44.燃える夕焼け
急かされた割にはゆっくりと、しかし確実に空へと近付いている。
「なんか改めて二人っきりで個室だとドキドキするね」
「そうだね」
照れる僕はそれだけしか返すことが出来ない。
「うわー見て見て、すっごい綺麗な夕焼けだよ! 公星もしかして時計ちょこちょこ見てたのこれの為?」
子供が大はしゃぎで親に言うように、夏澄は僕の肩をビシビシと叩く。
「さ、さあ?」
自分のバレバレの行動と言葉に反吐がでる。
デートなんてした事がないから何をすれば良いのか分からない。ただ単に夏澄なら喜んでくれるだろうなと思っただけだ。
「ふーん、じゃあたまたまってことにしとこっか」
僕の予想を上回る喜びように僕も頬が緩む。
「あっ、蓮希ちゃんへのお土産どーする?」
頂上まであと少しの所で夏澄が聞いてくる。
「これ終わったら売店で探そう。あっ……」
思い出したようにポケットを探る。
「はい、これ。好きなんでしょ? ブタの……」
「トンカツのストラップ! さっき並んでた人たちが持ってて欲しいなぁーって思ってたんだ。わぁーありがとう公星」
僕の言葉は遮られた。
女の子へのプレゼントなんてしたことなかったけど、この反応なら僕にしては上出来だ。
心の中で自分を褒める。
「どういたしまし……」
不意に頬に暖かく柔らかいものが当たるのを感じた。
「え……?」
思わず声を出し隣を見る。
「嬉しかったし、今日は一応彼氏でしょ? だから……いいかなって……」
イタズラっぽく始まった言葉は、徐々に力を失ったように小さくなり、最後は儚く消えた。
「本当のカップルならこんなこと日常茶飯事なんだろうね。プレゼントもちゃんとしたものを用意してさ」
頬の熱さが早口にさせている。ちょっと羨ましいという言葉を吐き出す寸前で飲み込んだ。
「そうだろうね、私だって好きな人とか彼氏以外にはしたくないけど、カップルなら少ししたいと思うだろうし、羨ましいとも思うな」
そう言って再び外を見つめる夏澄の目には、多分、激しく燃えるような夕焼けも僅かに燃え始めた僕の心なんかも見えてはいなくて、ただ記憶にある『キミくん』の姿だけが映っているのだろう。
そう考えると胸が締め付けられる様な思いがする。
この気持ちになんて名前をつけようか……いや、本当はとっくに自分でも気付いている。認めていないだけだ。
これはいわゆる『嫉妬』ってやつだ。
自分の気持ちに気付いただけなのに、目の前にいるいつもの夏澄は何処かへ消え去り、まるで輝いているかのように見える。
夕焼けのせいで頬の赤い夏澄の顔も、綺麗な指や髪の毛一本まで愛しく感じてくる。
「はぁー、もうすぐ終わっちゃうね……」
残念そうにいう夏澄の言葉に耳を疑う。
「え、もうそんな時間?」
窓から見える景色はもうすでに鳥の目線から人の目線にまで落ちている。
先程まで頂上にいたのに今はもうすぐ地上。
観覧車に乗っているはずなのに頂上からはジェットコースターかのように時は進んでいた。
「はぁー、夕焼け綺麗だったね! 夜は星がキラキラしてたり街の明かりが綺麗なんだろうなぁ……」
「そうだね。よし、時間も少なくなってきたしお土産見に行こうか」
僕は夏澄の左手に自分の右手を重ねる。
少し驚いたようだったが、静かに微笑みに変わった。
「あ、これトンカツのぬいぐるみ! こっちにはトンカツのキーホルダー! こっちにも……」
今日一のハイテンションで次々と手に取っている。
「ねぇ、公星! この喜んだ顔のトンカツと楽しそうな顔のトンカツ、どっちが良いかな?」
二つのトンカツのぬいぐるみを手に聞いてくる。しかし、正直どちらも可愛いが違いがイマイチわからない。
どっちでもいいじゃダメなんだろうな……
そう思いながら左を指差す。
「えー、こっちの方が可愛くない? このつぶらな瞳とかさ」
「そ、そうだね。言われてみれば……」
「やっぱり? こっちにしよーっと」
そう言って一つを棚に戻す。
結局決まってのではないかとも思ったが口には出さず、猫のぬいぐるみを取る。なっちゃんは猫が好きだったはずだ。
「あーそれ猫のミャオくんね。蓮希ちゃん猫好きだしいいんじゃない?」
この言葉も後押ししたのか、結局これをなっちゃんへのお土産にすることにした。
「あ、見て公星。観覧車がライトアップされてる! 綺麗ー」
「そうだね……ってそんなこと言ってる場合じゃないよ! ライトアップって二十時だよ? 急がなきゃっ!」
惜しむ夏澄を引っ張って入り口へと走り出した。




