の信頼を置いているからだ。ただ、念のため、ということで確認だけはしている。
「お客様、本日が初めてだとお見受けいたします。当店はアルコールを主に販売している店舗となっております。20歳以上のお客様でなければ、どうかご退店を」
とマスターがいうと、彼女は無言でかばんを漁る。そして財布を取り出し、何かカードを出した。まだ立ったままの彼女の左手には運転免許証があり、確かに20歳になっているという証拠となっていた。
「大変失礼しました、1杯目は店からの遅い誕生日プレゼントと思ってください。ご注文は」
「ドライマティーニ」
これはまたキツイものを頼む。黙ってナッツを食べつつ、自分はそんなことを思った。彼女が座るよりも前にステアの準備がはじまり、そのうちに彼女は自分の横に座った。
「お兄さん、すごいね、今にでも死にそう」
「……君はそうじゃないというのかい」
何と失礼な娘なのだろうか。それが第一印象だ。幼いがゆえに、まだ様々なことを未体験なのだろう。そのために唐突にそんなことを言う。それが自分が受けた意見だ。
「ねぇお兄さん。少し、占いに付き合ってくれないかな」
「占い?」
「そう、占い。いつ死ぬかっていう占い」
その瞬間、自分はピンときた。
「最近噂になっている死司の女性というのは、君のことか」
「あれ、知ってた?」
「仕事柄ね」
キュィと最後の一滴まで飲み切った。それと入れ替わりに、彼女が頼んだドライマティーニがショートグラスでやってくる。お代わりは、とマスターが聞いてくるが、今日はいったんはパスだ。まずは彼女の話を聞いてみることにしよう。