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始まり2

西暦1989年、第三次世界大戦勃発。日本軍側は初回から圧倒的な攻めを見せ、短期決戦になると誰もが思っていた。

しかし、物量では勝っている国、前大戦勝国はなんとか持ち直し、戦争は長々と膠着状態に陥った。

西暦1992年に、それはこの世に生を受けた。前大戦勝国の筆頭であったアメリカ軍は、それの実験を秘密裏に進めており、そして長い実験の後にそれが生み出された。

その実験とは、男と女の生殖器により、人工的に抽出されたそれを媒体とし、薬物や電気などの外界のエネルギーを混じり合わせ、人の形として生まれてきたそれに、ありとあらゆる強化作用のある薬物を与えて、生物でありなおかつ兵器である人を作ると言うものだった。

最初の段階では人の形にすらならなかったものが、最終的には人の形として存在し、生物としての常識をはるかに超えた赤ん坊が完成した。

その赤ん坊は3歳まで普通の生活を送っていた。ただ一つ、薬物投与があるということだけは除いて・・・。

3歳からは、軍事訓練を受けた。初めは訝しげにその実験の結果を見ていた軍人や、科学者達はただただ驚くことしか出来なくなっていた。

3歳にして銃器を操り、人とは思えないほどの俊敏性・跳躍力・判断力、全てにおいて人を超えていた。

しかし、彼らはその生物の力をまだ完全には理解していなかった。

4歳になったそれは、軍事訓練の最中に突如一対の大きな羽を背中から生やした。漆黒の闇が羽になったかのようなその羽は、色に似合わず美しく、不思議な違和感を人々に抱かせた。

そして次の瞬間には、周辺にあった町や軍事施設が、一瞬にして消し飛んでいた。その生物は何が起きたのか分からず、ただ呆然と辺りを見回す、遠く広がる荒野を見つめながら、何も言わず、何も行動せず、ただそこに超然と立っていた。


一年間の間に、その生物はその力を使いこなせるようになっていた。好きな時に破壊し、好きなところを破壊できる力を・・・。



二人の少年と少女が、薄暗い闇の中に座っていた。少年はうつむいている、光りの宿っていないその黒い瞳には、何も映ってはいなかった。

少女は目元を押さえている、涙が流れているわけでもないが、泣いているようにしか見えなかった。

月夜が話を終えてから約2時間、二人は何もせず、何も話さずにずっとそこにいた。

(何が・・・何が護るだ・・・楓をこんなに苦しめてしまったのは俺じゃないか・・・)

月夜は悩み、苦しんでいた。罪悪感に苛まされ、まず死ぬことが出来ないこの体が崩れて消えてしまいそうなほどだった。

(もう・・・何もわからないよ・・・ぱぱに会いたい、ままに会いたい・・・)

楓もまた、悩み、苦しんでいた。両親を殺した憎い相手が今目の前にいる。しかし・・・彼女にはどうすればいいかわからなかった。

長い長い沈黙の中、月夜が言葉を発した。

「・・・楓は、生きたい?」

その声はとても弱弱しく、今にも消えてしまいそうなほどだった。

「・・・死にたくない、でも・・・本当は分からない」

死ねば両親に会える、こんな辛い現実から抜け出せる。そう思いつつも、心の中でやはり生きたいと楓は思っていた。しかし、それが巧く言葉にすることが出来なかった。

「死にたくないなら、今だけ・・・今だけでいいから、俺についてきて欲しい」

長い沈黙の間に、月夜は自分なりの答えを出していた。楓を護りたい、と。

(なんて身勝手なんだろうな・・・俺は)

自分を心の中で嘲笑い、楓の答えを待つ。

「・・・一つだけ約束して」

「何?」

楓は顔をあげて、月夜を見た。

「もう誰も殺さないって・・・」

楓のその言葉は、月夜の胸を深く切り刻むには十分な言葉だった。少しの間をあけてから、月夜は答える。

「分かった、もう誰も殺さない」

月夜も顔をあげて、楓の目を見つめる。闇から開放されたその瞳は、しっかりと楓を見つめていた。

「・・・じゃあ、ついていくよ」

楓自身、うまく笑えたか分からない、でもその顔には、少しながらも笑顔があった。

「・・・うん、行こう」

月夜もなんとか笑い返すことが出来た。月夜は立ち上がり、入ってきた方向に歩き出す。

「終わらせなきゃいけないんだ・・・戦争なんて、もう誰も殺さない、殺させない・・・」

自分に言い聞かせるように、月夜は呟く。楓にその声は届いていなかった。

「月夜!」

楓は立ちあがり、先を歩く月夜の背中に声をかけた。

「何?」

肩越しに楓に振り返る月夜、その様子は、いつも通り楓が知っている月夜だった。

「・・・なんでもない」

「・・・そっか、行こう、間に合わなくなる」

前を向きなおし歩いていく月夜、それに楓はついていく。

(ひどいこと言っちゃったな・・・私。月夜は、約束なんかしなくてももう誰も殺さないはずなのに・・・)

楓自身もなぜそう思うのか分からない。しかし、楓にとって月夜は大切な家族であり、一番身近な人間である。だからこそ、彼のことをよく知り、そして・・・一番信頼している。

(ぱぱとままを殺したのは憎い・・・でも、月夜は月夜なんだよね・・・馬鹿で、優しくて・・・そんな月夜が私は、)

「どうしたの?」

足を止めてる楓を見て、月夜は言う。

「なんでもないなんでもないよ」

楓にも気づかないうちに、彼女の足は止まっていた。

(ほんと・・・馬鹿・・・)

歩くのを再開し、月夜の後ろをついていく。複雑な感情が楓の胸をしめつけていた。


「そういえばどこに行くの?」

無言で前を歩いていく月夜に、少し気になって楓は声をかける。洞窟を出た二人は、さっき通ってきた道を戻っている。

「まずは兄貴を捜さないといけないから」

と言いつつも、月夜は捜してるというよりは、目的の場所へと歩いてるだけという感じに見える。

「そうなんだ・・・そろそろ暗くなっちゃうし、見つかるかな?」

「大丈夫だよ、どこにいるかはもう分かってるから」

それはただ単に親しいからどこにいるのか分かるという意味ではなく、人間からはかけ離れた月夜が持っている能力により、もう見つかってるという意味だ。それを知らない楓は、「そうなんだ」、と納得した。

(今考えれば・・・破壊と殺戮以外にも色々使えるんだな)

幼き頃から破壊と殺戮に使われてきたその力・・・今の月夜にとって、その力は忌み嫌うものであったが、使い方によってはかなり利便性のあるものだと月夜は理解した。


二人は歩きながら色々考えていた。喋ることはあまりなかったが、それでも二人が考えているのは同様に相手のことだった。

(私はどうしたいんだろう・・・月夜が憎いのかな・・・?ううん、そんなことない・・・でもそう思うのは、月夜が言ったことを信じれてないから・・・なのかな?分からないよ・・・全部終わって、また日常に戻れたら・・・月夜とゆっくり話したいな)

前を歩く月夜を見つめながら、楓は後ろからついていく。

(嫌われたかな・・・?嫌われてないわけないか、両親の仇だもんな俺・・・今だけでもいい、死んだってかまわない、今は・・・楓を護りたい)

後ろにいる楓の顔をなるべく見ないように、月夜は前を歩き続けた。

お互いがお互いを想いあっているのに、二人はそれを口に出すことはなかった。



ランスが身を隠していた廃屋に、月夜と楓の二人が入ってきた。

「兄貴、無事だったみたいだね」

無事だったのは分かっていたが、一応そう言う月夜。

「なんとかな・・・で、答えは出たのか?月夜」

「なんでもお見通し・・・ってわけか」

「答えって?」

二人の会話に入れずに楓は困ったが、なんとか疑問を投げかけてみる。

「楓ちゃんにちゃんと言ってないのか?全く・・・いつもながら困ったやつだ」

「護るとは言ったよ」

護るという言葉の奥に、深い意味を込めて月夜は言う。

「それだけじゃ分からないだろ・・・」

はぁ、と溜め息をついて、ランスはその場に寝転がる。

「なんのことなの?」

いまいち状況を理解できてない楓は、月夜に問いかける。月夜は少し悩んでから、口を開いた。

「楓に説明するほどのことでもない。それより兄貴、楓のこと、よろしく頼む」

「ああ、そこは任せとけ・・・結果として、お前の行動が僕の祖国を救うことにもなるんだからな」

「兄貴には俺の考えること・・・ほんとばればれだな」

「もう!二人して勝手に話進めて、私にも分かるように話してよ!」

一人会話から置いてかれていた楓が、二人に対して怒る。

「楓の気持ちは分かるけど・・・とにかく兄貴、後は任せた」

月夜は逃げるように廃屋から駆け出して行った。それを追いかけようとする楓の腕をつかんで、ランスは止めた。

「あいつも馬鹿だからさ。だから、今は待っててあげて」

「月夜は何をしようとしてるんですか!?」

ランスは言っていいものか悩み、口を開いた。

「月夜は護るって言ったんだよね?」

楓は縦に頭を振って肯定する。

「そのまんまの意味だよ、君らは誰に命を狙われてたんだっけ?」

「日本軍ですよね?・・・もしかして!?」

さすがにありえないと楓は思った、そんな無茶なことが出来るわけないと思った。

「月夜からあいつのこと聞いたんでしょ?月夜は人間離れしてるから、まぁ死にはしないよ・・・死ぬことを望んでなきゃね」

「月夜が死ぬのなんて・・・私は嫌・・・」

楓は弱弱しく首を振って、そう呟く。

「なら信じて待ってればいい、あいつがわざわざ君を僕に任せたのも、危険なことに巻き込みたくなかったからだろうしね」

「大切な人がいなくなるのは・・・もう耐えられないよ」

(いつもそう、自分の知らないところで何かが起こり、自分の目の前で大切な人たちが死んでいく・・・そんな思いもうしたくない・・・)

ランスはどう言えばいいか悩み、言葉を発する。

「なんにせよ、君が行ったら月夜の気持ちが無駄になるよ・・・自分の嫌いな姿、君に見せたくないだろうしね」

「・・・私って、本当に何も出来ない」

ランスに聞こえないようにそう呟いて、楓は座った。今日も色々あり、疲れていた楓は気づかないうちに横になり、寝てしまっていた。

「辛いだろうけど、がんばれよ・・・二人とも」

ランスは立ち上がり、そう言って自分の上着を楓の上にかけてあげた。



「ふー・・・楓はついてきてない、よな?」

何度か後ろを振り返りながら、走る月夜。

「楓に言ったら、止められそうだもんなぁ・・・嫌われてるなら、止めるわけないか」

自嘲気味に笑いながら、月夜は目的地を目指して走る。月夜はのんびりと走っているつもりだが、その実、道路を走っている車をゆうに追い越し続けている。

「本気出して、さっさと行くとするか」

月夜は走ったまま地面を強く蹴飛ばし、空に跳ぶ、そして重力に引かれ落ちるはずが・・・月夜の背中から突き出した小さな漆黒の羽根が緩やかに羽ばたくと、月夜はそのまま空を飛んでいった。その速度は音速に近く、一瞬にして月夜は目的地まで着いた。

「やっぱり出すの嫌だな・・・羽ちゃんとしまっとこう」

背中から生えた羽は、元通りまた背中へと戻っていった。


[日本軍基地]、と書かれた門をくぐりぬけ、月夜は中に入っていく。門にいた門番の兵士には、少しの間眠っておいてもらった。

「総司令部さえ抑えちゃえばいいんだっけ」

特に緊張した様子もなく、月夜は基地内を歩き回る。

警報が鳴り、軍服を着た男たちが月夜の周りに集まってくる。しかし、彼らは銃を構えるものの撃とうとはしない。

「撃たないのか?・・・戦場だったら、とっくに死んでるよお前ら」

月夜の瞳の色が変わる、元の薄い黒から、光りさえ通さないほどの漆黒の瞳に。

月夜は兵士がいる空間を見つめ、軽く力を込める。何が起きたか分からないまま、兵士たちは次々へと倒れていった。

「殺しはしない、約束だから・・・」

(とは言え、やっぱりこういう空気はまずいな・・・昔に戻っちまいそうで怖い)

自分を抑えつつ、ゆっくりと歩を進める月夜。

歩き回っている内に、月夜はそれを見つけた。白い扉に[総司令部]と書いてある部屋を。月夜はその部屋から、どことなくプレッシャーを感じるような気がした。

「何かいる・・・?」

そう思いながらも、その扉に手をかける。すんなりと開いたその扉の向こうには、三人の人間がいた。

「初めまして、こうやって君と顔を合わせるのは初めてかね、漆黒の悪魔、月夜君」

真ん中で椅子に座っている人物が、月夜にそう喋りかけてきた。両脇に立っている二人の男女は、姿勢を崩さずただ月夜を見ている。

「あんたが、軍のトップか?」

「そうとも、君自ら出向いてくれるとは恐縮だね・・・先ほどはうちの兵士達が粗相を働いたようだ、手を出すな、と命令はしておいたのだがね」

白髪のその青年は、軍のトップとは思えない程に若い容貌だった。外見は30代といっても問題はない。落ち着いたその様子は、とても軍人には見えない。

「ここに来たのはあんたらの手伝いをしに来たわけじゃない、戦争をやめさせるためだ」

青年は笑いながら月夜を見つめる。

「はははは、今まで多くの人間を殺し、破壊してきた君が戦争を止めさせるとはとんだ茶番だと思わないか」

「戦争になんの意味がある?罪のない人々を戦場に送り出し、罪のない人々を数多く殺してしまう戦争なんかに!」

月夜は叫ぶ、彼も戦争によって生み出された、被害者なのだから。

「人は争わなくては生きてはいけないのだよ、誰かを憎み、敵を作り上げることによって人は一致団結するものだ」

「もういい・・・俺は戦争を止めさせにきたんだ、日本が馬鹿な真似をしなければ、アメリカは何もしないはずだ」

その言葉を聞き、白髪の青年は人が変わったように猛り叫ぶ。

「何を言うか!!アメリカは我が国を滅ぼそうとしているんだぞ、だからこそ先手をうって戦争に勝ち、日本の力を各国に見せ付けなければいけないのだ!!」

机を叩き、一気にまくしたてる。月夜はそれを冷たい目つきで見ていた。

「人間の命に比べれば、国なんてちっぽけなもんさ・・・国のために人間がいるんじゃない、人間のために国があるんだ」

あんたには分からないだろうけどな、と月夜は付け足す。青年は大きく息を吐いてから、髪をかきあげる仕草をする。

「ふう・・・つい取り乱してしまったね。くだらない話はもう終わりにするとしよう」

「そうだな・・・あんたに戦争を止めさせようとするなら、実力行使しかないみたいだな」

月夜は目の前にいる相手を見据える。(殺しはしない、でもただじゃ済まさない)

臨戦態勢に入ってる月夜を見て、青年は立ち上がり口を開く。

「君の相手は私ではない。紹介しよう、君と同じ生物兵器のアダムとイブだ」

青年は両脇に立つ二人、赤い髪をしたアダム(男)と青い髪をしたイブ(女)を指し示し、ごく自然にその言葉を発する。その言葉に、月夜はかたまった。

「俺と、同じ・・・?」

全身の毛が逆立ち、血液が沸騰するような怒りを月夜は感じた。

「お前らは・・・どうしてそんなことが平然と出来るんだ!!」

月夜は怒りに任せて青年に飛び掛る。そんなことをしなくても遠距離からでも相手を殺せる力を持っている月夜だが、相手に対する怒りにより自然に体が動いていた。

すさまじい速度で青年に向かう月夜、何もなければ一瞬にして肉塊に変わってしまう青年はいやらしい笑みを浮かべそれを見ていた。

次の瞬間、月夜は吹っ飛ばされていた。入ってきたドアを突き破り、さらにその後ろにあった壁をいくつか突き破り、月夜の体は外に放り出された。

「なっ!?」

月夜は何が起きたか分からずに、背中から地面にたたきつけられる。そして追い討ちをかけるように、さっきの男女、アダムとイブが上から襲い掛かってくる。

「くそ・・・」

月夜はなんとか身をひねってその攻撃をかわし、その勢いで立ち上がる。しかし相手は攻撃を休めることなく、襲い掛かってくる。

二人のコンビネーションは見事なものだった。片方の攻撃をかわす度に、もう片方が着実に隙をついて攻撃をしかけてくる。

一般人よりははるかに運動神経も良く、肉弾戦もそれなりに慣れている月夜だったが、自分より慣れた動きで襲い掛かってくる二人には反撃のいとますらなかった。

「我が軍の兵器はいかがかね?」

一足遅く建物から出てきた青年が、笑いながらそれを満足気に見ている。

「てめぇ!・・・うわっ」

青年を見て生じた月夜の一瞬の隙が、命取りとなった。今までうまく受け流し攻撃を軽くしてきた月夜だったが、その隙をつかれてわき腹への横蹴りを直にくらい、吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされた先には、いつの間にかそこに移動していたイブがいた。

やばい、と思った月夜だが、吹き飛ばされてる状態では思うように体が動かない。待ち受けていたイブに下から蹴り上げられ、月夜の体はかなりの高さまで上にあげられる。

(さすがに死ぬかも、なぁ)

死ぬ、という実感が全く湧かない月夜には、その感覚が他人事のように感じられた。

月夜が上に来るのを待ちわびてたかのように、跳躍していたアダムが思いっきり両腕を振り下ろした。その一撃は無防備な月夜の背中に叩きつけられる。ぐしゃぁ、という嫌な音が響いた。

その音を他人事のように聞く月夜。(折れたかな?いや、くだかれた・・・?)

体に力が入らず、月夜は叩きつけられた衝撃と重力により、地面に激突した。

「くくくくく・・・ははは、あーっはっはっは」

その成り行きを見ていた青年は、身震いしながら笑っていた。

「まさかこれほどとはな、この二人に君を倒せるほどの力があるなら、やはり君は我が軍には不要だな」

これで日本は勝つ、と付け足しながら、青年はうつぶせに倒れている月夜を見下ろしていた。

「アダム、イブ、とどめをさしたまえ」

冷静に、且つ楽しそうに青年は命令を下す。

倒れている月夜をアダムが片手で持ち上げ、もう片方の手で月夜の額に狙いを定める。

どごん、どごん、と鈍い音が空気を震わせる。アダムは月夜の額には直接触れてはいない。アダムの手から何かしらの力が働き、空気を通じて月夜の額に驚異的な破壊力をもたらしている。

音が響く度に月夜の額からは血が飛び散り、肉片が舞っていく。

どれだけそれが続いたかは分からない、アダムが持ち上げていた手を放すと、月夜は地面に崩れ落ちた。身震い一つせず、月夜はそこに倒れていた。

月夜の血によって赤く染められた地面が、さらにその範囲を延ばすように広がっていく。

静寂がその空間を支配していた。青年は一人、感極まってるように震え、アダムとイブは倒れている月夜をただ見下ろしている。

静寂を破ったのは、もはや頭部は人の形をしていない月夜の呟きだった。

「死にたいか?」

月夜はそばに立っているアダムとイブに、問いかけた。青年はその声を聞いて、顔色を変えた。生きているはずがない、と思っていたものが喋るその様子はあまりにもおかしく感じたからだ。

「しぶといやつだ!アダム、イブ、完全に破壊しつくせ!」

アダムとイブは動かない。そして再び月夜の呟きが聞こえた。

「死にたいか?」

微かに、アダムとイブが頷いたように見えた。

「お前ら、何をして・・・」

「分かったよ、きっと痛みはないはずだから」

青年の声を遮り、月夜の声が響く。次の瞬間、青年は何が起きたか全く分からなかった。

倒れている月夜の背中から、漆黒の羽が大きく広がり、その羽から細く伸びてきた黒い線がアダムとイブの頭部と胸部を破壊し、二人が崩れ落ちる。一瞬の出来事だった。ありがとう、月夜にはそう聞こえた気がした。

「な・・・な・・・!?」

狼狽する青年の前で、月夜は立ち上がった。黒い漆黒の羽が月夜とアダムとイブを包み込み、羽が消えると同時に月夜は傷のない完全な状態に戻っている。アダムとイブはマジックのように消えてしまっていた。

そして、月夜は独り言のように静かに呟いた。

「殺したくなかった・・・」

初めて出会った月夜と同じ二人、姿形は人間だったが、強さもその内にある哀しさも、月夜と全く同じだった二人。同じ痛みを知っている戦争の被害者だからこそ、月夜は手を出しくないと思っていた。

「でも・・・死にたかったんだよ・・・な?」

誰に問いかけるわけでもなく、月夜は呟く。人によって生み出された兵器としての生物、人の手ではまず死ぬことが出来ない宿命を持っていた二人、薬で自我を消されていたのなら尚更自分の意思で死ぬことはかなわず、ただ殺し続ける兵器・・・。

「俺と同じだから・・・よく分かるよ」

月夜は虚しくて哀しい想いに駆られ、空を仰ぐ。

「ば、化け物め!」

呆然と立ち尽くしていた青年が、我を戻すやいなや、月夜にそう叫ぶ。ゆっくりとした動作で、青年に目を向ける月夜。

「それを生み出したお前らは・・・じゃあなんなんだよ?」

月夜は青年との距離を一瞬で詰め、胸倉をつかみ持ち上げる。

「ひあっ!」

「戦争の道具に人を使い、自分の地位を守るために人を犠牲にするてめぇらはなんなんだよ!?」

月夜はあいている片方の手で青年の腹に拳を突き入れる。

「げほぉ・・・や、やめ!」

「人間を・・・俺らをなんだと思ってやがる!!!!」

情けない声を出して懇願する青年を無視し、感情に流され何度も何度も腹に拳を突き入れる月夜。青年の吐いた血を顔に浴びても、月夜は止まることなく殴り続けた。

「てめぇらみたいな人間はみんな死ねばいい!」

「だめだよ月夜!」

後ろからかけられた声に、月夜は手を止める。

「かえ・・・で?」

月夜はつかんでいた手を放し、後ろに向き直る。青年は意識を失い、倒れていた。

「なんで・・・ここに?」

一番見られたくない相手に見られた月夜は、声がかすれていた。楓の隣にいるランスが、口を挟む。

「行くって聞かなくてな・・・寝た瞬間起きるとは僕も思わなかったんだよ」

楓は月夜が行った後すぐに寝てしまったが、やっぱり月夜が心配な楓はすぐに起きてランスに無理やり連れてきてもらっていた。

「月夜・・・約束したよね・・・?もう誰も、殺さないって」

「・・・約束した、でも・・・俺があいつを殺さないと・・・何万人もの人がまた犠牲になるかもしれないんだ!」

楓の目を見ることが出来ない月夜は、視線を下に向けてそう強く言った。

「だめだよ・・・殺しちゃったら・・・だめだよ」

月夜は胸が切り裂かれるような思いで叫んだ。

「偽善なんだよ、所詮はきれいごとなんだ!幸せや平和を望むなら、誰かが犠牲になるのは仕方ないんだ!!」

自らが犠牲になり、そして数多くの人を犠牲にして、月夜は自分の生まれ育った国を護ってきた。自分の意思とは関係なく、成り行きだったとはいえ彼は確かにあの国を護ってきた。

「そんなこと分かってるよ!・・・でも、月夜が・・・月夜が人を殺すのは嫌なの!」

月夜は言葉に詰まった。楓がただ単に、人が死ぬのが嫌だと言う理由でそれを約束したわけではないと、気づいたから。

「そうやって・・・月夜は傷ついてきたんだよね?月夜が・・・傷つくのはもう見たくないよ・・・」

月夜の胸に熱い何かが込み上げた、今まで凍っていたかのような心が、今初めて溶けたような、そんな感じがした。

「確かに戦争が起きるのは嫌・・・人がたくさん死ぬのも嫌・・・でも・・・」

言葉に詰まっている楓に背を向けて、月夜はしゃがんで、倒れている男の顔をはたいた。

「月夜!?」

ランスが楓を抑えて、「黙って見てたほうがいい」、と楓に呟いた。

気を失っていた青年が目を開けると、月夜はその顔を覗き込んで言った。

「おい、もしまた戦争なんて起こそうとしたら、この程度じゃすまさねーぞ?」

「わ、分かった、約束する!」

瞳を微かに黒く染め上げた月夜の目を見て、青年はかなりうろたえ、おろおろとそう答えた。

「手回しはすぐにやれよ?」

そう言い残してから、月夜は立ち上がり後ろを振り向いて楓とランスの方に歩いて行く。

「ただいま、二人とも」

言いたいことはたくさんあったが、月夜は最初にそう言って笑みを見せた。

「・・・おかえり、月夜」

「ああ、おかえり」

楓は月夜に飛びついて、涙を流しながら強く抱き締めた。

「さぁ、帰ろうか」

おろおろする月夜を見て笑いながら、ランスは二人を車に促した。



それから一ヵ月後、あの忙しかった二日間が嘘だったかのように、楓と月夜は平凡に暮らしていた。

普通に学校に行き、高校で新しく出来た友達たちと一緒に遊んだり、相変わらずぼーっとしながら授業を受けたり、世界を見れば決して平和とは言える世の中ではない世界で、二人は幸せに普通の生活を送っていた。


「おかえり、今日の夕飯は焼肉だぞー」

そんな二人の家には、なぜかいまだにランスがいた。

「ただいま・・・兄貴さぁ、いつまでこの家にいるんだ?仕事しろよ社会人」

「ただいまー、いいじゃない月夜、お兄さん料理上手だし」

学校から帰ってくると、二人は必ず玄関でランスに迎えられていた。

「月夜のおかげで大分暇も出たことだしな、事後処理なんか他のやつらに任せて、僕はゆっくり休暇をとったんだよ・・・って何回言わせるんだお前は」

二日に一回は同じやりとりをしてる二人を見て、楓は笑っていた。

「相変わらず仲良いね・・・ちょっと嫉妬しちゃうかも?」

「大丈夫大丈夫、俺の中じゃ楓と兄貴は天と地ぐらいの差があるから」

「言いすぎじゃないか・・・?」

そんな馬鹿話を毎日のようにしながら、三人は楽しく暮らしていた。

楓はたまに、家族だったみんなのことを思い出し、寂しそうな顔を見せるところもあるが、基本的に大分明るくなってきている。

月夜は大分心に余裕が出来たようで、大人になっている感があるが、やはりランスの前ではまだまだ弟と言った感じだった。

ランスは天然的なぼけをよくかましている。軍人としては冷静沈着で度胸もあるのに、なぜか普通の生活で抜けてるところが多い。

危惧していた戦争も行われる様子がなく、三人は幸せに暮らしていた。



微かな光りしかない暗闇の中、月夜は庭の椅子に座っていた。後からやってきたランスが、隣の椅子に座る。

「こんな時間になんの用だ?」

「今更だけど、ちょっと気になってたことがあってね・・・」

月夜はランスの方を見ずに、奥にあるいくつかの墓を見ながらそう呟いた。

「気になってたこと・・・か」

ランスは月夜が言いたいことを理解していた、しかしそれを表情には出さなかった。

月夜はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「この前の事件でさ、日本の軍人やあの白髪のやつを見て思ったんだけど」

すぐには次の言葉を吐き出さず、ゆっくりと間を置いて月夜は喋る。

「なんかさ、手際がすごく悪かったと思うんだよね・・・」

「そうだな・・・」

ランスはそれに同意し、頷く。月夜はそんなランスを見ないまま、続けた。

「でも一つだけおかしいって感じた点があるんだよね・・・本当に、なんとなくではあるんだけど」

「要するに、何が言いたいんだ?」

月夜が言いたいことを分かっているランスは、単刀直入に言うことを求めた。ゆっくりと月夜は、ランスに顔を向ける、その瞳は翳りを帯びていて、少し暗い。

「・・・父さんやみんなを殺したのは、兄貴・・・いや、ランス、お前だろ?」

その瞳を見ながら、特に緊張した様子もなくランスは言う。

「よく気づいたな・・・やったのは僕自身じゃなくて、連れてきていた部下だったんだけどね・・・命令したのは僕だけど」

「もし日本の軍人だったら、家ごとふっ飛ばしてると思ったんだよね・・・睡眠薬を使ったり、家自体を殆ど荒らさないで何人も殺すなんて、俺がこの前見た限りでは日本の軍人じゃありえないと思ったんだ」

「それだけの理由で僕を疑ってたわけか?」

「そうだな、後は・・・勘ってところかな。ランスが俺のことを知っているように、俺もランスのことを知っているからね」

血はつながってはいないが、二人は兄弟のようなものだ。お互いが理解しあっていることは、少なくはない。

「ばれるとは思ってた。それでも、僕のシナリオ通りに事はうまく運んだし、今のところ戦争も回避はされた・・・必要悪、というものだろ?」

月夜は無言でランスを見つめる。その瞳に、殺意や敵意は感じられない。

「それで、どうしようって言うんだお前は、僕を殺すかい?」

月夜はゆっくりと首を振る。

「殺さないよ、俺はもう誰もね・・・それに、実は結構ね、感謝してるんだよこれでも・・・」

「憎まれる覚えはあっても感謝される筋合いはないと思うぞ・・・」

「確かにさ、誰かの犠牲で作られる幸せや平和なんて、嫌だとは思うよ・・・でも、俺も色々気づかされたよ、今回のことでね」

月夜は溜め息をつきながら、複雑な顔をする。

「もしあの時何もしないまま戦争がまた起きてたら・・・俺はどうしてたんだろうって最近思う」

ランスは無言で、その話に耳を傾けている。

「楓たちを護るために、また昔のように多くの人を殺していたかもしれない・・・昔に戻るのを嫌がって、目の前で大切な人たちが殺されても、何も出来ない自分になってたかもしれない」

「・・・やっぱり最善の道だったのかもしれないな、僕はお前に殺される覚悟ぐらいはもってたんだけどね」

そのランスの言葉に、月夜は自嘲気味に笑う。

「最善の道ってのはないよ、結局は誰かが犠牲になるんだ・・・数とかの問題じゃないさ」

二人はしばし沈黙する。静かな空間を風が吹き、緑の木々をゆっくりとしならせる。

「・・・なんで人は争うんだろうな?」

月夜の小さな呟きが、沈黙を破る。

「そうだな・・・簡単に言ってしまえば、闘争本能みたいなものだろ。誰かを蹴落として、自分が上に行きたい。それが人間の・・・いや、生き物の真理だろ?」

「なるほどね・・・難しく言うと?」

ランスはしばし考え、口を開く。

「生きたいから、何かを護りたい・・・からかな?」

「それも十分簡単じゃない・・・?」

「なんで争うかなんて人類の命題みたいなもんだ、そんな簡単に答えなんて出るわけないだろう」

ランスははぐらかすように、月夜から視線をそむける。

「それもそうか・・・さて、明日も学校だし俺はそろそろ寝るとしようかな」

月夜は立ち上がり、一度だけお墓に頭を下げてから、ランスに向き直る。

「兄貴はどうするんだ?というか、いい加減帰れよ」

さきほどまでの暗い雰囲気ではなく、いつもの月夜の雰囲気でランスにそう言う。

「兄はもう少し敬うものだと思うぞ・・・そうだな、僕も寝るとしようかな」

ランスも立ち上がり、深くお墓に頭を下げた。数秒の間、ランスはずっとそうしていた。

「汚れ役演じるのも楽じゃないね」

月夜が苦笑混じりにそう言うと、頭を上げたランスは視線を星空に向けて言う。

「平和に犠牲はつきものさ、罪もなく死ぬ人間も、罪を負って生きていく人間も・・・な」

ランスにも月夜と同様に思い出したくない過去がある。軍人としての彼は、罪を背負いながらも強く生きていく道しかなかったのだから。

「おやすみ、兄貴」

「ああ、おやすみ月夜」

二人が去った後の庭は、暗い静寂に包まれていた。

・・・戦闘シーンがしょぼいのは作者の能力が低いためです。精進していかなければ_| ̄|○

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