36.ブタのとんかつ
十四時五十分。
パレードは十五時からのはずだが、辺りはチラホラと人が集まってきていた。
「早めに来てよかった! 結構前の方で見られるね」
口調だけでも相当嬉しいことが伺える。
「このパレードって人気あるの?」
僕の質問に怪訝な顔を向ける夏澄が口を開く。
「え、知らないの? 一番人気はクマのくーちゃんだよ? 私はブタのとんかつが好きなんだけど」
「へ、へぇー初めて聞いたよ」
(とんかつて……名前いいのかな)
「ほんとにどれも可愛いんだけどね」
「ドンドンッ」
いきなり大きな太鼓の音が鳴る。
それに続いて金管楽器の癒される音色が辺りを包む。
「あ、始まった! きゃー」
興奮している夏澄の横で静かに目を瞑り、しばし心地よい音に耳を傾ける。
パレードという名前だけど先程からほとんど進んでいない。
「さっきから進んでないよね?」
僕の声は周りの歓声や楽器の音にかき消される。
「え、なんて言ったの?」
そう言って顔を近付けてくる。
一文字でも喋れば息がかかりそうな距離に少し照れてしまう。
そのまま前を向きパレードを見ているフリをする。
「パレードって言うのにさっきから全然進まないね」
「あー、一時間半くらいはパレードってよりも舞台って感じ? 演奏やダンスばっかり……ってあっ、みてみて、とんかつ出てきたー! きゃー可愛いー」
「な、なるほど」
こんなにはしゃいでいる夏澄は初めてだった。
「パレード楽しかったねー」
満足そうに話す夏澄。
「あんなに興奮してるの初めて見たよ」
笑いながらそう返すと少し顔が赤くなる。
「あ、ちょっとお手洗い行ってくるね」
僕は近くのグッズ売り場で待つことにした。
「あの、すみません、これ下さい」
「かしこまりました。八百円になります……、丁度ですね。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
お辞儀をしてお店を出ると、先ほど離れた場所にキョロキョロと辺りを見回す夏澄を見つける。
まずいまずい、と足早に戻る。
「もー、勝手にどっか行かないでよね。心配したんだから……」
「ごめんごめん。次どこ行こうか?何か絶叫系乗りなよ。見ててあげるからさ」
「え……でも……」
「乗りたいんでしょ?乗らなきゃ損だよ。僕は十分楽しんだからさ」
「……じゃあお言葉に甘えて……」
少し遠慮がちに言う夏澄に精一杯の笑顔を向けた。




