49.水面に輝く花
先程から夏澄は一言も話さずにゆっくりと、重そうな足を動かしながら集合場所へと向かっている。
僕も声を掛けることが出来ず、ただ淡々と夏澄についていくことしかできない。
好きな人に好きな人がいる。
その事実は胸が締め付けられるような気持ちがして、ネバネバと糸を引くようにしつこく胸につきまとう。
プルルルル
突然ポケットで携帯が暴れ出す。
取り出すと蓮からの着信だった。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇーよ。集合時間過ぎてるぞ? 俺ら先行ってるからな。去年俺が見つけたとこだから夏澄ちゃん連れてこいよ、じゃな」
切られた携帯の画面には二十時三十一分と表示されている。
完全に時間のことを忘れていた。
「夏澄! 蓮たちもう先に行くって言ってたからこっち来て!」
少し遠くなった夏澄に声を掛けるが、周りが騒がしくて僕の声は掻き消される。
パシッ
僕は追いかけて手を掴む。
夏澄は一瞬体をピクリと震わせたが、振り返ると僕をじっと見つめる。
今にも壊れそうな儚い瞳に吸い込まれそうになる。
「もう時間過ぎてるからついてきて!」
その言葉に夏澄は、はっと我に返ったように時計を確認する。
「公星どうしよー、蓮くん達待ってるよ」
そう言って少しいつも通りに戻った夏澄は、僕の手を引いて走ろうとする。
「夏澄、ちゃんと聞いて。蓮達は先に行ってるから。こっちに近道があるんだ。ついてきて」
今度は僕が夏澄の手を引いて走り出す。
「えっ? こっちは逆方向じゃ……」
「いいからいいか、ほらこっち」
去年花火の途中でトイレに行こうと抜けた際に見つけた、屋台のあまり無い所へ続く細い近道。地面は少しだけコンクリートで舗装されている。すぐ隣にはお祭り会場の公園の少し高い無機質な壁とフェンス。その反対側には少し大きめの池がある。
「落ちないようにね」
後ろに声を掛けながら進む。
ヒュルルルル〜パーンパパパパン
真っ黒なだだっ広いキャンバスに一輪の花が咲く。
「あっ、始まっちゃった!」
「まだ第一部だよ。走り疲れたしここで少しだけ見て行こうよ。ここの池に反射して綺麗なんだよね」
僕は去年のことを思い出していた。
夏澄は少し考えたあと、
「じゃあちょっとだけ」
そう言ってちょこんと僕の隣でその場にしゃがみ込んだ。
その隣で僕も腰を下ろす。
「わぁ〜、本当に綺麗だね……」
先程までとは比べ物にならないほど沢山の花火が夜空に輝く。夏澄の顔はまるでその光を吸収したかのように、いつも通りの明るさを取り戻していた。
「あー、終わっちゃったね」
伸びをしながら夏澄は立ち上がる。
「まだ第一部だってば。ほら次始まる前に行こう」
僕も立ち上がり歩き始めようとした時だった。
ブチっ。
「あ、鼻緒が……」
振り返ると見事に鼻緒が切れていた。
「んー、今手ぬぐいとか持ってないしどうしようか……」
「手ぬぐいなら金魚すくいの時に蓮希ちゃんに貸しちゃった。でもなんで?」
首を傾ける夏澄に僕は得意げに言う。
「手ぬぐいがあれば、ねじって紐状にして横緒に引っ掛けて、前壺に通して裏で結べば何とか使えるくらいにはなるんだけど……」
「へぇー、そーなんだ。でもまぁ今は無いからしょうがないね」
そう言いながら「んっ」と両手を少し前に広げて僕の方へ差し出す。
「夏澄、もしかして……」
「仕方ないじゃん、私歩けないもん」
何故か笑顔で誇らしげに言う夏澄に観念して、背を向けてしゃがみ込む。
「ありがとー公星」
そう言いながら、遠慮のカケラも見せず飛び乗ってくる。ゆっくりと歩き始める。
少しは運動したり鍛えたりしておくんだった……
「ごめんね公星、私わたがし食べたから重いでしょ?」
わたがし? 他にも沢山食べてたのにそのチョイスか、とつい笑ってしまう。
「いや、普通に重……」
「え、なんて?」
声だけでものすごい圧力だ……
「いえ、軽いですけどちゃんと人一人分くらいの重さはありますよ」
「あはは、そりゃそーか。あ、見えてきたよ、ほらラストスパート頑張れー」
すっかり元気を取り戻したお嬢様は、足をバタつかせながら僕を急かす。
ヒュルルルル〜パーンパパーン
第二部が始まった音がした。




