始まり1
この物語の舞台は、我々が住む地球・・・ただし歴史等、本来起こりえたことが起こらず、起こらないことが起きてしまったいわゆるパラレルワールドのようなものである。
西暦1989年、第二次世界大戦から落ち着いていた国々は、またも悲しい戦争を起こしてしまう。
前大戦の傷跡からいち早く立ち直り、先進国となった日本が好景気の財力を生かし、新たな兵器を生産した。
前大戦終了の時から、敗国となっていた日本は、勝国に虐げられ続けてきた怒りと憎しみを忘れることはなかった。
そしてその怒りと憎しみが引き金になった。新たに開発された兵器はすぐに、アメリカ・イギリスなど連合軍の主となっていた国に放たれた。そして日本の攻撃に呼応するかのように、虐げられてきた敗国は即座に日本側としてその戦いに参戦した。
人々は戦争の悲しさ・辛さを忘れ、またしても武器を手に取り立ち上がってしまった・・・。
日本軍側の先制攻撃・・・むしろ完全に予期していなかった奇襲を受けた各国は、なんとか事態の混乱を収拾し、武器を手に取り戦い始めた。
しかし、奇襲の傷跡は深く、前大戦の勝国は徐々に押され始めていた・・・。
西暦1997年、第三次世界大戦勃発より8年の月日が経過していた。日本の新兵器と憎悪による兵士の士気の高さにより、なんとか持ち応えていたものの、前大戦時勝国は完全に窮地に立たされていた。
しかし、この年にて勝国側は怒涛の攻めを見せる。
当時5歳のアメリカの少年が、日本国内に攻めいり、重要な施設を破壊し、日本の戦力を大きく削いだからだった。
その少年に名前はなかった、アメリカ軍ではInfinityと呼ばれていた。
西暦1998年、前大戦時勝国は日本軍側を圧倒し、第三次世界大戦は幕を閉じた。その影には、インフィニティ、彼の存在がはっきりと示されていた。
西暦2008年春、桜の花びらがゆらゆらと舞う道を、二人の男女が歩いていた。
「高校生か、なーんか制服違うと違和感あるよなぁ」
灰色のスラックスをはき、白いYシャツの上にブレザーを羽織、ネクタイをつけてる少年が、隣の少女にそう呟く。
身長は160程、髪は黒くて短めでさっぱりしている。肌は白めで、一見貧弱そうに見えるが、実際に筋肉もあまりついていない貧弱君だ。
「そうかなぁ?私は新鮮でいいとおもうけど」
青いスカートをはき、白地で襟や袖の部分に青の模様が入ってるセーラー服を着ている少女は、隣を歩く少年にそう答える。
身長は150あるかないか、髪は色素の薄い黒・・・どちらかといえば茶色よりだろう。髪は長めで、今は後ろで一本に縛り、ポニーテールにしている。小柄で細いので、実際の身長よりは小さく見える。
「新鮮か・・・慣れればそれもなくなるだろうけどな」
少年は何かを思い出すかのように、歩きながら晴れ渡っている空を見る。桜の花びらが、空を流れている。
「そうだけど、やっぱりそーゆうのって大切にしたいと思わない?」
「・・・そうだな。ま、服が変わっても楓の中身は何も変わらずがきだもんな」
真剣味のあった顔を崩して、隣の楓と呼んだ少女に笑いかける。
「月夜に言われたくないよ、私よりよっぽど子どもだもん」
呆れ顔で隣の月夜と呼んだ少年を見る。
「育つところもろくに育ってないやつにいわれたくな・・・」
「何か言った?」
重々しいオーラを放ちながら笑顔で言う楓、もちろん目は笑ってなかった。
月夜はとっさに走り出した、だって殴られるのは誰だってごめんだからだ。
「ほら、さっさと行かないと遅刻するぜ!」
「待ちなさーーーーい!」
二人が走り去った後も、桜の花びらはゆらゆらと舞っていた。
「そうか、分かった・・・いつでも軍を動かせるようにしておきたまえ」
暗い部屋に二人の男がいた。一人は椅子に座り、もう一人の金髪の青年はその横に立っていた。
「また、戦争がおきるんですか?」
「分からんよ・・・しかし、厄介なことになってるのは確かなことだろうな」
椅子に座ってるいる男は、さっきまで話していた電話を置き、横に立つ男にそう返答する。
「どうしてあの国は戦いたがるのですかね・・・」
立っている男は溜め息をつき、頭を悩ませる。
「分からんよ。だが、やるからには負けるわけにはいくまい・・・あちらの首尾は任せたぞ」
「はい、お任せください・・・それでは失礼します」
立っていた男は一礼をし、部屋から出て行った。
「国を護るために多くの国民を犠牲にするなど、とんだ皮肉だな・・・」
男は一人、そう呟いていた。
春の日差しを受けながら、窓際の席に座っている月夜は物思いにふけていた。
平和だよなぁ・・・平和、か
窓の外を見れば、どこでも見れるような風景が広がっている。家々が建ち並び、木々はそよ風をうけてそよそよと揺れている。
あの頃とは大分違うこの景色を、月夜はいつ見ても好きだった。
(ずっとこのままなら・・・いいのにな)
「月夜くん」
「え?」
とっさに声をかけられ振り向くと、そこには先生が立っていた。
「暖かくて気持ちが緩むのは分かるけど、今は授業中ですよ?」
「あ・・・すいません」
クスクスと笑う声がクラスに響く。月夜は少し赤くなって、教科書を広げた。
いまだに桜の花びらが舞う帰り道を、月夜と楓は歩いていた。
「もう月夜ってば、何ぼーっとしてるのよ」
月夜の隣を歩く楓が、からかうように言う。
「窓際は暖かいんだからしょうがないだろ・・・気づいていたなら楓が言ってくれればいいのに」
楓と月夜は同じクラスになり、席も隣同士だった。
「私は月夜の保護者じゃないもの」
「いつもは何かと口出してくるくせにな・・・」
ぼそりと呟く月夜。
「何か言った?」
「いや、なんも」
二人は幼い頃から一緒で、今でも仲良くやっている。いわゆる腐れ縁と言うやつだろう。
不意にうるさい音が聞こえ、それは徐々に大きくなっていった。上を見上げて楓が月夜に言う。
「月夜・・・あれ」
「ああ、飛行機だね」
その飛行機はうるさい音をあげているので、見ないでも分かる。
「うん・・・また、戦争・・・なのかな?」
「あのなぁ・・・飛行機が飛んでるからってなんでも戦争にするなよ」
楓は少し震えている。
「だって・・・月夜にも分かるでしょ?」
「分かるけどさ・・・」
戦争により親を亡くし、孤児として育ってきた楓には戦争に関わる全てのものが恐怖の対象だった。
同じく孤児として育ってきた月夜だが、彼にはまた違ったある種の恐怖があった。
「ほら・・・帰ろう」
止まって震えている楓の手を握り、月夜は歩き出す。
「うん・・・」
そのまま少し歩くと、楓が少し笑ってぽつりと言った。
「月夜は、本当に変わらないね」
「ん?どういう意味だよ」
「子どもの時から、私が震えてる時は手を握ってくれたよね」
「なら楓も全く変わってないってことだよな」
「そうだね」
月夜は少し赤面しながら、楓は穏やかな笑顔のまま、二人は手をつないで帰っていった。
月夜と楓が帰ってくる少し前、一軒の家の前に黒塗りの車が止まった。
いかにも怪しげな車から降りてきたのは、いかにも怪しげなおっさん・・・ではなく、20代中盤に見える好青年だった。
金髪で顔立ちはいかにも優男といった感じだ。
「ここにいるのか・・・あいつは」
昔を懐かしむように頬を緩め、一瞬笑顔を作るが、すぐに表情を変える。
(懐かしんでる場合じゃないか、この任務の成否によって、祖国の運命が大きく変わるのだから)
ジャケットの内ポケットに入っている銃を握り、気持ちを落ちつかせてから男はドアの前の呼び鈴を鳴らす。
数秒たった後、「今行きます」と、ドアの向こうから老人の声が返ってきた。
「どちらさまでしょうか?」
ドアを開けて出てきた老人は、柔和な笑顔を浮かべ、優しく微笑んでいる。
「こちらに、月夜という少年がいるでしょう?」
柔和な笑顔を崩さないまま、しかし目つきが少し鋭くなった老人が答える。
「なんの御用でしょうか?」
男は単刀直入に言った。
「彼にお会いしたい、今はいますか?」
「残念なことに・・・月夜は今学校に行っております。あと少しで帰ってくるとは思いますが・・・良ければあがっていってお待ちになりますか?」
老人の顔からは本意は読み取れない、だからなおのこと、青年はそれを断った。
「いえ、日を空けてからまたお邪魔させてもらいますよ。月夜には``兄が来た、、 とおっしゃっていただければ結構です」
初めて驚くような顔を見せる老人、青年はそれ以上何も言わずに車へと戻った。
「時間がないというのに・・・あの御老人、なかなか隙がないじゃないか」
戦場で敵と対峙したような感覚をひきずったまま、青年は車を発進させていった。
「ただいま」
「ただいまー」
月夜と楓が家に着くと、家の中はしん、と静まり返っていた。
「あれ?父さんとみんなはどこいったんだろうな」
「さぁ?散歩にでも行っちゃったのかな」
二人は各自自分の部屋に戻り、鞄を置いて着替えてから庭に出た。
後から来た楓は、先に庭に出ていた月夜が、固まっている様子を見て不思議に感じた。
「どうし・・・きゃー!」
楓はとっさに大声をあげた。
「そんな・・・なんで、こんな」
月夜も言葉がうまくつながらない。
庭に広がっていたのは、老人によって拾われた孤児達の死体だった。
「ど・・・どう・・・して?」
楓はその場にへたり込んでしまい、がくがくと震えている。
「分からない・・・俺にも分からないよ」
月夜の頭に、思い出したくない過去が鮮明によみがえる。
血まみれになって倒れている人々、辺り一面壊し尽くされ、そこにただ一人・・・立っていた自分の姿を。
「みんな・・・みんなぁぁ」
楓と月夜にとっては、老人に拾われた孤児達は自分の兄弟のようなものであった。親は違っても、彼らは同じ戦争の被害者として一緒に歩んできた。それが今、無残に全てが壊されていた。
「竜彦・・・春子・・・みんな・・・」
出来ることならみんなの側に駆け寄りたい、二人はそう思っても体が動かなかった。涙が重力に引かれ、ただ流れ落ちる。
「月・・・夜・・・」
「!?」
月夜と楓は微かに声がした方を振り向いた。
「父さん!?」
「ぱぱ!?」
月夜は座り込んでいる楓を支えて立ち上がらせ、一緒に走った。
声の方に向かうと、茶室と呼ばれているその部屋から声が聞こえた。二人は顔を見合わせてから、ゆっくりと頷いて部屋の障子を開けた。
「父さん!大丈夫!?」
「あっ・・・あぁぁぁ」
そこにいたのは、腹部から血を流し倒れている老人だった。
「月夜・・・楓・・・二人とも・・・無事だったようだね」
喋るのも辛い、といったような声を絞り出す老人。
「すぐに、病院に・・・」
「いい・・・もう助かりは・・・しないよ」
「そんなの・・・やだよぱぱぁ!」
楓は老人に駆け寄り、手を握り締める。
「何が・・・何があったんです・・・?」
「歳は・・・とりたくないものじゃな・・・睡眠薬でも・・・使われたんじゃろうて・・・子ども達は・・・子ども達は無事かのう?」
二人はつい黙ってしまった、はっとして、とっさに月夜が言った。
「ええ、みんな無事です・・・少し怪我をしてしまって・・・今手当てをしていますよ」
「月・・・」
月夜は楓の口に手を当てて塞いだ、そしてその手で人差し指を一本立てた。
「そう・・・か・・・良かった・・・よか・・・」
楓が握るその手がどんどん冷たくなっていく。
「ぱぱぁ!」
「・・・つき・・・や」
最後の力を振り絞るように老人は言った。月夜はそれを聞き逃さないように耳を近づける。
「おにい・・・さん・・・が・・・きた・・・よ・・・」
「兄貴が・・・?」
「・・・・・・・」
「ぱぱ・・・?ぱぱぁぁぁ!」
老人は安らかに微笑み、そのまま動かなくなった。月夜は深々と礼をした。
「父さん・・・今までありがとう・・・」
「ね・・・月夜」
「・・・何?」
月夜は庭にみんなのお墓を作り終え、大分暗くなった庭で椅子に座って楓と虚ろな瞳でそれを見ていた。大小、8本の枝がささっている。
「ごめんね・・・私手伝えなくて・・・」
「・・・しょうがないよ、男の俺だってきつかった」
人が入る穴を掘って、そこに一人ずつ埋めていく。それ自体が重労働だというのに、兄弟みたいなものだった彼らの無残な死体を、楓が耐えれるわけがないのだから。
「また・・・私一人ぼっちになっちゃったよ・・・」
「一人じゃないよ・・・俺がいる」
月夜も心に相当の傷を負ったが、楓の前では気丈に振舞うように心がけた。
「月夜・・・」
楓は横に座っている月夜に寄り添った、その小さな体は震え、月夜の腕にしがみついている。
「何があっても・・・楓は俺が護るから・・・」
「うん・・・うん・・・」
(楓を護るためなら、また過去の自分に戻ることになったとしても、かまわない・・・)
そう、心に強く誓った月夜だった。
「今日は色々あったから・・・もう寝ようか?あ、それとも、何か食べる?」
月夜の部屋に二人はいた。時刻はもう11時をまわっており、お互い疲れ果てていた。
「いい・・・食欲ないから」
楓はふるふると首を振る。楓はあれからずっと、月夜の腕にしがみついたまま、じっとしている
「楓・・・」
月夜は楓にかける言葉がなかった。むしろ、彼にはその権利がなかった。
「私達も・・・死んじゃうのかな・・・?」
魂の抜けたような言葉を、ぽつりと呟く楓。
「俺が護るって言っただろ・・・」
「うん・・・でも、私を護るために死んじゃだめ・・・だよ?」
「死なないよ、かえ・・・」
月夜は不自然に言葉を区切った、楓は月夜の顔を覗き込む。
「・・・何?」
「なんでもないよ」
(楓の泣く姿は、見たくないから・・・。なんとなく、気恥ずかしくて言えないな・・・。)
「ご飯はともかく、睡眠はとらないと・・・体もたないよ?」
多少の気恥ずかしさから話題を変える月夜。
「寝るなら・・・ここで寝る」
「ここで・・・?」
「一人は嫌なの・・・」
「分かった・・・じゃあ布団は楓が使えよ」
不安な気持ちの楓を、月夜は一人で部屋に帰す気にはなれなかった。何より、何が起きてるか事態がつかめない今は、側にいることが一番安全なのだから。
「うん・・・月夜は?」
「俺は服でも被って寝るさ」
「それじゃ悪いよ・・・」
「だからって一緒の布団で寝れないって・・・俺のことは気にするなよ」
申し訳なさそうな顔をする楓。
「ごめんね・・・おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
楓は布団に入って横になる。楓が寝付くまで、彼女の泣き腫らしてしまった瞼を切なそうに見つめ、月夜はずっと側で手を握っていた。
「寝ちゃったか・・・あれだけ色々あったら誰でも疲れるか」
月夜は適当な服を選んで、自分の上にかける。楓とは距離を置いた場所に横になって、今までの事を頭の中で整理しはじめる。
(あれだけの人間が殺されたのに、家がほぼ無傷・・・単なる殺人鬼の犯行とは思えないし、やっぱり軍・・・なのかな)
自分の知らないところで起きた事態に、歯がゆく思い、頭をかきむしる。それらのこともあるが、実際月夜が一番引っかかっていたのは・・・。
(父さんが最後に言っていたあの言葉・・・兄貴、か。)
どうしてもその一点が引っかかっていた。
月夜の覚えている限りでは、あの人はあんなことをする人ではない。だがしかし、それならなぜ今頃になって日本に来たというのだ?
その一点に説明がつかず、月夜は悩んだ。そしていきなり、自嘲気味に笑った。
「あんなことがあったのに、どうして俺はこんなに落ち着いているんだろうな・・・」
楓のため?もちろんそれもある、でも何よりも決定的に彼女と違うことがある。
「俺は人間なのかな・・・?誰か・・・教えてくれよ」
月夜の小さな呟きは、暗闇の中に溶けて消えた。
「どうしたんだ?××」
「海を見てるんだ」
座っている黒髪の少年の隣に、話しかけた金髪の少年が座る。目の前には夕焼けに照らされ、金色に輝く海が見える。
「相変わらずだな、最近は調子どうなんだ?」
「どうでもない」
質素な答えしか返さない少年にあきれる様子もなく、金髪の少年は話かける。
「お前も大変だよなぁ」
「別に」
はは、と金髪の少年は笑う。
「海を見ているのもいいけど、そろそろ仕事の時間だよ」
「分かった」
金髪の少年は立ち上がり、「先行ってるよ」と言い残して去っていった。
「ただ、壊せばいいだけ」
その瞳には光がなく、暗い暗い闇を封じ込めたかのような瞳をした少年。
「そう、それだけ」
少年は立ち上がり、海に背を向けた。
「なかなか・・・最悪な目覚めじゃないか」
いつの間にか寝てしまっていた月夜は、さっきまで自分が見ていた夢を思い出した。今とは全く違う、遠い過去の話を・・・。
それから逃れるように、月夜は頭を振った。そして、布団の中でいまだに寝ている楓の寝顔を眺める。
「楓・・・」
(ごめんな・・・本当は、俺に君を護る権利なんてあるはずもないのにな・・・)
苦々しい思いを心に宿したまま、月夜は立ち上がる。
さすがに学校に行く気にはなれないので、せめて顔ぐらいは洗おうと部屋を出る。
その時、家の呼び鈴が鳴った。とっさに身構えてしまう月夜。
「朝から・・・誰だ?」
警戒をしたまま、玄関から声をかけてみる。
「どちらさまですか?」
ドアの向こうからは、月夜にとって懐かしい声がした。
「昨日訪ねてきた者ですが、月夜くんはいますか?」
数秒の間、月夜はどうしようかと戸惑ったが、迎え入れることにした。ドアを開けると、金髪で優男風の男が立っていた。
「久しぶりだね・・・兄貴」
金髪の男は驚いた顔を見せた。
「ああ、久しぶりだなティー・・・いや、今は月夜だったな」
月夜は相手をとっさににらんでしまう。
「何の用で来たの?」
「それは追々な・・・中にあがってもいいのかい?」
月夜はあがっていい、と仕草で示し、男に背を向けて歩き始める。
「つれないところは変わってないな」
男は苦笑しながら、その後ろについていった。
月夜は庭にある椅子に腰をおろし、相手に隣の椅子を勧める。
「これ・・・お墓か何かか?随分数があるけど」
男は椅子に座り、少し前にあるお墓に目をやる。
「ああ・・・昨日俺が作ったんだ」
「昨日・・・?何かあったのか?」
男は怪訝そうな顔で月夜を見つめる。
「俺らがいない間に、一家惨殺・・・っていう感じかな」
月夜は隣に座っている男に目を向ける。
「本当なのか・・・?なんだその目は、言っとくが僕は何もしていないぞ。・・・ということは、昨日の老人も死んでしまったのか?」
月夜はお墓に目を戻し、哀しそうに頷く。
「そうか・・・くえない老人ではあったが、いい人そうだったのにな」
「父さんは、元軍人だからね」
自分が拾われた時のことを思い出す。その時彼は、軍服をまとっていた。
「何があったのか知らないけど、こちらもあまり時間がなくてな、用件だけは伝えておく」
男は少し間をあけてから、切り出す。
「軍人としての僕・・・ランス=レンフォードは、君を我が軍に復隊させるために来た」
「断ると言ったら?」
月夜は、かつて兄と慕った軍人、ランスに向けて冷たい視線を投げつける。
「その時はもちろん」
ランスはゆっくりとした動作でジャケットの内ポケットから銃を取り出し、月夜に向ける。
「こういうことになるな」
自分に向けられた銃を、月夜はまるで他人事のように見つめた。
「やっても無駄だってわかってるだろ?そんな子どものおもちゃじゃ、俺は殺せない」
「はは、分かってるさ。こういうのは形が大事だろ?」
笑いながら、ランスは内ポケットに銃を戻す。
「また日本軍に動きがあってね・・・近いうちに戦争になるかもしれない、君の母国がまた焼かれることになるかもしれないんだ」
「あんな国、母国でもなんでもないさ」
月夜は吐き捨てるように言う。
「じゃあこの国が、今の君には大切なのか?」
月夜は少し考え、口を開く。
「俺に大切な国なんてないさ・・・ただそれでも、護りたいものはある」
「そうか・・・しかし、お前も大分変わったな」
今までの重々しい口調を切り捨て、ランスはとってかわった様に口を開く。
「大分喋るようになったし、感情も豊かになったんじゃないか・・・あの頃は、護りたいものなんてなかっただろ?」
「まあね、誰一人何も教えてくれなかったしね・・・兄貴以外は、さ」
月夜は、険しくなっていた表情を緩め、過去を懐かしむかのように笑う。
月夜にとっては思い出したくない過去のほうが多いが、兄、ランスとの思い出は別だった。
「最初は、単なる興味本位で話しかけただけだったんだけどな・・・でも質素な態度とられると、そいつと仲良くなりたいってなんとなく思わないか?」
「普通思わないと思うよ、兄貴がマゾだからじゃない?」
「誰がマゾだ誰が・・・外れてもいないが」
二人は、はは、と笑い合う。国とか軍人とか関係なしに、二人の間には絆みたいなものが確かにあった。
二人が話し合っていると、ドタドタ、と家の中から音を響かせて少女が一人走ってきた。
「月夜!どうして起こしてくれなかったの、遅刻しちゃうじゃ・・・ってあれ?」
飛び出してきたのは、言うまでもなく楓だった。
「お客さん?」
ランスに気づき、言葉を止めて彼を指差す。
「初めまして、ランス=レンフォードです。一応月夜の兄をやってます」
「血つながってないけどな」
ぽつりと呟く月夜、横から「言うな言うな」と笑いながらランスにつつかれる。
「初めまして、楓です。それより月夜、学校行かないと!」
昨日のことなど忘れたかのような楓の振る舞いに、月夜は少し違和感を覚えた。
「俺は今日は行く気ないかな・・・」
「どうして?・・・あっ」
楓は二人がいる場所より少し奥のお墓に目を留めた。そしていきなり、へたり込んでしまう。
「夢じゃ・・・なかったんだよ・・・ね」
力なく呟く楓は、糸の切れた操り人形のようだった。
「ああ・・・夢なら、どれだけ良かったかな・・・」
しんみりとする雰囲気の中、突如玄関の方から爆音が響いた。
「なんだ!?」
三人そろって音がした方を見やる。だがしかし、庭からは玄関の様子は見えない。
「最悪の事態っぽいな」
「・・・そうだな」
微かに漂う火薬の匂いをかぎ、月夜とランスはなんとなく状況を把握する。
「何・・・?何が起きてるの・・・?」
一人状況が分からなくて立ち尽くす楓の腕をつかみ、月夜は駆け出す。
「逃げるよ!兄貴も早く」
「分かった。全く・・・これだから日本は好きになれない」
三人は庭の垣根を乗り越え、家とは逆側に走る。
走り続けてから5分程、今まで月夜に腕をひっぱられて走っていた楓が、足を止めた。
「楓?どうしたの・・・」
「分からないよ・・・もう何がなんだかわからないよ!」
楓はその場に座り込み、泣いてしまう。
「無理もない話だな・・・彼女は僕らとは違うんだから」
楓を必死で泣き止まそうとする月夜の横に立ち、冷静にそう言い放つランス。その顔つきは兄としてではなく、軍人としての彼だった。
「分かってる!でも、今は逃げないと」
「自分だけが助かりたいのなら、彼女を置いて逃げればいい」
「・・・本気で言ってるのか?」
立ち上がり、兄を・・・ランスをにらみつける。
「ならどうするんだ?逃げないで、ここの全員が無事に助かる方法なんて一つしかないだろ?」
月夜の中で何かが切れた、ランスに向かい、その拳を振り上げる。
しかし、その拳はするりとかわされ、逆に足をひっかけられて派手に転ぶ。
「甘いんだよお前は、力があるのならなぜ戦わない?護りたいものがあるならなぜ逃げる?」
上から見下ろし、そう強く問いかける。
「・・・分かってるさ」
小さく呟く月夜。
「そんなこと分かってんだよ!生きるためには、護るためには戦わないといけないってことを!」
あの頃の自分には、生きるための戦いなんて知らなかった、護るための戦いなんて分からなかった。それを教えてくれたのは父であり、兄弟たちであり・・・そして楓だった。
遠くから何人かの声が聞こえる、追ってきた連中が近づいてきていた。
「月夜・・・」
最初は泣いたまま二人の行動を見ていた楓だったが、立ち上がって月夜に手を差し述べていた。
「ごめんね・・・ついて行くから・・・理由は後で話してくれればいいから・・・」
まだ震えが残ってる楓だったが、彼女なりに強く言った。
「だから、そんな哀しそうな顔をしないで」
ランスは暖かい目でその光景を見ていた。そしてある決心を決めていた。
追ってきたやつらの声はもうすぐそこまで来ている。今から逃げるの間に合わないだろう、と思いつつも、月夜は楓の手をとり立ち上がった。
「うん・・・逃げるよ!」
二人は声の聞こえる方の逆に走ろうとした。しかし、ランスはその場に固まったままだった。
「ランス?」
「さっさと行け、ここは僕がなんとかするさ」
軍人としての冷たい雰囲気の中に、一片の暖かさ・・・兄としての優しさを彼は醸し出していた。
「ランスさん・・・」
「楓ちゃん、月夜を支えてやってくれよ?」
「兄貴・・・」
「ほれ、さっさといきな」
手で追い払うような仕草をして、二人に背を向ける。
「ごめん・・・ありがとう!」
二人は駆け出した。二人の足音を背中で聞きながら、僕も甘いな、と小さく呟きを漏らしていた。
肉眼で確認出来た3人が、二人一組、そして残り一人と分かれた。
「隊長、やつらは二手に分かれたようですが?」
一番前を走る隊長と呼ばれた男に、その後ろからついてきた男が問いかける。
「気にするな、狙いは一人だ。そちらを優先的に追う」
「了解しました」
軍服姿の男たちは歩を緩めずに走り続けた。
家と家の間、横幅1mもないすきまに飛び込んだランスは、一人息を殺していた。隠れる意味はなかった、ランスがこの場所に飛び込んだのはもう相手には見えていたからだ。
「さて、二分の一だ・・・いや、もう少し分は悪いかな?」
冷静にそう呟くランス、右手には銃を持ち、家と家のすきまから通りに狙いを定める。左手には、手のひらサイズの黒く縦長の丸いものを握り締めていた。
足音が近づいてくる。ランスは一瞬の緩みも見せずに、一点だけを見つめる。
数秒後、すきまから男を一人肉眼でとらえた瞬間、ランスの指は動いていた。
「ぐあ!」
突如後ろから上がった声に、一番前を走っていた男は振り向いた。
「何が起きた!?」
自分の後ろを走っていた男が一人、わき腹から血を流してしゃがみこんだ。
「撃たれたか・・・くそ、今は見逃してやろうと思ったが、やはり殺すしかあるまい」
男たちは先ほど金髪の男が逃げ込んだすきまに近づいていった。手には、ナイフや銃をにぎっていた。
標的を追うことに冷静さを欠いていた彼らには、男が撃たれた瞬間にすきまから投げられた小さな黒い物体には気づくことができなかった。
ランスは、入ってきた通りとは逆方向に全力で走っていた。間もなく、後ろから爆音が聞こえる。
「やっぱり狙いは月夜だったか、やれやれ」
昨日のことも今日のことも納得がいったという様に頷き、ランスは走り去っていった。
「また爆発・・・?兄貴・・・」
走りながらも自分の兄を心配する月夜、そんな月夜を励ますように、後ろから楓が声をかける。
「きっと大丈夫だよ、月夜のお兄さんなら」
「うん・・・」
今は逃げることを優先としている月夜には、他のことを考える余裕もそこまではない。
「ここの通りを抜けて森の方まで行けば、身を隠すところはたくさんある。そこまでがんばれる?」
「うん」
いまだに目が赤い楓だったが、しっかりと月夜についていく。
走り続けて20分程、辺りはさっきまでいた町ではなく、光りがうっすらとしか届かないような森の中だった。
「ふぅ・・・ここに来るのも久しぶり、かな」
(こんな形でまたここに来るなんて・・・皮肉としか言えないな)
「はぁ・・・久しぶりだね」
肩で息をつきながら、楓もそう答える。
「あの洞穴まだあるかな・・・?」
月夜はそう言いながら、楓の手を握って歩を進める。楓のことを気遣って、走らずに歩いた。
「ここは変わらないね・・・あの頃と同じように」
「だね、俺らが変わりすぎたのかもね」
環境も状況も・・・そして二人自身も、時の流れにより変わっていた。
「あったあった」
月夜は洞穴を見つけ、自然と笑顔がこみあげてくる。
「懐かしいなぁ・・・」
楓も顔を綻ばせ、頷く。
「入り口、こんなに小さかったんだね・・・」
「あの時は大きく感じたのにな、ってゆっくりしてる場合でもないか」
月夜は慎重に洞穴の中へと入っていく、楓もそれに続き入っていく。
「足元危ないから注意して・・・ってうわ」
楓に注意を促す最中に、月夜が岩につまずいて転びそうになる。
「月夜は全然変わってないね、前も同じことしてたよね」
笑いながら足元に注意し、ゆっくり歩を進めていく二人。
「ん、一番奥まで来たみたいだね」
今までの狭い洞穴の中とは若干違い、多少開けた場所に二人は出た。
「いつも思うよね、どうしてここだけこんなに広がってるんだろう」
「さぁ?人間が手をつけた後もないし、自然になったんじゃないか?」
二人は開けた空間の最奥にある岩に腰をかけた。岩の割にはあまりとがってはいなく、椅子に近い形をしている。
「みんなのこと、思い出しちゃうね・・・」
しんみりと、そしてせつなそうに楓は呟く。
「そうだな・・・父さんがよく、連れてきてくれた場所だもんな」
「でもここは、二人の秘密だったよね」
「うん・・・」
なんとなく気恥ずかしげに頷く月夜。二人にとって、一番の思い出の場所はここだと言っても言いすぎではないものだったからだ。
楓が一呼吸置いてから、切り出した。
「月夜は、なんでこんなことになったのか知ってるの?」
「完全に理解してるわけじゃないけど、なんとなく予想はつくよ」
月夜は説明するのをためらった。予想とはいえ、自分のせいでみんなが犠牲になったなど楓には言いづらいことだった。
月夜は少し間を空け、決心したように口を開く。
「父さんやみんなを殺したのは、多分日本軍なんだと思う。違うとしても、それに関係する何かだと思うんだ」
「どうして・・・?どうして日本軍に日本人の私たちが殺されなきゃならないの?」
「俺が・・・俺の、せいだから」
その呟きはか細くて消えてしまいそうなほど小さかった。しかし、しっかりとその言葉は楓に伝わる。
「月夜のせい・・・?そんなわけないよ!月夜は・・・だって月夜は・・・」
「初めて会ったときのこと、覚えてる?」
月夜はいきなりそう切り出し、楓を混乱させる。
「え?・・・覚えてるけど、それがどうかしたの?」
月夜は哀しそうに顔をゆがめ、自嘲気味に笑っている。
「じゃあ俺らの初めての出会いは、いつだった・・・?」
「何・・・言ってるの?月夜がぱぱにあの家に連れてこられた時でしょ?」
「違うんだ、違うんだよ楓」
月夜は片手で顔の半分を覆い隠し、わなわなと震えている。
「出会わなければ良かったんだ、そうすれば楓は幸せでいられたかもしれないんだ!」
月夜の脳裏にあの時のことがよぎる。
「どうしたの月夜?変だよ・・・!」
狼狽する楓を見つめ、月夜は言った。
「辺り一面焼け野原の風景を、今までそこが町だった場所の風景を俺は覚えてる。一人の子どもを抱き締めたまま、死んでしまった女性も覚えてる。・・・その子どもがなんで生き残っていたのかはわからない、でも泣いていたんだ、とても・・・哀しそうに」
「・・・嘘、だよね?」
「子どもは俺に言ったんだ。人殺し、ままとぱぱを返してよ、って・・・」
「もうやめて!・・・そんなの聞きたくない!」
月夜は最後に、消えそうに呟いた。
「俺は・・・人間じゃないんだ」
楓はほほを涙で濡らし、耳を塞いで顔を振る。月夜の瞳は、もう誰も見ていなかった。見ることが出来なかった。
私は幸せだった。裕福な家に生まれたわけでもなく、貧しい暮らしを日々送っていたが、優しいぱぱやままに育てられ、毎日が幸せだった。
自分の人生が全て変わってしまうなんて、あの時の私には理解していなかった。
ある日、警報が私の住んでいる町に流れた。その警報は空襲などの時によく使われるもので、私はその音がすごく嫌いだった。
戦争なんてなくなればいいのに・・・。その時の私はずっとそう思っていた。
ままが私を抱き上げて、家の地下に作られていた防空壕に逃げようとした、その時だった。
さらさら、と川の水が流れるような、そんな音が聞こえた。そして、一瞬にして私の視界は真っ白に染め上げられた。
「何が・・・起きたの?」
真っ白になっていた視界が開き、外に広がっていた世界が私の目に入ってきた。そしてその世界は全てが・・・なくなっていた。
地面と空以外何もない世界。近くにあった公園、お友達の千代ちゃんの家、私が住んでいた町・・・全てが、なくなっていた。
「どう・・・なってるの?」
その時5歳だった私には何も分からなかった。いや、きっと今でも分かっていないままなんだと思う。
呆然としていた私を現実に戻したのは、上から垂れてくるドロリとした何かだった。私はおそるおそるさっきまで私を抱き上げていたままを見上げる。
そこには、頭から血を流して動かなくなったままがいた。
「ま・・・ま・・・?」
何が起きてるのか分からなかった。がくがくと震えながら、体を動かす。ぴちゃり、と血が体にまとわりつく。全身から血を流していたままの血だった。
私は半狂乱になって、言葉にならない声をあげた。
「やっ・・・ひぐ、あぁぁぁぁぁ!!」
涙が込み上げ、その恐怖から逃げるように私は叫び続ける。全てが怖かった、全ての現実から逃げ出してしまいたかった。
狂ったように叫ぶ私の前に、私と同年代ぐらいの男の子が空から降りてきた。実際に空から降りてきたのか、歩いてきたのかは、正常じゃない私には分からなかった。
「全部壊したはずなのに・・・」
無感情に、無表情にそう呟く少年の姿は、私の目には悪魔に見えた。実際その少年は黒い羽を生やし、底の見えない黒い瞳で私を見ていた。
「ひ、人殺し!私のままとぱぱを返してよ!!」
私はとっさに叫んでいた。恐怖におびえつつも、震える声が勝手に出ていた。
「まま?ぱぱ?」
少年は聞いたことのない単語の様にその言葉を口にした。少年は不思議そうに、壊れてしまったおもちゃを見るような目つきで私を抱き締めているままを見る。そして再び私の方に視線を戻し、少年は問いかけてくる。
「それがままとぱぱ?」
私は声が出なかった。少年の言っている意味が分からなかった。だから、私はその少年をにらみつけた。それしか出来なかったから。
「変なやつ、でも初めて、すぐに壊れなかったやつ見た。だから、お前壊さない」
無機質に響くその声が、私には人でないものに聞こえた。
「仕事終わったから帰る、また」
言いたいことを一方的に言ってから、その少年は帰っていった。私には何が起きたのか全く分からなかった。それからばらく、その場で呆然としていた。
国とか軍に対する微妙な表現とか出てきますが、パラレルワールド内なのでその辺は・・・気にしないであげてください(つωT)
というか最初の連載進めてないのに何やってるんだろ私_| ̄|○