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鏡に注目して緊張感に包まれていた部屋、今はそれが若干ゆるんでいる。
魔道具調整担当の緑樹がまた、鏡を調べ出したところをみるとなにやら不都合が生じたようだった。
部屋の大半の者は静かにその作業を見守ることにした。
銀嶺は自分の、この感情の発露に戸惑っていた。
誰も気付かないだろうけど、美しく整った面はひきつり若干険しくなっているし、両手もぐっと力をいれていないと震えてきそうだった。
「銀嶺さま、もう一度調べてみます。申し訳ないですが、少々時間を頂きます」
緑樹がすまなそうに言うのに取り繕って短く答える。
「いえ、よろしく頼みます」
鏡を選んで持ち込んだのは銀嶺で、緑樹は骨董品で扱いづらい魔道具を使えるようにと調整してくれている。
緑樹に苦情を言うのは間違っている。
だが、しかし・・・・・・。
銀嶺は今日のこの日を本当に楽しみにしていたのだ。
長い間引きこもっていたが、癒しの精霊のために出来る事を考えて、骨董品の鏡を引っ張り出し、魔術師長と連絡を取り、鏡の試運転で調整が必要なことがわかり、研究室に繋ぎを取り、関係者の選定等々、いろんな人々を巻き込みつつ頑張ったのだ。
こんなに働いたのは何年ぶりだろう、と数えようとして早々に諦める。
とにかく大変だったけど、何とか今日を迎えることが出来た。
それなのに。
鏡はぼんやりと癒しの精霊らしきものを映しはしたが、話しかけることすらできなかった。
鏡の魔道具は相手が働きかけてくれないと、こちらからは何も出来ないのだ。
鏡を使えば、すぐに癒しの精霊を呼ぶことが出来ると思っていたのに・・・。
混乱しているような、なにをしたら良いのかわからなくなっていた銀嶺の中にその言葉は、すっと入って来た。
「ホコリか何かつまってるの?叩いたら直るんじゃない?」
薔薇の言葉に反応する部屋の人々。
そんな乱暴な。
しかし、銀嶺には正しい事のように思えた。
銀嶺は自分のために置かれていた、彫刻を施された立派な椅子を軽々と持ち上げた。
そして、鏡にぶつけようと振りかぶった。
「ーーーーーー!!!」
声にならない皆の悲鳴が聞こえた気がした。
薔薇の呆気に取られた、間抜けな面。
貴婦人たちは、口元に手を当てている。
状況を理解出来ないのか、固まった者も多数。
銀嶺はもちろん、椅子をぶつけれは直るとは思ってはいない。
ただ、この間違った状況は打開出来るし、元凶を消してしまえばスッキリすると思う。
しかし、振りかぶり、下ろそうとした手は、もちろん・・・・・・・・・周りから伸びてきた手によって止められた。
椅子は薔薇の副官たちが、必死の形相でつかんでいるし、守ろうとしているのか、緑樹が鏡にしがみついている。
後ろから走ろうとして、にぎやかに机を蹴飛ばしズッコケテる者もいる。
銀嶺が椅子から手を離すと、副官たちは力を入れすぎていたのか多少よろけていたが、危険な場所から椅子を遠ざけてしまった。
緑樹はまだ鏡にしがみついている。
皆、なんだか髪が乱れていたり、服装がくずれていたりして、慌てぶりを見せている。
銀嶺だけがいつもと変わらず、涼しげな姿だった。
「わたしが悪かったわ」
薔薇は部屋の皆に頭を下げた。
いや、冗談だったのよ。
だけど、
「時と場合を選ぶべきだった」
本当に口は災いの元なのだ。