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やきもき

月夜たちにとって、長いようで短い冬休みが終わった。日数だけ見れば夏休みよりもはるかに短い冬休みだったが、茜が帰ってきてからというものの、二人は振り回されっぱなしだった。


「学校のほうが落ち着くって、どういうことだろうな・・・」

窓際の席に座り、机に突っ伏しながら月夜は今にも死にそうな声をあげる。昨晩も酔った茜に振り回され、寝たのは陽が昇る直前だった。

「それ、私も同じ・・・」

月夜の隣の席に座っている楓も、疲れてぐったりとしている。家から逃げ出すように飛び出してきた二人は、疲れを増しながらも学校には早く着いていた。

「こりゃ始業式寝るな、間違いなく」

「よー、どうしたんだ?元気なさそうだなお前ら」

疲れている月夜と対照的に、元気がありあまってそうな利樹がどよんとしている二人に声をかけた。その後ろには、紫もいる。

「あんまり寝てないんだ・・・」

眠たそうな月夜の言葉を聞いて、利樹は、にや、と含み笑いをする。

「そうかそうか・・・」

「今はお前の下ネタに突っ込む気力もないからな」

利樹が何を言おうとしているのか今までの経験で分かっている月夜は、続きを言わせる前にそれを遮った。

「おいおい、俺が下ネタなんて言うわけないだろ?なぁ・・・」

利樹はそううそぶいて後ろにいる紫に振り向いた。紫は、じとー、とした目で黙って利樹を見ている。月夜も楓も、それに続いて、じとー、とした目で利樹を見た。

「な、お前らなぁ・・・ったく」

一瞬だけばつが悪そうに顔をしかめた利樹だったが、何かを思い出したように笑みを作る。

「そうそう、そんなこと言い合ってる場合じゃなかった。二人とも、朗報だぜ朗報」

「朗報?」

月夜と楓は胡散くさそうな目を利樹に向ける。疲れている二人には、それがどんな内容でも興味がなかった。

「今学期から転校生が来るそうよ、しかもこのクラスなんだって」

「ああ、俺が言おうとしたのに!」

やけにテンションが高い利樹を、紫は無視して続ける。

「どんな子なのかはまだ分からないけど、朝先生にそう言われたのよ」

「へぇ、転校生ねぇ・・・」

興味なさそうに月夜は言う。

「ん?それのどこが朗報なんだ?」

「何言ってんだよ月夜、可愛い女の子かもしれないだろ?」

嬉しそうに言う利樹のわき腹に、紫の肘てつが炸裂した。げふ、と打たれたわき腹を押さえる利樹に、紫は冷ややかな声で言う。

「そんなとこだと思ってたわ、男なのか女なのかも分からないのに。何うかれてるのよ、馬鹿」

そんな紫の意外な一面を見て、月夜と楓は、うわぁ、と声をもらしている。普段は結構おしとやかで、優しい紫だが、利樹のことになると容赦はなかった。

「今のは利樹君が悪いよ」

「全くだな」

痛がっている利樹を見ながら、二人は溜め息を吐いた。

「言うだけならいいじゃねーかよ・・・じゃあ何か?もしかっこいい男が転校して来ても、お前らは気にしないんだな?」

紫と楓の顔を交互に見ながら、ふてくされたように利樹は言う。

「私は・・・月夜がいるし」

楓は、ちら、と一瞬だけ月夜を見て、恥ずかしそうに目をそらす。月夜も気恥ずかしそうに、頬をかいていた。

「はいはい、仲がよろしいことで・・・で、紫はどうなんだ?」

それが一番聞きたい、というように利樹は紫を真っすぐ見つめる。

「わ、私は別に・・・そんなの興味ないし」

紫の返答を聞きながら、相変わらずこの二人は学校じゃ素直じゃないなぁ、と月夜はしみじみ思っていた。その脳裏には、楽しそうに手をつないでいた二人の姿が思い出されている。

「本当だな?」

「ほ、本当よ」

結構しょうもないことを真剣に聞いてくる利樹に、紫は視線をそらした。真剣な表情をしている利樹は、軟派さがなくかっこいいからだろう。

「つーかさ、どうでもいいんじゃねーの?そんなたかが転校生ぐらいのことで大騒ぎしなくてもさぁ」

月夜はぐったりと机に突っ伏しながら言う。疲れている時に騒がれるのは勘弁、といった感じだった。

「そうだねー、私もどうでもいいと思うよ」

ふぁ、と欠伸をしながら楓も眠そうに言う。投げやりな感じの楓も珍しかった。

「夢がないなぁお前らは、美少女転校生との恋愛とか、王道だろ?」

「だから、そんなのありえないって言ってるでしょ!」

アフォなことを言い出した利樹に、紫が怒ってそう言う。その紫の言葉に、利樹もむっ、ときた。

「なんでありえないって決めるんだよ?」

「それは・・・」

利樹は言ったことを否定されて怒り、紫は他の女の子のことを考えてる利樹に怒っていた。なんか矛盾してねーか?と思いながらも、月夜は、俺が口出したら余計こんがらがりそうだよなぁ、と考え黙っていた。

「だって、もしそんな可愛い子が転校して来ても、利樹の相手なんかするわけないじゃない!」

あ・・・、と、紫は言ってから自分が言ってしまったことに気づいた。

「・・・なんだよ、それ」

利樹は拳を握り締めた。

「まぁまぁお前ら、落ち着けよ、な?」

さすがにやばいかな、と思った月夜は二人の間に割って入る。軽いいざこざはあっても、まさかここまで本気のけんかになるとは月夜も思っていなかった。教室内に険悪な空気が流れ、何人かの生徒が、何かあったのか?というような目で三人を見ている。

「どけよ月夜、今の言葉にはさすがに頭にきたぜ」

「だからやめろっつうの!」

月夜がどいたら、紫を殴りそうな勢いの利樹を月夜はなだめる。

「女を殴るなんてお前らしくもない、少しは頭を冷やせよ」

そして紫の方に視線を移し、月夜は言う。

「紫ちゃんも、言いすぎじゃない?確かに利樹の冗談は冗談に聞こえないかもしれないけど・・・どっちでもいいから、譲歩して先に謝ればすむことだろ?」

「わ、私は・・・悪くないわ」

「俺だってそうだ、謝る必要なんてない」

月夜は頭を悩ませながら多少の期待を持って楓の方をちらりと見た。月夜よりもこういうことに関しては口がうまい楓は、一人幸せそうに寝息を立てて寝ていた。月夜は溜め息をつきたい気持ちを押さえ、どうにか口を開いた。

「じゃあ謝らなくてもいい、とりあえず、少し時間をおけよ。それに、そういうのは二人っきりでやってくれ、教室でやるなよ」

後半は冷たいような言い草だが、二人に頭を冷やす時間をとらせるための口実だった。

「ふん、もういい。俺始業式ふけるわ」

興が冷めた、というように二人に背を向けて教室を出て行く利樹、その表情は怒りというよりも、どことなく哀しそうだった。

「やれやれ・・・」

ふぅ、と月夜はようやく一息ついた。紫は泣きそうな顔で、立ち尽くしている。

「紫ちゃんもさ、もう少し素直になったほうがいいんじゃないの?」

「だって・・・」

弱弱しく言う紫に、月夜が微笑みながら優しく言う。

「分かってるよ。付き合ってる相手が他の異性のことばっかり言ってたら、誰だって嫌だもんな」

「うん・・・」

さりげなく付き合ってることを肯定した紫は、なおも落ち込んでいる。どうしたもんかなぁ、と月夜は考える。

「まぁ、利樹もそうだけど、紫ちゃんも少し落ち着いたほうがいいよ。あいつの冗談に付き合ってたら身がもたないし」

「そう、だよね」

それでもまだ元気がなさそうな紫は、そう言ってからふらふらと自分の机に戻っていった。

「大丈夫かなぁ・・・あの二人」

そんな風に心配をしている内に、教室のドアを開けて担任の教師が入ってきた。月夜は悩みながら席に座り、隣の楓がまだ寝ていることに気づいて叩き起こした。



短いホームルームの後、体育館にて始業式が始まった。校長の無駄に長い話(高校生としてうんぬんかんぬん)や教頭の意味のない自慢話(車を買ったとかなんとか)、色々な話がされていく中、月夜は一人思い悩んでいた。もちろん、紫と利樹のことだった。

(けんかする程なんとやらとは言うけど・・・さすがに手あげるのはなぁ、俺が口出すことじゃないんだろうけど・・・心配だよな)

疲れている月夜だが、友達二人の問題ごとを放置しておくわけにもいかないので、どうにか頭を働かせていた。月夜は悩みながら軽く左を見る、そこには眠りこけている楓の姿があった。男女混合四列で座っている席の一番右側に月夜が座っていて、その二つ左隣の席で楓はすやすやと寝ていた。

(・・・人の気も知らないであいつは)

一瞬怒りを覚えそうになった月夜だったが、座ったまま眠っている楓の頭は軽く上下に揺れ、時たま、びくっ、と体を震わせている。そんな姿を見て、ついつい笑いがこぼれてしまいそうになった。

(そうだな、楓に頼ってばっかりなのもだめだし、たまには俺ががんばらないと)

人間関係がそこまで得意ではない月夜は、妙に冴えた頭を再度働かせた。



その結果、月夜は約一時間という貴重な睡眠時間を無駄にすごした。教室に戻ってきてからも、そんな自分の情けなさから月夜はどんよりとしている。結構能天気な月夜だが、根は真面目で、友情には厚いところがあるのだが・・・考えすぎる悪い点もあった。

(仲直りさせるって言ってもなぁ・・・どっちも素直じゃないし、特に利樹は子どもだし・・・何かいい手はないもんか)

ここぞという時にいい案を出せない自分の頭に、月夜ははがゆさを感じていた。

言葉通りに始業式をさぼった利樹の姿は、今もまだ教室内にはない。紫もあれ以来落ちこんでいるようだった。そして月夜の隣に座っている楓は、寝たりない、という感じでいまだにうつらうつらと舟をこいでいる。

「おい、楓、いい加減起きろー」

いつまでも寝ている楓に、さすがに我慢の限界を感じた月夜は頬をペチペチしながら起こそうとする。

「うーん・・・」

「俺だって眠いんだぞ」

呻き声をもらす楓に、月夜も本心をもらした。しかし、

「おねーちゃんやめてー・・・」

ぼそぼそと苦しそうに呻く楓を見て、月夜は起こすのをやめた。夢の中でまでご苦労様・・・、自分と同じ境遇にいる楓にそう思いながら、月夜は机に突っ伏した。月夜もまた、茜が帰ってきてからは夢でうなされることがしばしあったのだ。

月夜は寝ることも出来ず、さりとて良い案が浮かぶこともなく、担任の教師が教室に入って来ることによってその思考は一時中断された。

「あー、今日は転校生を紹介する」

教壇に立った教師は、突然みんなにそう告げた。何も聞いていなかった生徒たちは、八割程が期待の声をあげ、残りの二割は興味ない、と言わんばかりの様子だった。もちろんそれを知っていた月夜は、多少興味があるものの別段驚きはしなかった。

(紫ちゃん、どう思ってんだろ)

それよりも紫のことが気になった月夜は、右後ろのやや離れた席に座っている紫をちらりと見た。正直、見なければ良かったと月夜は後悔した。紫は、来るなら来なさいよ、といった感じで怒りのオーラを放っていた。利樹に対する不満やら怒りやらが、多少の原因にはなったものの実際全く無関係の罪のない転校生に向けられていた。

見なかったことにしよう、うん。と月夜は一人納得し、前に顔を戻す。ちょうどその時、教師が入ってきたドアから、噂の転校生が入ってきた。

(ん・・・?)

月夜はその転校生に見覚えがあった。やんわりとした人懐っこそうな顔に、人を寄せ付けないような鋭く赤い瞳と雰囲気を持ち合わせた矛盾のような少年。元日、月夜が神社でぶつかった少年だった。

「はい、静かに!」

きゃーきゃー、と黄色い悲鳴を上げている女子と、なんだ男かよ、とつまらなさそうな声をあげている男子はその教師の一言で黙る。

「彼は色々な事情があったらしく、始業式には出れなかったそうだ。仲良くしてやれよお前ら・・・それじゃ、まずは自己紹介辺りから始めてくれ」

前半はクラスの生徒に、後半は隣に立つ転校生に教師は言った。少年は気後れした様子もなく、チョークを取って黒板に名前を漢字で書き始めた。

葉月(はづき) (ひかる)です。みなさんよろしくお願いします」

名前を書き終えた少年は、振り返って丁寧に頭を下げた。

「髪の色と目の色はこんなんですけど、これでも一応ちゃんとした日本人です。両親の都合でこちらに転校してきました。みなさんと仲良くなれたら、嬉しいと思います」

そんな風に自己紹介をしている葉月を見て、月夜はあの時感じた変な違和感を感じていた。懐かしさを感じる反面、嫌悪するかのような嫌な感覚・・・葉月の本心ではなさそうな空々しい挨拶を聞くたびに、その感覚は強くなっていった。

(なんなんだよ・・・これ)

それは嫌な予感を感じ取って出る体にまとわりつくねっとりとしたものではなく、月夜自身の本能が感じ取っているものだった。こいつは危険だ、という人としての生物としての本能と、懐かしい、という月夜の生物ではない本能が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっている。

今までの疲れや、友人の悩みが全てそれによって吹き飛ばされた感覚に、月夜は震えた。よく分からないけど、怖い・・・、それが月夜の出した結論だった。

「くす、また会えたね」

月夜はその声を聞いてようやく我を取り戻した。自己紹介を終え、窓際の一番後ろの空いている席、月夜の三つ後ろの席に座るために月夜の横を通り過ぎた葉月が、そう呟いたのだ。その後の教師の言葉やクラス内で起きた笑いなどは、鳥肌が立っている月夜の耳には何一つ聞こえなかった。


短いホームルームが終わり、この日の学校日程は終わりとなった。クラスの何人かの女子が転校してきたばかりの葉月を取り囲んでいたが、月夜はそれに目もくれず帰り支度を行う。葉月のことを気になってはいたが、ただならぬ恐怖がそれに勝り、月夜を動かしていた。

「楓、帰るぞ、いつまで寝てるんだお前は」

月夜は隣の席でいまだ寝ている楓をつっついて起こす。うーん、と小さく唸った後、楓は机に突っ伏していた上体を起こしてまぶたをこする。

「もう終わったのー?」

眠そうにとぼけた声を上げてる楓を、月夜は急かした。

「早く帰るぞ」

「何で急いでるの?家にはお姉ちゃんがいるのにー」

大きく伸びをしながら欠伸をしている楓を見て、月夜は多少苛立ちを覚えた。それほどまでに、葉月のいる教室から逃げ出したかったのだ。

「理由は後で話すから、急いで・・・」

「やぁ」

その声に月夜は、びくっ、と体を震わせた。いつの間にか月夜の横に立っていた葉月が、柔らかな笑みを浮かべながら話しかけてきていた。

「君と会うのは二度目だよね?珍しい偶然だと思わないかい?」

柔らかな笑み、落ち着いた口調・・・それらとは裏腹に、射抜くかのような鋭い眼光が月夜を見つめている。月夜はとっさに、

「お前は・・・何者なんだ?」

と聞いていた。その声は、微かに震えている。

「いきなりどうしたんだい?そんな質問をするなんて。ああ、自己紹介を聞いてくれていなかったのかな?葉月 玉、葉月でも玉でも、好きな方で呼んでくれてかまわないよ」

おどけた調子で言う葉月に反応したのは、月夜ではなく楓だった。

「もしかして転校生の子?初めましてー」

いまだに目が覚めきってない楓は、緩んだ笑顔で挨拶をした。

「初めまして、でもないかな。この前神社で、僕が彼とぶつかった時確か君は横にいた子だよね?」

「あ、あの時の人だったんだね。じゃあ二度目まして?」

頭のねじが緩んでいるようなことを言う楓に、

「くす、面白い子だね」

と葉月は笑みをもらした。

「良ければ、君達の名前を教えてもらえないかな?」

「如月 楓です。よろしくねー」

「・・・如月 月夜、別に覚えなくていいから」

にこやかに自己紹介する楓と対照に、月夜はぶっきらぼうにそう言う。もう、月夜ってば・・・と楓が横でぼやいていたが、今の月夜にはそんなことは気にならなかった。

「同じ名字なんだね、兄弟とかなのかい?」

「兄弟みたいなものかなぁ、血は繋がってないんだけど」

「へぇ、色々事情がありそうだね」

「私たちは如月っていう名字の人の養子なの、だから名字も一緒なんだよー」

ほのぼのとした雰囲気で話している二人を、月夜はどうにも落ち着かない気持ちで見ていた。先立っていた恐怖みたいなものもあるが、それとはまた別の感情が月夜の内に芽生えていた。

「そうなんだ。養子だなんて、色々苦労してきたんじゃない?」

「そうだねー・・・苦労も多かったけど、楽しいこともいっぱいあったから」

「それは良かった。君みたいな可愛い子が不幸な人生を送るぐらいなら、そんな世界はいらないよね」

「い、いきなり何を言ってるんですか、もう・・・」

月夜をそっちのけで喋っている二人に、月夜は軽い苛立ちを覚えた。まんざらでもなさそうに頬を軽く染めている楓の姿が、それに拍車をかけた。葉月と楓が二人で喋っているのを微妙な距離から見ている女子たちも、月夜と同様の気持ちを抱いていた。

「くす、本当のこと言っただけさ。そうだ、良ければ、学校を案内してくれないかな?」

キザなセリフのはずなのに、葉月が言うとそれをキザとは思わせないような紳士っぽさがあった。それが、楓の調子を狂わせていた。

「えと・・・でも」

楓は横にいる月夜を、ちらり、と軽く見た。

「いいんじゃねーの?案内でもなんでもしてくれば」

月夜はぶっきらぼうに、心にもないことを言った。月夜はそれがなんの感情から生まれた言葉だったのか、分かってはいなかった。

「いいの?早く帰りたいんじゃなかったの・・・?」

「別に、もうどうでもいいし。大体から楓と一緒じゃなくたって、一人で帰れる」

「何怒ってるの?」

月夜と同じ位、楓も鈍感だった。純粋にそう聞いてくる楓に、月夜は自分でも分からない怒りを感じていた。

「とにかく、案内でもなんでもしてやればいいじゃん。俺帰るから」

月夜は早々に鞄をひっつかんで、二人に背を向けて教室から出て行く。

「もう、今日の月夜はなんか変な感じ・・・」

学校にいる間寝ていた楓は、月夜が今日どれだけ苦労したのか知らずに、そんなことを呟く。

「さあ、きっと何か勘に触ることでもあったんじゃないかな?」

くすくす、と何かを理解しているような笑みを作りながら、葉月はそう言った。

「むー・・・いっか、機嫌悪い時もあるよね、それじゃいこ」

恋愛ごとに関して鈍い楓は嫉妬混じりの女子の視線に気づくこともなく、葉月と教室を出て行った。



屋上に通じる扉を開け、肌寒い一月の空気を感じながら、月夜は屋上の手すりに寄りかかった。

「あー・・・さみいなちくしょう」

一度は帰ろうとした月夜だったが、屋上でも行くか、と思い、四階から三階通じる階段を下りている時に引き返してきたのだった。

「そりゃ寒いだろうよ、一月だからな」

月夜の隣で手すりに背を預け座っているのは、新学期早々始業式をさぼった利樹だった。

「そうか・・・そうだな」

そう言いながら、月夜は溜め息をついた。

「なんだ、何かあったのか?」

「紫ちゃんの気持ちが分かった気がするよ・・・転校生、男だったぜ」

「あっそ・・・」

興味ないと言わんばかりに、利樹は素っ気無く返す。

「しかもかっこいい男だった」

実際はかっこいいと可愛いの間の部類に入りそうな顔立ちの葉月だったが、月夜は葉月のことを説明するのが嫌だったのでそれだけですませた。

「ふーん・・・それで、紫はどうだったんだ?」

興味なさそうに言う利樹だが、内心かなり気になっていた。

「紫ちゃんは別段普通だったんじゃないかな。何人かの女子が囲んでたのは見たけど、紫ちゃんは気にしてる素振りもなかったし」

そう、紫ちゃんはいいんだよなぁ・・・と心の中で嘆息しながら、月夜は利樹を軽く睨む。

「だから、お前も冗談ばっか言ってないで、少しは紫ちゃんに優しくしてあげたらどうだ?」

「知るかよ、あいつが勝手に怒り出したんだろ。わざわざ説教たれにこんなとこまで来たのか?」

呆れ混じりに言う利樹の頭を、月夜は軽くはたいた。

「って、何すんだよ!」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ。それに、わざわざお前に説教たれにきたわけでもない。たまたまここに来たら、お前がいたんだよ」

まぁ、いるのは予想ついてたけどな、と付け足してから、月夜は再度溜め息をつく。

「分かっちゃいるんだけどよ・・・やっぱり性格なんつうのは直らないもんだよな、元がこんなんだからよ」

気まずそうにぽりぽりと頭をかいている利樹は、本人なりに反省しているようだ。

「で、お前は結局何しにここに来たんだ?」

「聞くな・・・俺も少し頭冷やしたくなっただけだ」

どんよりと答える月夜を見て、利樹は理解した。

「ああ、もしかして楓ちゃんがその転校生に恋したとかか?」

からかい半分で言ったつもりの利樹の言葉は、当たらずとも遠からずといった感じで、月夜の胸を切なくさせた。

「別に・・・恋したわけでもないだろうけど、妙に馴れ馴れしくて見ててなんかな・・・」

「なんだ、嫉妬してるのか。安心しろよ、楓ちゃんとお前はラブラブだろ」

にやにやと嫌な笑いを浮かべている利樹の顔を、月夜はつい殴りそうになったがなんとか押し留めた。軽く深呼吸してから、口を開く。

「嫉妬とか、そういうのじゃない・・・ただ、なんていうのかな・・・」

月夜は言葉に迷った。恋愛経験が少ない月夜には、今の自分の気持ちがうまく言葉に出来なかった。

「不安か?」

「不安・・・なのかな」

利樹の言葉を使ってみたが、いまいち月夜はしっくりこなかった。月夜のそばに楓がいるのは当たり前のことで、それはもはや水と魚、人と空気、それ程身近で大切な存在になっていた。だからこそ、不安や嫉妬、といった言葉で月夜はしっくり来なかった。

「わかんねーな・・・今までずっとそばにいた存在が、ふといなくなる感覚なんてもんはよ」

「そりゃ確かに、不安なんてレベルじゃないな。こんな言葉を知ってるか、月夜」

「なんだよ?」

「人にとって空気は当たり前の物だけど、それがなくなったら人は生きていけないんだ」

当たり前のことを当たり前に言った利樹の言葉だったが、なんとなく今の月夜にはそれが理解出来た。

「とある本の受け売りだけどな、空気を友人・恋人・家族に置き換えりゃ、分かりやすい言葉だと思うぜ。元より、その本だと友達以上恋人未満の女性に使われてた言葉だけどな」

「そうだな・・・もし楓がいなくなったら、俺は生きていけないかもな」

そんなことはまずないのかもしれないが、今の月夜にはそれが当たり前のような気がした。

「だから、離さないようにしろよ。後悔するぐらいならな」

利樹の言い草に、月夜はつい笑ってしまった。

「お前に言われたくねーよ、どっちもどっちだろ、俺らはさ」

「違いねぇ」

利樹も笑った。悩んでいる性格の部分は違うが、悩みの種はほぼ一緒の二人は、寒空の下お互い笑い合っていた。



利樹との軽い雑談を終えた月夜は、校内で楓を探すことなく真っ直ぐ帰宅した。月夜と利樹が話していたのは約三十分、それなら家に帰ってきてるだろう、とあたりをつけていた月夜の期待は裏切られた。

「ただいまー・・・って」

玄関先に置かれている見慣れた楓の靴がなかった時、月夜は落ち込んだ。そしてそれはすぐに軽い苛立ちに変わる。

「なんだよ、まだ帰ってきてないのか」

リビングに向かう月夜の脳裏には、先ほど学校で見た葉月の顔が思い出される。人懐っこい柔和な顔立ち、それを否定するかのような鋭い目・・・葉月に対する恐怖や嫌悪感が薄れ、多少の怒りを覚えながらも冷静になった月夜は葉月のことを分析してみた。

(身長は俺と同じくらいか?見た感じ華奢で線が細いって感じだよな・・・顔はまぁ、俺よりいいのは認めるけど・・・)

しかし、それだけではクラスの女子にきゃーきゃー騒がれる理由にはならない。葉月には、見るものを惹きつける何かがあった。それを感じ取っていた月夜ではあったが、それが何かは分からなかった。

「おかえり月夜、どうしたの?」

突然の声に、ビクッ、と体を震わせて、月夜の思考は一時中断した。考え事に夢中だった月夜は、自分がリビングに入っていたことに気づいていなかった。

「いや、なんでもないよ・・・ただいま」

月夜は気まずそうに挨拶を返し、目の前にいる茜から軽く視線を外す。

「何か考え事でもあるの?」

心配そうに顔を覗き込んでくる茜に、月夜はどぎまぎした。最近は酔っている茜ばかり見ていたせいか、素の茜に対する免疫が薄れていたのである。しかも最近の茜は特にきれいで、普段十分すぎるほど持っている大人の魅力に、恋をしている乙女特有の魅力が加わり、見る異性全てを惹きつけるような力があった。男と女、という点を除けば、茜は限りなく葉月に近いのかもしれない。

「いやほんと、なんでもないから・・・」

もし今の茜が、自分と同じ歳で自分の学校に転校してきたら、その魅力に惹かれて好きな人への気持ちが揺らいでしまうかも・・・なんて考えた月夜は、そんな自分の考えに後ろめたさと虚しさを感じた。

「そういえば、楓は一緒じゃないの?今日は早いって聞いてたから、今お昼ご飯用意してるんだよ」

茜がどことなくうきうきとしている理由は、すぐに月夜の前に顔を出した。

「お、月夜君おかえり。楓ちゃんは一緒じゃないのかい?」

台所からひょっこりと姿を現したのは、エプロンをつけたランスだった。全体的に線が細いとはいえ、月夜よりも身長が高く男らしいのにエプロン姿が妙に似合っているのは、ランスだからこそだった。

「楓は・・・ちょっと用事があったから、先に帰ってきたんだよ」

二人にほぼ同時に楓のことを聞かれ、月夜は元気なくそう答えた。

「月夜が楓と一緒じゃないなんて、珍しい」

「うんうん、確かに珍しいことだね」

お互い頷きあっている茜とランスに、月夜はつい文句を言おうとしたがなんとか押し留めた。自分が惨めになる気がして、言いたくなかった。

「いつも一緒ってわけじゃないさ・・・まぁ、二人の邪魔するのも悪いし、ご飯出来るまで部屋にいるよ」

半分は本心で、半分は嘘だった。今の月夜にとって、仲の良い二人を見ているのは辛かったからだ。

「月夜も手伝いなさいよー、と言いたいところだけど、なんか元気なさそうだし、ゆっくり休んできなさい、ね?」

「うん、なんか疲れてるみたいだし・・・ご飯できたら呼びに行くから、ゆっくりしてたほうがいいよ」

自分の感情を表情には出さなかった月夜だったが、年齢を重ねてる分月夜よりは数段鋭い茜とランスには通用しなかった。

「ああ、うん・・・お言葉に甘えさせてもらうよ。それじゃ、また後で」

表情ではなく、仕草や声が落ち込んでいるということに、今の月夜は気づく余裕はなかった。とぼとぼと翳りをまとい、リビングを去っていく月夜を、二人は心配そうな顔で見送った。



部屋に戻ってきた月夜は、どっと押し寄せてきた疲労感に身を任せ、着替えもせずに布団の上に倒れこんだ。あー・・・、と小さく呻きながら、身動き一つしないその姿は死んだ昆虫のようだった。

「なんでこう・・・次から次へと・・・」

問題事ばかりなんだ?と溜め息をもらす。しかしその声に疲労の色はあっても、かつて月夜自身の力によって悩んでいたあの頃とは違い、人としての充実感のようなものがあった。今布団の上で倒れている少年は、恋に迷い、友人同士のけんかに迷い、怒りや哀しみなどの感情に振り回されている紛れもない一人の人間だった。

「はは・・・ほんと、嫌になる・・・疲れた」

考えることはたくさんある・・・いや、考えたいことがたくさんある。それでも、今は・・・、どんよりとした表情に微かに笑みを浮かべながら、月夜は考えることをやめ、睡魔に身を任せた。



「・・・きや」

「ん・・・」

軽く頬を叩かれている感覚と、聞きなれた声に月夜は目を覚ます。虚ろな瞳と頭で、月夜は目の前にいる少女の名前を呼んだ。

「・・・こんなところでどうなされたんですか?フュリア様」

「何寝ぼけてるの・・・?」

月夜の目の前にいる少女、楓は呆れたような顔で月夜を見つめる。

「ん・・・?俺何か言った?」

頭に薄い靄が張っているかのような感覚に、月夜は頭をかしげた。

「いつまでも寝ぼけてないで、ご飯食べに行こうよ」

「ああ・・・うん、分かった」

と言いながらも、月夜の行動は全く別のものだった。早くもなく、さりとて遅くもない緩やかな動きで、目の前にいる楓を抱き締めたのだった。

「きゃっ・・・ど、どうしたのいきなり?」

驚く楓の声を聞きながら、月夜もなぜ自分がそうしたのか分かっていなかった。初めは驚いた楓だったが、月夜が微かに震えてるのを感じ、そっとその背中に腕を伸ばす。

「自分でも・・・分からない、けど、こうしなきゃいけない気がした。護らなきゃ、いけない気がした」

つい、と頬を流れ落ちる涙が、音もなく楓の肩を濡らしていく。楓はそんな月夜を、ただ優しく抱き締めた。

「俺が・・・護らなきゃいけないんだ、だから・・・」

だから、なんだと言うのだろうか?涙の意味も言葉の意味も、そして行動の意味さえも、今の月夜には何一つ理解出来ていなかった。それでも、服越しに感じる楓の体温を愛しく思い、月夜はしばらくの間楓を抱き締めていた。



賑やかな昼食を終えた月夜は、他の四人と軽く会話を交わした後、一人部屋の布団に寝っ転がっていた。冬場とはいえ、まだ陽が沈むには少し早い二時頃、まだまだ若い癖に月夜はこれといってすることもなく、だらだらと暇な時間を過ごしていた。

「暇だねぇ・・・ふぁぁ」

欠伸をしながら、うーん、と伸びをする。学校に帰ってきてから、昼食までの間三十分程しか寝ていないため、まだ多少の眠気が残ってる月夜だったが、寝れるような気分ではなかった。

「葉月玉・・・か、なんなんだろうな、あいつ」

神社でぶつかった時、学校で会った時・・・二度の出会いも単なる偶然といえばそれまでに過ぎないが、月夜が感じた恐怖などの感情を付け加えると、それは決して偶然とはいえない気がした。しかし、今の月夜にとって一番重要なことは変な恐怖や懐かしさよりも、楓と葉月が出会ったばっかりなのに良い雰囲気になりつつあるのでは?という点だった。

「あんなキザっぽいこと言うやつのどこがいいんだよ・・・確かに顔が良いのは認めるけど」

月夜はぶつぶつと文句を呟いた。そしてふと気づいたことに頭を悩ませ始める。

(そういや・・・なんであいつにだけイライラするんだろ)

実のところ、楓は結構友好関係が広い。もちろん男女関係なく、友達は多いほうだ。今まで楓が月夜以外の男子と仲良く喋っている場面を月夜は幾度となく見ているが、葉月に対するイライラのようなものを月夜は感じてこなかった。

「なんでだろうなぁ・・・?」

月夜が考え続けていると、部屋のドアがコンコンと音を立てた。

「お兄ちゃん、いるー?」

ドア越しから聞こえてきた声に、月夜はだるそうに返す。

「いないよ」

そう言った直後、バーン!とドアが壊れそうな勢いで開けられた。そこには、怒った顔をしているリミーナが立っていた。

「いなかったら返事があるわけないでしょ!」

「軽い冗談だろ、そんなに怒るなよ」

やれやれ、と言った感じの月夜の言い草に、リミーナはキレそうになるが、ぷるぷると体を震わせながら深呼吸をし、どうにか落ち着きを取り戻した。

「それで、どうしたんだ?」

ドアを閉め、月夜の横にちょこんと座ってから、リミーナは答える。

「特に用事はないんだけど・・・たまにはお兄ちゃんとゆっくりしたいな、と思って」

月夜はそんなリミーナをありえないものを見るかのような目で見ている。月夜のそんな視線に気づき、リミーナは、むー、と口を尖らせて言う。

「何よ、悪い?」

「いや・・・悪い物でも食べたのか?もしくは熱でもあるのか?」

月夜は上半身を起こして、リミーナの額に手を当てる。仄かに温かい体温を感じ、熱がないことを確認した月夜は顔をしかめた。

「熱はないな・・・あいたっ」

リミーナに頭をはたかれて、月夜ははたかれた箇所をなでる。

「何すんだよ!?」

「それはこっちの台詞でしょ!」

普段と違い、変にしおらしいリミーナに違和感を抱いたからこその月夜の行動だったが、結果としてそれはリミーナを怒らせた。

「私だってね、たまにはお兄ちゃんとゆっくりしたいのよ!最近は茜お姉ちゃんに振り回されっぱなしでそんな時間もなかったし・・・何よ何よ何よ、楓お姉ちゃんとばっかり二人っきりになってーー!」

それは妹としての嫉妬なのか、異性としての嫉妬なのか、月夜には分からなかった。もちろん、リミーナ本人も分かってなどいない。言い終えたリミーナは、自分が言ったことに気恥ずかしくなったのか、少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。

「・・・分かった分かった、全く」

リミーナの迫力に多少押されはしたものの、月夜は溜め息をつきながらそう答えた。

「まだまだ、子どもなんだな、お前も」

苦笑しながら軽く頭を撫でると、リミーナは月夜の膝に頭を乗せて横になった。それでも、そっぽを向いたまま顔を合わせようとはしない。そんなリミーナがなんとなく可愛く思え、月夜はしばらくの間頭を撫でていた。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

唐突に深刻そうな声でリミーナは月夜に呼びかける。数分の間頭を撫でられていたせいで、髪が少しだけ乱れていた。

「お兄ちゃんは、不安にならないの?」

「不安?」

リミーナの言葉の意味が分からない月夜は、それを聞き返した。

「私ね、時々思うの・・・私たちのような存在が、本当に人間に作れるのかな、って」

不安気に呟くリミーナの表情は暗い。そんなリミーナとは逆に、月夜は軽く笑いながら言った。

「作れるも何も、実際俺らはここに存在してるだろ?それが、答えだよ」

「そうだけど・・・もしかしたら、人間以外の違う何か、私たちのような存在の元となる何かが、いるんじゃないかって、思うの」

なおも不安気に食い下がるリミーナ。今日部屋に来た理由はそれか、と月夜は思いつつ、真剣に悩んでいる妹のために少しだけ真面目に考え、そして口を開いた。

「まぁ、ありえない話じゃないかもしれないけど・・・そうするといくつか疑問点があるよな」

月夜は指を立てながら疑問点をあげていく。

「一、まず理由だよな、もし大元になる何かがいるとするのなら、その理由が分からない。二、その何かがいるとしたら、それは人間ではないだろうけど、その正体が分からない。三、といってもこれは推測だけど、その何かが俺らを作り出せるような力を持っているのなら、そんな回りくどいことをしないで自分自身の力でその理由になるべき目標を達成出来るんじゃないか?・・・大体から、いきなりどうしたんだよ、そんなこと思うなんて」

人外の力を失ってもなお、月夜の頭の回転はそこそこだった。月夜が学校での成績が良いのは、元より力は関係ないのかもしれない。

「私も、本当はよく分かってないの。そんなの考えるだけ無駄だって分かってるけど・・・お兄ちゃんがあげた疑問点も全部分からないけど、私がそう思うのは勘みたいなものなんだと思う」

不安そうな声、しかしその反面、その声には多少の自信が含まれていた。

「まぁ、いるかいないかはともかく、確かに今はそんなこと考えるだけ無駄だな。何も分からないんじゃ、いたとしても俺らが出来ることはないだろ?それに・・・」

月夜は言葉を切って自分の背中を撫でた、今は生えることのない黒い翼に、少しだけ思いを馳せる。

「元より、今の俺らじゃ何も出来ないだろ」

あれだけ嫌がっていたはずの力を、今の月夜は失ってしまった体の一部のように切なく思えた。

「そうだよね・・・でももし、そいつの望みが人類の滅亡とかだったら・・・私は・・・私が、止める」

元々人類を滅ぼそうとしていたリミーナにとってそれは矛盾している言葉だったが、今のリミーナはそれを強く言い切った。

「だな、俺らみたいな兵器を作り出す理由なんか、それぐらいしかなさそうだしな・・・」

その何かがいるとしたら、その目標はそれだと月夜はなんとなく納得した。

「しかしまぁ、お前が人間の為に戦うだなんて、随分考えが変わったもんだよな」

笑いながら、からかうように言う月夜に、リミーナは怒ったように言う。

「昔は昔、今は今!・・・贖罪とか、そんな気はないけど・・・それでも私は、間違っていたから」

そんなリミーナの頭を、月夜は少し強めに撫で回した。

「お前も成長したなぁ、兄として嬉しいぞ」

「痛い痛い、髪が抜けるでしょ!」

そんなリミーナの言葉などおかまいなしに、月夜は頭をがしがしと撫でる。もはや撫でているのか擦っているのか分からなくなっていた。

数十秒の後、ようやく手を止めた月夜は優しく言う。

「だから最近、睡眠不足なんだろ、お前」

誰に言うことも出来なく、人知れず悩んでいたリミーナの気持ちを月夜は理解した。

「それだけじゃ、ないけどね」

口を尖らせて言うリミーナに月夜は苦笑した。言うまでもなく、それは茜のせいでもあるのだから。

「少しここでゆっくりしてけよ、たまにはな」

「元々そのつもりだよ、楓お姉ちゃんのそばも安心するけど、お兄ちゃんはもっとだもん」

珍しく子どものような・・・実際の歳はまだ子どもなのだが、とにかくリミーナは、そんな甘えた声を出した。

「安心ね・・・俺はよく頼りないって言われるけどな」

苦笑しながら言う月夜に、リミーナは言う。

「そんなの関係ないよ」

例え頼りない兄でも、リミーナにとって月夜はそばにいると安心出来る存在だった。

「そうかねぇ・・・まぁ、なら、安心して休めよ」

いい加減足が痛いなぁ、と思いつつも、月夜はそれを言わず、なおさらリミーナをどけることもしなかった。

「うん・・・」

そして、数分足らずでリミーナは寝息を立て始めた。そんなリミーナを、月夜は微笑みながら見つめる。

「もしそいつが人間を滅ぼそうとしても・・・もう、お前を戦わせたりなんてしないよ。例えそれが、お前の意志でも」

その呟きには、堅い決意があった。

(もしその時になったら、俺が全力で護る、お前も、楓も・・・もう、誰にも傷つけさせやしないさ)

自分にとって大事な人間が、罪に苦しむのも死に晒されるのも、月夜には耐えれない事だった。

(罪を背負うのも、死ぬのも、俺だけで十分なんだ)

それがどんな結果を生むのか、月夜は理解していなかった。ただ優しい目つきで、眠っているリミーナを見つめ続けていた。



「月夜、ご飯だよー」

夕飯の支度が終わった楓は、そう言いながら月夜の部屋のドアを開けた。

「あれ?」

部屋の中を見て、最初に楓は少しだけ目を丸くし、その後軽く微笑んだ。

「・・・もう少し、寝かせておいてあげよっかな」

そう小さく呟いて、そそくさと部屋を出て行った。部屋に残されたリミーナと月夜は、兄妹仲良く寝息を立てて寝ていた。見るものを和ませる一枚の絵のような、そんな微笑ましい光景だった。

またまた不穏な感じになってまいりました。

今まで日和っていた分、月夜もまた忙しくなりそうですねぇ

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