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キミのくれたモノ  作者: 山路空太
49/53

49.水面に輝く花

 先程から夏澄は一言も話さずにゆっくりと、重そうな足を動かしながら集合場所へと向かっている。

 僕も声を掛けることが出来ず、ただ淡々と夏澄についていくことしかできない。


 好きな人に好きな人がいる。

 その事実は胸が締め付けられるような気持ちがして、ネバネバと糸を引くようにしつこく胸につきまとう。


 プルルルル

突然ポケットで携帯が暴れ出す。

取り出すと蓮からの着信だった。


「どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねぇーよ。集合時間過ぎてるぞ? 俺ら先行ってるからな。去年俺が見つけたとこだから夏澄ちゃん連れてこいよ、じゃな」

 切られた携帯の画面には二十時三十一分と表示されている。

完全に時間のことを忘れていた。


「夏澄! 蓮たちもう先に行くって言ってたからこっち来て!」

 少し遠くなった夏澄に声を掛けるが、周りが騒がしくて僕の声は掻き消される。


 パシッ

 僕は追いかけて手を掴む。

 夏澄は一瞬体をピクリと震わせたが、振り返ると僕をじっと見つめる。

 今にも壊れそうな儚い瞳に吸い込まれそうになる。


「もう時間過ぎてるからついてきて!」

 その言葉に夏澄は、はっと我に返ったように時計を確認する。

「公星どうしよー、蓮くん達待ってるよ」

 そう言って少しいつも通りに戻った夏澄は、僕の手を引いて走ろうとする。

「夏澄、ちゃんと聞いて。蓮達は先に行ってるから。こっちに近道があるんだ。ついてきて」

 今度は僕が夏澄の手を引いて走り出す。


「えっ? こっちは逆方向じゃ……」

「いいからいいか、ほらこっち」


 去年花火の途中でトイレに行こうと抜けた際に見つけた、屋台のあまり無い所へ続く細い近道。地面は少しだけコンクリートで舗装されている。すぐ隣にはお祭り会場の公園の少し高い無機質な壁とフェンス。その反対側には少し大きめの池がある。


「落ちないようにね」

 後ろに声を掛けながら進む。

 ヒュルルルル〜パーンパパパパン

 真っ黒なだだっ広いキャンバスに一輪の花が咲く。


「あっ、始まっちゃった!」

「まだ第一部だよ。走り疲れたしここで少しだけ見て行こうよ。ここの池に反射して綺麗なんだよね」

 僕は去年のことを思い出していた。

 夏澄は少し考えたあと、

「じゃあちょっとだけ」

 そう言ってちょこんと僕の隣でその場にしゃがみ込んだ。

 その隣で僕も腰を下ろす。


「わぁ〜、本当に綺麗だね……」

 先程までとは比べ物にならないほど沢山の花火が夜空に輝く。夏澄の顔はまるでその光を吸収したかのように、いつも通りの明るさを取り戻していた。



「あー、終わっちゃったね」

 伸びをしながら夏澄は立ち上がる。

「まだ第一部だってば。ほら次始まる前に行こう」

 僕も立ち上がり歩き始めようとした時だった。


 ブチっ。

「あ、鼻緒が……」

 振り返ると見事に鼻緒が切れていた。

「んー、今手ぬぐいとか持ってないしどうしようか……」

「手ぬぐいなら金魚すくいの時に蓮希ちゃんに貸しちゃった。でもなんで?」

 首を傾ける夏澄に僕は得意げに言う。

「手ぬぐいがあれば、ねじって紐状にして横緒に引っ掛けて、前壺に通して裏で結べば何とか使えるくらいにはなるんだけど……」

「へぇー、そーなんだ。でもまぁ今は無いからしょうがないね」

 そう言いながら「んっ」と両手を少し前に広げて僕の方へ差し出す。


「夏澄、もしかして……」

「仕方ないじゃん、私歩けないもん」

 何故か笑顔で誇らしげに言う夏澄に観念して、背を向けてしゃがみ込む。

「ありがとー公星」

 そう言いながら、遠慮のカケラも見せず飛び乗ってくる。ゆっくりと歩き始める。

少しは運動したり鍛えたりしておくんだった……



「ごめんね公星、私わたがし食べたから重いでしょ?」

 わたがし? 他にも沢山食べてたのにそのチョイスか、とつい笑ってしまう。

「いや、普通に重……」

「え、なんて?」

 声だけでものすごい圧力だ……

「いえ、軽いですけどちゃんと人一人分くらいの重さはありますよ」

「あはは、そりゃそーか。あ、見えてきたよ、ほらラストスパート頑張れー」

 すっかり元気を取り戻したお嬢様は、足をバタつかせながら僕を急かす。


 ヒュルルルル〜パーンパパーン

第二部が始まった音がした。


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