8.予期せぬ事件
それはいつもの秘密の特訓の時だった。
いつも通り良くなる二人の演技。
いつも通りの蓮希監督の怒声。
いつも通りの僕の助言。
しかし、本番まであとわずかという事実、迫り来るタイムリミットという焦りのせいか、僕達のいつも通りという平穏は物凄い轟音と共に崩れ去っていった。
事件の発端は蓮希監督の一言だった。
「レンレンはもっと声張って! ひめっちは表情明るく!」
少し焦っていたのか、いつもより少しだけ声がキツくなっていた。
あの時僕がその事に気付いてフォローしていれば、もしかしたらこんなことには……と、公星は後悔することになるのだがそれはほんの少し先のお話。
蓮希監督のいつもと違う怒声の後だった。
「俺だってこれでも声張ってんだよ」
今まで見たことのない程顔が真っ赤な蓮はそれだけに留まらず続けてボソッと呟く。
「それに声なら姫華のが小せーだろ」
それを聞いていた隣の姫華も続く。
「私だって頑張って声出してるもん。それを言うなら蓮の方が表情硬いじゃない」
ここで我に返った蓮希は二人をなだめようと声を掛けようとした。
「二人とも……」
「「蓮希は黙ってろ(て)」」
なっちゃんの言葉に被せるように口を揃えたように言う二人。
その圧力に無意識になっちゃんは身を引く。
そこで僕が三人の間に割って入る。
「三人共ちょっと落ち着いて。今日はこれで終わり。続きは明日の放課後にしよう。わかった?」
半ば強引に止めたのだが、三人はいつもと違って声を掛け合う事もなくバラバラに帰っていく。
僕はなっちゃんに追いつき横に並ぶ。
「どうしよう、こうくん。私のせいで二人が……」
なっちゃんは今にも泣き出しそうだった。
僕はなだめながら言った。
「明日にはきっと元通りになってるよ」
僕の願望交じりの慰めになっちゃんは、
「うん、そうだよね」
とまるで自分に言い聞かせるかのように声に出す。
「また明日」
家の前でまだ少し下を向いたままのなっちゃんとは別れた。
しかし、僕の願望を神様は叶えてくれやしなかった。
翌日、いつも通りの放課後の秘密の特訓には僕となっちゃんしか来なかった……
仕方なく二人でトボトボと無言で家に帰る。
「蓮希ちゃんも吉野くんもどうかした?」
不意に背後から声がした。
「かすみーん、どうしよう……」
泣きそうになりながらなっちゃんは抱きついていた。
僕はなっちゃんに代わり、吉岡さんに事情を話した。
全て聞いた吉岡さんは蓮希をヨシヨシと頭を撫でながら言った。
「私が姫華ちゃんに話を聞くからきみ……吉野くんは……」
「公星でいいよ。じゃあ僕は蓮をなんとかするよ。姫華をよろしくね吉岡さん」
「じゃあ私のことも夏澄って呼んでよ。頑張りましょう」
なっちゃんにも言うように笑いかける夏澄に少しドキッとした。
「あ、一応メアド交換しとこっか」
僕は促されるまま携帯を出した。
夏澄は用が済むとすぐになっちゃんに駆け寄り声を掛けている。
前を歩いて行くなっちゃんに僕も声を掛けた。
「なっちゃん元気出して頑張ろう」
二人は同時に振り返った。
夏澄はなっちゃんの方に視線を向ける。
なっちゃんは返事をする代わりにニコッと笑って頷いた。
僕は二人に追いつきこれからの作戦会議を始めた。