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物の怪

作者: みつき

『いいかい? 誰かに見られているんじゃないか……誰かが後ろに居るんじゃないか……そう思う時は、絶対に後ろを振り向いちゃいけないよ? 振り向いたが最後、物の怪に喰われちまうからね』



 ――それはいつかの夏休み。


 幼き日の私は、学校が夏休みに入ると祖母の家に泊まって過ごしていた。祖母の家は、山と田畑に囲まれた田舎。

 面倒臭い夏休みの課題を片付けるのに適した静かな環境だったのと、煩わしい親から逃げ出す事のできる理想的な世界だったから、私は夏休みになると毎年祖母の家へ行く様になっていた。

 そして一番の理由は、私の祖母……おばあちゃんに会えるから。


 祖母は時折、田舎ならではのお伽噺等……不可思議な物語を教えてくれる。そんな幻想の使者の様な祖母が大好きだった。

 都会に住む私にとって、現実から掛け離れたその夢物語は、どんなに良く作られた映画やドラマなんかよりも素敵な世界で……きっとあの頃の私は、リスザルの様なキラキラした真ん丸の瞳で話に聞き入っていたと思う。


『もし振り向いたら大変な事になるよ。それでも物の怪は振り向かせようと躍起になるからね。気を付けないといけない。少しでも気を抜いたら、喰われちまうよ』

 不可思議な話は常だったけれど、何故かこの話は私の記憶に焼き付いていた。




 ――深夜の一時過ぎ。


 仕事で遅くなって、周囲は暗闇に覆われていた。そんな中、夜道を歩いていると……祖母の話を思い出してしまった……よりによって、この状況で。

 あの頃は不可思議な夢物語であったけれど、この状況は恐怖心を掻き立てる燃料としかならない。

 別段、私の状況に何か起こる訳ではないのは分かっているけれど、あの話を思い浮かべると背後がどうしても気になってしまう。

 何も無い。絶対に何も無い。其処には来た道があるだけで、誰かに見られているなんて事も有り得ない。


 冷静な“状況判断”と言う武器で恐怖心を打ち砕こうとするも、そうすればする程に意識をしてしまう。


 嗚呼、振り返りたい。



『絶対に後ろを振り向いちゃいけないよ』

 思い返すあの言葉。


 “喰われる”とは、何なのだろう。

 物理的に肉体を喰われてしまうのか、ベタな怪談の心霊的に魂とやらが喰われてしまうのか。そもそも、私はお伽噺は好きだけれど、霊や妖怪の類が存在すると信じている程、子供ではない。

 現実の証明を行う知識や手段が無かった時代が生み出した“よく分からない怪しい物・出来事”が、それなのだと理解している。

 振り返っても何かある訳ではない。そうに決まっている。

 仮に物の怪なる異形の存在が居るのならば、非現実が現実になる瞬間があるのならば、見てみたい。


 幼き日の世界は素敵だった。

 見るもの聞くもの全てが初めてで、一つ一つ私の世界が増えていく様で、まるで私が幻想世界を生み出す神様みたいに思えて、素敵だった。


 神も魔も架空の作り事だと知った時、私は大人になったのだろう。全ての理は至極単純な出来事から成っていると気付いてしまった。

 毎日仕事を頑張っても、恋人と上手く付き合っていこうとしても、友人を大切にしようとしても、そんな私の世界はたいして大きな変化は起こらない。

 どれだけ何かをした気になっても、この夜道に居る様に一人ぼっち。何も無い背後に怯えてしまう弱い一人。


 幼い私には考えた事の無かった疑問。

 ――何の為に自分は存在しているのか。

 ――自分は存在しているのか。

 ――存在とは何なのか。


 例えそれが物の怪と云う“よく分からない物”を具現化した人の生み出す勝手な認知であっても、異形の生き物であっても、幻想であっても、そいつは私を……私の存在を見ているのであれば……私の存在を少なからず認められるのではないか。

 喰らう事のできる存在として、私は此処に居ると認められるのではないか。


 そんな不毛な事を浮かべる自分が滑稽で、笑ってしまう。我ながら、なんと面倒臭い私だ。


『絶対に後ろを振り向いちゃいけないよ』

 祖母の言葉を避けて、私は後ろを振り向く。



 歩んできた道を振り向けば其処には物の怪も何も無い、申し訳無さげに街灯が照らす夜道があるだけ。

 当たり前の事だ。

 期待していた物も、期待していなかった物も何も無く、只々何も無い夜道。不可思議な空間ですら欠片もそこには見当たらない夜道。



 嗚呼……幼き日の思い出も、私の存在も、何もかも喰われてしまった。


「さよなら、おばあちゃん」

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