それぞれの過去〜番外編〜
僕は父が嫌いだった。軍人の父は、僕を父と同じ軍人にするために、物心がついた時から厳しい訓練や戦術の勉強などを僕に強要した。
僕は軍人になってなりたくなかった、僕は戦争なんてしたくなかった。人を傷つけるのは嫌だったし、誰かが死ぬのも嫌だった。でも、父に反論すると殴られるから、僕は仕方なく訓練や勉強をしたんだ。
あれはいつのことだっただろうか・・・僕が初めて彼に出会った日、自分の中で何かが変わるきっかけとなった、あの短い日々のことを・・・。
西暦1997年、春。
人気のない朝の海岸を、一人の少年が歩いていた。金色の髪をしていて、その顔にはまだまだ幼さが残っている。歳は八歳前後といったところである。少年は特に何をするわけでもなく、傍に広がる青い海を見ながらゆっくりと海岸を歩いていた。
「きれいな海だよね・・・今もどこかで、戦争が起きてるなんて忘れちゃいそうだ」
一人、そう呟きながら歩いていく少年。その声には、沈痛の色が含まれていた。今は戦争の真っ只中である。彼がいる地域は比較的安全な場所ではあるが、いつ巻き込まれるかは分からない。
少年が歩いていると、一つの小さな人影を見つけた。
「・・・?」
その人影は動くことなく、砂浜に座り海を見ている。少年は不審に思い、その人影に近づいていった。近づくにつれ、はっきりとその人影が確認出来るようになった。黒い髪をしている少年で、金髪の少年よりは背が低く、その横顔は感情を知らないかのような顔だった。
「こんなところで何してるの?」
金髪の少年が横に並び、そう声をかける。黒髪の少年は横目でそちらを一瞥し、「海を見てる」、と一言だけ答えた。
「僕と一緒か・・・」
黒髪の少年の横に座り、金髪の少年も同じように海を見る。黒髪の少年は隣に座った少年を特に気にせずに、海を見ていた。
「君の名前はなんていうの?」
金髪の少年は、何の気なしにそう聞いてみる。黒髪の少年は、顔を海のほうに向けたまま聞き返した。
「名前って何?」
そんな答えを予想していなかった金髪の少年は、困ったように頬に人差し指を当てた。
「何って・・・?難しく言うと、個人や個体を分類するためにそれにつけられたもの。簡単に言うと、周りの人から呼ばれる時に使われるもの・・・かな」
金髪の少年はそう答える。黒髪の少年は、少年の答えに特になんの素振りも見せずに口を開く。
「インフィニティー」
「インフィニティー・・・?すごい名前だなぁ、あれと同じ名前だなんて。僕はランス、ランス=レンフォード。よろしく、ティー」
インフィニティーと名乗った少年は、そこで初めて隣に座っているランスに顔を向けた。
「ティー?」
「インフィニティーじゃ長いから、ティーじゃ気に入らない?」
インフィニティーは無表情で何かを考えた。数秒の間の後に、「それでいい」、と小さく呟いた後また海に視線を戻した。
「じゃあティーで決まりな。・・・僕同じ年代ぐらいの子とはほとんど話さないから、良ければ友達になろうよ」
ランスは物心がついた時から、ランスの父やその周りの軍人ぐらいとしか面識がなかった。だからこそ、歳が近いティーにはなんとなく親しみを感じていた。
「友達って何?」
「それも知らないのか・・・友達っていうのは、一緒に遊んだりすることかな、仲良くしたりさ」
ランスにも友達の定義はいまいち分かってはいなかった。勉強はしていても、実際に友達がいたことはなかったからだ。
「よく分からない・・・けど、いいのかそれ?」
「うーん・・・楽しくなると思うよ、一人よりも二人」
説明するランスの言葉を聞きながら、ティーは首をかしげる。
「やっぱりよく分からない・・・でも、お前とは、その友達ってやつになれそう」
無感情に言うティー、ランスはその言葉を訂正した。
「お前、じゃなくてランスだよ」
「ランス」
ランスは笑いながらティーを見る。
「変なやつだなティーは、お前となら仲良くなれそうだよ」
ティーはその言葉を聞いてランスに視線を動かす。
「お前、じゃなくてティー」
無感情にそれを言うティーに、ランスは笑わされっぱなしだった。
ランスがティーの正体を知ったのは、その出会いから一週間後のことだった。それを知ったランスは、さらに親しみを覚えはしたものの恐怖の念などは抱かなかった。軍人として生まれ育てられるランス、兵器として生まれ育てられるティー、差があるとはいえ二人は同じ境遇の元生まれ育ったのだから。
ランスは朝に海岸を散歩するのが日課になっていた。今日もティーの隣に座り、海を眺めながら他愛のない話をする。
「しかしティーも毎日いるよなぁ、することないのか?」
「ランスも毎日来てる、暇なの?」
ランスとティーが出会ってから一週間、相変わらず無感情的なティーだが、多少の変化が間違いなく彼にはあった。ランスは苦笑しながらそんなティーに返す。
「僕はこう見えて、結構忙しいんだよ・・・父さんが戦争に出てるから、まだゆっくりしてられるけどね」
父がいない間でも訓練や勉強は怠ることが出来ないランス、父の存在は彼のそばにいなくてもいつも彼を縛っていた。
「ふーん・・・ランスはその父さんってやつが嫌いなのか?」
「嫌いだね、僕は軍人なんてなりたくないのに・・・いつもいつも自分のことを押し付けてくる」
ランスはティーによく愚痴をこぼしていた。周りの大人に言えない自分の本音を、正直にティーに言えることがランスは好きだった。
「嫌いとか、感情はよく分からない。でも、嫌いなら殺せばいい」
淡々と言うティーに、ランスは困った顔をした。
「そんなことは出来ないよ、一応父親だからね」
「なんで?ランスが嫌なら、殺せばいいだけ」
ティーはいつもこんな感じだった。そんなティーを、ランスはいつも複雑な心境で見ている。
「ティー、人が人を殺すのは、悪いことなんだよ」
「だって戦争だろ?味方も敵も関係ない、殺すのは同じ人間」
ランスは胸が痛んだ。ティーのような人間を作ってしまった戦争が、何より彼は嫌いだった。
「それでも・・・人が人を殺すのは悪いことなんだ。たくさんの人が、悲しむよ」
「俺は悲しまない、感情なんて分からない」
ランスは少し考えて、口を開いた。
「じゃあ、僕も殺すのか?ティー」
「殺さない」
何も考えていないかのように即答するティー。
「どうして?」
「友達だから」
ランスは、ティーのそんな当たり前の返事を聞いてしばし唖然とした。しばらくしてから、ランスは苦笑しながら言った。
「なら、みんなと友達になればいい、そうすれば誰も殺さないですむよ」
「そんなこと不可能だろ」
そう、確かに不可能だった。そんなことが出来るのなら、戦争なんて起こるはずがないのだから。
「それでも、誰も殺さない世界、殺されない世界、そんな世界を僕は見てみたい」
「・・・ランスの言うことはいつもよく分からない。でもそんな世界があったら、きっと俺はいらない」
何を言うにしても無感情なティー、確かにその言葉も無感情ではあったが、ランスにはどことなく哀しさや虚しさがその言葉には含まれてるような気がした。
「どんな世界でも、ティーは必要だよ。僕は友達がいなくなるのは寂しい」
「そうか、俺もランスがいなくなったら・・・やっぱり寂しく思うのかな」
いつも感情なんて分からないと言っているティーだが、その言葉は感情を知っている人間のものだった。ランスは微笑みながら、言う。
「そういう気持ちが大切なんだよ、だからこそ戦争なんていらないんだ」
戦争なんてない方がいい、とその時のランスは強く思っていた。
一ヵ月後、父が死んだ。実際にはそれを見たわけではなく、軍の人からそう聞いたものだった。それを聞いたとき、ランスは何も思わなかった。父が人を殺してきたように、父もまた、誰かに殺されただけに過ぎなかったのだから。
「・・・」
ランスは自分の部屋の隅に一人、座って黙り込んでいた。
(哀しくなんてない・・・哀しくなんてないのに・・・どうして・・・?)
何かから自分を護るように、がくがくと震える膝を抱いて座っているランス。力の抜けた目からは、涙がしきりなしに流れていた。
(どうして・・・涙が止まらないんだろ・・・)
理由の分からない涙が止まらないランス、彼はしばらくの間泣いた後、瞼を赤くしたまま立ち上がった。
「ティーに・・・会いに行こう」
誰かに言うわけでもなく、そう呟いた後ランスは自分の部屋を後にした。
「やぁ、ティー」
いつもの海岸、いつもの砂浜、そこにはいつも通りティーが座っていた。ランスは声をかけた後、ティーの隣に座り、一緒に海を眺めた。
「・・・どうかしたのか?」
ティーのその言葉に、びくりと体を震わせるランス。少しの間をあけてから、ランスは絞るように声を出した。
「父さんが・・・死んだ」
「それで、ランスは哀しんでるのか?」
ランスは首を振った。哀しいなんて、一度も思わなかったからだ。
「じゃあどうして、泣いてるんだ?」
「泣いてなんかない!」
とっさに口調が荒くなるランス。確かにランスは今は泣いていなかった。多少瞼は赤くなっているが、涙はもう出ていなかった。
「哀しいことがあると涙が出るって、教えてくれたのはランスだろ?」
そんなランスを気にすることなく、ティーはいつも通りの口調でそう言う。ランスは視線を落とし、虚ろな瞳で答える。
「哀しくなんて・・・ない、泣いてなんか・・・いない」
「よく分からないけど・・・ランスは泣いてる、俺の肌がそう感じてる」
それはティーにしか分からない程の感覚だった。ランスは虚ろな瞳のまま、ティーに語りかける。
「・・・そうだな、泣いているのかもしれない・・・」
哀しくなんてないと強く思っていたランスだったが、本当のところは自分自身分かってはいなかった。胸に穴が開いているような感覚が、ランスを悩ませた。
「慰めの言葉なんて、俺は分からないから出来ないけど・・・泣けばいいんじゃない?泣きたい時に泣けるのが、人間なんだろ?ランスが教えてくれた」
ティーの言葉は、今のランスにとどめをさすには十分すぎるほどだった。ランスは先ほどのように、膝を抱え泣いた。
「誰かのために泣けるのは、正直うらやましい」
人間の感情がいまいち分からないティーには、哀しみも涙も関係ない話だった。しかし、この時ティーはランスをうらやましいと心から思った。
泣いているランスの隣に座り、無言でいるティー。ランスはひとしきり泣いた後、口を開いた。
「・・・僕は戦争をなくしたい」
「ランスがそう望むのなら、やればいいと思う」
ランスの中で何かが変わり、強い意志を抱かせた。周りから見たら子どもの戯言だったかもしれないが、この時、ランスは心からそう願った。
この後、ランスは自主的に訓練や勉強に励んだ。戦うためではなく、戦争を失くすための力と知恵を欲したからだ。その反面、遊ぶことにも力を入れていた。ランスはティーを連れて、色々なところで一緒に遊んだ。人との交流なしでは、戦争をなくせる人間になんてなれるわけないと、ランスは思っていたからだ。実際、ティーから学ぶことは多かったし、ティーに教えることも多かった。色々な理由があったが、何よりランスはティーと一緒にいるのが楽しかった。その楽しい時間も、一年とたたずに幕を閉じることになった。
西暦1998年冬後半、その年の昨年のティーの活躍により無事戦争を終えることが出来たアメリカは、ティーを監禁しようとした。戦争での英雄も、実際に戦争が終わってしまえば単なる大量殺人犯のようなものだ。特にティーは生物兵器であり、野放しにしておくのは危険だとアメリカは判断した。
「本当に行っちゃうのか?ティー」
「まーね、戦争も終わったことだし・・・わざわざ監禁されてまでこの国にいる気はないよ」
ランスは心配そうにティーを見る。そんなランスに、ティーは笑いながら言った。
「俺がいなくなって寂しい?」
ランスは苦笑しながら、答えた。
「生意気言ってるなよ、別にお前がいなくたってやっていけるさ」
一年足らずの絆だが、二人の間には友達を超える何かが芽生えていた。
「相変わらず素直じゃないなぁ・・・なぁ、今更だけど、これからは兄さんって呼んでいい?」
「いきなりどうしたんだ?」
ティーは気恥ずかしげに言う。
「色々教えてもらったり、世話になったしね・・・ほんとに、兄のような存在だったからさ」
「僕もティーには感謝してる、ティーがそう呼びたいならそう呼べばいいさ」
しばらく視線を合わせあう二人・・・先に口を開いたのはティーだった。
「平和な世界が訪れることを、どこかで願ってるよ・・・またね、兄さん」
ティーはランスに背を向けて、歩き出す。その背に、ランスは声を投げた。
「ありがとう、またどこかで会えるといいな」
その言葉にティーは言葉を返さなかった。その言葉を背に受け、ティーは頬に涙を流しながら颯爽ととびさっていった。
ティーがいなくなってから、ランスは色々と忙しかった。訓練や勉強。また、父が軍人として高い地位にいたため、歳若くして軍に抜擢されたランスは、軍務などに圧迫され、悩まされていた。
「こうして軍にいると・・・よく分かるな」
自分が望んでいることへの実現・・・ティーや子どもの頃の自分などの犠牲者を増やしたくない、だからこそ戦争をなくしたい。しかし、夢を追うには現実はあまりにも厳しかった。戦争が終わったとはいえ、前のように豊かな国に戻るには時間と手間がかかるし、何より日本側は未だに戦闘意欲がなくなっておらず、油断は許されなかった。
忙しい日々に身を置き、気づけばランスは十九歳になっていた。その間にやってきたことは、皮肉にも彼が叶えたいと思っていたことの逆だった。第三次世界大戦時敵国の反乱勢力の鎮圧や、自国内の暴動の鎮圧、そんなことを繰り返す内に、ランスの子どもの頃の夢は消えていた。どうあがいても、人は争い、誰かを傷つけてしまう。思い通りにいかない日常に、ランスの心のジレンマは爆発寸前だった。
「無理なのか・・・?戦争や争いをなくす、なんてことは・・・」
いつしか、ランスは自分の夢を捨てた。軍の上位に立ち、兵を指揮する立場のランスに、甘えや同情は許されなかった。戦争はしたくない、だからといって自分のそんな甘い幻想で自分の部下たちを死なせるわけにはいかなかった。
「あいつが一緒にいたときは・・・なんでも出来る気がしたのにな」
ランスはいつも隣にいた少年の顔を思い出す。
(今も元気でやっているかな?)
そんなランスの心中を察するかのように、国の最高権力者・・・大統領より任務が下された。
「日本が不穏な動きをしている、彼・・・インフィニティーに助力を願ってきてはくれないか?」
こうして、皮肉なことに、ティーと久しぶりの再会をするのはランスではなく、軍人としての彼となったのだった。
しかし、ティーが力を貸さないことなど分かっていたランスは、軍人として最善の計画を密かに練っていた。
「汚れ役でも憎まれ役でもかまわない・・・また戦争が起きるぐらいなら、最低限の犠牲で終わらせるにこしたことはないんだ」
そう力強く心に決め、ランスはティーがいる国・・・日本へと飛び立っていった。
ほぼ全キャラ過去話考えてますが、とりあえずメインキャラのこの人でいってみました。次話も過去話だったりするわけなんで・・・本編は少し待ってね(ぁ




