短い恋
「女将さん、佐々木クンはね~。入って来たばっかなのに頑張り屋なんだよ。」
「わぁ!そんなことないです…ぜんぜん…失敗ばかりだし…。」
褒めてくれた。そういう風に思っててくれたんだ…。
「いや~、若いうちはね~いろいろあるでしょ!ねぇ!女将さん?」
と、酔っているのかテンション高めに女将さんに言うと、彼女は
「そうだね~。若い頃、ヤンチャし過ぎて上司に嫌われてた人もいたもんね~。」
ピタリ。
係長の動きが止まった。ムッとしてしてしまったようだった。
「…なんだよ…!」
「ん?」
「部下の前で変なこと言わないで…。」
「あら…怒ったんだぁ…。」
「ツン…。」
カウンターに肘をつき、手に顎を乗せて壁側を向いてしまう係長。
「じゃ、ビールついであげるね。ハイどうぞ。」
だまってコップを上げる係長。
なんか…二人の雰囲気って…。
「ハイ。注げましたよ~…。…ゴメンね??…つい忙しくて…サ…」
「あ!…そうか…こちらこそ…ゴメン…怒ったりして…。」
と言った後に、彼女の目を見ながら
「ケイちゃん。愛してる。」
え?誰を?愛して…え?
「あら?部下の前でそんなこと言っていいの?それにお客さんの前では女将さんでしょ~?」
「あ!そうだった!もー思ったことすぐ口にでちゃうんだよなぁ~。」
と係長が言うと、女将さんはビールの残りをあたしのグラスに注いだ。
「さ…佐々木さんも飲んじゃって?もう…ウチら夫婦しかいないから…。これで店閉めるからね?」
あ…なんだ…そうなんだ…。
奥さんだったのね…。
ハハ…短い恋だったなぁ~…。…敵わないよ…。こりゃ…。
「じゃぁ…カズちゃん。あと弓美ちゃん来るまでに洗い物して掃除するから…自分が食べたの洗ってね?」
と言って、彼女はお店のテーブルに向かって行って拭き始めた。
「佐々木クン。ウチの奥さん、昼は普通に働いて、夜はここでバイトしてんの。すごいでしょ?オレより長い間働いてさ。で、オレも仕事終わったらここで晩ご飯食べてんの。」
「へー…。すごいお二人ですね~。」
「いやぁ~ウチの奥さんに比べたら、オレなんてまだまだ…。」
「あたし…恋人いるんですけど…。」
「うんうん。」
「全然ぐーたらで、なにもしてくれないんです…。」
「あ…オレも家ではそうだよ?ご飯作れないし…掃除も洗濯も奥さんやってくれるし…。」
「え?そうなんですか?」
「まー…奥さんはハズレ引いちゃったかな?」
「えーそんなことない。係長がダンナ様なら…。」
「ウチ、付き合ってから結婚まで短かったから…。」
「え?どのくらい…?」
「うーん…と、2ヶ月だったかなぁ…?」
「え??」
「婚約した次の日から付き合った。」
「えーーー!?わからない…次元が違いすぎる…。」
「あは…。」
なんか、グイグイ奥さんを褒める係長…。
ハイハイ。好きなのは分かりましたよ~。
はは…ちょっと…カッコ悪いかも…。
ま…そんなカッコ悪いくらい…愛しちゃってんだろうね…。
「係長が結婚してるなんて全然知らなかったです。」
「あれ?そう?あー…じゃ、オレの弁当見たことない?めちゃくちゃキレイでうまそうなんだよ!?」
「あ…お昼は女性グループで固まってるから…。あ…知らなかったです…。」
「あ!ケイちゃ…女将さーーん!今日のシャケ、美味しかったよ!!」
「でしょー!?あれ、小畑さんにもらったのー!お礼言っといてー!」
「あー、もう言っといたよーー!」
厨房の奥を掃除してる奥さんに叫ぶ係長…。
もう、あたしといるんだから、家で話せばいいのに…。
晋也5:係長5に格下げです。ふふ…。
「係長って…結婚指輪はしてらっしゃらないんですね。」
「あ…してはいるんだけどね…。」
「え?どこにですか?…その肌色のテープの下??」
「あ、いや…ネックレスにぶら下げてんだ。だから服の下。」
「へー…。」
「心臓に近い方がいいんだってね?だから、オレの方が正解!」
「へー!そうなんですか~。なんでも知ってますね!」
と、話していると入り口があいた。そこに、キレイな女の人が入ってくる…。
「ケイちゃん遅くなってごめんね~!あら、カズちゃん。お客さん?」
「弓美さん、オレの会社の後輩。ちょっと30分くらい飲んでた。」
「あ…でももう、閉店らしいんで…でます…。」
「あら、ごめんね~。最近イレギュラーで閉店早めてんのよ。」
テーブルを拭き終わった女将さんが女性に話し掛けた。
「あ、弓美ちゃんお疲れ!」
「いつもありがとね。ケイちゃん。」
「じゃ、ダンナ様帰りますよ~…。…あ…やっぱり。」
「え?」
「洗ってない。」
「今洗いまーす!」
係長は焦って立ち上がり、あたしの前の食器までとって厨房に入り洗いはじめた。女将さんは
「ごめんね。佐々木さん。慌ただしくて。」
「いえ…ごちそうさまでした。おいくらですか?」
「いいのよ~。ダンナの晩酌のビールなんだから。タダ。」
「えー申し訳ないです。」
係長、洗いものをしながら
「佐々木クン。いいよ。ごちそうします。」
「あ…じゃぁ…スイマセン。ごちそうさまでした。」