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一夏の思い出

夏休み・・・それは学生にとって長い休暇であり、どこかへ遊びに行くのには絶好の機会だ。しかし、いくら夏休みといえども過ぎ去るのは早いものだった。特に、どこかに出かけて遊んでいる場合などは更に時の流れを早く感じる。例外なく、月夜もそれを実感していた。


「もう一週間か・・・早いもんだなぁ」

ハワイに来てから一週間、時の流れの早さを感じながら月夜はそう呟いていた。

「あっという間だったね、楽しかったから私は大分満足だけど」

月夜の隣に座っている楓がそう返す。その首元には、黄緑色の宝石がついている星型のペンダントをつけている。

「後三日か・・・そう考えると、何をするか迷うよな」

元々十日の予定で来ていた月夜たちは、小さく溜め息をもらす。

「そうだよねぇ・・・でもやっぱり私は、日本が恋しいかな」

「ホームシックみたいなもんか?まぁ確かに、ずっとここにいたら肌には悪そうだけど」

月夜は自分と楓の肌の黒さを見ながら苦笑する。連日外で観光やら海やらで遊んでいた二人は、強い太陽の日差しに焼かれ真っ黒になっていた。

「ホームシックっていうか、日本の食べ物とか空気?みたいなものとか、ちょっと恋しくなるよ。日焼けに注意しなかったのは、もう諦めたよ・・・」

不注意を教師に怒られたかのようにしょんぼりとする楓、どうやら日焼けはしたくなかったらしい。そんな風に会話している二人の元に、ランスがやってきた。

「どうしたどうした?二人そろって暗い顔して・・・いや、黒い顔か」

盗み聞きをしてたかのように話題に沿ったランスの言葉に、月夜は溜め息をつきながら返す。

「黒いのも暗いのも否定はしないけど・・・ところで兄貴はなんで日に焼けてないんだ?」

「そういえばそうですよね、どうして肌が白いままなんですか?」

ん?と小さく呟きながら、ランスは二人が座っているソファーの対面側に座って口を開く。

「僕は元々日焼けしにくい体質みたいでね、一応日焼けにも注意してるし。皮膚癌で早死になんてしたくないからさ」

その言葉が耳に痛そうに、月夜と楓は頭を垂らす。ランスは二人の行動に、おや?といった感じで口を開く。

「どうしたんだ?」

「いや、なんか負けたような気分になった・・・癌とか考えたこともないから」

「私も・・・むしろ女なのにランスさんより肌に気をつけてない私って・・・」

深い溜め息をついている二人を苦笑しながらランスは見て、ぽつりと小さく口を開く。

「若いんだからそんなの気にしてる人の方が少ないと思うぞ、日焼けも夏休みの思い出みたいなものだろ?」

うらやましいもんだよ、と二人に聞こえないように嘆息するランス。

「それもそうか、大体から俺は癌になるかどうかすら不明だしな」

嘲笑混じりに言う月夜。そんな月夜をスルーして、ランスが話題を変える。

「ところで、二人とも今日の予定は決まってる?」

「特には、いつもみたいにその辺ぶらぶらしてるだけでも面白いしね」

「そうだね、行ってないところにも行ってみたいかなぁ」

「それなら、連れて行きたい場所があるんだけど、どうかな?」

二人の返答に、ランスがそう切り出す。二人は特に断る理由もなかったので、二つ返事でOKをする。

「それじゃ、早速行くとしよう。十分後に玄関前な」

「うぃ」

「はーい」

各自、集まっていた部屋から自分の部屋に準備をしに行った(夜は月夜の部屋にいる楓だが、それ以外はちゃんと自分の部屋に戻る)。


玄関前に一番最初に来たのは月夜だった。次いでランス、楓の二人が十分を少しオーバーしてから来た。

「遅いっつうの、特に言いだしっぺの兄貴が遅れるのはどういうわけだ?」

ドアに寄りかかりながら、二人を待っていた月夜は口をとがらせて言う。ランスは笑いながら、

「来る途中に、足の悪い老人が困っていたから病院まで案内していたのさ」

月夜は額に手を当てながら、ツッコミどころが多すぎてつっこめないランスの言葉に声が出なかった。

「そうなんですか?実は私も・・・」

さりげなくランスのノリに合わせて口を開こうとしている楓を月夜が制止させる。

「分かった分かった、理由はもうなんでもいいから・・・行くなら行こうじゃないか」

さっさと玄関のドアを開けて外に行こうとする月夜の背中に、

「冷たいな月夜、少しはつっこんでくれてもいいだろ?」

「そうだよー、私は迷子になっている子どもの親を探してあげたっていおうとしたのに」

二人の不満気な声が届く。月夜は頭を抱えそうになりながら、振り返って呆れた顔をする。

「俺が悪いのかよ・・・馬鹿やってないで行こうぜ、兄貴が一番前じゃないと道が分からないし」

「それもそうだな、それじゃ行こうか。ちなみに、移動は車だから」

ランスは月夜の横を通り過ぎて、外へ出る。その後からついてきた楓は、月夜の横に並んだ。家の敷地内に止めてある車に乗り込み、月夜はどっと疲れたように椅子の背もたれに体を預ける。

「それじゃ出発」

「おー」

そんな二人の言葉をうつろに聞きながら、月夜は一人考え事をしていた。

(最近の兄貴はなんかおかしいような気がするよなぁ・・・それともあれが素なのか?そういえばまだ十九歳なんだよなぁ・・・兄貴なりに、今まで出せなかった自分を出したいだけなのかもな)

ランスの事情を知っている月夜としては、なんとなく切ない気分になった。仕方ない、と思いながらも、次はのってやるか、と思った月夜だったが、その日のランスの暴走っぷりにその考えが甘かったと理解するのは、まだ先のことだった。



別荘を出てから三十分程、三人を乗せた車が到着したのは、学校のような場所だった。というか、学校だった。指定の駐車場に車を止め、降りる三人。

「着いたぞ、広いから僕から離れると迷子になるぞ」

確かにその学校は広かった。見える範囲でも三つの棟があり、一つ一つが日本の学校の校舎の二倍はありそうな大きさだった。

「学校?こんなところで何をする気なんだ?」

「すごい広いねー、こんなところに通ってたら迷子になっちゃうよ」

素直に疑問を投げつける月夜と、きょろきょろと辺りを見回しながら感嘆の声をあげる楓。ランスは歩き出しながら、喋る。

「ちょっとな、僕も学生生活っていうやつを満喫してみたくなったんだ・・・」

その声は切なそうに響く。置いてかれないようについていく二人は、その言葉に返す言葉がなかった。

「変な話かもしれないけど、僕は学校に行った記憶なんてものがない。小さい頃から軍に入っていたしね、だからこそ同年代の人間とはあまり交流がないんだ」

「・・・それで、どうするんだ?今は夏休みだし、部外者の俺らが入っていいのか?」

緑の木々が両脇に生い茂る通路を歩きながら、ランスは楽しそうに言う。

「知り合いから聞いたんだけど、この高校は夏休みに体験入学が出来るらしい、期間は決まっているけどね。期間内なら、年齢問わずに誰でも参加出来るらしいんだ」

「そうなんですかー、アメリカってすごいんですね」

「確かに、日本にはないよね、そういうの」(注:現実じゃアメリカにもないと思う、お察しください)

感心するように納得している二人に、ランスは意気揚々と喋りかける。

「だから今日は体験入学をしてみようと思ったんだ。つき合わせて悪いとは思うけど、なんか一人じゃ気恥ずかしいというかなんというか・・・」

照れ笑いのようなものを浮かべながら、ランスは頭をかく。その様子は、いつもの冷静・冷淡軍人のランスではなく、歳相応の青年のものだった。そんなランスに、

「別にかまわないよ、兄貴には貸しがあるし。それに・・・たまには兄貴にも羽伸ばしてほしいところだしね」

と、ランスの心情を察するように言う月夜。

「たくさんお世話になってますから、私に出来ることならいくらでもー」

と、気軽に言う楓。ランスは振り返って、いつもより数段温かみのある笑顔で、

「ありがとう、二人とも」

と礼を言った。


その後三人は事務所のような場所で受付をし、月夜・ランスと楓の二組に分かれて更衣室で各自制服に着替える。二人は、白いYシャツに赤と銀色の縞々ネクタイをつけてその上に紺色のブレザーを着る。ズボンは灰色のスラックスで、靴下は紺一色、そして黒いローファーをはいた。格好は一般の高校生といったところだろう。月夜は特に何も思わなかったが、ランスは感慨深げに等身大鏡でその制服を着た自分の姿を眺めている。

「おー、月夜、似合ってるかな?」

鏡を見ているランスの姿を横から見ながら、月夜は正直な感想をもらす。

「そういう格好してると、学生にしか見えないね」

服装に関わらず、いつものように落ち着いている雰囲気をしているランスは決して二十歳手前には見えない。しかし、今は歳相応のはしゃぎ方をしているので、実年齢より低く見えた。今のランスなら高校生でも十分通じるだろう。

「良かった・・・明らか学生に見えなかったらどうしようかと思ってたところだよ」

安堵の息をもらすランス。別に年齢問わない体験入学なら、学生に見える必要はないんじゃないか?と月夜は思ったがそれを口にすることはなかった。

「早速、行こうか」

「楓は着替え遅いからなぁ・・・絶対待たされると思う」

「女の子はそんなもんだよ」

「そんなもんか」

二人は口々にそう言いながら、更衣室から廊下に出て楓を待っていた。


十数分後、出てきた楓はなぜか嬉しそうににこにこしていた。そんな楓の様子を疑問に思った月夜が問いかける。

「どうしたんだ?」

青いスカートに、白を基調に袖口や襟、リボンがうっすらとした緑色のセーラー服を纏った楓が口を開く。

「たくさん種類があってね、可愛いのがいっぱいあったから、色々着てたら楽しくなっちゃって」

似合う?と一回転して制服を見せる楓。

「だから遅かったのか・・・まぁ、うん、可愛いんじゃないかな」

いつもの制服とは違う楓を見て、月夜は新鮮さを感じていた。だからこそ、素直じゃない月夜がいつもは滅多に言わないその褒め言葉が口から出ていた。

「うん、可愛いと思うよ」

月夜とランスの言葉を聞き、楓は満面の笑顔で、

「ありがとー」

と言った。そして、月夜とランスの格好を見てから楓も感想をもらす。

「月夜は学校の制服とあんまり変わってないね・・・ランスさんは、すごく新鮮味があるのに似合ってますね」

「ありがとう。それと、ここにいる間はランスって呼び捨てでかまわないよ、楓ちゃん」

微笑みながら返すランスに、楓も口を開く。

「それなら、私のことも楓でいいですよ。同級生みたいだし」

笑い合う二人を、月夜は複雑な表情をしながら見ていた。

「とりあえず教室に行こうか、僕らはこっちの教室だったかな」

歩き出すランスに二人は続く。歩きながら、複雑な表情をしていた月夜が、なんの気なしにぽつりと呟いた。

「ランスさん」

「ん?どうした月夜」

振り返って聞いてくるランスに、月夜は苦々しげに口を開いた。

「だめだ、しっくり来ないな・・・兄貴じゃ変だし、ランスだとどこぞの軍人の名前呼んでるみたいで嫌だし」

「気にする必要もないと思うんだけど・・・普通にランスでいいんじゃないか?」

「んー・・・まぁいいか」

「どうしたの?二人とも」

二人の会話の内容がよく分からずに、楓が疑問を投げかける。月夜は気にする風もなく、

「なんでもないよ、なんでもない」

と答えたのだった。


三人が1-Bと書かれている紙が張ってある教室に入ると、中には何人かの生徒がいた。実際には生徒ではなく、月夜たちと同じで体験入学をしている人たちだった。中学生ぐらいの子どももいれば、三十前後に見える人もちらほらといた。席は自由らしいので、三人は横に並んで座る。窓際の一番前の席から順に、月夜、楓、ランスと座った。黒板の上にある時計の針は、九時三十分を示していた。

「うちの学校だったら完全に遅刻だな・・・四十分から授業だっけか?」

「そうみたいだね、こんな時間から一限目受けるなんて初めてかも」

「二人の学校じゃそうなのか?僕は授業自体受けたことないからなぁ」

ランスは自分の記憶にない授業風景をなんとか思い出そうとしてみるが、やはり記憶にないものは出てこなかった。少し前に夢で見た風景、それぐらいしかなかった。

「それにしても・・・なんで俺が窓際なんだよ・・・?」

早くも眠そうにうつらうつらとしている月夜。まだ午前だというのに日差しが強く熱いが、月夜にはそんなものは一切関係なかった。

「真っ先に窓際に座った人がそれを言う?寝ちゃだめだよ!」

「俺はもうだめだ・・・後は任せた」

早々に机に伏せて眠ろうとする月夜の頭を、隣の席の楓がはたく。ぺちん、といい音がして月夜は頭をさする。

「痛い」

「もしかして、月夜はいつも寝てるのか?」

「そうなんですよ、授業中いつも寝てるし、よくさぼってるし」

「いつも寝てるわけじゃないしいつもさぼってるわけじゃないぞ・・・」

言いながらも机に突っ伏して今にも寝てしまいそうな月夜、説得力は全くなかった。ランスは説教をするように言う。

「学校で学べるということ自体恵まれてることなんだぞ?勉強したくても出来ない子ども達はこの世界にたくさんいるんだ、だから寝るな」

「きーこーえーなーい。大体から俺はそんな一般論や世間論には流されない」

聞こえないと言っている割には、しっかりと反論する月夜。楓は無言でぺちんぺちんと月夜の頭をはたいている。

「その程度じゃ俺の睡眠欲は止まらないぜ」

と言いつつ、頭を守るように両手を頭の上に乗せて突っ伏す月夜。

「やれやれ・・・楓、ちょっと」

楓ははたくのを止めて、ランスから何かを耳打ちされている。えー!?とか言いながら、何やら驚いている。月夜はそれを気にせずに眠りの世界へと羽ばたこうとしていた。顔を少し赤らめた楓が、しぶしぶと月夜に近づき、耳元で囁く。

「起きて、あ・な・た」

ぎこちない言い方だったが、夫を起こすようにそう言う楓。月夜は光の速さで顔を上げた。

「はぁ!?」

月夜は鳥肌が立っている体を両手でこする。楓は顔を赤らめていた。そしてそんな二人を傍目に見ていたランスは、一人笑っていた。

「ほら、効果抜群だった」

「もう一生やりませんよ・・・こんなこと」

楓なりにランスの学校生活を応援しようとがんばってみたが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。完璧に目が覚めた月夜は、仄かに顔を赤くしながらランスをにらむ。

「覚えてろよ・・・」

コントをやっているような三人をよそに、教師が教室に入ってきて間もなく授業開始のベルが鳴り響いた。


一限目は英語だった。内容はそこまで難しいものではなく、精々中学生三年レベルといったものだったが・・・。

「うー、分からないよー」

今の日本の現状では、学校の授業で英語を学ぶ機会はない。それ故に、英語の基礎すら知らない楓にはどう考えても授業にはついていけなかった。教師の問題に率先して答えるランスや、だらだらしながらも的確に答えていく月夜たちを尻目に、楓は一人頭を悩ませていた。


一限目終了より十分の休み時間をはさみ、二限目が始まった。二限目は数学だった。この内容もまた難しいものではなく、義務教育を終えているものならばある程度は出来るものだった。もちろんのこと、算数や数学は日本の学校でも学べる。それ故に、先ほど全くついていけなかった楓は頑張って色々な質問に答えていた。負けじとランスも積極的に参加する。学校で学ぶ機会のなかったランスだったが、軍の中や自己勉強、図書館などで培ってきた知識はそこら辺にいる大学生と同等、もしくはそれ以上といったところだった。

「二人ともまじめだなぁ」

積極的に参加している二人を横目に、やる気のなさそうにだらだらとしている月夜。その癖、教室にいる数十人の中では一番と言える程の頭の良さを持っているのだから始末に終えない。月夜にとって学校とは勉強する場所ではなく、ただ、平穏・日常を楽しむべきものだと思っているからだ。だからこそ、勉強にはさほど興味がなかった。


二限目終了後の休み時間、だらだらとしている月夜の横で楓とランスが喋っていた。

「月夜があれで頭いいのが納得いかない」

「それは同意するね、神は二物を与えないと言うけれど・・・馬鹿っぽいのに出来るのがなんかね」

「おいおい、聞こえてんぞ」

とは言うが、月夜はそこまで気を悪くした風でもない。人それぞれ得意不得意があることを月夜は理解していたからだ。一応人間である月夜は確かに色々なことが出来るが、料理や家事面ではランスや楓には敵わない。足りない部分は努力や人間同士で補えばいいのだ。

「勉強が全てじゃないだろ・・・どんなことからでも学ぶことが出来る。それが人間のいいところだよ」

とはいえ、同じ過ちを繰り返すのも人間だけどね。と付け足してから、再度机に突っ伏す月夜。そんな月夜に、それは出来るから言える言葉だよな、というような視線をランスと楓は送っていた。


三限目は世界史だった。話は変わるが、なぜか戦争の話や銃器類の話が出ると筆舌になる人間が大抵クラスに一人か二人はいると思う。大抵そういう人物はミリタリーおたくだと思われるが、この教室にもそれに分類されそうな人間が一人いた。

「・・・要するにですね、キャタピラというのは云々かんぬん」

なぜか戦争時の武器の話をしていた赤髪のごつい長身の男は、今はキャタピラについて語っている。かれこれ五分は話しっぱなしだった。ミリタリーおたくというよりは、本物の軍人に見える。

「ランス、軍人ってみんなあんなんだったっけ・・・?」

「いや違うだろ、軍人だとしてもあそこまで詳しいとひくぞ」

楓を真ん中に挟み、二人はこそこそと内緒話をしている。今までの授業で寡黙だったその男が突然長々と話し出すのだから、世界史の教師も含め教室にいる生徒達は唖然としていた。

「・・・結果としては、戦争が起こるのは仕方のないものだと思われます。以上です」

話し終えて座る男。もはや最初に話していた内容と大きく論点がずれている男の話は十分近くにも及び、教室内をしらけさせるには充分だった。

「教師も止めればいいのに・・・」

と小さく呟いた月夜の独り言は、誰にも聞こえることがなかった。


三限目が終了し、体験入学は終わりと相成った。この後学食へ行って昼食をとるもよし、家に帰るのもよし、学校内を自由に見学するのもよしとなっていた。ただし、時刻は五時までなのでそんなに時間があるわけでもなかった。

「とりあえず、昼飯食べようか?」

月夜の意見にランスと楓は従い、教室を出て廊下を歩く。三人が廊下を歩いていると、後ろから声がかけられた。

「すいません」

その声に三人は振り返る。そこには、先の世界史の授業で熱弁をふるっていた赤髪の男がいた。

「何か?」

ランスが男に返答する。男は外見に似合わず、丁寧な口調で話しかける。

「呼び止めてしまって申し訳ありません、もしかしてレンフォード中佐ではありませんか?」

「そうだけど、君は?」

男は姿勢を正し、敬礼のポーズをとって答える。

「やはりそうですか。失礼いたしました、自分は第二部海軍所属、准尉のリッダ=フィーアです。以後お見知りおきを」

男とは逆に、ランスは軍人とは程遠い口調で話しかける。

「所属している軍部も違うんだ、そう畏まらなくてもいいさ。それに、今の僕は単なる学生だからね」

笑いながら言うランスに、そんな返答を予測していなかったリッダが困惑した表情を浮かべる。

「しかし・・・」

「しかしもでももないよ、今日一日僕はランス一個人であって、軍人じゃない。細かいことはおいといて、良ければ一緒に昼食でもどうだい?」

ランスのその言葉に、リッダは再度敬礼のポーズをとる。

「はい、ご一緒させていただきます」

「だから・・・堅苦しいのはなしにしてくれって」

「申し訳ありません自分はそういうのは不慣れで・・・えーと・・・」

困っているリッダと、明らかに意地が悪そうに笑っているランス。蚊帳の外にいる楓と月夜は、溜め息をつきながらそんな二人を見ていた。


「ところで、そちらのお二方は?」

学食にて昼食をとりながら、不意にリッダが口を開く。その言葉は月夜と楓にではなく、ランスに向けられたものだった。

「知り合いだよ」

ランスは単調にそう答え、月夜と楓に、自己紹介したら?と視線で促す。

「月夜です。よろしく」

「楓っていいます。よろしくお願いします」

ランスの視線の意図を理解した二人は、各々に口を開く。リッダは訝しげな視線を向け、二人に返す。

「リッダ=フィーアだ、よろしく。君等は日本人なのか?」

「一応そうなるかな」

「日本人ですよ、リッダさんはやっぱりアメリカの方なんですか?」

リッダの訝しむ視線を特に気にする様子もなく、二人は返す。ランスはうどんをすすりながら、その光景を見ていた。

「アメリカの軍人だ。君等の国とは敵対関係にある者、といっても過言ではない」

その言葉に友好の念は全く含まれておらず、むしろ敵を目の前にしているかのように皮肉な物言いだった。リッダのそんな言い方に、今までうどんをすすって口を挟んでいなかったランスが口を開く。

「今は停戦状態だろ?日本が仕掛けてこなければアメリカだって仕掛ける気はないんだ。あまり誤解される言い方はやめたほうがいい」

「はっ、失礼いたしました」

ランスに言われ、即座にそう答えるリッダ。軍人気質なリッダは、上官の言葉には逆らうことが出来なかった。月夜は溜め息をつきながら、リッダに言う。

「戦争なんて、上のやつらが勝手に決めてやってることだろ?俺ら一般人は、そんなこと本当は望んじゃいないよ」

「うん・・・戦争なんて、もう二度としたくない」

伏せ目がちに、楓もそう呟く。リッダはそんな二人に何か言いたそうな顔をしていたが、ランスに睨まれ口を開くことはなかった。


多少険悪なムードになっていた昼食も、お開きになった。

「では、自分はこれで・・・」

席を立ち、自分の食器を返却口に返すリッダ。そのまま歩いて学食を出て行くかと思いきや、リッダは最後に振り返った。そして・・・

「・・・ん?」

リッダの視線に気づき、月夜が相手と視線を交える。その視線には、嘲笑するような、妬み苛立ちのようなものが含まれていた。二人が視線を交じあわせていたのは数秒のことで、再度振り返り、リッダは学食を出て行った。

「あいつ・・・まさか」

月夜は一般人より研ぎ澄まされているその感覚で、何かを感じ取っていた。そして同時に、嫌悪感をともなうねばねばしたような気持ちの悪さが体にまとわりつく。様子のおかしい月夜に、ランスが声をかける。

「どうしたんだ?」

「・・・いや、なんでもない」

ランスに悟られないように、月夜はそう返答した。

(勘違い、であればいいんだけどね・・・)

自分の嫌な勘が外れたことがない月夜としては、体にまとわりつく嫌な感覚を払拭することができなかった。



「あれが、かつて最凶と呼ばれていたものだというのか?」

学校の廊下を歩きながら、リッダは一人嘆息していた。

「なぜ今すぐに排除しないのか、私には分からないものだ」

一人呟いているリッダに、突如声が聞こえた。その声は外部から耳に入る物ではなく、脳に直接響くような声だった。

『確かに彼は堕落している。でも、すぐにかたをつけてしまったら面白くないわ。目的は消去ではなく復讐、分かっているわね?』

「分かっています。だから今日は見逃したのでしょう?」

周りから見たら独り言を言っている怪しい人間にしか見えないが、脳に響く声はリッダのその言葉にちゃんと答えを返す。

『そうよ、のうのうと生きている彼を許せない・・・時機が来るまでは、お遊び程度にかまってあげるわ』

「あなた様も随分とお優しいことで」

脳に響く声は、急に高笑いをする。

『優しい?最高の冗談だわ。遊びでも手は抜かないわ、苦しめて追い詰めて・・・最高の舞台で彼を殺してあげる』

「それこそがあなた様らしい。このリッダ=フィーア、一生の忠誠を誓います」

『くす、戯言はいいわ、早く帰ってくることね、リッダ』

「了解いたしました」

その言葉と共に、リッダの姿は廊下から消え去った。不気味な静寂が、廊下一面に漂っていた。



帰りの車の中、運転をしているランスはやたらと上機嫌だった。

「今日は楽しかったよ、二人とも、本当にありがとう」

「たまにはいいんじゃないか、こういうのもさ」

「私も楽しかったから、お礼を言われるようなことじゃないですよ、ランス・・・さん」

危うくランスと呼び捨てにしそうになった楓に、ランスが笑いながら口を開く。

「ランスでかまわないよ、むしろ僕はそっちのほうがいいかな」

「えーとじゃあ・・・ランス・・・?」

学校内では自然に言えた言葉が、なぜか今は変な感じがして楓はうまく言えなかった。

「うー、なんか変な感じ」

「慣れればきっとそうでもないさ」

そんな二人のやり取りを、月夜は心半分、といった感じで聞いていた。今月夜が一番気になっているのは、リッダのことだったからだ。

(あのリッダって男・・・いつか殺り合ったヘンタイと同じ雰囲気がしたんだよな・・・嫌な感じだ)

確証があったわけでもないし、二人を危険に巻き込むようなまねをしたくなかったからこそ月夜はあえて手を出さなかった。結果として、それは月夜を悩ませるには十分な問題となっていた。

「どうしたの?難しい顔しちゃって」

楓は心配そうに顔を覗き込んでくる。月夜としては迷惑をかけたくなかったし、自分のように思い悩ませることはしたくなかったのでこう答えた。

「なんでもない、ちょっと疲れてるのかもな」

「つき合わせて悪かったよ」

「兄貴のせいじゃないさ」

ばつが悪そうに謝るランスに、月夜はそう答える。

(そう、誰かが悪いわけじゃないんだ・・・なら、俺が悩むのは誰のせいなんだろうな?)

もちろんそんなことは百も承知だった。生物兵器として生み出した国、そしてたくさんの人を殺してきた自分自身のせいだと、月夜は理解していた。誰かに恨まれる覚えはあっても、感謝される筋合いはないことも・・・。

嫌な感覚と、そんな自虐的なことを考えてしまう自分に嫌気がさし、月夜は疲れたように目を閉じるのだった。



別荘に着いた三人は、各自分かれてそれぞれやりたいことをやっていた。今日はもう出かけない、といったような雰囲気があり、月夜は月夜で疲れていて自室のベッドで横になる。

「あー・・・なんでこう問題ばっかりなのかな、俺の人生は」

暗鬱とした気持ちが晴れずに、別荘に着いても月夜の気分は晴れていなかった。不意に、コンコン、とドアがノックされた後、月夜の反応を待たずにドアを開けて楓が入ってきた。

「月夜」

「ん?どうした」

暗鬱な気分を悟られないように、努めて明るく声を出す月夜。楓はベッドの上に腰を降ろし、寝ている月夜の横に並ぶ形となる。

「今日の月夜変だな、って思って。何かあったの?」

いつもは案外鈍い楓だが、なぜかこういうときは鋭い。いつも一緒にいるせいか、月夜の様子がおかしいことに楓なりに気づいたのだろう。

「俺はいつでも変だぜ」

「茶化さないでよ、何か悩みがあるなら話して欲しいし」

軽い冗談で流そうとした月夜だったが、楓の真剣な表情に言葉がつまってしまう。

「・・・言ってどうにかなる問題でもないしな」

ようやく月夜の口から出た言葉はそれだった。そんな月夜の言葉に、楓は怒った様子もなく落ち着いて言う。

「確かに私じゃ何も出来ないかもしれないけど・・・聞くことぐらいは出来るから」

「迷惑かけたくないし、わざわざ心配させるようなことを言いたくはない」

月夜なりに楓のことを想っての言葉だったが、楓はそれで退く程素直ではなかった。

「迷惑なんかじゃないし、心配するようなことだったら知らなきゃ尚更心配になっちゃうよ」

本気で心配をしている楓の表情に、月夜は胸が苦しくなった。そして、つい口走っていた。

「単なる予感なんだ。また、嫌なことが起きる気がするんだよ」

「もしかして、あのリッダって人のこと?」

楓の言ったことは的をえていた。驚いた表情をする月夜に、楓が続ける。

「あの人、なんか怖い感じがしたから・・・人となりがそうとかじゃなくて、なんていうんだろう、本能的というか純粋に怖いというか・・・」

「そっか・・・俺もそうなんだよな」

ただし、楓と違って月夜感じた物は確証こそないものの、楓が感じた曖昧なものよりはるかに嫌な感覚だったわけなのだが。

「覚えてるか?前にいたヘンタイのこと」

「紫がさらわれた事件の時の?覚えてるよ」

「なんとなく、あいつと同じ感じがしたんだ。人間なのに、人間じゃないような感じ」

そう、まるで自分と同じ生物のような感覚。月夜は思いながら、嫌悪感に駆られた。

「私にはそこまで分からないけど・・・また、何か起きるのかな?」

不安そうに呟く楓。そんな表情をさせたくなかったから、月夜は楓に隠しておきたかったのだ。後悔の念を抱きながら、月夜は言う。

「さあね・・・考えても、意味のないことかもしれないけどね。杞憂ならいいんだけどさ」

杞憂であるはずがない、確証はないのに月夜はそう確信していた。

「うん・・・ほんとに、私って何も出来ない。月夜みたいに力があるわけじゃないし、ランスみたいに頭がいいわけでもない・・・」

切なそうに呟く楓に、月夜は自身を嘲笑するように言う。

「力があるから、下手な事件に巻き込まれるんだよ・・・俺がいなきゃ、狙われること自体ない」

楓はそんな月夜にかける言葉が見つからずに、おろおろとしている。

「楓にも迷惑かけてばっかりだ、俺がいなきゃ、もっと幸せだったはずだよ」

「そんなことない!月夜がいて今私は幸せだもん」

月夜の言葉に対して、とっさに楓が口を開いていた。そしてそのまままくしたてる。

「もし月夜がいなかったとしても、私は幸せになれなかったかもしれない、だってそうでしょ?月夜がいなくても戦争は起きてた、私は死んじゃってたかもしれないんだよ?月夜がいて私は楽しい、幸せだと思える。だから、そんなこと言わないで」

唖然としている月夜は、少ししてから笑い出した。そして言う。

「そうだな、なかったことを考えるより、今をどう生きるかだよな。俺もひどい人生送ってる割には、幸せだしね」

自分を蔑むのは、自分を大切に思ってくれている人に対して侮辱であると月夜は思い、そんな自分に反省する。

「そうだよ、問題はたくさんあるかもしれないけど・・・がんばろ?それに、月夜は私のこと護ってくれるでしょ?」

「もちろん、絶対に誰にも傷つけさせやしないさ」

晴れなかった気分が、今では晴天のような気がするのを月夜は感じた。自分がしっかりしなくては、今の状況で楓を護ることは難しい、だからこそがんばろう、と月夜は心に決めた。

「うん、私も月夜を支えられるようにがんばるよ。月夜が元気になってよかった」

楓のその笑顔は今の月夜にとってかけがえのないものであり、命を賭してでも護りたいものだった。

「ありがとう」

月夜も微笑みながら楓に礼を言った。


不穏な動きが多く、確実なものがなく不安定な足場にいる月夜だが、それでもがんばっていこうと思った月夜だった。

そして、騒がしくもなく当たり前の日常が終わる・・・。

夏です、はい。作者は間違いに気づいて寒いです、はい。

もうランスを楽しんでいただければ言うことは何も・・・

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