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春の日差しが徐々に熱を帯び、夏に変わろうとしている五月、強くなってきた日差しが燦燦と照らす中、楓と月夜とランスの三人は玄関の前にいた。

「本当に空港まで見送りに行かないんでいいんですか?」

車の横に立つランスに、楓がそう聞く。

「ああ、かまわないよ・・・さすがにこれ以上面倒かけるわけにもいかないしな」

「そんな、面倒なんて・・・」

月夜はそんな二人のやりとりに口を挟まず、空を見上げてぼーっとしている。そんな月夜を、楓は横からつついた。

「月夜!お兄さんに何も言わなくていいの?」

「ん?んー・・・」

今更特に言うこともない月夜は、少し考えてから口を開いた。

「さっさと帰って仕事してこい」

楓は肩を落として呟く。

「全く・・・素直じゃないんだから」

「相変わらずお前は容赦ないというかつれないというか・・・ま、いいとしようか。夏休みにでもなったら、一度こっちに遊びにおいでよ」

ランスは月夜の態度に苦笑しながら、そう言う。

「あんまり行きたくないなー・・・嫌なこと思い出しそうだし」

アメリカに兵器として生み出された月夜には、あの国は嫌な場所でしかないという思いがある。

「遊びに来る分にはいいところだと思うよ、海で泳げるし買い物するところもあるし、何より日本よりは規模が大きいからな」

ランスにとっては、愛する母国を嫌われたまま、というのはあまり良い思いではないようだ。

「海割ったり町吹っ飛ばしたり基地吹っ飛ばしたり・・・確かに広いから出来ることだったような気もする」

最悪なことを思い出したかのように、月夜は遠い目をする。

「うっ・・・それはほら、力が使いこなせてなかっただけで、今は平気だろ?とにかく、一度こっちにも顔見せに来いよ、楓ちゃんと一緒にさ」

「私は・・・行ってみたいかな、戦争とかあったから確かに良い気はしないけど、日本じゃ見れないようなものとか見てみたいもん」

「ほら、楓ちゃんもこう言ってるし・・・な、月夜」

楓に助け舟を出してもらったランスは、なんとか月夜の落ち込んでいる雰囲気を変えようとがんばる。

「・・・考えとくよ」

楓のことになるといまいち弱くなる月夜は、あいまいな返事をランスに返した。

「よしよし、来たら色々案内したりするよ」

ランスは一度笑ってから、急に顔色を変える。

「そうだ、急がないと飛行機に間に合わなくなる・・・落ち着いて話出来なくて悪いね、楓ちゃん、月夜のこと頼むよ」

あの日、楓に言ったことをまた繰り返し、ランスは自分の車に乗り込む。窓を開けて、「またな」、と言い残し、ランスは急いで車を発進させていった。

その車の後ろ姿が見えなくなるまで、二人はそれを見ていた。

「面白い人だったね、ランスさん・・・月夜も、もう少し素直になればいいのに」

「俺らはいいんだよ、ずっとこんな感じのままでね」

気持ちが伝わりあっているからこそ、お互いがそんな感じの二人。楓はそんな二人を、羨ましく思い、そして少しだけ嫉妬した。


ランスを見送った後、二人は家に戻り楓が作ったお昼ご飯を食べていた。

「楓が作るご飯食べるの久しぶりだなぁ」

月夜はそう言うが、実際は一ヶ月程しか日はあいていない。

「ランスさんがいる間は、ずっと彼が作ってくれてたもんね」

楓はエプロン姿のランスを思い出す。なぜか非常に似合っていて、料理も上手だった。ランスという人間に似合わないその不思議なバランスに、楓は今でも思わず笑ってしまう。

そんな楓に気づかずに、楓と対面側に座って黙々と食べていた月夜が口を開く。

「確かに兄貴の料理はおいしかったけど、楓の作ったやつの方が安心する」

子どもの頃にランスが作った料理で、色々苦労した月夜がそれを意味して言った言葉だったが、それを知らない楓は顔を赤らめて、「そ、そうかな?」、と嬉しそうに微笑む。

それから黙々と食べている月夜を、楓は嬉しそうに眺めながら自分の分を食べていた。


「ごちそうさま、洗い物は俺がやるから、食べ終わったら流しに置いておいていいよ」

自分の分の食器を流しに置いてから、月夜はテーブルの近くの窓際の絨毯に寝転がる。

「うーん・・・暖かいなぁ」

日差しを受けて暖かくなっている絨毯は、ご飯を食べ終わった月夜にとっては最高の睡眠道具だった。

「食べてからすぐ寝ると牛になるよ。ああ・・・でも月夜は少し脂肪つけたほうがいいかもね」

月夜はあまり脂肪がなく、筋肉も控えめな貧弱君だ。女性にとっては羨ましい体形ではあるが、男性としては少し頼りなさそうにも見える。

「あんまり太らない体質なんだよね・・・ふわぁ」

欠伸をしながら、ポカポカ陽気に眠気を誘われる月夜。

「寝る前にちゃんと洗い物してね?ごちそうさま」

楓は自分が使い終えた食器を、流しに置いてくる。

「分かってるよー」

月夜は立ち上がり、ゆっくりと流しへと歩いていく。

基本的に、楓が作って月夜が洗う。この形はみんなが生きている時からそうだった。

「二人分だと、洗うのも楽だよなぁ・・・」

それを楽に思うときもあるし、反面哀しくも思う月夜だった。


洗い物を終えてさっきの絨毯に戻ると、楓がそこに横になっていた。

「食べてから寝ると・・・なんだっけ?」

多少の皮肉をまじえて、月夜が楓にそう問いかける。

「私だって太ってるほうじゃないから気にしないもん・・・」

そう反論する楓の横に、月夜も寝転がる。

(平和だなぁ・・・俺がいて、隣には当たり前のように楓がいて・・・変わっちゃったこともあるけど、こんな平穏がずっと続けばいいな)

うつらうつらとそう考える月夜に、楓が口を開く。

「月夜のさ、昔のこと教えてよ」

「・・・昔って?」

「アメリカにいた時の話・・・あ、嫌ならいいよ?でも、私だって月夜のこともっと知りたいから・・・」

ランスと話している月夜は、楓にとっては違う月夜なのだ。だからこそ、それを教えて欲しいと楓は思っていた。

「だめ、かな?」

少しの間月夜は無言だった。楓が、「やっぱりいいよ」、と口を開きそうになった時、月夜が口を開いた。

「なんていうのかな・・・感情のない子どもだったと思うよ」

とつとつと語りだす月夜の言葉を、楓は静かに聞いていた。

「俺はさ、あの国にとっては単なる兵器だったと思うんだ・・・普通の人よりも、より破壊することに長け、より使い勝手の良い物、多分その程度だったと思うんだ」

自嘲気味に喋っている月夜の手を、楓がぎゅっと握り締めた。月夜は微笑み、続けた。

「子どもの時はさ、上手く力を使えてないときがあって・・・その時に何人も人を巻き込んだと思う」

ゆっくりと言葉を吐き出していく月夜。

「力が使いこなせるようになっても、周りの人間は俺のこと危険物扱いしてたよ・・・当たり前なんだろうけど」

「月夜は・・・そんなんじゃないよ」

楓が呟く、その言葉には力がこもっていた。

「今は、ね。あの時は感情もなかったし、別に何も感じなかったけどね」

月夜はその頃を思い出すように、喋り続ける。

「人間には避けられるし、よく哀れみのような目で見られた時もあったけど・・・兄貴だけは違ったなぁ」

(最初に話しかけて来たのはいつだったかな・・・)

知らず知らず月夜は微笑む。楓はそれを見て、少し複雑になった。

「色々なことを教えてくれたし、色々なことを一緒にしたよ・・・」

そして月夜は呆れたように声を出す。

「木登りして一緒に落ちたり、沖にあった離れ島探検してる時に嵐があって遭難したり、基地内の火薬庫で遊んでて爆発したり・・・ってろくな思い出がないな」

(よく兄貴死んでないよな・・・)

一緒にやった色々なことを思い出して、月夜はそれを不思議に思う。

「楽しかったんだね」

「うん・・・他には特に思い出もないしね。あそこにいた五年よりも、兄貴といた半年ぐらいのほうがよっぽど充実してたかな・・・って、こんな話でいいの?」

特に何もない・・・わけでもない話をした月夜としては、楓が聞きたがってたことに答えを出せてたか分からなかった。

「どんな話でも月夜のことを聞きたかっただけだからいいの・・・ランスさんずるいなぁ」

「そっか・・・ん?何が?」

楓が不意にこぼした言葉の意味を、月夜は尋ねた。

「私もそんな風に、子どもの頃の月夜と遊んでみたかったなぁ、って」

月夜はその言葉の意味がよく分からなかったが、そんな楓に言った。

「楓も俺とよく遊んだだろ?兄貴と一緒の間楓はいなかったけど、楓と一緒の間兄貴はいなかったんだよ?」

「そっか・・・そうだよね」

自分が一緒にいれなかった時間を月夜と共有していたランス、そのことに少し嫉妬をしていた楓だったが、月夜に言われてその逆もある、という事に気づいた。

「楓はどうなの?俺と会う前はさ」

月夜は楓にそう聞く。月夜自身その話題には触れることを好ましく思っていなかったが、その場の空気で聞いてみた。

「私は・・・そうだね、優しいぱぱとままがいて、毎日幸せだったかな。友達とよくいたずらして怒られたりしてたけど・・・」

過去を思い出して微笑む楓を見て、月夜は胸が締め付けられた。その楓の幸せを壊したのは、月夜なのだから。

そんな月夜の気持ちを察したのか、楓は言葉を紡ぐ。

「でもね、今も幸せだよ?大切な人がたくさんいなくなって、とても苦しい想いもしたけど・・・学校に行って友達と遊んだり話したり、月夜とこうしてゆっくりしたり・・・無くしたものは戻らないけど、新しく手にしたものもたくさんあるから」

月夜の顔を見て笑う楓、その笑顔はとてもきれいだった。

「楓は・・・強いな」

月夜は心からそう思った。力とか頭の良さとか、そういったものではない心の強さが、楓にはあった。

「そうかな?でも私は・・・忘れはしないよ、絶対に。幸せだった、一つ一つの大切なことを」

(人は忘れていく、戦争の辛さを、生きてきた幸せを・・・だからこそ、また銃を取り撃ち合う。もしみんなが楓のように生きていけたら、戦争なんてなくなるかもしれないな・・・)

月夜は静かにそう思いながら、楓に微笑みかける。

「これからも、色々作っていけたらいいな、大切な思い出とかをさ」

「そうだね、たくさん作っていこうよ」

二人は笑い合う。ポカポカと暖かい日差しが、優しく二人を照らしていた。この後に待っている嵐を、二人は知る由もなかった・・・。



薄暗くなった部屋で、月夜は目を覚ました。

「ああ・・・寝ちゃったのか」

隣に寝ている楓を見ながら、肌寒さで震える。

「なんだ・・・?なんかやたら寒いような気がする、それにすっごく嫌な予感がする・・・」

五月とはいえど、夜になるとたまに寒くなる時もある。しかし、その時月夜が感じた寒さは異常なように感じた。

月夜は変な違和感を持ったまま立ち上がって、自分の部屋から毛布を持ってくる。それを寝ている楓の上にかけてあげた。

「なんだろうなぁ、この変な感覚は・・・」

月夜の悪い予感は大抵当たる。一般人よりは感覚が鋭くなってるせいか、何かしらが起きる前は大体変な感じの違和感が体にまとわりつく。

月夜は薄暗い部屋の中、注意しながら周りを見回す。人の気配は全くない、「取り越し苦労ならいいんだけどね・・・」、と月夜は呟く。

月夜は集中したまま、薄暗い中じっと待った。五分・・・十分・・・何かが起きるような気配はない。

「気のせいか・・・」

ふぅ、と溜め息を吐く月夜。気を抜いた瞬間、いきなり玄関の呼び鈴が鳴った。ビクッ、と体を震わせて、玄関の方に目をやる。

その部屋からでは玄関は見えない。しかし、月夜は確実に何かが来るのを察した。楓を起こして逃げている時間はない、気を引き締めて月夜は玄関に向かった。

相手を殺さないように戦闘不能にすることぐらい月夜には簡単だが、今は楓を護らないといけない立場の月夜としては、厄介ごとはごめん被りたかった。

「どちら様ですか?」

ドアを開けずにそう聞く。もちろん返事はなかった。月夜は一息ついてから、ドアノブを回し、ドアを開ける。

「!?」

ドアを開けた瞬間、黒い覆面を被った人間が銃で月夜を狙っていた。とっさに月夜は避けようとしたが、相手の指は銃の引き金を引いていた。そして・・・ぽんっ、と景気の良い音とともに、{ついに君も高校生}と書かれた小さな旗が銃の先端から出てきた。

「驚いた?」

覆面の下で笑いながら、その人間は月夜に聞いてきた。声は女性のものだ。

「・・・相変わらず悪趣味だね、茜姉さん」

「月夜も相変わらずノリが悪いわね・・・」

茜と呼ばれた女性はその拳銃をいそいそとバッグにしまい、覆面もとってそれも中にいれる。

「久しぶり、月夜」

にこやかに笑う茜、月夜はそれを見ながら自分の悪い予感が当たったことを確信した。



茜姉さんは一言で言えば美人だ。整った顔立ちに、腰ほどまであるさらさらとした長い髪がより一層可愛さを際立たせている。清楚なお嬢様と言った感じではあるが、出ているところは出ていて引き締まっているところはしまっている。正に楓とはちが・・・

月夜は横に座っている楓に頭をはたかれた。

「・・・痛いって、いきなり何するんだよ」

「なんとなく不愉快なこと言われた気がしたの」

「誰も何も言ってないんだけど・・・」

「二人は相変わらずね」

対面側に座っている茜は、くすくすと笑いながらそれを見ている。月夜はそこまで痛くもない頭をさすりながら、茜に聞いた。

「で、急にどうしたの?」

「特に用事があるわけじゃないんだけど・・・そうね、なつかしの我が家の様子を見に来たってところかしら」

「相変わらず茜お姉ちゃんも急だね・・・それなら連絡ぐらいくれればいいのに」

茜は何食わぬ顔で言う。

「だって、それじゃ面白くないじゃない?」

正直迷惑な話だった。月夜は頭を抱えたい気分にかられたが、なんとか言葉を吐き出す。

「それで、いつぐらいまでいるの?」

「そうねぇ・・・って月夜、そんなにうちがいるのは迷惑なことなのかしら?」

言い方は普通だが、明らか言葉以外の無言の圧力がかかっていた。月夜は、うん、と言いたかったが、後々恐ろしいので言えなかった。

「そんなことはないよ、でも・・・まぁいいか」

実際この姉に何を言っても無駄だということを、月夜は悟っていた。

「そう言えば、他のみんなやお父さんはどうしたの?」

月夜と楓は固まる。視線を下げて、月夜が落ち込んだように言う。

「ちょっと色々あってね・・・俺と楓以外生きてないよ」

なんとかそう声を出す月夜、さすがの茜も目を伏せる。

「そうなの・・・じゃあもう今日は、飲みましょう」

「「は?」」

楓と月夜の声が重なる。二人は茜の顔を見た。

「弔い酒よ弔い酒、お父さんはお酒が好きだったじゃない・・・ぱーっと飲んでみんなを送りましょう」

「ちょっと姉さん、それは・・・」

「何か文句ある?」

茜が椅子から立ち上がり、月夜の後ろに回りこむ。

「いや、っていうか何しようとして・・・むぐーっ」

後ろからチョークスリーパーをかけられる月夜、腕がいい感じに首に極まっていて、普通の人間なら数秒で落ちてしまいそうだった。それよりも何よりも月夜が、一番焦ったのは。

「胸・・・胸あたってる、やめれー!」

なんとかそう叫ぶ月夜、そんなことお構いなしに茜は続けてくる。

「もー!おねーちゃんやめてっ」

止めに入る楓も茜に巻き込まれ、場が騒然となる。第三者がそれを見たらこう言うだろう。「浮気現場?」



「大丈夫月夜?」

「普通の人間なら意識とんでると思うよ・・・本当にもう、あの人は」

月夜の部屋に二人はいた。楓の部屋は帰ってきた茜により奪われていた。首をさすりながらうなだれてる月夜と、それを心配して寄り添う楓。二人は先ほどの茜の言葉を思い出す。

「今六時だから、七時半にリビング集合ね!遅れたら大変なことになるわよー」

両手を怪しくにぎにぎさせてる辺り、もう何をされるのか二人には大方予想はついていた。

「ほんと変わらないというか・・・悪化してる?」

「確かに、前よりひどくなってるよな、お酒好きなのも変わってない」

月夜と楓はあの頃を思い出す。茜がまだこの家にいた時のことだ。


月夜と楓が茜に初めて会ったのは、二人がまだ十歳の時だった。

「初めまして、よろしくね」

父により孤児として拾われてきた茜。当時十七歳だった茜は、その時から歳に似合わずに落ち着いた雰囲気の持ち主だった。

「は、はじめまして」

外見とその落ち着いている雰囲気に魅せられ、月夜の初恋と相手となったのが茜だった。そしてそれがすさまじい早さで散ったのも月夜は覚えていた。その時一緒にいた楓は挨拶はしたものの、月夜の態度を見て茜に対して多少の嫉妬を覚えていた。

新しい家族の一員となった茜は、その外見に似合わず傍若無人、自分勝手、自己中心的、などの暴走を繰り広げ、兄弟の中で一番迷惑な存在となっていた。

兄弟の中でも特に被害を受けていたのは、月夜と楓の二人だった。

なぜか茜に一番気に入られていた月夜は、よくおもちゃにされ遊ばれていた。それを止めようとして入ってきた楓もまた、茜に巻き込まれ良い様に遊ばれていた。

ここまでならぎりぎりとはいえ、やんちゃな姉、ぐらいで済んでいた話だが、何よりも一番たちが悪かったのが酒癖の悪さだった。

おおらかだった父はよく未成年の茜と一緒にお酒を飲んでいたが、飲んだときの茜はいつもの数倍は暴走度が増していた。

周りの目を気にせずに脱いだり、そのままプロレス技をかけたり等の子どもの教育上よろしくない暴走っぷり、中年のおっさんたちは喜びそうなものだが、実際ほぼ完全に決まっている技をかけられる月夜たちにとっては良い迷惑だった。

しまいには本気で押し倒されそうになった月夜や楓たちだったが、さすがに父が止めて事なきを得た。

そんな姉が、久しぶりに二人の前に来たのだった。


「やっぱり良い思い出がない・・・殴られはしなかったけど俺何回絞め落とされたっけか」

「私もだよ・・・飲んだときなんてセクハラしてくるし、酔っ払いの親父級のたちの悪さだね」

二人は心から溜め息をついた。

「黙ってればきれいなのになぁ・・・いて」

ぽつりと呟く月夜の頭を楓がはたく。

「黙ってないから迷惑なんでしょうが」

楓には月夜をはたいた理由は色々あるが、今はそれだけを言っておいた。

「なんにせよ、早く帰ってもらわないと俺らの体力がもたない、というか何をされるか分かったもんじゃない・・・」

月夜も一応人間であり男だ。年上の女性に対して理想なんてものも持っていたが・・・いとも簡単にそれを壊してくれた茜はさすがに苦手だった。

「もう月夜がドカーンってやったりチュドーンってやったりして帰ってもらえばいいんじゃない?」

さりげなく恐ろしいことを言う楓、それほど茜のことが苦手なのだ。

「さすがにそれはまずいって・・・気持ちは分かるけど」

それが出来たらどれだけ楽かな、と月夜は一人呟く。今の時間は七時、二人にはもう三十分しか猶予は残されていなかった。

「気になったんだけど、俺らも飲まされるのかな・・・?」

「あの人ならやると思う・・・未成年の時から飲んでたぐらいだし」

茜が父と飲んでいたのは一度や二度ではなかった、むしろ週三、四で飲んでいたほどだった。

「一応明日も学校休みだし・・・明後日までには帰ってもらわないと」

「家に置いとくのも心配だけど、お姉ちゃんがいたら次の日学校行けるかどうか・・・」

しばしの沈黙・・・二人は今日一日耐える覚悟だけは決めておいた。

「行こうか、遅れたらすっごくやばそうだし」

時間はまだ七時を十五分まわったところだったが、早く行くにこしたことはない。月夜は気だるげに立ち上がり、一度だけ深呼吸をする。

「そうだね、時間にはうるさい人だし」

楓も嫌々立ちあがり、気を引き締める。

(月夜に手出しさせないようにしないと)

そう心に誓い、二人は部屋を出て行った。



「二人とも〜おそいぞ〜〜」

月夜と楓がリビングに行くと、そこにはもう一升瓶片手に飲んでいる茜がいた。見た感じ、もう酔いがまわっている。

「六時半って言ったでしょ〜〜」

茜はふらふらと二人に近づき、酒臭い息を吐きかける。

「う・・・姉さん七時半って言ったじゃん、というかあんまり近寄らないで・・・」

お酒はあまり好きではない月夜は、茜から一歩距離をおく。

「うちが六時半って言ったら六時半なの〜〜時間守れない子はおしおきだ〜」

一升瓶を床に置いて、茜は月夜に向けてダイブしてくる。両腕を顔の前に左右し、言うなればフライングクロスチョップを月夜にくらわす。

「ぐは・・・」

避けたら直で地面に落ちる茜のことを考えた月夜は、さすがにそれを避けることが出来なかった。

ばき、ごん、ぐしゃ、という景気の良い音が響く。後ろに吹っ飛ばされ、後頭部を床に強打し、さらに茜がそのまま落ちてくるというコンボをくらい、さすがの月夜も多少のダメージを負った。

「銃弾よりいてぇ・・・って!何してんだーーー!!」

倒れた月夜の上に乗っていた茜は、すりすりと顔を服にこすりつけてくる。主に胸や肩の部分に。

「うふふ〜うぶな月夜は何もかわってないのね〜」

ひきはがそうとする月夜だが、要所要所が自分の体に触れ、耐性のない月夜は力が入らなかった。

「いい加減にしろーーーー!!!」

今まで黙ってみていた楓が、茜の頭を思いっきりはたきとばす。グーではなくパーだったのがせめてもの手加減だった。

スパーンという音が部屋に響く、一瞬動きが止まった茜がゆるやかに立ち上がり、楓を見て一言。

「楓ちゃんもしてほしいのね〜〜?」

間髪いれずに茜が楓に飛び掛る。月夜と同様に吹っ飛ばされる茜、ただ一つ違ったのは、月夜が倒れそうになった楓を支えていた。

「きゃーー・・・ってだから何してんのよーーー!!」

月夜に支えられている楓に抱きつき、すりすりと顔を服にすりつけてくる茜。主に胸やお腹の部分に。

「楓ちゃんが成長してるわぁ〜〜〜」

「やーーめーーーてーーーー」

楓は容赦なくはたくが、ものともせずに擦り続けてくる茜。月夜は頭を抱えたくなって一言呟いた。

「やっぱりただですむわけなかった・・・」


その後、なんとか楓から茜をひきはがした月夜。三人は一度テーブルの椅子に座った。

「おね〜ちゃんはね、も〜っと月夜と楓と仲良くしたいのよ〜」

「分かった、分かったから顔を近づけるのはやめて・・・酒臭い」

けらけらと笑いながら手に持った一升瓶を煽る茜、よく見ると同じような空の瓶がいくつか床に落ちていた。

「何本飲んでるのよ・・・」

楓は瞼に手を当てながら俯く、さすがに頭が痛いようだ。

「おね〜ちゃん寂しいわぁ〜昔はもっと慕ってくれたじゃな〜〜い」

確かに二人が茜を慕っていた時期はあった。月夜は心惹かれていたし、楓は楓で嫉妬している部分もあったが、誰が見てもきれいな茜は楓にとって目標でもあったからだ。その二人の気持ちも出会って一週間と経たずになくなっていたが。

「うちだって〜寂しいのよ〜〜たまにはいいじゃないね〜」

「分からなくもないけどさぁ・・・」

茜は迷惑な姉ではあるが、一年ぐらいでこの家を出て働き、毎月少ないながらも仕送りをしてくれていた。二人ともそれなりに感謝はしているのである。

「出会いもないし〜・・・ううっ、うちだって誰かに甘えたいのよ〜」

泣き出す茜を見て、さすがに二人も同情の念が湧いたのか、物腰柔らかに言葉をかける。

「姉さんならすぐにいい人できるって」

「そうだよ、お姉ちゃんきれいだし」

内面を考えなければ、という一点だけは口にしなかったが、実際に二人はそう思っていた。しかし、二人はこの後後悔せざるをえなかった。優しい言葉なんてかけなければ良かった、と。

茜は涙目のまま月夜を見つめ、その後楓を見つめる。そして口を開いた。

「じゃ〜あ、楓ちゃん、月夜ちょうだ〜い」

「「は?」」

異口同音に疑問を投げかける二人・・・正確に言うと楓に、茜は追い討ちをかける。

「楓ちゃんが月夜好きなの知ってるんだよ〜?」

「な・・・いきなり何を言うのよ!?」

立ち上がってテーブルを叩く楓、その顔は赤くなっており、一目で図星だと分かってしまう。一方月夜は、なぜか遠くの彼方を見つめるように遠い目をしていた。

「あー・・・今日も天気がいいなぁ」

目が泳いでいた、顔は笑ってなかった、何より月夜が見ていたのは天井の隅っこだった。

「楓ちゃんばっかりずるいのよ〜子どもの時から・・・うちだって月夜がほしいの〜!」

空になった瓶を床に放り投げて、足元にあった新しい瓶を開けながら茜は言う。

「私と月夜はそんな関係じゃないの!!」

正直今更な楓の言い訳だが、それを聞いてる月夜の目はどこまでも遠くを見ていた。今までのことからそんなことはないと月夜は思っていたが、楓自身の口からそう言われると切ない。しかも今までそう思ってた自信も揺らいでいた。

(確かに付き合ってるわけじゃないけど・・・なぁ・・・)

「じゃあ〜うちがもらってもいいのよね〜?」

茜も立ち上がり、楓を挑戦的な目で見つめる。

「だめに決まってるでしょ!?」

「どうしてだめなの〜?」

大人の余裕、とでも言う様な笑みを浮かべ、茜はそう問いかける。

「そ、それは、わた・・・月夜が決めることだし!」

危うく口を滑らしそうになった楓、月夜はもう完全に二人の会話を聞かないように自分の世界に入っていたのでそれは聞こえていなかった。

「じゃ〜、月夜に決めてもらえばいいのね?」

茜は月夜に視線を向ける。もちろん月夜は気づかない、というか気づいてないようにしていた。

「う・・・それならいいよ!」

一度止まった楓だったが、茜には負けない自信があった。街頭インタビューのような初見の人は茜を選ぶだろうが、茜の内面を知っている月夜は自分を選んでくれる、と自信を持っていた。

「「月夜!」」

二人に名前を呼ばれて、さすがに空気でいられなくなった月夜は二人に顔を向ける。

「・・・何?」

実際殆ど聞いていた月夜としては、迷惑この上なかった。楓もすっかり茜のペースにのせられている。

「月夜はうちの方がいいよね〜?うちの方がスタイルいいし〜」

「な・・・人間は外見じゃなくて中身でしょ!?そうだよね月夜?」

「分かった、わーかったから落ち着け二人とも・・・」

「「どっち!?」」

迫る楓と茜、正直月夜は逃げ出したい気分だった。

(ああ・・・兄貴、なんでこんな最悪なタイミングで帰っていっちゃったんだろうなぁ)

月夜の気持ちは決まっているが、こんな形で言わされるのだけは正直勘弁してほしかった。

「そうだな・・・俺が選ぶとしたら・・・」

「私だよね!?」「うちよね!?」

「第三の選択肢かな」

月夜は人間を凌駕した速度で椅子から立ち上がり、すごい速度でリビングから逃げ出す。その動きについていけなかった二人は、少し呆けた後、「「まちなさーい!」」、と二人で追いかけてきた。


数分後、家の中を逃げ続けて精神的に疲れた月夜は、椅子に座った。二人はまだ走り回っているので、すぐにここにも来るだろう。

「なんで俺がこんな目にあうかな・・・喉渇いたしさぁ」

月夜はのろのろと立ち上がり、冷蔵庫を漁る。めぼしい飲み物は冷やされていた紙コップの中の液体しかなく、月夜は仕方なくそれを一気飲みした。


「どこいったのよ月夜は・・・もう!」

(答えてくれてもいいじゃない・・・私だって月夜のこと・・・)

いきなり鳴り響いたドカーン!という音が、楓の思考を中止した。

「何?・・・リビングのほうだわ」

楓はすぐにリビングに向かった。


楓がリビングに入ろうとすると、入り口のところに茜が呆然と立っていた。

「・・・どうしたの?」

「・・・」

茜は無言でリビングの中を指差した。楓は怪訝顔で中を見てみる。

「・・・え?」

テーブルと椅子があった場所に、大量の木の破片が落ちていた。それだけではなく、置いてあった何本かの瓶が割られて床に飛び散っていた。

「え?え?何が起きてるの?」

楓も茜と同様に、呆然と立ち尽くした。

「んー?どうしたの二人とも」

月夜がリビングの奥から出てくる。

「どうしたのって・・・何があったの月夜?」

多少の冷静さを取り戻した楓が、月夜にそう問いかける。

「よく分からないんだよねぇー、なんか体が火照ってるー」

そう言いながら、「あはは」、と笑う月夜の周りで小さな火花がいくつも起きる。

「月夜!?・・・まさか酔ってるの?」

「冷蔵庫にあった水飲んだだけだよー?」

くるくると、倒れそうで倒れない様に月夜が回る。ばちばち、と火花が音をたてている。

「もしかして・・・紙コップに入ってたやつ?」

茜がそう聞くと、「それだねぇ」、と月夜は答える。

「・・・あれ度数が強い日本酒なんだけど」

茜もすっかり酔いが醒めているようだ。楓は一人、静かに逃げるように玄関の方に向かって歩く。

「ちょっと、どこ行くのよ!月夜が危ないんじゃないのあれ?ねぇ、楓!」

楓は声をかけられた瞬間に走っていた、逃げた方が良い、と本能が告げていたからだ。逃げる楓の後ろから、ばちばちばちばち、と火花が散る音が聞こえる。

玄関から楓が出ると、家の中からドカーンとかチュドーンとか多種多様の爆発音が聞こえてきた。

「修理費いくらかかるかな・・・ぱぱの貯金減らしてばっかりで申し訳ないなぁ」

茜が出てこない玄関を眺めながら、頭を抱えたい思いでそう一人呟く楓だった。


結局、月夜が倒れて寝るまでその暴走は続いていた。約一時間、警察を呼ばれないかはらはらしながら外で待っていた楓は、音が止んで数分してから家に戻った。

楓が思っていた程よりは被害が少なく、リビングにあるテーブルやら椅子やら先ほど壊れていたものが散乱しているだけだった。

「明日の休みの半分は片付けで潰れるかなぁ・・・でも被害少ないみたいで良かった」

リビングを見渡しながら溜め息を吐く楓、寝息をたてて倒れている月夜と多少服がこげて倒れている茜はとりあえずほっといた。



次の日の朝、片付けに忙しなく動いている月夜と茜の二人を楓は見ていた。

「きびきび片付けなさいよー」

「・・・なんで俺が片付けしないといけないんだ・・・というか昨日何があったの?」

「なんでうちまで・・・楓もやりなさいよ」

それぞれが思い思いの言葉を吐く。

「誰のせいでこんなことになったと思ってるの!」

「楓もノリノリだったじゃない・・・あいた」

ぺちん、と楓に頭をはたかれる茜、今日の楓はやけに強気だった。

「口を動かす暇があるなら手を動かしなさい!月夜もー!!」

しぶしぶと片付けに戻る二人。なんか様子がおかしいよなぁ、と月夜は呟きながらせかせかと働く。

二人は気づいていなかった、楓の頬が仄かに赤くなっていることに。


その日一日、楓はやたら上機嫌だったり、かと思えばいきなり不機嫌になったりと、多種多様の顔を見せていた。

こうして、楓と月夜の休みは嵐の如く過ぎていったのだった。

ゆったり(?)とした日常編です。日常に潜むドキドキやワクワクも、ファンタジーには必須ですよねぇ(´ω`)(SFだけど)

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