通じる想い
いつしか己の闇と会話した時に見たことがある、ただ荒野が広がるだだっ広い空間。そこに今、月夜はまた立っていた。
「・・・また夢か・・・最近ほんと、夢ばかり見てる気がするよなぁ・・・」
なんだかなぁ、と呟く月夜。実際それは夢というよりは、現実に近い感覚を伴うものなのだが、同時に、ここは夢の中、という強迫観念じみたものが先立つため、月夜にとって所詮夢は夢だった。
「で・・・今日の話相手は、お前か?」
月夜は後ろを振り返ることすらせずに、後ろにいる長身の男に声をかける。
「ふん・・・今更貴様と話すことなどないのだがな」
威厳や威圧感といったものはない、しかし相も変わらず偉ぶった声で、ルシファーは答えた。月夜はゆっくりと振り返り、数歩程度しか距離のない相手を見つめる。その瞳に、敵意や殺意はこめられてはいない。ただ、本当に分からない、といった感じで疑問を口にする。
「俺もお前と話すことなんかないと思うけど・・・なんで、お前がここにいるんだよ?」
それがただの夢の中であるのならば、月夜もそんなことを口にはしなかった。しかし、ここは以前己の内に住む闇と会話した時の場所・・・言うなれば、月夜の深層意識の中、と言えるような場所だ。
「ふん、私とてこのような場所にいたいとは思わぬ。しかし、無に消されて・・・無に触れて、初めてその実態を理解させられた。原理さえ分かってしまえば、私がここにいる理由も頷けるというものだ」
一人で納得しているルシファーに、月夜は純粋な疑問の声をあげた。
「無ってなんのことだよ?大体、途中から記憶が曖昧になってて覚えてないんだ、説明しろよ」
覚えていないとはいえ、殺した相手にそれまでの流れを聞いている月夜の言動は、周りから見れば何かがおかしいように感じられた。もちろん、それはルシファーも例外ではない。
「覚えてないのか?・・・ならば、言う必要もない。一つだけ言うとすれば、私はお前にのみこまれ、そして今徐々に消えつつある、それだけだ」
ルシファーが無に触れて理解したこと。それは、結構意外な事実だった。無は相手をただ消すのではなく、無限に広がる己の中に取り込む。言わば体の一部にするようなものだが、結局のところ取り込まれたものの意識も存在も希薄になっていき、最終的には無になってしまう。無限故の、完全なる無、それが無の本質だった。しかし、己の内に眠る無を知らない月夜には、ルシファーが言ったことは理解出来ていなかった。
「意味がわかんねーよ、ちゃんと説明しろよ」
「言う必要はないと言ったはずだ。その代わりといってはなんだが、貴様には私の記憶を見せてやろう。私の一部を有し、なおかつこれからは私の代わりを努めなければいけない貴様への、私から最後の手向けだ」
代わり・・・?一瞬悩んだ月夜だったが、それは楓に関係することだとなんとなく悟った月夜は、頷いた。
「別にお前の代わりをする気はないけどな。まぁ結果として、俺が楓を護ることはお前の出来なかったことにつながるわけだし、な」
「そういうことだ。さて・・・この世界なれば、口で伝えるよりも鮮明に記憶を、そのものを見せることが出来る。準備はいいか?」
準備もくそもねーだろ、と月夜は呟きながら、頷いた。そこは月夜の世界であるにも関わらず、主導権を握っているのはルシファー、という矛盾点を月夜は別段気にも留めなかった。
「ふぅぅ・・・」
ルシファーは集中し、何かを念じ始める。自分の中にある記憶を実体のある物に変え、尚且つそれを外へと具現化する。普通の世界であるのならばそれはまず不可能なことだが、肉体よりも精神が重視される夢や深層心理の中であれば、それは十分可能だった。
なんだかなぁ・・・、と月夜は思う。興味なさそうにルシファーを見ている月夜だが、ルシファーの表情は真剣で、なおかつ哀愁のようなものを醸し出している。
(どれだけこいつが、それに執着してたのか・・・今は、痛いほど分かっちまうな)
それはこの世界だからなんだろうな、と月夜は呟く。現実では分からない気持ちや感情が、この世界では自分のことであるかのように月夜には感じられた。
「ふん!」
徐々に、月夜たちを取り巻く風景が形を変え始めた。殺風景なただ広いだけの荒野は、緑の草が生い茂る草原に変わり、遠くには様々な形をした山々が見える。雲一つないのに灰色だった空は、青い空へと変わっていく・・・ルシファーが具現化した世界は、のどかな田舎のような風景だった。
「・・・こんなものだな」
周りを見渡しながら、懐かしそうにルシファーは声を上げる。その瞳には怒り復讐などといったものはなく、ただ子どものような無邪気な色を浮かべていた。
「結構良い所なのは認めるけど・・・ここまで勝手に人の深層心理の世界を変えられるのもなぁ」
鳥のさえずりや草原に吹く風を体で感じながら、月夜はぼやく。
「すぐに元に戻る。どんなに私が望んだところで、ここは貴様の世界なのだからな」
「はいはい、分かってるよそんなことは・・・さっさと説明しろよ」
「貴様はどこでも変わらんな、説明説明と。少しは落ち着いたらどうだ?」
ルシファーにそう言われ、月夜は溜め息をつきながら答えた。
「お前に言われたくない。・・・まぁ、そうだな、最近はゆっくりする暇も、なかったしな」
本来月夜はのんびり屋でマイペースな性格だ。それでも事情が事情なだけに、ゆっくりする暇はなかった。
「・・・どっかの誰かさんたちのせいで、そんな暇がなかったわけなんだけどね」
皮肉を言いながらも、どこかゆったりとした雰囲気の月夜は草の上に腰をおろした。
「ふん・・・運命というやつだ、諦めろ」
同様に皮肉気に返すルシファーだったが、やはり月夜と同じでゆったりとした雰囲気を醸し出していた。敵同士である以前に、二人は同じ種類の生物であるため、戦う理由がなければ相容れることも難しいことではなかった。
「それで、俺に何を見せてくれるんだ?愛しい愛しいフュリア様のお姿でも見せてくれるのかい?」
「それは違うと言っているだろうが馬鹿者!」
仲の良いクラスメイトをからかうような口調の月夜に、ルシファーは怒ったように言う。しかし、その顔はまんざらでもなかった。
「そんなことばっかり言ってると、愛しいフュリア様が泣いちゃうんじゃないか?」
「だから違うと・・・まぁいい、貴様には言うだけ無駄だな」
諦めたようにルシファーは言った後、月夜の隣に腰をおろした。
「そろそろ、流れ出すはずだ。黙って見ているといい」
自分の記憶なのに微妙に曖昧な言い方だなおい、と月夜は思ったが、口を挟むことはしなかった。なぜなら、映画が始まるのを今か今かと待っている子どものような表情をしているルシファーに、文句を言うのも気がひけたからだ。ほんの少し前に殺しあったはずの二人が並んで何かを見ている、そんな奇妙な光景の中、周囲の景色が動き始めた。
まず月夜の目に映ったのは、きれいな女性だった。年の頃は二十手前といったところだが、その表情には幼っぽさが残っていて、若干幼く見える。腰ほどまでの金色の髪、エメラルドのように透き通った薄い緑色の瞳、雪の様な儚さを思わせる白い肌・・・そのどれもが魅力的であり、なおかつ調和がとれていた。更に背中から生えている一対の白い翼、その姿はまるで、地上に舞い降りた天使のようだった。
(いや、実際天使なんだっけか・・・)
そんなことを思いながらも、その美しさに見惚れるように、月夜は女性を眺めていた。隣に座っているルシファーもまた、同じだった。
「フュリア様、ここにおられたのですね」
透き通ったきれいな声をした青年が、女性の前に姿を現した。前触れもなく突然現れるその様子は、まるで瞬間移動のマジックと劇を合わせたような不可思議な物だった。現れた男の姿を見て、月夜は驚いた表情をする。
「あれは・・・葉月?」
そう、その男の姿は、葉月だった。正確には葉月には似て非なるもので、葉月を成長させたらあんな感じになるだろうと思われる。
「違う、あれは私だ。若い頃のな」
「・・・は?」
ルシファーの言葉に、月夜は先ほどよりもはるかに驚いた表情で隣にいる男を見た。だらしない、とまではいかないが、伸びた髭に伸びた黒い髪、その視線で小動物ぐらいなら殺せそうな鋭い瞳。正直いかつくて怪しいおっさん。対する葉月似の男は、爽やかそうな雰囲気によく合う爽やかで細く短い銀髪、柔和な顔、体は線の細さこそあるものの筋肉はそれなりにたくましい。一見爽やかな好青年。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
信じられない、といった表情で両者を見比べる月夜の頭を、ルシファーははたいた。
「いてぇ・・・」
「相当に失礼なやつだな貴様は・・・ふん、葉月が私の分身である時点で気づいてもいいはずだ。なぜなら、あれは過去の私を模して造られたのだからな」
「へぇ・・・」
そう説明を受けても、いまいち釈然としない月夜だった。ルシファーはそんな月夜に気づいていないのか、気づいていても追求しないだけなのか、ただ黙って目の前の光景を懐かしそうに見ていた。月夜もそれ以上は何も言わず、目の前の劇に目を戻す。
「様なんて、つけなくてもいいっていつも言ってるじゃない」
「そういうわけにはいきません。フュリア様はみんなにとって特別な存在なのですから・・・」
伏せ目がちに言う過去ルシファーに、フュリアは寂しそうに言う。
「そうですね・・・結局はあなたも、彼らと一緒で私を特別扱いなんですものね」
「っ!それは・・・」
何かを言いかけた過去ルシファーを遮り、フュリアは先ほどの寂しそうな表情ではなく、全ての天使にとって特別な存在、現長の娘である威厳を持ちえる存在として口を開いた。
「もういいのです。それで、私をここに呼びに来た理由はなんですか?」
過去ルシファーは一瞬切なそうに顔を歪めた後、すぐに真剣な表情で言った。
「最近、この辺りで人間どもが狩猟をしているのは知っておいででしょう?」
「知っています。今朝方、父から話は聞きましたから」
「ではなぜ、あなたは危険な場所だと知っているのにここにおられるのですか?」
過去ルシファーの問いに、フュリアは恋する乙女のような表情でしばらく悩んだ後、告げた。
「・・・ここは、私にとって特別な場所だからですよ。・・・あなたにも、その意味が分かるでしょ?」
過去ルシファーは少しの間呆然とし、そして顔を赤らめた。
「分かります・・・分かりますが、ここは危険なのです」
「危険なのは重々承知しています。でも・・・私だって、全ての天使にとって特別な存在でいるのは疲れるのです。私が安らげる場所はここ・・・幼かった時、そんな悩みなど何一つなかった時、遊んでいたここぐらいしかないのですから」
物憂げに言うフュリアに、過去ルシファーは辛そうに言う。
「・・・成長してしまえば、嫌でも見たくないこと、聞きたくないことが自身に影響を及ぼします。それから耳を塞ぐことも目を逸らすことも叶いませぬ・・・私たちは成長してしまったんですよ、フュリア様」
二人の間に、一瞬とも永遠ともとれる沈黙が流れる。不意に、フュリアは歩き始めた。
「・・・では、戻りましょうか。ルシファー」
「・・・はい、フュリア様」
そして二人は唐突に消え、周りは暗い闇に包まれた。
「まるで劇、だな。しかも青臭い恋愛劇」
暗転をしている最中の劇場内のような暗闇の中、月夜は呟く。
「私にも、若い頃があった、それだけだ」
「今も十分、相手を想う気持ちだけなら若いだろうよ。悪い意味でも、良い意味でもな」
辺りは暗い、それでも月夜にはルシファーの気持ちや表情がよく読み取れたため、そう言った。
「・・・あの草原はな、私が幼い頃、彼女とよく遊んだ場所なのだ。彼女はそれを覚えていてくれて、あそこにいたのだろうな・・・戻れぬ、過去を想ってな」
「ふーん・・・お偉いさんってのも大変なんだな」
それはいつの時代も一緒か、と月夜が思っていると、周囲が明るくなり先ほどとは違う風景を映し出した。
テントのような空間に机のようなものが並べられ、白い翼を生やした数人の老人が座っていた。何やら慌しい様子で、ああでもないこうでもない、と話し合っている。
「フュリア様がいなくては、我々は滅んでしまう、なれば、とるべき道は一つでしょう!?」
老人の中でも、一番歳若そうな・・・とは言っても、初老程の男性だが。彼が、声を荒げてそう叫ぶ。周りはその意見に賛成するわけでもなく反対するわけでもなく、難しい顔をしながら何かを悩んでいる。
「どちらにころんでも、一緒じゃよ・・・やつらの言うとおりにしたところで、わしらは衰退の道をたどるじゃろうて」
次に声をあげたのは、その中では最年長と思われる女性だった。その声は落ち着いているが、やはりどことなく焦っているような色がある。
「なればこそ、成功する確率がある方を選ぶのは道理ではないのでしょうか?」
最初に言った男の次の言葉で、場は重苦しい雰囲気に包まれた。
「・・・そうじゃな、可能性があるならば、そちらをとる」
重苦しい雰囲気を破ったのは、上座に座っている老人だった。その姿は一言で言えば厳粛、威厳があり、多少の堅苦しさがある真面目そうな老人だった。
「しかし、それでは自分の娘可愛さに戦を引き起こすと、民に思われることがあるかもしれん。確かに娘は聖女だ、それはみな理解していると思う。しかし、しかしだ。少しでも疑問や不満を抱く者がいれば、それが広がり、戦に多大な影響を及ぼすことになるだろう」
老人の言葉に、再度場は沈黙に包まれた。この話し合いの理由と重苦しい雰囲気の理由は、人間にさらわれたフュリアにある。フュリアの命が惜しければ、我らに味方し悪魔を打ち滅ぼせ、それが人間が出してきた条件だった。余裕で倒せる相手ならば、このような話し合いはしないでもかまわない。しかし、相手は悪魔であり、力も数もほぼ対等、だからこそ、天使の民が多少の揺らぎを持ってしまえば、勝利することさえ難しい、そんな状況だった。
「・・・確かに、不満を持つものは多くはないでしょうが、反面少なくもないでしょう。ですが、状況が状況なのです。民に説明すればきっと・・・」
「何を説明するというのだね?彼らはみな、彼女がいなくなれば我々が滅ぶことを重々理解している。それを既に知っている彼らに、何を説明するというのだ?」
一番歳若い初老の男に、その次ぐらいに若い老人が口を挟んだ。
「それは・・・」
「何を説明するのかと私は聞いているんだ。彼女がいなくなったら滅びる、だから本気で殺しあえ、そう彼らに説明するのかね?馬鹿げてる、それは説明ではなく命令だ」
「違う!」
声を荒げて机を叩きながら、初老の男は立ち上がった。
「何が違うというのかね?君が言っていることは、そういうことだろう?あの愚かな人間どもが彼女を人質に戦を扇動しているのと同じ様に、君も彼女と存亡を人質に、民を戦に向かわせる。どこに違いがあるのだね?」
今にも食って掛かりそうな初老の男を制するかのように、上座の男性が立ち上がって声をあげた。
「いい加減にしろ!身内で言い合いをしても何も始まらん!」
その言葉で、両者は静かになった。難しい顔をしながら、上座の老人は言葉を続けた。
「戦はする。しかし、神の定めた法になぞり、二十歳を過ぎていない未成人の者は戦には向かわせぬ」
場が騒然とした。初老の男が、上座の老人に質問をする。
「なぜですか?今回のことは一番重要視されることであり、その法ですら例外になるはずですが・・・」
「それは心得ている。しかし、全ての民を戦に送り出したとあっては、不満が募る恐れがある。戦力としてはやや不安な面もあるが・・・完全な滅亡を避けるには、それが一番良い手だ。今も、そしてこれからに対してもだ」
上座の老人はそう言った後、各々の老人に指示を飛ばし始めた。戦争の準備や民に対する法になぞった言い訳、それぞれの命令を下した。
そして、また場面は暗転を迎えた。
「彼女が誘拐された、って話ね。偉い人にもそれなりの苦労があるんだねぇ・・・」
と呟いた後、月夜は隣に座っているルシファーから得体のしれない何かを感じとった。それは、怒りや失望といった、ここではほとんど見せていない負の感情だった。
「どうしたんだ?おい」
異常を感じた月夜は、ルシファーに話しかける。
「なんだ・・・これは?」
「なんだこれは、って・・・お前の記憶だろ?」
ルシファーは体を震わせながら、叫ぶ。
「違う!これは私の記憶ではない!!・・・なぜ気づかない?どうして私がいない場所に、私の記憶があるというのだ?」
ルシファーの言葉に、月夜は、はっ、となった。他人の劇を見ているような感覚だった月夜は、その不審な点には気づいていなかったのだ。
「言われてみれば・・・確かにそうだ。じゃあ、あれは一体・・・?」
「分からぬ・・・だが、やつらはなんと言った?法は例外だった、そう言った・・・私は、それを知らなかったのだ!」
怒りに震えながら、狂ったようにルシファーは叫ぶ。
「私には彼女を助けに行く権利があったのだ!それを・・・それをやつらは・・・!!!!」
ルシファーの心をざわつかせている、怒り、哀しみ、それらの強い想いが、月夜に伝わる。
「分かる・・・分かるさ、好きな人を助けに行く権利がなかったんじゃなくて、その権利を隠されていた気持ち・・・痛いほど分かる」
でも、と月夜は続ける。
「やっぱり、仕方なかったんじゃないか、って、思う」
「仕方なかっただと・・・?貴様に、何が分かるというのだ!?」
矛先を自分に向けたルシファーに、月夜は哀しそうな顔で告げた。それはまるで、死刑宣告をするかのように。
「じゃあ、何でお前は行かなかったんだ?」
「なん、だと・・・さっきのを見ていただろ、私には・・・」
「行けば良かっただろ。法も何も関係ない、本当にお前がその人のことを好きなら、愛していたのなら・・・どうして、全てを捨ててでも、禁を犯してでも助けに行かなかったんだ!?」
月夜は語尾を荒くして叫ぶ。辛さは分かる、それでもルシファーの気持ちを理解することなど月夜には出来なかった。
「私は・・・私は・・・」
「本当は怖かったんだろ?最初の場面を見て思ったよ。相手はお前のこと想ってくれていた、でもお前はなんだ?成長したから、大人になったから。身分の違い?地位の違い?そんなクソみたいなもんに惑わされて、相手と自分の間に壁を作っていたのはお前だろ!?お前は怖くて逃げたんだよ、ただの臆病者なんだよ!!」
そう言われ、ルシファーは怒ると思った。もちろん、月夜もそう思っていた。しかし・・・
「ああ、そうだ・・・私は、臆病者だ」
月夜の予想を裏切り、ルシファーは弱弱しく呟いた。
「彼女が好きだった。愛していた・・・でも彼女は特別で、それは何も私からだけではなく、全ての者から等しく特別で・・・そんな彼女の隣に並ぶことが、私は怖かったんだ」
身分の違いから生まれる卑屈な心、二人の今の関係の変化・・・様々な要因が、ルシファーを臆病にさせた。もしかしたら、ルシファーは気丈な顔の裏で、後悔の念に苛まされ続けていたのかもしれない。
「後悔するぐらいなら、護り抜けよ、ぼけ」
言葉は悪いが、月夜はルシファーを責めるような口調ではなかった。反対に、その後悔に共感しているかのように、涙声になっていた。
「・・・そうだな、だが、それも今となっては、もう手遅れだ。私はもう何も出来ない」
諦めてはいないと強く思いながらも、それでも諦めた声を、ルシファーは出す。現実であれだけ気持ちを出していたルシファーがこの世界で気持ちを露にしなかったのは、諦めの気持ちが既に支配していたからかもしれない。
「ああ、そうだな・・・」
ルシファーを殺した張本人の月夜は、そう呟く。ルシファーのやり方は間違っている、と思い、止めた月夜だが、今はどうにもやりきれない気持ちで一杯だった。
「・・・過ぎたことを言っていても、始まらぬ・・・そろそろ、続きが始まりそうだ」
過ぎたことは言わないでも見るんだけどな、と月夜はどこか冷めた部分で思ったが、それを口にする気にはなれなかった。そしてまた、周囲が明るくなり始める。
映し出された風景は、今までとは打って変わって悲惨なものだった。建ち並んでいたはずのテントは無残にも潰され、そこかしこで火の手が上がっている。先ほどの場所に似た草原に、数多くの死体が転がっている。生き残っている者はいても、ただ呻き声をもらすだけで、すぐにその声も止む。殺戮と破壊に飲みつくされたような場所・・・そこは、戦場によく似ていた。
「くそ・・・!もう、だめか・・・」
その場にいた数人の内の一人が、悪態をつきながら絶望の表情を浮かべる。
「やっぱり、あいつらの目的はこれだったんだ・・・汚いやつらめ!」
他の一人が怒りを露に叫ぶが、その状況は何一つ変わらなかった。その数人の内の二人には、見覚えがあった。言うまでもなく、過去ルシファーとフュリアだった。フュリアを護るように数人は周りを囲っている。
「嘆いても、何も始まらない!・・・せめて、彼女は、彼女ぐらいは護り抜いて見せようじゃないか!」
絶望に飲まれかけてた全員に、過去ルシファーは強くそう言った。生き残りは数名、対する人間は数百、ここにいない分を除けばその何倍もの数がいまだ残っている。勝つことは不可能、そして護り抜くことすら、不可能だった。それでも、そんな状況に負けないように各々は声を絞り出す。
「そうだな、やつらみたいな愚かな生物に、我々の女神をむざむざ殺させるわけにはいかない!」
「ああ、愚かな人間どもに、天使の最後の力、見せてやろうじゃないか!」
「上等だ、何十でも何百でもかかってこいってんだ!」
生き残った数名は、みな歳若く、二十歳前後といったところだった。それでも、誰一人震えなどは見せなかった。フュリアを護る、妄信にさえ近いほどの考えが、今の彼らを決死の行動に突き立てていた。その中で、唯一妄信ではなく本気で愛しているからこそ、護りたいと願っている人物がいた。言うまでもなく、過去ルシファーだ。
「みな、天使に生まれたことを誇りに思い、最後の最後まで暴れてやろう!・・・フュリア様は、我々が時間を稼いでいる間にお逃げください・・・!」
渦中の本人は、澄んだ緑色の瞳に、哀しそうな愁いの色を浮かべていた。
「今更、どこに逃げろというのですか?彼らは最後の最後まで、天使の生き残りである私を追いかけ、そして殺すでしょう・・・私は逃げません。最後まで、あなたたち共にあり続けます」
退くことをよしとしない、確かな強さが彼女にはあった。
「ですが・・・」
「死を見届けることも、死を共にすることもせずに、何が女神ですか?何が特別なんですか・・・!?」
なおも食い下がろうとする過去ルシファーに、フュリアは強く言う。特別な存在として崇められて来た彼女、しかし、彼女は誰一人救うことが出来ずに、ここまで逃げ延びてきた。それが、許せなかったのだろう。
「なんと言おうと、私は退きません、私がみなの言うように本当に女神であるのならば、私は勝利の女神となりましょう」
頑なな意志を感じ、それ以上過去ルシファーは何も言うことが出来なくなってしまった。切なそうな表情をした後、すぐに周りの数人に号をかける。
「みな、聞いたか!?勝利の女神は我らのそばにいる!こんなところでは終われない、何がなんでも護り抜くんだ!!」
おう!という力強い声が返ってくる。
「敵はすぐそこまで来ている、みな、続け!」
うおおおおお、という数人の叫び声と共に、彼らは敵陣へと走り出した。槍のように縦に連なり、一点集中を基本とし正面突破をはかる。フュリアもそれに続こうとしたが、足が震え、足が動いてはくれなかった。
「どうして・・・こんな時・・・なのに」
フュリアは自分の弱さに怒りを覚えた。彼女が言ったことは嘘ではない。退くぐらいならば、最後まで戦う、それに迷いはない。しかし、体は動いてくれなかった。囲まれているため、フュリアが居る場所も決して安全とはいえない。しかし、自分の身よりも何よりも、彼女の声で動いてしまった数人に申し訳がなく、彼女はさめざめと涙を流した。
そこから先は、見るに耐えない惨劇だった。突撃していった天使たちは、一人二人と、殺されていく。何人もの人間を巻き込みながら、最後の最後まで戦うことをやめなかった彼らは、英雄とも無謀とも言えた。
「突っ切るんだ!必ず勝機は・・・!?」
突撃してから数分、過去ルシファーが叫びながら後ろを振り返った時には、そこには誰一人いなかった。死体が道のように連なり、過去ルシファーもそこに誘っているかのように見えた。
「・・・フュリア様は・・・?彼女は・・・!?」
過去ルシファーの後ろには、文字通り誰一人いなかった。それは、護るべき対象のフュリアさえ、例外ではなかった。
「そんな・・・まさか・・・ぐあっ!?」
戦場では、一瞬の油断が命取りになる。十八歳という若さではかなり強い力を持っていたルシファーだったが、哀しいことに彼には戦の経験はなかった。隙を見せた過去ルシファーは、二メートルを超える人間に頭を強打され地面に伏した。辛うじて気絶は避けられた、しかし目の前では剣を振り上げている人間が見える。力を発しようにも、既に限界が来ていた過去ルシファーは、何も出来ずにただ呆然とそれを見上げた。振り下ろされる瞬間、過去ルシファーはとっさに目を瞑った・・・しかし、すぐに来ると思っていた死は、中々こなかった。
「・・・フュリア、様?」
おそるおそる目を開けた過去ルシファーの前に、金色の髪をたなびかせ、悠々とフュリアが立っていた。剣を振り上げていた人間は音もなく倒れ、地面に伏す。
「・・・遅いよ、今更・・・こんな力があったって・・・遅いんだよ」
呟くように言った後、フュリアは過去ルシファーに振り向いた。そして、微笑んだ。その微笑みは、哀しいものであると同時に、愛しい人への最高の微笑みだった。そして、フュリアはすぐに何かを口ずさみ始めた。それは歌っているようで、そして詩っているような哀しい音だった。周りの人間は、唐突に現れ、そして神秘的な何かを放っているフュリアを見て一時的に動きを止めた。しかし、それも長くはなく、ようやく我に返った一人が剣を再度振り上げた。
「フュリ・・・」
「さようなら・・・」
あまりにも哀しい声、永遠の別れを告げる響き・・・場面は一度暗くなったかと思うと、今度はすぐに明るくなった。
「フュリア様!!・・・な、ここは、どこだ・・・?」
過去ルシファーは、気づくと教会のような場所にいた。少し前に月夜とルシファーが戦った場所、その場所に。
「それより、彼女はどうなったのだ!?」
我に返った過去ルシファーは、慌てた様子で周囲を探った。一つ一つの部屋を確認したり、壁や像の裏を確かめたり、など。しかし、彼女はどこにもいなかった。
「・・・なん、で・・・そんな・・・」
弱弱しい呟きを漏らしながら膝をつく過去ルシファー、その姿はあまりにも哀れで、そして痛々しかった。
「そんな・・・そんな馬鹿な、ことが・・・ある、わ、わけが、ない、ないんだ」
動揺しながら、過去ルシファーは何かを念じ力を放つ。しかし、限界を既に超えている彼からは何も発されはしなかった。
「フュリア様・・・どこに、どこにおられるのです、か?」
涙を流しながら、虚ろな様子で手近な壁を叩き始める。ガンガン、と鈍い音が響くが、壁は壊れるどころか、傷一つつきはしなかった。
「フュリア様・・・フュリア様、フュリア様ぁぁ!!」
悲痛な叫びと共に、場面は暗闇に閉ざされた。
「・・・」
「・・・」
月夜とルシファーは、目の前で起きていた事に、何も口を開けなくなっていた。あまりにも哀れで悲しい、その結末・・・二人は共に涙を流しながら、嗚咽をもらしている。
そのまま、しばらくの時間が流れた。周囲が明るくなる気配はない。それも当たり前のことだった。なぜなら、過去ルシファーの記憶はそれで終わりなのだから。
「なんだよ、これ・・・まんま、悲劇そのものじゃないか・・・くそっ」
やり切れない思いで、月夜は地面を叩いた。ルシファーが狂ってしまった理由が、気持ちが、月夜には明確に分かってしまったのだから。
「・・・これで、終わりだ。私はこの後、深い眠りについた。復讐という気持ちを胸に、な」
その声に怒りの色はない。あるのは、絶望と虚しさという空虚な響きだけだった。
「目が覚めて、私は時間の流れに驚きを感じた。そして同時に、この翼にも驚きを禁じえなかったのだ」
「翼・・・?」
「過去の私の翼は、白の一対の翼だったはずだ。しかし、目覚めた私の背に生えていたのは、白黒三対の六枚の翼だったのだ」
「六枚・・・だと?」
六枚の黒と白の三対の翼・・・それではまるで・・・神話に出てくる堕天使ルシファー、そのものではないか?
「私の怒りがそうしたのか、私には分からぬ・・・私は人間を恨み、そして同時に、何も知らなかった私は法を作った神を恨んでいた」
月夜の考えなど意にも介せず、ルシファーは淡々と続ける。
「彼女は、初代長、神が記した予言の書に書かれていた女神だったのだよ。だからこそ、我々は彼女を特別扱いしていた。そして、そこにはこうも書かれていた。女神を有すれば滅びはなく、無くすれば滅びの道、とな」
神をも恨み、己が気づかぬうちに堕天使となっていたルシファーは、消え入りそうな声で呟く。
「神など・・・いなければ良かったのだ、そうすれば私は・・・彼女と、共に時を過ごすことが・・・出来たのかもしれないのだから」
「そう、か・・・」
その人間自身の気持ちにならなければ、何も分からない。それは例え、世界を自分の為に滅ぼそうとした、世間では悪者と呼ばれる存在であったとしてもだ。月夜はそれを分かってしまい、罪悪感に苛まされた。
「何を・・・悩んでいる、お互い譲れないものがあった、ただ、それだけだ・・・同情は、許さん」
月夜のそんな気持ちを察したのか、ルシファーは言う。その声には、覇気も生気もなかった。
「そうだ、な・・・俺は、譲れなかった、譲るわけにはいかなかったんだから・・・」
ルシファーに言うというよりは、自分自身に言い聞かせるように、月夜は言った。
「・・・」
「・・・」
しんみりとした沈黙が、再び流れる。しかし、突然二人にとって予想外のことが起きた。明るくなることはもはやないと思っていた周囲が、明るさを取り戻したのだ。
「「な・・・!?」」
二人の声が重なる中、場面は先ほどの戦場に移る。立ち尽くすフュリア、振り下ろされる剣、その瞬間から、記憶にありえないはずの物語が再び動き出した。
フュリアは振り下ろされた剣を、なんなくかわした。しかし、反撃をするでもなく、声を張り上げる。
「無駄な争いは・・・もうやめにしましょう!」
無益な血が流れた戦い、フュリアを護ろうとした戦い・・・彼女はどんな気持ちで、それを無駄と言ったかは分からない。フュリアの重圧感におされ、周りにいた人間は呆然と彼女を見る。
「私は・・・力を手にしました、あなた方を、一瞬で消す・・・世界すらを、消せるほどの力です。しかし、私は仇討ちなどしません。そんなこと・・・出来る権利が、私には、ないのです」
自分の為に死んでいったものたちのために仇討ちする権利は、彼女にはないと言った。
「もう誰一人、我ら天使は残ってなどいません・・・だから、剣を収めてください!」
しばしの間呆然としていた人間は、我に返った順に、すぐにフュリアへと襲い掛かる。しかし、どんなに鋭く速い幾数幾十の剣戟でも、彼女にかすりもしなかった。
「・・・退いては、くれないのです、ね」
哀しそうに言った後、彼女を取り囲んでいた十数人の人間が音も無く、消えた。正確には、飲み込まれ、消えた。常人ではとらえきれないほどの速さの光が、彼らを覆いつくして消滅させた。その事実に、彼女は小さく震えた。己の力に、恐怖を抱いているのだった。
「私の力は・・・抑えられそうに・・・ありません・・・だから、」
退け!と彼女は別人のように叫んだ。その瞳には、言い様のない死を孕んだ光が宿っている。人間たちはその光に恐れをなし、我先にと逃げ出した。彼女の周りから、人気がなくなるのはすぐのことだった。
「・・・ごめんね・・・みんな・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
人気がなくなった瞬間、フュリアは少女のように泣きじゃくった。自分のために散っていった命、その一つ一つが、彼女の上に重くのしかかった。そして場面は、また暗くなる。そしてすぐに、明るくなった。
「・・・安らかに・・・そんなこと言う権利は・・・私にはないけれど・・・それでも、安らかに・・・」
いくつもの墓標が、草原に並んでいた。おそらくフュリアが作ったものだろう。その表情には強い疲労と、哀しみが浮かんでいた。
「ごめんね・・・ルシファー・・・でも、あなたにだけは・・・死んで・・・欲しくなかった」
死んでいった者たちに、逃がした一人の青年に謝りながら、涙を流しとつとつとフュリアは言葉をつむいでいく。
「忘れて欲しい・・・遠い・・・想像もつかない・・・遠い未来で・・・幸せに・・・なって、欲しい」
うあ、うあああ!と、フュリアは子どものように泣きじゃくる。その場にいない男にすがるように、愛しい人に、すがりつくかのように。
ひとしきり泣いた後、フュリアは虚ろな瞳で立ち上がった。
「私は・・・罪を・・・・・・償わない・・・と」
何かを覚悟したような、そんな鬼気迫るような雰囲気が今の彼女にはあった。
「本当は・・・一緒にいたかった、ずっと・・・ずっとずっと一緒に、いたかった・・・でも私は・・・」
生きていくには、罪が深すぎるから・・・、そう呟いた後、フュリアは自分の体に光を打ち込んだ。そして一瞬の間もなく・・・彼女の姿は、光に飲まれ消えていた。そしてまた、場面は暗闇に飲まれた。
周囲が暗闇に包まれた瞬間、月夜とルシファーの中にフュリアの気持ちが流れ込んできた、様な気がした。それは自分のせいで死んでいった人たちへの懺悔、赦し・・・そして、ルシファーに対する、とりとめのない恋慕の念だった。二人はそのあまりにも辛く切なすぎる気持ちに、声もなく涙を流した。
数分にも永遠にも感じられた時間は、幾分落ち着いた月夜の声で終わりを迎えた。
「なんか・・・やるせない、な」
「・・・ああ」
己が信じて戦ってきたものが、全て無駄になったような気がして、ルシファーは力なくうなだれた。何千万年という眠りには、そんなフュリアの想いの秘密があったことを、ようやく二人は理解した。
「私がやってきたことは・・・一体、なんだったのだろう、な」
心を失った人間のように、ルシファーは虚ろな瞳をしている。何か励ます言葉を言おうとした月夜だったが、言葉が思い浮かばず、また、それは意味のないものだろうと、思いやめた。
「フュリア様・・・いや、フュリア・・・私は・・・君の気持ちを無駄に、した」
「無駄になんかしてないだろ」
自分の口から出た言葉に、月夜は驚いていた。驚きながらも、頭に浮かんだ言葉をルシファーに伝える。
「確かに、お前は彼女の気持ちを無駄にしてしまったのかもしれない。でも、お前は彼女のためにがんばったんだ。彼女が、お前を逃がし、死という辛い選択肢を選んだように、お前も辛い選択肢を選んだんだ・・・復讐という、間違ったもののためではあるけど、お前は、生きることを選んでいたんだから」
虚ろな瞳のまま、ルシファーはかたまった。その表情はあまりにも深い哀しみと切なさを湛え、今にもあふれ出しそうになっている。
「だから無駄なんかじゃない、お前の残りの人生は、彼女のためだけに使われた、といっても過言じゃないんだから」
「・・・本当に、そうなのだろうか・・・」
今までの自信は吹き飛び、弱弱しくルシファーは呟く。それは、長年押し殺してきたルシファーの中の、幼い部分だった。
「それを決めるのは、俺じゃない。お前自身だよ、ルシファー」
「私・・・自身」
ルシファーの気持ちを知った月夜は、彼がどれだけ後悔し、どれだけフュリアのことを想っていたのか分かっている。本当は、ルシファー自身もそれを知っている、分かっている。だからこそ、月夜はルシファーに答えを任せた。
「私は・・・後悔している・・・なぜ、なぜ!あの時フュリアと呼べなかったのか、幼い時のように、何も縛るものがなかったあの頃のように、彼女と笑い合うことが出来なかったのか・・・それが、それだけが私を縛り付けているんだ!」
逃げ出した自分、それが何よりも、ルシファーは赦せなかった。
「失敗したのなら、やり直せば良い。手遅れだなんて言葉、お前には似合わなすぎるんだよ」
やり直すも何も、ルシファーは既に死んでいる、そしてただ消えることを待つのみ・・・月夜が言いたいのはそういうことではなかった。要は、気持ちの問題、何かをする体は無くても、今は考えることは出来る。それならば、やり直すことも、決して不可能ではない。気持ちがやり直せれば、例え消える運命でも、その魂は救われるはずなのだから。
「ふん・・・簡単に、言ってくれるでは、ないか」
「所詮、他人事だからな」
「それも、そうか」
しんみりとしながらも、お互い笑い合った。涙で濡れ、不器用な笑いであったものの、二人は心の底から、笑い合えた。
「さて、ではお別れだ。私には時間がない。短い時間を、精々大事に使わせてもらうとしよう」
哀しみの色は残っている、しかし晴々とした表情で、ルシファーは言った。
「ああ、そうだな。俺も、もうお前の顔なんか見たくもねーよ」
「ふん、こちらもだ馬鹿者・・・それでは、」
「「あばよ」」
最後の最後に声を合わせた二人は、暗闇の中お互い別の方向へと歩いて行った。
登場人物すくねぇぇぇぇぇぇorz




