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青春?

葉月が転校して来てから二日目の昼休み、屋上には楓を除いたいつもの三人が集まって雑談しながら昼食をとっていた。昨日ケンカしていたはずの利樹と紫は、昨日のケンカが嘘だったかのようにいつも通りだった。

「・・・で、妹が言うわけよ。兄貴、少女コミック買って来て。ってさぁ、恥ずかしいっつうの」

「ふふ、確かに利樹が少女コミックなんて柄じゃないわよね、想像したら笑えるわ」

「笑うなよ・・・店員と周りの視線がいてーんだって、あれはまじ恥ずかしいぜ。っておい、月夜聞いてるか?」

月夜はそんな二人を前にしながらも、心ここにあらずといった感じでぼーっとしていた。遠い目をしながら、その顔には怒りとも切なさともなんとも言えない負の感情が入り混じった色を浮かべている。時々ジュースに刺さっているストローを吸っているが、数分前からその中身は空だった。

「おい、こら、月夜」

利樹に肩を揺さぶられても、月夜は無反応だった。

「そっとしておいてあげれば?あんなことあった後じゃさすがに・・・」

心配そうに言う紫に、利樹は困ったように頭をかいた。

「とは言っても、このままにしとくのもなぁ・・・少しぐらいは、元気付けてやりたいじゃん?」

「そうだけど・・・うーん」

月夜のことで悩んでいる二人のことなど全く気づかない月夜は、相変わらず上の空だった。



月夜がこんな風にぼーっとしているのはいくつか理由があった。まず始めに、登校中、月夜は昨日の葉月のことをそれとなく楓に聞くつもりだったのだが、それをうまく切り出せずにいた。聞く、と言っても、精々楓が葉月をどう思ってるかぐらいのことだったのだが、月夜にとってそれは何より重大なことだった。

(昨日は結局聞けなかったしなぁ・・・)

リミーナが部屋に来たり、いつものように茜に振り回されたりと、昨日は色々あって聞くことが出来ていなかった。

(といっても、どんな風に聞けばいいんだろうなぁ・・・)

返答が怖い、という点にも悩みながら、月夜が考えていると・・・、

「やぁ、おはよう」

人懐っこそうな顔に意味ありげな笑みを浮かべ、月夜の悩み事の本人が姿を見せた。

「あ、おはよー」

「おはよ」

昨日の自己紹介と同じように、にこやかに挨拶する楓と対照的に、月夜はぶっきらぼうに言った。

「こんなところで会うなんて偶然だね、いや、三回も続いたらそれは必然と呼ぶべきものかな」

葉月は楓の隣を歩きながら、そんなことを言った。家が近ければ別に会っても不思議じゃないだろ、同じところ向かってるんだから・・・、と月夜は思ったが、

「必然じゃなかったら奇跡かもね」

と楓が笑いながら言ったので、月夜はそれを口に出せなかった。

「じゃあ僕らの出会いそのものが、奇跡なのかもしれないね」

キザな台詞を平然と言ってのける葉月に、月夜は虫唾が走った。だからつい、言葉がきつくなってしまった。

「そんな簡単に奇跡なんて起きるかよ、安売りでもしてんのか」

ぼやくように言った月夜に、楓が少し怒ったように言う。

「そんな言い方ないんじゃない?奇跡って言葉、私は好きだよ」

葉月をかばうような楓の言葉に、月夜はかなりむっ、ときたが、楓とケンカするのも嫌なのでそれ以上は何も言わなかった。

「ごめんね、月夜機嫌悪いみたいで・・・口は悪いけど、いつもはこんなこと言わないから」

月夜の代わりに謝る楓に、葉月は微笑み浮かべて言った。

「気にしてないよ、今日の僕はすごく幸せな気分だからさ」

「何か良いことでもあったの?」

ハテナマークを浮かべて聞いた楓に、葉月は少しだけもったいぶってから口を開いた。

「朝から、君に会うことが出来たからね」

聞いてる方が恥ずかしくなりそうな言葉を、にこやかな笑みと共に口にした葉月を月夜は色々な意味ですごいと思った。

(あー!殴りてぇ!!)

湧き上がる怒りと鳥肌に体を震わせながら、月夜は楓の反応をうかがった。さすがの楓も嫌悪を示すだろう、と考えた月夜は、すぐに自分の考えが甘かったことを分からされた。

「な、何言ってるのー・・・でも少し嬉しいかも」

まんざらでもなさそうに少し頬を赤くしている楓を見て、月夜は唖然とした。もし言ったのが月夜だったのなら、「何言ってるの?」、と笑われるか頭を軽くはたかれるかのどちらかだろう。どんなキザな言葉でも、かっこいい男がさらりと言う分には良いようだ。何より、交友関係が広いとはいえ、恋愛に疎い楓には十分な威力だった。

「・・・けっ」

やさぐれたように月夜は足元の石ころを蹴っ飛ばした。相当の怒りと、葉月に対する劣等感が入り混じって月夜は冷静さを失っていた。

「君が嬉しいのなら、僕も嬉しいよ」

「もう・・・葉月君って誰にでもそんなこと言ってるの?」

多少落ち着いた楓が、少し疑わしげな目で葉月を見る。お?お?と月夜は期待したが、さすがの葉月も一筋縄ではいかない。

「僕が誰にでも言っているように見えるかい?」

葉月の返答に、楓は、うーん、と少し考える。

(誰にでも言ってそうだよな。言っちゃえ言っちゃえ、楓)

「分からないけど、そんな風にぽんぽん言葉が出るとそう思っちゃうよ」

(そうだよなー)

楓の言葉にうんうんと頷く月夜。正直、情けなかった。

「そっか・・・そう思われちゃうなら仕方ないかな。でも信じて欲しい、僕は君の前でだけ詩人のようになってしまうんだ」

哀しそうな仕草と、愁いを含んだ瞳は全ての異性を惹きつけてしまいそうな力を持っていた。茜の男番みたいな感じだが、周りを惹きつける不思議な何かは、茜のそれをはるかに上回っていた。

「そ、そんなこと言われても・・・」

再び楓は揺らいだ。もじもじと両指を合わせて困ったように頬を染めている。月夜は色々な楓を見てきた、もちろん恥ずかしがってる楓だって見慣れている。しかし、今の楓は月夜が知らない楓のような気がした。それを見るのが耐えれず、月夜はとっさに駆け出していた。

「月夜?いきなりどうしたの!?」

楓の呼び止める声に返事をせず、月夜は走った。二人が仲良く話しているのが嫌だった、別人のような楓が嫌だった、月夜はただ、そこから逃げ出したかった。

「どうしたんだろう?」

遠ざかっていく月夜の背中を、心配そうに楓は見つめていた。鈍感も、ここまで来ればもはや罪だろう。

「さぁ、どうしたんだろうね」

葉月は見るものを戦慄させるような残酷な笑みを一瞬浮かべ、そしてすぐにいつものにこやかな微笑みに戻った。


登校時の出来事で既に半死人化してた月夜に、学校で更に追い討ちがかけられた。新学期二日目ということで、一時間目はクラスの係決めや席替えの時間だった。一学期・二学期と、月夜は変な運の強さで窓際と楓の隣をいつもキープしていたわけなのだが・・・、

「・・・」

席替えが終わった後、月夜は五つ前の席、最前列の席を睨むように見ていた。席替えはくじ引きで、月夜は確かに窓際の席を取れた。最後尾なので、寝るには適しているかもしれない。しかし、隣に座っていたのは楓ではなく利樹だった。

「珍しいな、お前の隣なんて」

月夜の隣の席に座っている利樹が、笑いながらそう言った。しかし、今の月夜にはその声すら耳に入らなかった。窓際の最前列に座っている葉月、そしてその隣に座っている楓を凝視していたからだ。何やら葉月が楓に話しかけているが、席が離れているため会話の内容が月夜には聞こえなかった。

「おーい月夜、聞いてるのか?」

利樹の呼びかけも虚しく、月夜は微かに口元をひくひくさせながら一点だけを凝視している。こりゃだめだ、と思った利樹は、月夜と逆隣りに座っている女子に話しかけた。持ち前の軟派さを発揮して、面白おかしく話していた利樹だったが、利樹の席から二つ前と一つ右の中央寄りの席に座っている紫に睨まれすぐに大人しくなった。こうして、窓際最後尾付近はとても静かになった。


そして、とどめとなったのは昼休みに入ったばかりの頃だった。いつもの様に四人で昼食をとろうとしたところ、葉月が楓を昼食に誘ったのだ。楓は最初、それなら五人で、と提案したが、月夜が頑なに嫌がった。利樹と紫がとりなしはしたものの、死んでも嫌だ、と月夜が断言した。すると楓が、

「どうしてそんなに嫌なの?」

と月夜を問い詰めた。葉月と楓が仲良くしているのを見るのが嫌、と本音を言えるわけもなく、

「嫌なものは嫌なんだ!」

と子どもが駄々をこねるようなことを月夜は言った。月夜のそんな言葉にさすがに呆れた楓は、

「じゃあ、月夜だけ一人で食べればいいじゃない!」

と容赦のない言葉を言った。月夜は何か言おうとしたが、諦めたように、とぼとぼと一人で教室を出て行った。

「本当にいいの?楓」

紫にそう言われはしたが、楓もどうやら頭に来てたらしく、

「ほっとけばいいのよ」

と冷たい態度をとった。困ったように利樹と紫は顔を見合わせて、そして頷きあった。

「俺ら、月夜と飯食うよ」

「そうね、一人じゃ寂しいもの・・・」

二人の言葉に、楓は少しだけ動揺した。

「それじゃ・・・まるで私が悪者みたいじゃない」

「月夜も月夜だけどな、まぁ、たまには別々でもいいんじゃないか?」

利樹も利樹なりに言葉を選び、楓にそう告げた。楓が少し考えている間一瞬だけ場の空気が止まり、静かになったが、今まで黙っていた葉月が口を開いた。

「早くしないと昼休みが終わってしまうよ?行こう」

多少強引に、楓の手を引いて葉月は歩き出した。一瞬何かを言おうと顔を上げた楓だったが、すぐに視線を落とし、葉月と一緒に教室を出て行った。



そして屋上で一人死にそうな顔でぼーっとしている月夜に、利樹と紫の二人が合流し、今に至る。

「さてさて・・・どうしたもんか」

月夜は二人が来たことにすら気づいていない。上の空どころか、蝉の抜け殻のように月夜の形をした物がただそこにあるだけのような感じに、利樹は頭を悩ませた。

「それにしても、楓ってば急にどうしたんだろ・・・すぐに他の男の子になびくような子じゃないのに」

確かに葉月はかっこいい、月夜と比べれば八割以上が葉月を選ぶだろう。しかし、月夜と楓の仲はそんな簡単に壊れるようなものじゃないことを紫は知っていた。だからこそ、今の状態はあまりにもおかしく感じられた。

「心境の変化・・・ってやつかもな、人の気持ちはすぐ変わるもんだしな」

利樹が言うと妙に説得力があった。そんな利樹だが、なんだかんだで紫一筋だったりするわけなのだが。

「そうかな・・・楓はそんなんじゃないと思うけど」

「確かにな、楓ちゃんはそんな子じゃないと思う・・・でも、万が一ってこともあるし」

溜め息をついている二人に、今まで抜け殻だった月夜がぽそっと呟いた。

「なぁ、空って飛べるかな」

無表情でそんなことを言い出す月夜は、自殺予告をしているようですさまじく怖かった。

「おいおいおい、いきなり何を言い出すんだお前は」

無表情なのに切羽詰った雰囲気の月夜に、利樹が焦って言う。

「飛べるわけないだろ、っておいこら待て!」

ゆっくりとした動作で立ち上がって、屋上の柵に手をかけ始める月夜を利樹は止める。

「大丈夫、ほら、俺人間じゃないから」

虚ろに言う月夜だが、今は力を失っているため普通の人間と同じだ。学校の屋上から落ちたら、間違いなく死ぬだろう。もちろんその事情を利樹は知らないが、死なないとは言え友人が屋上から飛び降りるのだけは阻止したかった。

「そんなもんは関係ないだろうが!」

月夜を柵から引き離し、反対側に放り投げる。どしゃ、と力なく月夜は倒れ、弱弱しく呟く。

「痛い・・・」

体よりも、心が・・・、腕を切った時よりも、ランスが記憶をなくした時よりも、月夜は痛かった。感情が麻痺しつつある中で、その痛みだけは鮮烈だった。

「お前もな、卑屈になったり嫉妬したりするのもしょうがないとは思うが・・・何も行動しないで、いいのか?」

利樹はしゃがみこんで月夜の顔を覗きこむ。その顔は、珍しく真剣そのものだった。

「何もしないまま、楓ちゃんとられちゃってもいいのか!?」

利樹の変な迫力に押され、月夜はたじろいだ。しばし黙った後、弱弱しい声で呟く。

「とられるも何も・・・別に楓は俺のものでもなんでもない、付き合ってるわけでも、ない・・・だから、楓があいつのほうが良いっていうんなら、俺は・・・」

言い終える前に、月夜は利樹に横っ面を殴られた。死体のように身動きすることなく、月夜は殴られた方向に転がった。

「利樹!少しやりすぎじゃ・・・」

紫は慌てて月夜のそばに駆け寄った。倒れている月夜の上半身を起こそうとしたが、まるで地面に張り付いているかのように月夜は持ち上がらなかった。

「お前昨日言ってただろうが!楓ちゃんがいなくなったら生きていけないとか超恥ずかしいことを」

昨日月夜が利樹に言ったこっ恥ずかしい言葉を紫の前で暴露されても、月夜はみじろぎ一つしなかった。反面、紫は驚いた顔で月夜を見ている。月夜が楓に好き以上の感情を持っているのは知っていたが、そこまでだとは思ってはいなかったのだろう。実際は死ぬはずもないのだが、真面目な紫は真に受けていた。何より、今の月夜は本当に死んでいるみたいだからだ。

「月夜君、死んじゃだめよ!」

ゆさゆさと揺さぶられても、月夜は無言を保っていた。

「はぁ・・・いつまでそうやって、落ち込んでるつもりなんだ、お前は?」

利樹は溜め息をつきながら、無反応の月夜を見下ろす。いつも馬鹿ばっかやっている二人なだけに、月夜の調子が悪いと利樹も調子が狂うようだった。

「こんなこと言いたくないけど、今のお前、最高にかっこ悪いぜ」

殴ったり挑発したり、色々なことを試した利樹だったが、それでも月夜は動かなかった。仰向けに倒れている月夜の瞳は、ただ虚空を見つめている。

「・・・少し、放っておいてあげたほうがいいんじゃない?考える時間も、必要でしょ」

紫の言葉に、利樹はばつが悪そうに頭をかいた。

「それそうだけどよ・・・こいつがこんなんだと、俺も調子狂って嫌なんだよ。それに、月夜には色々貸しがあるしな」

「利樹の気持ちも分かるけど、辛い時に無理やり元気付けても逆効果でしょ」

紫の言い分はもっともで、利樹は月夜に対する自分の行動を恥じた。あまりにも情けない月夜に対する怒りもあったが、利樹は何より月夜のことを心配に思ってとった行動だったが、結局それが裏目に出てしまっていたのでは意味がないからだ。

「仕方ない・・・か。月夜、結局お前がどうするかはお前が決めることなんだ、落ち着いたら、色々考えてみろよ」

月夜に聞こえているかすら分からない言葉を、利樹は続ける。

「それと最後に一つ、あの葉月ってやつが楓ちゃんに好意を抱いてても・・・あいつを選ぶかお前を選ぶかは、楓ちゃん次第なんだからな。大体から楓ちゃんはお前のこと好きなんだろうからもう少し自信を持つべきなんだよ。分かったか?」

そう言い終えてから、もう言うことはない、というように利樹は屋上を去っていった。

「とにかく・・・元気出してね」

そう言い残し、紫も利樹の後を追って屋上から出て行った。二人とも去り際に、何度か月夜を振り返ったが、それでも月夜の反応はなかった。

利樹と紫が去ってから数分の後、午後の授業を知らせるチャイムが鳴り響いたが、月夜はそれでも仰向けに倒れたまま動かなかった。

「楓次第・・・か」

楓が自分のことを好きなのは、言われるまでもなく月夜は知っていた。しかし、葉月にキザなことを言われてまんざらでもない風に頬を染めている楓の姿が、月夜を揺らがせた。

「あんな顔すんなよ・・・馬鹿」

月夜は今まで嫉妬という感情とは無縁だった。自分の力を嫌がり、平凡な人間を羨ましいと思ったことはあるが、ここまで月夜を落ち込ませるほどではなかった。しかし今、月夜は葉月に嫉妬し、苦しんでいる。自分が世界を壊せるほどの力を持つ兵器だという悩みなど、恋に悩み苦しむ今の月夜には、些細な問題だった。

「そばにいるのが当たり前過ぎて、失うことなんて・・・忘れてたな」

かつて一度だけ、楓を失った瞬間を月夜は思い出す。真っ赤に染まった腕、生暖かい感触・・・リミーナを殺すために突き出された腕が、楓の体を貫いたあの瞬間を、月夜は今でも鮮明に覚えている。そして・・・その時の気持ちも。

「二度と・・・あんな気持ちは、ごめんだ」

微かに震えながら、月夜は呟く。

「さて、どうするかね」

溜め息をつきながら、ようやく立ち上がった月夜はどことなくすっきりとした顔をしていた。利樹に殴られて赤くなっている左頬を軽くなでながら、微かに笑った。

「いてーな、少しぐらい加減しろよ、全く・・・」

言葉とは裏腹に、どことなく嬉しそうな声だった。

(ありがとな、二人とも)

自分を心配してくれた二人に心の中で礼を言いながら、月夜は屋上を後にした。



「遅れましたぁ」

軽い調子で言いながら教室に入ってきた月夜に、教室にいた生徒殆どの視線が集まった。

「なんだ、またさぼってたのかお前は?」

さぼりが多い月夜に、怪訝な顔をしながら教師は言った。

「やだなぁ違いますよ、お腹の調子が優れなくてトイレ行ってたんですよ」

「ふむ・・・それなら仕方ないな、さっさと席に着け」

教師は特に追及はしなかった。なぜなら、五限目の現国を担当している教師は月夜のクラスの担任であり、月夜が朝から調子が悪そうなのを見て知っていたからだ。

「ういーっす」

月夜はのろのろと歩きながら、自分の席に向かった。途中、心配そうな目で月夜を見ていた楓の頭を軽くぽんぽんと叩いてから、席に着いた。

「おい、もう大丈夫なのか?」

隣の席に座っている利樹が、ひそひそと聞いてきた。利樹は利樹なりにかなり心配だったのだが、いきなりこんな風に元気になると逆に、あまりのことに気が狂ったか?と心配になった。結構ひどいやつである。

「いちいち悩んでられるかよ」

さっきまで死んでいるかのように悩んでいた割りに、平然と月夜はそんなことを言ってのけた。

「お前なぁ・・・まぁ、元気になったならいいか」

「悪いな、心配かけて」

月夜は月夜なりに二人に反省と感謝をしていたが、恥ずかしくて言えず、そんな軽い言葉でいっぱいいっぱいだった。

「気にすんなよ、ダチだろ」

月夜のことを知っている利樹には、それだけで十分月夜の想いは伝わった。

「こらそこの二人、お喋りは後にしろ後に」

「「はーい」」

教師に注意され、二人の会話はそこで終了した。



「それで、どうするんだ?月夜」

放課後、利樹は帰り支度をしながら月夜に聞いた。もちろん、紫も月夜のそばに来ていた。

「ん?どうするも何も、俺は俺が考えるように行動するつもりだぞ」

その行動が分からないこそ、利樹は聞いたのだったが、月夜はそんなことを意に介した様子もなく歩き出す。

「ま、そんなわけだから、またな」

右手をひらひらとさせながら、月夜は歩いていった。向かう先はもちろん、楓の席だった。

「あいつ・・・本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫なんじゃない?元気になったみたいだし」

二人は特に追うこともせず、そんな月夜の背中を見ていた。

帰り支度をしている楓の肩を後ろから軽く叩き、月夜は言った。

「おい、帰ろうぜ」

いきなりのことに一瞬びくっ、とした楓は、振り返って月夜の顔を見るなり笑顔になった。しかし、すぐにその顔に翳りが帯びる。

「あの・・・さっきは、ごめんね」

さっきは言いすぎたと思い、楓は素直に謝った。

「いや、俺も少し大人気なかったし。お互い様だよ、ごめんな」

月夜もまた、素直に謝った。お互いケンカをする時はすぐ意固地になる割りに、謝る時は素直だった。そんな二人だからこそ、ケンカも多いが長年仲良くやっているのかもしれない。

「おやおや、二人ともケンカしてたのかい?」

天然、とも言えるような言葉で二人の間に割って入ってきたのは、ほぼケンカの原因と言える葉月本人だった。相変わらず、人懐っこい顔に微笑を浮かべている。

「お前、気づいてなかったのかよ・・・」

月夜はケンカの原因となった張本人を睨みながら、呆れた声で言う。

「僕はどうにもそういうのには疎くてね」

自分が原因だと全く気づいていない葉月は、当然悪びれた様子もない。

「それにしても、ケンカなんてしちゃいけないなぁ・・・何が原因なんだい?」

よくもまぁぬけぬけと・・・、と思いながらも、月夜はなんとか自分を落ち着かせる。

「そんなもん、お前には関係ないだろ?」

「関係ない?本当にそうかな?」

まるで全てを見透かすような目で見てくる葉月に、こいつはただ単に知らない振りをしているだけなんじゃないのか?と月夜は思わされた。

「ああ、関係ないね」

素っ気無く返す月夜だが、その目には微かに怒りが渦巻いていた。

「・・・帰らないの?月夜」

放っておいたらいつまでも言い合いを続けていそうな二人に、楓が口を挟む。そこでようやく我に返った月夜は、楓に向かって頷いた。

「ああ、うん・・・帰ろうか」

葉月が相手だと、楓と同様に月夜も調子が狂った。一見感情的に見える月夜だが、キレることさえしなければ案外冷静に物事に対処することが多い。そんな月夜ですら、なぜか葉月が相手だと怒りが先に立ってしまっていた。

「途中まで僕もご一緒させてもらおうかな。だめかい、月夜君?」

わざとらしい素振りもなく月夜に聞く辺りが、天然なのかどうか月夜には理解しがたかった。

「嫌・・・いや、まぁ別にいいけど」

一瞬本音が出そうになった月夜だったが、先と同じ失敗をしないように、月夜はなんとかそう言い直した。

「それじゃ、みんなで帰ろうかー」

月夜の気持ちも知らずに、楓がのほほんと言う。なんだかなぁ、と思いながらも、楓とケンカするよりはましか・・・と思いながら、月夜は楓と葉月と一緒に教室を出て行った。



学校からの帰り道、楓を真ん中に挟み、右側に月夜、そして左側に葉月と横に並んで三人は歩いていた。二人が和気藹々と話している横で、相変わらず月夜は無言を保っている。

(むう・・・楓のやつ、葉月とばっかり喋りやがって・・・)

心中穏やかじゃない月夜だったが、楓と葉月が喋ってばかりなのは仕方のないことだった。そもそも、月夜はあまり喋る方ではない。利樹やランスや茜といった身近な人間といる時はそれなりに口を開く方だが、今は葉月がいる。楓ともよく喋る方ではあるが、その場合は回りに他人がいない時ぐらいだ。

「そうなんだ、葉月君って面白いねー」

「いやぁ、間が抜けてるだけだよ」

葉月が過去にやった面白失敗談などを聞いて、楓は楽しそうに笑っている。その都度落ち込みそうになったりイライラしたりする月夜だが、どうにか自分を落ち着かせた。月夜は月夜なりに、色々と考えているのだ。しかし、特に解決策も見当たらないので、今はただ黙っていた。

それから数分間、

「あ、僕家こっちだから、またね」

と葉月が立ち去るまで二人は話し続けていた。どうやら葉月の家は月夜たちの家と近いようで、歩いて数分とかからない場所にあるようだ。

「あー、面白かった。・・・どうしたの、月夜?」

月夜がぐったりとうなだれている様子に今更気づいた楓は、月夜に心配の眼差しを向けた。

「別に・・・考え事が多くて疲れてるだけだ」

「だから最近怒ってばっかりなの?」

月夜がやきもちを焼いてることなど全く気づかない楓は、さらりとそんなことを言う。恋愛ごとに関して鈍いのは知ってたけど、これ程までなのか?と月夜は思い悩む。

「お前なぁ、なんで俺がイライラしてるのか分かんないの?」

だからこそ、つい月夜も口調がきつくなってしまった。

「・・・もしかして、私が葉月君とばかり話してるから怒ってるとか?」

なぜか自信なさげに言う楓に、月夜はどうしようか迷った。素直に肯定するのも癪だが、かといって変に否定してまたケンカをするようなまねだけは避けたかった。・・・結果、月夜は軽くそっぽを向きながら答えた。

「そうだよ、悪いかよ」

月夜の答えに、楓はしばし沈黙した。どうしたのか、と気になった月夜は横目で楓を見てみた。その顔が妙ににこにこと嬉しそうだったので、月夜は再度目をそらした。そんな月夜に、楓は寄り添う。

「ごめんね・・・でも私が好きなのは、月夜だけだよ?」

恥ずかしそうに、しかし気後れすることなく言う楓に、月夜はすねたように言う。

「じゃあどうして、あいつとばっかり話してるんだよ」

すねた子どものような月夜の言葉に、楓は、うーん、と考えながら答える。

「葉月君ってなんか話しやすいんだよねー。あ、別に月夜が話しにくいってわけじゃないよ?ただなんていうのかな・・・友達としては、付き合いやすくて面白い人なんだよね」

「友達としては、か。その割りには、キザなこと言われて頬を染めたりしてたくせに」

自分でもなぜこんな風にしつこくつっかかってしまうのか、月夜には分からなかった。ただ、葉月と楓が仲がいいことへの不安と、不満から自分のそんな言葉が出ていることは理解していた。

「確かにちょっとキザかもしれないけど、かっこいい人からあんな風に言われたら誰だって嬉しいと思うよ?私だって、普通の女の子なんだから・・・」

楓がそんな風に思うのは無理もない。月夜は語彙は豊富だが、異性を褒めたりすることが苦手だからだ。利樹も時たま楓に対してキザな褒め言葉を言ったりしているが、元が軟派な性格っぽいので、葉月に比べれば紳士さが足りずそこまで胸が躍るようなものではなかった。だからこそ、楓は葉月の言葉につい頬を赤らめてしまっていた。

「・・・俺には無理だな、恥ずかしいもん」

第一、俺が言っても似合わない。と月夜は嘆息するが、楓にとってはどんな拙い褒め言葉でも、好きな人から言われればそれが一番嬉しいということには気づかなかった。

「そうだね、付き合い長いから分かるけど、月夜には絶対無理だね」

楓にそう言われ、月夜はかちんときた。そこまで言うなら言ってやろうじゃないか、と思ったが、気恥ずかしさと、考えても中々適当な言葉が思いつかず、月夜は黙ってしまった。

「あ・・・ごめん、怒った?」

月夜の沈黙を怒ったから、と解釈した楓は、とっさに謝った。しかし、その言葉は月夜の耳に届いていなかった。なぜなら今、月夜の頭の中では色々な言葉が渦巻いていたからだ。

(楓のいいところを褒めるのが妥当なんだろうけど、可愛いとかきれいじゃ、ありきたりだよなぁ・・・)

月夜は隣に楓がいるのにもかかわらず、脳内に楓を思い描く。顔は可愛い、髪はさらさらと言うほどでもないが、ちょこんとまとまっているポニーテールは楓の可愛さを引き立てている。体型はやせ型で、手足は細いがどことなく女性としての柔らかさがある。胸はあまりある方ではないが、楓の身長からしたら適当なところだろう。思い描いてみても、第一印象は、やはり可愛いだった。

「おーい、月夜ー?」

ペチペチと頬を叩かれて、ようやく月夜は我に返った。

「な、何か言った?」

「もう家着いてるよ」

どうやら、考えている間に家の前に着いてたようだ。玄関の前でぼーっと立ち止まってた月夜を、変に思って楓が頬を叩いたのだ。

「ああ、じゃあ、うん・・・入ろうか」

楓はいまいち歯切れの悪い月夜を変に思いながらも、怒ってるのかな・・・?と考え、それ以上は特に追求せずに家の中に入っていった。



その日の夜、夕食を食べ終え軽い雑談の後、各々が部屋に戻ったのを見計らって月夜はそれぞれの部屋を歩いてまわった。もちろん、どうにか楓を褒めるための言葉調査だった。

まずは同性の意見を求めるために、茜の部屋を訪れた。

「・・・というわけなんだ、どうすればいいと思う?」

茜に事情を説明した月夜は、真剣な面持ちで聞いた。ランスと茜が最近とても仲のいいことを知っている月夜には、手紙の件で生まれた微妙な気まずい気持ちは、既になくなっていた。

「うーん、簡単なことかもしれないけど、難しい話だね」

珍しく酔っていない茜は、月夜の相談に真剣に考えてくれた。

「思うんだけど、別にそこまで褒めることやキザな言葉にとらわれる必要もないんじゃないかしら?」

茜の言葉に、月夜は頭を悩ませた。絶対、と楓に言われたからには、なんとか見返したい気持ちがあったからだ。

「そうなんだけどさぁ・・・」

「月夜は月夜らしく、不器用なままのほうが可愛いと思うけど」

月夜は複雑な気持ちになりながらも、なんとなくその言葉を嬉しく感じた。楓も、葉月に言われた時こんな気持ちだったのかな?と軽く考える。

「大体から、キザなこと言うんだったら、恥ずかしさなんてもってちゃだめよー」

「・・・それはごもっとも」

言い慣れないキザな言葉を、恥ずかしそうに言うのもそれはそれでありだと思うが、今の月夜は楓に、自分は出来る。というところを見せたかったため、それはしたくなかった。

「まぁ逆に、臆面もなく堂々とキザなこと言ってる奴のほうがうちは恥ずかしいと思うけどねー。どうしても言いたいのなら、楓が寝ている間にこっそりと言えばいいんじゃない?」

「それじゃ意味ないよ」

とは言ったものの、それもありか?と月夜は心の中で納得した。もはやなんのために言うのか、分からなくなりつつある月夜だった。



次に訪れたのはランスの部屋だった。恋愛経験は月夜並みで、しかも今は記憶喪失の状態にあるランスだが、それでも月夜より長く生きているランスの意見を聞いてみたかったからだ。

「・・・で、どうすればいいかな?」

ランスに事情を説明した月夜は、先ほど茜に聞いた時と同じく真剣な面持ちだった。

「うーん・・・難しいことかもしれないけど、単純に考えれば簡単な話かな」

先ほどの茜と逆の言い方をするランスに、月夜は少しだけ期待した。

「下手にひねるよりも、真っ直ぐな言葉の方が相手には伝わると思うよ。いつでも真っ直ぐな君には、簡単なことじゃないかな?」

そう言いながら、ランスは柔らかな微笑みを浮かべる。最近のランスは、何かを悟ったように落ち着いている。記憶を失ったばかりの頃の、弱弱しい感のあるランスでもなければ、昔のような冷徹さを持つランスでもなかった。そんなランスの変化に最初は多少驚いた月夜だったが、最近は他人行儀さもなくなり、昔の関係とまではいかないが仲のいい兄弟といった感じになっていた。

「真っ直ぐ過ぎても、それだけで終わっちゃいそうでなんか嫌なんだよね」

どうせなら、相手の心に残るような言葉を、月夜は言いたいと思っていた。

「シンプルイズザベスト、じゃないかな。本気の想いがこもっている言葉なら、人は誰だって人の心を動かせるものだよ」

「本気の想い・・・ね。それもそれで、恥ずかしいんだけどなぁ」

困ったように頬をかく月夜に、ランスは言った。

「それなら、楓ちゃんが寝ている時にでも言ってみたら?意味はないかもしれないけど、練習にはなるんじゃないかな」

先の茜と同様に、ランスはそうすすめてきた。寝ている時に言うのが流行なのか?と月夜は不思議に思ったが、やっぱりそれがいいのかなぁ、と思い悩んだ。



最後に訪れたのはリミーナの部屋だった。月夜よりも幼く、恋愛経験なんてまずないリミーナだが、今までの辛い人生経験から来る言葉に月夜はほんのちょっとだけ期待した。何より、リミーナは結構ませているところがあるのだ。

「・・・というわけなんだ、どうすりゃいいと思う?」

リミーナに事情を説明した月夜は、それなりに真剣な面持ちだった。実際、自分より五つも年下の妹に真剣に相談している様は、かなり情けなかった。

「そんなの、簡単じゃない」

はっきりとそう言い切ったリミーナに、月夜はあんまり期待しなかった。真剣な顔で相談してる割りには、結構失礼な奴である。

「お兄ちゃんは楓お姉ちゃんと付き合い長いんでしょ?なら、楓お姉ちゃんが言われたら嬉しい言葉とか知ってるんじゃないの?そういうの繋げ合わせたりして、お兄ちゃんだけの言葉を作ればいいじゃない」

予想していなかったリミーナの言葉に、月夜は驚いた顔をした。

「なによ、その顔は!」

「いや、期待してなかった分、ためになったから驚いた」

全くもって失礼な月夜の頭をリミーナは小突き回した。

「いたたた、悪かったって」

「全く・・・お兄ちゃんは言葉を飾る前に、もっと乙女心を勉強したほうがいいんじゃない?」

その言い分はもっともだった。月夜は恋愛経験が少ない分、乙女心には疎い。だからこそ、楓の誕生日の時なども回りくどかった。楓が喜んでいたので、実際のところは結果オーライだが。

「乙女心つってもなぁ・・・俺男だし、そもそも人間かどうかあやふやだし」

男云々はともかく、月夜は案外人間よりも人間らしいが、本人はそれに気づいていなかった。

「男も人間も関係ないよ、好きな人のことを理解してあげれないんじゃ、人間どころか生物失格だよ」

リミーナの手厳しい言葉に、月夜はうなだれた。リミーナの言うことはいちいちもっともなので、月夜は反論のしようがなかった。

「分かっちゃいるけど・・・難しいもんは難しいんだ」

だから俺は葉月に勝てないんだよなぁ、としょんぼりする。

「とにかく、考えてる暇があるなら行動したほうがいいんじゃない?」

リミーナにそう言われ、月夜はそれなりに覚悟を決めた。何より、楓に絶対無理、と言われたのがきいていたからだ。

「それもそうか、んじゃ、邪魔したな」

「しっかりしなさいよー」

妹にそう言われ、月夜はなんとなく情けない気持ちになりながら、リミーナの部屋を後にした。



月夜は一度自分の部屋に戻り、色々とまとめてみた。

「ひねらずに真っ直ぐ、なおかつ楓が言われて喜びそうな言葉・・・か」

そう言ってみたものの、すぐには思い浮かばなかった。恋愛ごとに関しては、月夜の頭も回転が緩くなるようだ。

「そもそも、なんでこんなことになったんだろうな・・・」

溜め息をつきながら、そう呟く。元より、誰かを褒めるなんていうのは言葉を選ぶ物でもないし、宣言してから言う物ではない気がした。

「いいや、当たって砕けるか。言葉には出来なくても、俺が楓を想う気持ちは・・・葉月なんかに負けない」

月夜は一度だけ深呼吸をし、何かに動かされるように部屋を出て行った。



「起きてるかー?」

楓の部屋のドアをコンコンとノックしながら月夜はそう呼びかける。数秒待っても、返事はなかった。

「・・・入るぞー?」

勝手に部屋に入るのをよくやる月夜だが、なぜか今日はドキドキと鼓動が強くなるのを感じた。ドアに鍵はかかっておらず、ノブを回して軽く押すだけでドアは開いた。

「なんだ・・・寝てるのか」

月夜はほっとしたような、残念なような気持ちになった。電気がつけっぱなしという点を変に思った月夜だったが、あまり足音をたてないように楓の布団に近づく。第三者が見たら警察を呼びそうな光景に見えなくもないが、第三者はいないので月夜が逮捕されることはなかった。

「人が悩んでるっつうのに、能天気に寝やがって・・・」

それは実際楓が悪いわけでもないのだが、月夜はそう呟きながら楓のすぐ近くに腰をおろした。時刻はまだ夜の十時、元々寝るのは早い楓だが、今日は一段と早いなぁ、と月夜は思った。

「でも、まぁ・・・やっぱり可愛いよな」

すーすーと寝息をたてながら寝ている楓の顔を見ながら、月夜は呟く。丁度寝てるし、練習だと思ってなんか言ってみるか、と月夜は思った。しかし、言葉が出てこなかった。元々思い浮かばない上に、楓の顔を見ていたら更に言葉が出なくなってしまった。頬を少しだけ赤くしながら、月夜は楓から目をそらす。

「あー・・・だめだ、俺、何やってるんだろ」

なんだか自分が情けなくなり、月夜は弱弱しく呟く。変に高鳴る胸を押さえながら、月夜は再度深呼吸をした。

「・・・ふぅー」

少しだけ落ち着いた月夜は、特に意味も目的もなくとつとつと喋りだした。それは独り言のようで、楓に話しかけているようでもあった。

「確かに俺はさ、あいつみたいな言葉は言えない。・・・不器用だし、恥ずかしいっていうのもあるからさ。でも、それがすごい悔しいんだ。情けないけど、あいつと楓が仲良く話してるの、嫌なんだよね。そんな風に思う自分が、なんか辛くて・・・楓からしたら、いい迷惑だよな」

何も考えずに月夜は喋り続ける。ただただ、自分が思っていることを、言葉にする。

「葉月の言葉で、楓が嬉しそうにしてると、すごく切なくなるんだ。俺だって、楓を喜ばせたい。あいつなんかより、何倍も・・・何億倍も俺のほうが楓への想いが強いんだから・・・なんて、自信過剰かもしれないけどさ」

苦笑しながら、月夜は言葉を・・・想いを紡いでいく。

「あーいうのがいいなら、努力する。あんなキザなこと言ってる俺の姿が、自分自身想像出来ないけどさ。楓が好きだから、楓の色んな表情が見たいから、恥ずかしいのもきっと我慢できる・・・だから、ずっとそばにいてほしい。・・・はは、俺結構、独占欲強いんだな、今まで気づかなかったよ」

そばにいすぎて、忘れてしまう大切な気持ち。ずっと一緒にいたいと願う、大切な気持ち。いつもそばにある大切なもの、いつもそばにあった大切なもの・・・。

「失ってからじゃ、遅いんだもんな・・・言えなくなってからじゃ、遅いんだもんな・・・だから、たくさん言いたいんだ、楓が、好きだってことを。たくさん伝えたいんだ、好きだっていう想いを」

月夜は胸が熱くなるのを感じた。葉月が来てから短いはずの間に、楓への想いは何年も何十年も月夜の心にたまっていた気がした。それが、胸を熱くさせる。

「・・・って、何言ってるんだろうな俺は」

急に気恥ずかしくなったのか、月夜はすぐに立ち上がった。

「寝てるのに言っても意味ないよな、まぁ・・・」

寝てなきゃ、言えるわけもないか、と小さく呟いてから、月夜はそそくさと部屋を出て行った。月夜は気恥ずかしさのせいで、喋り続けてからずっと楓の顔を見ていなかった。だから、気づかなかった。寝ているはずの楓の顔が、真っ赤になっていることに。



「・・・なんだ、もう朝かよ」

あの後楓の部屋から戻ってきた月夜は、楓が寝ていたとはいえすさまじい恥ずかしさを感じ、すぐに布団の中へともぐりこんでいた。しかし、変に興奮し切っていた頭は中々落ち着かず、結局ほとんど寝ていない状態だった。

「眩しいし、寝れそうにもないな」

カーテンを突き抜けて窓から差し込む光を、月夜は忌々しげに見つめた。

「いいや、寝れる気がしないし・・・どうせ今日は休みだしな」

だるい体を起こし、台所で何か漁ろうと、と思った月夜は部屋を出て行った。


「あ、おはよー」

まだ七時だというのに、やけに元気な楓が台所にはいた。うきうきとした感じで、料理を作っている。

「・・・おはよ」

昨日のことを思い出し、恥ずかしくなって月夜は楓から顔を背ける。昨日の事情を知らないはずの楓は、月夜の様子が変でも特に追求しなかった。

「待っててね、すぐ朝ごはん出来るから」

「随分手際がいいな」

まるで月夜が起きてくるのを知っていたかのような楓の行動に、月夜はいぶかしんだ。

「早く起きちゃったし、みんなの分作っておこうと思ってたから・・・もちろん月夜の分もね」

楓の声は、いつもと違いやけにうきうきとしていた。まさかな、と思った月夜は、リビングの椅子に腰掛ける。しかし、どうにも楓のことが気になり、かといって聞くわけにもいかず、そわそわとした態度で料理が出来るのを待っていた。

「おまちー」

どこぞの料理屋のようなノリで、楓は料理をテーブルの上に運んだ。先ほど楓はみんなの分、要するに五人分といったが、なぜか運ばれてきた料理はその倍はありそうな気がした。しかも、なぜか朝からやたら豪勢だった。

「・・・今日なんか祝い事でもあったっけ?」

変に思った月夜は、声が震えそうになりながら楓に聞いた。

「ううん、ちょっと調子にのって、作りすぎちゃっただけだよ」

その顔はすごく晴々とした笑顔だった。その笑顔とは反対に、月夜の顔はどんどんひきついていった。

「あのさ、」

「ねぇ月夜」

月夜の言葉を、楓が遮った。昨日とはまた別の意味で心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、月夜は、

「何?」

と聞いた。楓は頬を赤く染めながら、満面の笑顔で言った。

「好きだよ」

突然の楓の言葉に、月夜は唖然とした。そしてすぐに、顔を真っ赤に染める。

「大好き」

真っ赤になった月夜は何か言おうとしたが、言葉にならない言葉が口からもれる。そんな月夜を、楓はにこにこと見つめていた。



月夜は自分の過ちに気づかなかった。茜とランスとリミーナに相談した時点で、月夜がこうなる運命は決まっていた。月夜が部屋に戻った後、相談を受けた三人は各々楓の部屋を訪れ、楓に言ったのだ。

「寝たふりしてれば、面白い物が見れるかもよ」

こうして、月夜にとって大切な楓との愛は深まったが、その代わりに何かを犠牲にした気分になった月夜だった。

この物語の男連中はキザか恥ずかしいやつばっかりだなぁ・・・

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