切ない想い
季節の変わり目の五月、気温はだんだんと上がり、春の風は夏の風へと変化をし始める。月夜たちの高校では、日々の気温差を考えて五月中頃から六月末までは冬服・夏服どちらを着用しても良かった。
薄手で長袖のYシャツにスラックスという夏服・冬服の中間の格好をした月夜が苦々しく呟く。
「結局姉さん帰らなかったね・・・家あらされてないと良いけど」
月夜の隣を歩く楓。楓は長袖のセーラー服から半袖の夏服に切り替えていた、スカートも生地が少し薄手の夏服仕様だ。楓も月夜と同じように、苦々しく呟く。
「結局色々うやむやのまま終わっちゃったもんね・・・うう、頭が痛い」
楓の頭の痛さは、茜のことではなく昨日楓がつい飲んだものに原因があった。
「俺も頭痛いんだよなぁ・・・」
月夜もまた、楓と同様の理由だった。
「やっぱりお酒は飲んじゃだめだよね・・・うん」
「ん?何か言った?聞こえなかった」
小さく呟く楓の声は月夜には届かなかった。元より、月夜には聞かれたくないから小さく言ったのだろう。
「なんでもない・・・うー」
学校が好きな楓としても、さすがに調子が悪い時に喜んで行けるほど能天気ではなかった。そのまま気だるげに歩く二人、そういえば、といきなり何かを思い出したように楓が口を開く。
「この前の続き、月夜は私とお姉ちゃんどっちがいいの?」
しつこいと思えるほどの楓の発言だが、楓自身にとってはやっぱり気になるところであり譲れないことだった。
「まだ言うか・・・秘密、と言いたいところだけど、楓は納得しなさそうだな」
月夜は隣の楓をちらりと見る。もちろんその横顔は納得がいかない!という顔だった。
「・・・言わないでも分かるだろ?」
はぁ、と溜め息混じりに答える月夜。
「月夜の口から言ってくれないと意味がないの!」
譲れないという感じの楓。楓はこう見えて結構頑固なところがあり、こうなったら中々ひかない。月夜は、仕方がないといった感じで諦めた。そして逃げた。
「あっ、こら、まちなさーい!」
「待てと言われて誰が待つか!大体から・・・そんな恥ずかしいことが言えるかーー!」
月夜を追いかけて走る楓。今までの態度と言葉から十分に楓への気持ちを暴露し続けてきている月夜だが、面と向かって言うのはやっぱり恥ずかしい初心な月夜だった。
今日も一日学校が始まる。楓は多少痛む頭をおして授業に臨んでいた。一方月夜は、相変わらずぼーっとしていた。
月夜は一日に一回は先生に怒られている、それだけ授業中に寝ているかぼーっとしているかをしている。それでも指されて問題を出されても、十二分な答えを出すことが出来ていた。
楓はそんな隣の席の月夜を見て、「うー」、と漏らしていた。
午前の授業が終わり、昼休みが始まった。
「どうして月夜が勉強出来るんだろうね・・・」
深刻にそう呟く楓。
「どうして楓は本人を目の前にしてそんなことが言えるんだろうな・・・」
隣の席から言われた月夜は、さらに深刻にそう呟く。とはいえ、今までに何度も言われてる月夜としては、そこまで気にする問題でもなかった。
「お二人さんっ、相変わらず仲良いね」
「そうね、朝も仲良く一緒に登校していたわよね」
そんな二人の会話の間に、二人の男女が割り込んできた。
男の方は、一言で言うなら軽そうなイメージがある人間。髪は茶髪で立てている。本人いわく、「毎日ワックスでセットしてるんだぜ、寝癖じゃないんだ!」、らしい。顔はそこそこかっこいいが、面白い人として女子に格付けされているためもてない。名前は飛騨利樹。
女の方は、一言で言うなら歩く生徒手帳、といった感じの人間。言葉の意味どおり、真面目で頭が良く、模範的生徒なのである。知的な眼鏡がそれに輪をかけていた。髪は黒で、首の少し下ぐらいの長さの髪を一本に後ろでまとめている。本人曰く、「眼鏡は体の一部」、らしい。顔は可愛いというよりもきれいといった感じで、密かに男子内での人気は高い。名前は木曽根紫
対照の位置にいるようなこの二人だが、なぜかよく一緒にいて仲が良かった。そしてこの二人は、高校で一番仲が良くなった楓と月夜の友達なのだ。
「よう二人とも。仲の良さならお前らのほうが上だろ?」
「やほ。そうだよね、いつも一緒にいるもんねぇ」
にやにやと笑う月夜と楓。そんな二人に利樹と紫は焦って反論する。
「ばっ、何言ってんだよ!俺はもっと理想高いっつうの」
「そ、そうよ、私だってこんな軽い男なんて」
月夜はそんないつもの光景を見て、笑いながら言う。
「はいはい分かった分かった、昼飯食べに行こうぜ、時間なくなるしよ」
椅子から立って歩き始める月夜の横に利樹が並び、肩に腕を回して月夜にだけ聞こえるように呟く。
「本当に違うんだからな・・・むしろ俺はお前が羨ましい、楓ちゃんみたいな可愛い子と仲良くしやがって」
(やれやれ・・・こいつも素直じゃないな、それにしても)
「楓がいいとか、お前も大分物好きだよな」
自分のことを棚に上げまくって、月夜はそう呟き返した。
そんな前の二人を見ながら、後ろからついてきている楓と紫もこそこそと喋っている。
「紫ももう少し素直になったほうがいいんじゃないの?」
「だからまだそんな関係じゃないって言ってるじゃない」
紫が無意識の内に言ってしまった言葉は、楓にしっかりと聞かれていた。
「まだ、ってことはその内なんだね」
含みのある笑みを浮かべながら、楓は隣の紫を指でつっつく。紫は少しだけ顔を赤くして、口元を抑える。
「だから・・・」
「大丈夫、利樹君が素直になれない内は言わないでおくから」
「もー!」
そんな会話をしながら購買部に向かう四人。全くもって人のことを言えた立場じゃない楓と月夜の二人は、人をからかう時だけやたら似ていた。
購買にてパンとジュースを買った四人は、屋上に向かった。四人は雨が降ったりなどしなければ、いつも屋上で昼食をとる。高校に入ってまだそこまで経ってない月夜だが、彼はこの屋上が好きだった。
「そう言えばよー、最近ここら辺で誘拐が多いらしいぜ」
利樹はパンの包み紙をはがしながら、唐突に切り出す。
「そうね、今朝もニュースでやっていたわよね」
同じようにパンの包み紙をはがしていた紫が答える。そんな中、月夜と楓は頭にハテナマークを浮かべていた。
「そうなのか?俺新聞とかニュース見ないから知らなかった」
「右に同じ・・・物騒な世の中だねー」
そう言いながらも、楓はのほほんとパンをかじっている。誘拐が多いと言っても、対岸の火事ぐらいにしか思っていないのだろう。
「お前らなぁ・・・結構近くの学校でも被害にあってるやつ多いんだってよ、今度の全校集会でも話ぐらいはあると思うぜ」
溜め息混じりに言う利樹。彼は結構情報通で、外見に合わず真面目な人間でもある、軽いことを除けば。
「そうなんだ・・・私も気をつけないと」
「大丈夫大丈夫、誰も楓なんか誘拐しないって・・・っぶ!」
楓に頭をはたかれた月夜は、口に入っていたパンを吐き出してしまった。
「汚いわよ、月夜君」
「今のは俺のせいじゃないだろ・・・楓、そうぽんぽん人の頭はたくのやめようよ」
「月夜が悪いんでしょ」
ふん、と顔を背ける楓。紫と利樹はそれを見ながら、「いつも通りだなぁ」、と笑っている。「そういえば」、と利樹が思い出した様に言う。
「楓ちゃんに限ったことじゃないけど、被害者はみんな女性らしいぜ・・・後変な噂があるんだよ」
「「変な噂?」」
楓と月夜は利樹に視線を集める。利樹は焦らすように間を空けてから。
「実はな・・・」
「神隠しかもしれない、ってやつでしょ」
紫の言葉に利樹が肩を落とした。
「俺が言おうとしたのに・・・まぁそれは置いといて、とにかくそういうわけらしいんだわ」
「神隠しなんてあるわけないじゃない、単なる噂でしょ」
「可能性だよ可能性、もしかしたらってこともあるだろ?」
「そんな非現実的なことが起こるわけないのよ」
言い争いを始める利樹と紫を見ながら、話についていけない楓と月夜は困っていた。
「だから!実際起きてるんじゃねーかよ」
「それは誘拐であって神隠しじゃないでしょ!」
「はいはいストップストーップ!!」
これ以上二人で白熱されては困ると思った楓が、二人を止めた。
「で、神隠しってなんだよ?」
楓によって止まった二人に月夜が疑問を口にする。一応落ち着いた利樹が口を開く。
「ああ、この事件さ、確か三回・・・いや四回だったっけか」
「五回よ」
「そうだ五回だ。今まで五回誘拐があったらしいんだけど、一回も事件現場の目撃者がいないんだってさ」
紫のフォローを受けながら、利樹は説明した。
「へー、それはすごいなぁ・・・それでなんで誘拐って分かるんだ?単なる行方不明かもしれないだろ?」
誰もが思いそうな疑問を口にする月夜。
「俺も最初はそう思ったんだけどさ、誘拐された人の私物が必ずそこに一つはおっこちてるんだってさ」
「付け足すと、落ちていた物は全部その人の身分を証明するものらしいわよ」
その話を聞いた月夜と楓は頭をかしげた。
「なんで必ず一つ、なんだろうな・・・」
「なんか怖いね・・・確かに神隠しって言っても不思議じゃないね」
「だろだろ?まぁ実際のところはどうか分からないけど、気をつけないとなぁ」
「楓は月夜君と一緒だし、安心よね」
そう言いながら横目でちら、っと利樹を見る紫。紫と利樹は家が逆方向だから、一緒に登下校することはまずない。
「紫も利樹君に送ってもらえば?」
そんな紫の気持ちを察したのか、何気なく楓が言う。
「家逆だからめんどくさいんだよなぁ・・・紫がどうしても、って言うなら送ってやっても良いけど」
利樹のその言い方にかちんときた紫は、反論するように言う。
「利樹に送ってもらう必要なんてないわよ!それに、利樹と一緒の方が危なさそうだもの」
「なんだとー!」
またしても言い争いを始める二人。楓はそれを見て、どうしていつもこうなんだろう、と頭を抱えたくなった。月夜はそんな楓の横で、気にしない、といった感じで一人でパンを食べ続けていた。
昼休みが終わり、教室に戻ってきた四人とその他の生徒たちはいつも通りに五・六時間目を受け終えて放課後となった。昼休み終了から放課後までの間、利樹と紫は何かを考えているような顔をしていた。
「さて、帰ろうか楓」
「そうしよっか、私たち帰宅部だしねー」
学校が好きな二人がなぜ部活に入っていないのかは永遠の謎だった。
「なんだ、もう帰るのか?」
二人に近寄ってきた利樹がそう問いかける。
「やることもないしな、お前は部活だろ?」
「そうしたいのもやまやまなんだけどさ、今のところは当分部活休みになりそうだ」
そう言って肩をがっくり落とす利樹、彼は部活(軽音楽部)が好きだからこの反応は当たり前なのだろう。
「どうして?」
楓がそう問いかける。利樹は忌々しげに呟いた。
「誘拐事件のせいで、明るいうちに早く帰れ、ってとこなんだろ・・・夕方ぐらいまでは良いと思うのになぁ」
そう言いながらギターを引く真似をする利樹、でも実はドラム志望だったりする。
「女の子は危ないからじゃない?利樹君も、つっかかってばっかいないで紫を送ってあげなよ」
「分かってるよ、言い争いはいつものことだしな・・・それじゃな」
手をひらひらと振ってから、帰り支度をしている紫のところへ利樹は歩いていった。その後姿を見ながら、楓は呟く。
「なんだかんだで、仲いいんだよねぇ」
「けんかするほどなんとやら、だろ?」
相変わらず自分たちのことは棚にあげている二人だった。
「「ただいまー」」
「おっかえり〜」
月夜と楓が家に入ると、顔を赤くしている茜が二人に抱きついてきた。
「姉さんっ?」
「お姉ちゃんっ!」
「二人がいなくて寂しいかったわよ〜寝ている間にどっか行っちゃうなんて〜!」
月夜と楓はなんとか茜を振りほどき、呆れて口を開く。
「だから俺らは学校だ、って昨日も言ったじゃん」
「全くお姉ちゃんは・・・うちで飲んだくれてないでさっさと自分の家に帰りなさいよ、そして仕事をしなさい」
どこかの誰かが自分の兄に言ってたようなことを、楓はさらりと言う。茜のことになると楓は容赦がなかった。
「む〜二人とも冷たい・・・いいんだ〜いいんだ〜どうせうちなんて〜」
ふらふらとした足取りでリビングに歩いていく茜、それを見て月夜は呟く。
「ちょっと言いすぎたかな?」
楓は気にしてない、という風に月夜に言う。
「お姉ちゃんは優しい言葉をかけるとすぐに調子乗るからだめよ」
「そうなんだけどねぇ・・・なんか可哀想な気もする」
「気にしない気にしない、今日も疲れたなっとー」
先に歩いていってしまう楓を、月夜は悩むような面持ちで見ていた。
「姉さん、入るよ?」
コンコン、とドアをノックしてから、月夜は相手の返事が聞こえてくるまで待っていた。
「どうぞ〜・・・」
落ち込んでいるような小さな声を聞いてから、月夜はドアを開けた。部屋の中はお酒の匂いとタバコの匂いが充満している。
「うわぁ、ちゃんと換気しないとだめだよ姉さん・・・体に悪いよ?」
「いいのよ〜・・・別に」
布団の上にうつぶせになり、枕に顔を沈めている茜の隣に月夜は腰をおろす。この部屋は死んでしまった兄弟たちの部屋の一つだった。昨日楓により部屋を追い出された茜は、しょうがないので空いている部屋に移動したのだった。
「何しに来たのよ〜」
茜は顔をあげずに、そのまま月夜に問いかける。
「特に用はないんだけど・・・何してるのかなって」
(心配といえば心配だしね)
月夜は本心は言わずに、差し当たりのない言葉を言う。
「誰もかまってくれないからぁ、することなんてないも〜んだ」
いじけるようにそんな声を漏らす茜。月夜は少し胸が痛んだ。確かに迷惑な姉ではあるが、月夜としては落ち込んでいる家族を放っておくことも出来なかった。人を励ますのはいまいち苦手な月夜だが、ゆっくりと考えながら口を開く。
「楓もさ、あんな言い方してるけど、実際姉さんのこと嫌ってるわけでもないと思うんだよ。俺もそうだからね、だからなんていうのかな・・・仕事大変だったり寂しかったりしたらいつでも帰ってきてくれていいし、気晴らしに何かするんだったら付き合うし・・・とにかく、あんまり落ち込まないでよ」
異性云々迷惑云々ではなく、大切な家族に対する月夜なりの精一杯の励ましの言葉だった。それを聞いた茜は、ゆっくりと顔を上げて月夜を見る。いつもの元気さはなく、弱弱しい言葉で茜は言う。
「うん・・・ありがとう、弟に心配かけてちゃだめだよね〜」
茜は茜なりに苦労しているのである。いつも元気ではちゃめちゃな茜だが、その元気さの裏にはそれと同じ重さの闇がある。そのはちゃめちゃぶりが月夜たちにとって迷惑ではあるが、そんな気持ちがなんとなく分かる月夜もいまいち対応に困っていた。
「家族なんだから、心配するのは当たり前だろ?」
それでも月夜にとってそれが当たり前で、本心だった。
「・・・月夜のばかちん」
「は?」
唐突にそんなことを言う茜に、月夜はついそんな言葉が出ていた。
「・・・なんでもない、なんでもないよ〜」
「なんでもないって・・・別にいいけどさ」
何かを誤魔化そうとする茜に、月夜は特に追及をしなかった。
「ありがとね・・・もう遅いから、部屋に帰って寝なさいよー」
「うん。とにかくそんな気にしないで元気出してね、それじゃおやすみ」
時刻はもう午後十一時をまわっていた。楓は自分の部屋でもう寝ている。月夜も寝るために、立ち上がって部屋を出て行く。「おやすみ〜」、という声を背中で聞きながら、月夜は自分の部屋に戻っていった。
月夜が出て行った後、一人部屋に残っていた茜は、小さく独り言をもらしていた。
「優しいから・・・優しいからつらいんだよ月夜・・・」
茜は過去にこの家にいた時のことを思い出す。素で元気な茜だが、何か悩みがある時などは特に騒いでいた。みんなが迷惑がる中で、月夜ももちろん迷惑そうにしていたが、それでもいつもそういう時、「何かあったの?」、と聞いてくれたのは月夜だけだった。
「帰って来たのは失敗だったかな・・・?だめだって分かってる・・・でも」
(楓から月夜を奪っちゃいたい・・・)
そう思っても茜はそれをしなかった。二人が未熟ながらも相思相愛であることを知っていたし、何より可愛い妹と弟には幸せになってほしいといつも思っている。
誰にも知られることなく、ひっそりと涙で枕を濡らしながら、茜は眼を閉じた。
次の日、着替えを済ませて朝食をとるためにリビングに入ってきた月夜と楓は驚いてそこにいる茜を見た。
「おはよう、朝ごはん作っておいたからね」
「おはよ、姉さんが朝早いなんて珍しいね・・・どこか出かけるの?」
「おはよう、今日の天気予報晴れ・・・だよね?」
月夜は茜の足元に置いてあるバッグを見ながらそう聞いた。来た時に持ってきていたバッグである。
楓は茜の顔を見ながらそう聞いた。結構失礼なことを言っていた。
「自分の家に帰ろうと思ってね、仕事もしなきゃいけないし・・・お世話になったわね」
仕事というのは嘘だった。普段の休みと有給休暇を合わせて五日程休みをとっていた茜は、明後日まで仕事は休みだった。
「随分と急だなぁ・・・でも仕事じゃしょうがないか、またいつでも顔出しに来てよ」
「次来る時はちゃんと連絡ぐらいちょうだいよね?そうじゃなきゃおもてなしできないんだからね」
なんだかんだで優しい月夜と楓の言葉を聞きながら、茜はリビングを出る。茜を見送るために二人が後ろに続いた。
「またその内来るわよ、あんまりゆっくりしてると・・・月夜のこともらっちゃうからね、楓」
後ろからついてくる二人に、からかうように茜はそう言う。
「もー!」
そんな二人のやり取りを見ながら、月夜は一人溜め息をついていた。
玄関を出て、茜は二人に向き直る。
「それじゃ二人とも、風邪ひいたりしないように、体に気をつけるんだよ?」
「姉さんも飲みすぎ吸いすぎには注意しなよ?」
「お姉ちゃんは痴漢に注意したほうがいいかもね」
それぞれが思い思いに相手を気遣う言葉を口にする。茜はそんな二人を優しい眼差しで見つめた後、二人に背を向けた。
「また、ね」
「また」
「またねー」
想いが残っているような言葉を置いて、二人の言葉を背に茜は歩いていった。月夜と楓は気づかなかったが、茜の瞼は少しだけ赤く腫れていた。
茜を見送った二人は家に戻り、用意されていた朝食をとる。
「姉さんの作ったご飯食べるのも、かなり久しぶりだよなぁ」
「うん、懐かしい味だよね・・・」
月夜と楓の二人はしみじみそう言いながら箸を進める。茜の料理の腕は実際かなりのものだった。楓が作るご飯も相当なものだが、元よりその楓に料理を教えたのは茜なのだ。
「なんか・・・静か、だよな」
「うん・・・やっぱりなんか寂しいね」
ポツリと呟く二人。昨日の食事の場には茜がいた、食べている時も何かと騒がしい茜だが、いなければいないでやっぱり寂しい。
茜に対して冷たく当たっていた楓も、こころなしか元気がなかった。
「みんながいなくなってから、少しは慣れたと思ったのにね・・・思い出しちゃうよ」
楓は血がつながっていない家族のことを思い出し、少し涙ぐんだ。数ヶ月前は確かにここにいた家族達・・・食事時は特に騒がしく、それをうるさく感じた時もある楓だが、おいしいおいしい、と楓が作ったご飯を食べて言ってくれたことは今でも楓の記憶に残っていた。
「そうだな・・・俺のせいで、みんなが巻き込まれた・・・」
人の死に多少慣れている月夜ではあるが、大切な人たちが死んでしまった理由が自分にある、その罪悪感と哀しさだけは今も心に残っていた。
「月夜のせいなんかじゃないよ!・・・暗い話ばっかりしてたらだめだよね、今日も学校がんばろうよ」
気持ちを切り替えて楓が言う。月夜もそれに賛同した。
「うん・・・そうだな、急いで食べちゃわないと・・・ん?」
おかずが入った皿を持ち上げた月夜は、紙のような肌触りを感じて怪訝顔をした。そして、皿の裏にある何かに気づいた。
「なんだろ?これ」
おかずをこぼさないように慎重に皿を上に持ち上げて、それを下から覗き込む。そこには、「月夜へ」、と書かれている紙が貼ってあった。
「どうしたの?」
「手紙っぽいのが貼ってある、楓の皿にもあるんじゃない?」
「お姉ちゃんかなぁ・・・」
そう言いながら、楓も自分の皿の裏を確認してみる。月夜のと同様に、「楓へ」、と書かれている紙があった。二人は慎重にそれをはがし、折られている手紙を開いて見てみた。月夜への手紙と楓への手紙は書いてあることが違ったが、出だしはどちらも同じだった。
『注:自分一人で読んでね』
二人はハテナマークを浮かべながら、学校のことを忘れて読み始めていった。
・・・数分後、手紙を読み終えた月夜は、驚いた顔をしながら少しだけ赤面し、切なそうに手紙を強く握り締めた。楓は呆れ半分といった感じだったが、月夜と同様に少しだけ赤面していた。
「全く、お姉ちゃんってば・・・月夜はなんて書いてあったの?」
楓はなんとなくそう聞いてみた。だめと言われると逆に気になる、それが人間だからだ。
「た、大したことじゃないよ・・・楓のほうは?」
明らかに動揺してる月夜、なんとかそれを誤魔化そうと聞き返した。
「私の方も大したことじゃないよ、でも月夜が教えてくれないなら教えてあげない」
月夜と違って楓は、至って普通にそう答えた。しかし、月夜の動揺を察した楓は、どうしてもその内容が気になっていた。
「教えてよ月夜ー」
「だめだってば・・・って、もうこんな時間じゃん!」
時計を見た月夜は、時間への焦り半分、場を流すための口実半分にそう叫んだ。時刻は八時五分、教室に八時半にはいなければ遅刻なのだ。そして、月夜たちの家からは学校まで歩いて三十分はかかる。
「あ、やば!急がないと」
「だろ?遅刻はまずいぞ」
二人は残っていたご飯を急いでかきこみ、食器はそのままに玄関へと駆け出す。
「学校で教えてよね!」
「だからだめだってば!」
二人は急いで外に走り出しながら、そう叫びあっていた。
ちなみに、茜からの手紙の内容はこうだった。
『月夜へ、これを読んでいるってことはもううちはその場にいないよね?いたら恥ずかしいんだけどね。急に来て急に帰るなんて、やっぱり迷惑な姉だよねうち・・・まぁそれはおいといて。月夜は気づいているか分からないけど、月夜のことが本当に好きだったよ。弟としてじゃなくて、一人の異性としてね?いつも心配してくれた月夜が、大好きだった。その優しさが姉弟としてのうちに向けられていることは分かっていたけど、それでもやっぱり月夜に惹かれてたみたい・・・こんなこと言われたら迷惑だよね。でもどうしても、最後にそれだけは伝えたかったの。冗談や酔ってた勢いでは言えたのに、本気で月夜に言えなかったことを少し後悔してるかな。でも、月夜には楓がいるもんね、きっと言っても無駄だったんだろうね・・・こんな形で本気で気持ちを伝えるのも、なんか情けない気がするよ。でも・・・もう一度、最後に言わせてね?大好きだよ、月夜。ちゃんと楓のこと護ってあげないとだめだよ?うちの可愛い妹を泣かせたらお仕置きだよー。それと、この手紙は読んだら捨てちゃっていいよ。楓に見られるのはなんか嫌だしね・・・。この手紙のことは忘れていいから、きっともうこの家に戻ってくることはないと思うけど、また会える時があったら・・・その時もちゃんと、姉弟として仲良くしてね?それじゃ、そろそろお別れかな。ばいばい、月夜。
追伸:最後まであなたの姉としていられなくてごめんなさい・・・愛しい月夜、どうか幸せに。
茜姉さんより』
『楓へ、見ないうちに大分成長したね・・・でも素直じゃないところは全然かわってないね。そこが楓の良いところでもあるんだけど・・・月夜は鈍感だから、きっと口に出さないと分からないよ?お姉ちゃんとしては、二人の子どもを早く見せて欲しいわぁ・・・って、早すぎるかな、あははー。楓は素質がいいから、後二、三年もすればうちより美人になると思うよ、それまでに月夜に逃げられないようにしなきゃだめよ?そんなことはまずないかー・・・だって二人は相思相愛だもんね。お姉ちゃん嫉妬しちゃうっ、うちも早くいい人見つけて、幸せになれたらいいな・・・でもやっぱり、姉として、可愛い妹と弟が幸せになるのがうちの一番の幸せだよー。事情は聞いてないから分からないけど、みんなが死んでしまって辛かったり、寂しかったりすることもあると思うけど、二人一緒に力を合わせてがんばってね!もうこの家に戻ってくることはないかもしれないけど、離れてても二人はうちの可愛い弟と妹だよ?幸せを願ってるよ。そろそろお別れかな、ばいばい、楓。
追伸:胸はもんでもらうと大きくなるよ。うち試したことないけどね、あははー。
茜お姉ちゃんより』
どちらの手紙も、茜の本心を綴ったものだった。月夜の手紙にはいくつもの水の跡がついており、時折文字がにじんでる箇所があった。こうして茜は、二人の元を去っていったのだった。
読者数伸びないのはやっぱへこむよねぇ・・・とか思いながらも、一応書いてみた。
へたれ文だけど、誰かの心に響けば幸いかな




