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空の子 サク  作者: そうじ
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空の子、サク

 少女は海に臨んで立っていた。

 月のない夜である。

 受胎の時が迫っていた。

 低い灯篭に貧しい灯りが揺れていた。灯りは少女の白い顔を浮き彫りにしている。青い瞳。切れ長の目。きりりとした眉。黒髪が闇と同化しながら、まっすぐに腰まで垂れ渡り、重たく揺れている。白い長着がぼんやりと明るく、しなやかなからだの線を象っている。湿気を含んだ風が、ぬめるような白い肌を軽く打ち付けた。

袴を穿いている。わずかな灯が見せる色は桔梗色であろうか。両腕はだらりと降ろされて、風になびく袴に見え隠れしている。

 少女は笑った。

 それは邪気のない純粋な微笑みであると同時に、不気味な光を放っている。

 少女の名は「サク」という。

 「空の国」の巫女である。

 空の国は、その人口わずか二千人程度の、海辺の小さな国である。北・南・西の三方を高い山に囲まれ、東方は海に面し、四方にしたがって四つの村がある。それぞれの村には村役が配置され、巫女の指導を受けながら子孫を残してきた。

 国の人々は「お空さま」という空の神を崇め、自らを「空人そらひと」と呼んだ。

 空人は、「やみひと」の恐怖に怯えて生きていた。やみひとは実体がない意識体だけの存在であり、その正体は不明である。彼らは「やみ」から沸き出て、人・動物・ものを「呑み込み」、やみに消えていく。

 そのやみひとを祓うのは巫女であり、巫女によって国は存続している。巫女には組織を統べる力を持つが、特に必要なのは祓いの力であった。巫女の肉体は人でありながら、内なる力は強大な光そのものである。そこに存在するだけでやみを退け、祈りを捧げれば光を発してやみを祓う。

 空人も、火や光、巫女より与えられた祓い具によって、やみひとを祓うことができるが限度があった。また稀に祓いの力を持っている空人もいるが、巫女の力には及ばない。

 巫女は、満十五になって最初の月のない夜に受胎をする。お空さまの力が空から降りてきて「身ごもる」のである。生まれる子はすべて女であり、「空の子」と呼ばれる。一生涯で二人を身ごもることはなく、始祖より二千年もの間、直系のみがつながれてきた。

 巫女には代わりがいない。故に巫女の生命力は強く、お空さまの特別な力で保護されていると、空人たちは信じてきた。また、そう信じるだけの奇跡が見せられてきた。

 巫女は、成熟も早く若さを保つ期間も長いが、その命は短い。

 巫女は同時に三代まで存在する。生まれた子が次の巫女となるべく、母と祖母から教育を受ける。自分の子が子を身ごもると、祖母になった巫女は「大巫女」と呼ばれ、孫が子を身ごもるとあっさりと命が尽きる。


 この夜はまさに、満十五になったサクの、最初の月のない夜であった。


 サクには、母「ヨウ」と、祖母「ライ」がいる。

 ヨウもライも、今までの巫女とは比べものにならないほど強い力を持っていた。巫女の力はお空さまより与えられる、という。

 巫女はそれぞれの「星」を持つ。

 例えば、ライは「雷」、ヨウは「陽」、サクは「策」である。

 巫女の星は、受胎の夜にお空さまの力とともに降りてくる。それが巫女の名前となり、巫女や空人が常に、その名前を呼ぶことで、与えられた力を発揮する。音は天に通じ、自らの肉体を支配し、国全体に力が及ぶ。巫女はいわば執政者である。その巫女を介して、お空さまの治政が行われてきた。

 巫女の力が弱いと国にはやみが蔓延する。一家まるごと呑み込まれることさえ珍しいことではない。そうなれば、人々は恐怖におののき、おのずと犯罪や病人も増える。

 ライが産まれた頃は、その母・祖母の力が弱く、国は荒んでいた。

 しかし、ライは三歳の頃から、雷を呼び、自身の光を増幅させ、やみを一気に祓う力を発揮していた。空からひしめくように降りる絶対的な光に、やみひとの襲撃は急激に減っていった。また、その光はお空さまからいただく直接の光として、空人に勇気と希望を与えた。その仕事は、荒れた土地を開墾し種を植えるかのようであった。

 ライはヨウを産む。

 「陽」の星を持つヨウは、その祓いの力もライに劣らない。雷を呼ぶことはないが、その性質は太陽の光に疑似する。その時々の状況を見極めて、熱くも温かくも変化した。

 また、ヨウは人々に常に愛情を降りそそいで方向性を示す。細部まで思いをを伝え、隙のない国作りを目指した。荒れた土地の開墾をして種を植えたのがライであれば、そこに養分を与え、豊かにしたのはヨウであった。ヨウは善悪の見極めに長け、人望も厚かった。それだけに間違ったことが許せない潔癖な性格であった。

 そんなヨウである。我が娘サクへの教育は、ことのほか厳しかった。いきすぎとも思えるそのやり方は、なにかに怯えているようでもあった。

 ヨウは、サクの存在が怖かったのである。

 サクの力は尋常ではなかった。力が「優れていた」というのであれば「嫉妬」を覚えるだろう。しかし、そのレベルではなかった。絶対的な力に出会ったとき、人はその存在を神と崇めるか、悪魔と恐れるかのいずれかである。

 ヨウにとってのサクは、悪魔の類と同じ意味を持った。

 力の強いライ、ヨウでさえ、力の目覚めは三歳を超えたころであったのに、サクの力の目覚めは異常に早く、力量・性質ともに驚愕に値した。

 本来、巫女はやみひとを「祓う」。しかし、サクは違っていた。

 サクが一歳の頃、ある昼下がりのことであった。家の近くでやみひとの気配がして驚いた。

 やみひとは、陽が当たっている場所に現れることはない。したがって、人里に日中現れることはほとんどない。山奥や海底などの陽の当たらない場所であれば、昼夜関係なくやみひとは存在する。

 巫女は常にやみの気配に敏感である。やみひとが出現すると、それぞれの巫女で若干の差異はあるものの、たいていは首筋に悪寒を感じる。力の強い巫女であれば、かなり離れた所でもやみの気配を察知できる。やみひとは巫女には簡単には近づけない。巫女の内なる力、光の性が強いためである。

 そのときのやみは、ヨウを避けるようにして地下から忍び寄ってきた。

 小さなサクが近くの畦にいる。ヨウは慌ててサクに駆け寄った。

 そこで信じられない光景をみた。

 やみが、ゆっくりとサクに近づく。サクは近寄るやみひとに掌をかざす。

 と、やみがぴたりと止まった。

 サクがその手を上下左右に振り回し、やみは弄ばれるままに動く。そしてサクは、なんとその様子を見てきゃっきゃっとはしゃいでいるではないか。

 サクがやみを呼び、遊んでいる、とでもいうのか。

 ヨウは呆然と見守ることしかできなかった。

 それだけではなかった。

 やみから出てくるやみひとを一つ一つ潰していた。つまり、消していたのである。

 ヨウは背筋が凍り付くのを感じた。私たち巫女はやみひとを消すことはしない。やみひとは祓うのだ。消すことは殺すことになる。やみひとを殺してはならないというのが掟である。

 なんということを!

 サクに声をかけようとして、ヨウの喉からは声が出なかった。気配に気づいたサクはにっこりとしてヨウを見た。無垢で純粋な笑顔で。

 このことは誰にも知られてはならない。母ライにも絶対に知られてはならない。私がこの子を更正させる、とヨウは固く決した。

 ヨウは厳しくサクを教育し、管理した。

 しかし、サクはその力をますます強めていく。

 幼いサクは愛する母に認めてもらえないことが悲しかった。自分の力を発揮できないことがもどかしかった。サクは、自分の力を制御するにはあまりにも幼かった。こっそりやみひとを呼び、そして消す、という作業を続けていた。その作業が楽しくてたまらなかった。だが、サクの心は常にむなしかった。

 母上は私の力をお認めにならない。やみを呼んではいけない、やみひとを消してはいけない、という。どうして私を認めて下さらないのだろう。私はこんなにできるのに。だって、やみひとを祓うからまたここに来るんでしょう? 殺しちゃえばいいのに。なんて頭が悪いんだろう。私が母上より力が強いから、私を妬んでおられるのだ。母上は私をいじめているのだ。

 そう思えて、サクはいつも泣いていた。

 が、九歳を過ぎた頃から、サクはやみを呼ぶこともやみひとを殺すこともしまくなった。泣くこともなくなり、明るく元気な子どもに成長した。ヨウは、教育の成果が出たことに安堵した。

 同時にサクの祓いの力は小さくなり、ライやヨウに比べると七割程度の力にとどまった。しかし、国の指導者としての能力には目を見張るものがあった。指導者というよりは改革者であった。十歳を過ぎると、ライやヨウでは考えも付かない組織作りを手がけ、四つの村の協力体制・教育の制度化を目指し、次々と実現させた。

 実のところ、サクは一つの結論に達しただけであった。私の力はだれにも理解できない。母でさえ理解しえないのだから。だったら私はだれにも心を開かない。表向きは母や祖母よりも祓う力が少ない、おとなしい巫女を演じる、と。祓いの力を発揮できない、のではなく、意図的に発揮しなかったのである。

 力を使えば母の厳しい叱咤が来ることも理由の一つではあった。しかし、真の理由はサク自身、力を持て余していたことであった。ひとたび力を開放しようものなら、制御できないおそれがあった。体の成長に伴い、サクの力は増大していたのである。

 「空の国の巫女」として生を受けながら、サクは「巫女」として歓迎されない力を持たされた。まだ幼いサクがその力を隠して生きていくと決めたことは、仕方のない決断であった。

 サクは、その力ゆえに不幸であった。


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