消極的円満婚約破棄
婚約破棄もの楽しいです。
さらっと書いたので、色々と至らぬ部分が目立ちます。お目汚し失礼します。
目を覚ました瞬間、世界がまるで違って見えた。
部屋は明るく、毛並みの長い絨毯は日の光を受けてきらきらと輝いている。寝ていたベッドはふかふかで、羽毛布団のように柔らかい。着ているものだって触り心地のよいシルクの肌着。
なんだこれ?
そう思う私と、これが当たり前だと思う私がいて、少し混乱した。一度目を閉じて、深呼吸すれば、思い出す。私はラヴィエラ・コーレンド。侯爵家の娘であり、前世(異世界というべきか)の記憶によれば、あるゲームに出てくるライバルキャラである。
思い出した記憶をどうにか整理して、まず考える。さて、どうするべきか。
脳内で自問自答する。
その記憶によれば、半月後の国主催の夜会で、私は婚約者である王子殿下から婚約破棄されるらしい。理由はヒロインである男爵令嬢を苛め抜いたから。他にも私の家の不忠(理由は思い出せなかった)によって、家ごとお取り潰しになるのだ。
それは困る。
私は侯爵家の娘だ。この国に仕えるために生まれ、育ってきた。最も忠義な家としてコーレンドは知られているのだ。その家が不忠を働いた、などとそしられるのは我慢ならない。
正直、王子が好きかといわれると、そんなに燃え上がるような思いは抱いていない。ただ、かの人が将来王家の一員として働くときにそれを少しでも支え、重荷を分かち合えればいいとそう思っていた。
…前世の知識がささやく。それはお前、むしろ母や姉の心情ではないか、と。
まぁ、それはともかくとして。今私がすべきは、没落回避である。
すでに件の男爵令嬢には、相手の身分を考えた行動をとるように、と再三の注意を行ってしまった。前世の知識的に言えば、物証を握られているに等しい。
婚約破棄はまぁ仕方ないとしても、没落は回避したい。
そうするには、どうすべきか。
私は、一冊の本を取り出した。何度も何度も読み込まれたせいで擦り切れた絵本。
その表紙を撫でながら、これでいこう、と小さく笑った。
「――お嬢様、殿下より手紙が」
ああ、神様。あなたはまだ私を見放してはいらっしゃらない。
**********
「――どうぞ」
「ありがとう」
上品に微笑んで、王宮付きの侍女が淹れた紅茶を手に取る。そうして、一口。
これ以降は口にできないので、一口をかみしめて味わう。侍女が立ち去ったのを確認して、補助魔法を展開した。使うのは保温と疲労回復、防音の三つ。それらが展開したのを感じ取ったのか、私についてきた侍女、フレイアが嫌そうに顔を顰めた。
「あの侍女さん、にやにやしてましたよ」
「そうでしょうね。侯爵令嬢がすっぽかされる、なんて面白い話のタネでしかないもの」
「それで、お嬢様。どういった作戦なんです?」
フレイアは私の護衛侍女だ。護衛侍女とはその名の通り、護衛と身の回りの世話を兼ねる侍女のこと。言い換えれば腹心の部下。
「どうやら、私、婚約破棄されるようなの」
「…ようやく気付かれたようで」
二人きりになるとフレイアは途端に容赦がなくなる。私は笑ってしまった。
「ふふ、私、やっぱり鈍いのねぇ」
「まぁ、無理ありません。お嬢様は王宮での妃教育のためにお忙しくしていましたし、お嬢様の心証を悪くする話をわざわざ耳に入れたがる人もおりませんから」
その通りだ。私は静かに頷いた。
「それはそれで困るわね。もう少し情報収集を行うべきだったかしら?」
「是非ご検討くださいませ。それで、何をなさるのです?」
フレイアの目は至極楽しそうだ。私もまた、静かに笑う。
「私の『覚悟』を美しく訴えようと思って」
フレイアは首を傾げた。彼女にはあらかじめ、今日の王子からの呼び出しはすっぽかされるに違いないと告げてあったせいだろう。
「どうやって訴えるのです?殿下はいらっしゃらないのですよね?」
「訴えるのはね、殿下にではないの。この王宮にいるすべての人に、私の覚悟を見ていただくの。鉄のクラウブレンの物語は知っていて?」
「無学で申し訳ありません」
「ふふ、知らなくても問題ないわ。古い、おとぎ話よ」
長丁場になるのだ。少しのんびりと話そう。
鉄のクラウブレン。それは昔々の物語。ある悪い魔法使いが王と王妃に呪いをかけた。呪いを解く方法を従者のクラウブレンは知るが、それを誰かに告げたら、体が鉄に変わってしまうのだという。その上呪いを解くためには、気狂いのようなことを王と王妃の前でしなければならない。それでもクラウブレンは呪いを解いた。
そうして、彼は呪いを解くためにやった行いのために裁判にかけられてしまう。
「最後に、申し上げたいことがございます」
そうして、すべての真実を話し、彼は鉄へと変わってしまった。
嗚呼、哀れなクラウブレン!
彼の忠義を忘れぬよう、今でも王国の玉座には鉄の剣が飾られる。
「…なんというか、面白みのない話ですね」
ばっさりとしたフレイアの感想に私は笑ってしまうのを堪えた。視界の端では侍女が別のところに向かうのを装って私たちをうかがっていたから。
「それはそうよ。これは要は、貴族に対して忠義を貫けという趣旨なのですもの」
「死ぬとわかっていても、貫けと?…理解できかねます」
「それでいいのよ」
「で、お嬢様。結局、お嬢様は何をなさりたいのでしょう?」
その言葉に私は一度目を閉じる。交代の時間なのか、こちらの様子窺いか。衛兵が庭の端を横切った。
眼を固く閉じて手を握る私は、傍目には耐え忍んでいるように見えるに違いない。
「ここで、王子が来なくともずっと待っていたら、私はどう思われるかしら?」
「……なるほど」
「だからね、フレイア。あの、…私の我儘に付き合ってくれる?」
これには一人では役者が足りないのだ。不安なのを堪えてフレイアを見上げると、彼女ははつらつと笑った。
「お嬢様、私は護衛侍女ですよ?幾多の修行に比べれば、ここで半日過ごすくらいどうってことありません。…お嬢様の補助魔法のおかげで寒くもつらくもありませんし」
私たちは互いに笑いあう。舞台が整うまで、あと三時間。
「……あの侍女、5回目ですね」
「そうでしょうね。衛兵さんも三人ぐらいで入れ代わり立ち代わり。こっちがそんなに気になるのかしら」
「最初は笑ってましたけど、もう心配そうな顔ですねぇ」
「そうでしょうね。笑ってやろうと思った相手が、思った以上に悲惨だと、人間って自分の悪感情をごまかすために好意的になるらしいわ」
最初に入れてもらった紅茶は一口だけ飲んだまま、放置する。あとは侍女や衛兵たちが来ない間にこっそりと家から持ってきた紅茶を飲む。彼女たちから見れば、私は一口だけ紅茶を飲んだ後は飲まず食わずでここにいるように見えるだろう。冬の寒い時期。こんな時期に3時間も薄着で外にいて、温かいものも飲まないとあれば心配になってくるのだろう。
「――来ます」
私は、ようやくか、と息をついて魔法を解除した。寒い空気に少しだけ身がすくむが、10分程度の我慢だ。大丈夫だろう。
かすかな気配。姿も見せずにこちらを窺う気配は、間違いなく王家の手の物だ。
「………お嬢様、まだ、戻られませんか」
フレイアのいっそ見事なまでの演技力の発揮。悲痛そうな、とうとう耐え切れずに声をかけた、というふりがとんでもなく上手い。私もまた、彼女に負けないように、こちらうかがっている相手に見せつけるよう、儚げな表情を作る。
「えぇ、…もしかしたら、来られるかもしれないでしょう?」
「……もう、もう、戻りましょう、お嬢様」
フレイア、流石である。侍女じゃなかったら女優にでもなってたんじゃないのか。
泣くの堪えた悲痛そうな訴えは、演技をしなくても私の表情をゆがませた。
「駄目よ。私は侯爵家、貴族なの。その私が、王族の命を無視すれば、王族を軽んじたことになってしまうわ」
「だからといって、こんな、…こんなの、お嬢様を軽んじすぎております、」
「フレイア、あのね、これは私の意地でもあるの」
首を振って毅然と前を向く。背筋を伸ばして、貴族らしく、堂々たる姿を見せる。
「私は、忠義者として有名なコーレンドの娘。だから私は、何があっても、どんなに理不尽で辱めに値するような命令でも、決して殿下を裏切らない」
「ですが!…ですが、もう、殿下は」
「――わかっているわ」
その言葉に僅かに木々の奥のざわめきが大きくなった。思った以上に人が集まってきているらしい。まぁ、防音魔法を解除したのだから当然か。
「あの方の御心はもう、私にはない。だから、意地なのよ」
「どういう、」
「私は妃になるべくして教育されてきたわ。妃となって、殿下を支えるようにと教育されてきた。…望んだわけでは、なかったのに」
それを聞いていたフレイアの目から、こらえきれなくなったように、つ、と涙がこぼれていく。それが舞台を一層悲劇的に彩った。私はわざとらしくならないように、震える息を吐きだして歪に微笑む。
「けれど、…っけれど、私の、私の8年の努力は、あの子のたった一度の笑みに負けたの」
「お嬢様、」
「私は何でもできたわけではないわ。むしろ、できないことの方が多かった。…必死で、努力したの。並び立てるように、支えられるように。それは、あの方のためなんてそんな甘い理由ではなかったわ。この国のためと、そう思っていたの。そのために、って。…でも、それが、たった一瞬で覆されてしまうなんて、思ってもみなかった」
フレイアが跪いて私の手を取った。彼女の嗚咽に耐え切れなくなったように私も少しだけ涙を零す。
「だから、だから、あの方の命令を、それが傍目にはどんなに愚からしく映ろうとも、私は全うする。それが、あの方の婚約者としての、ラヴィエラ・コーレンドの、矜持なのよ」
フレイアの手をそっと握り返す。涙をたたえたフレイアを見て、私は笑う。笑うたびに涙をぱたぱたとこぼし、周囲に訴える。
「ごめんなさいね、フレイア。こんな、こんな下らないことに付き合わせてしまって、」
「いいえ!フレイアは、果報者です。こんな、こんなご立派なお嬢様の御付きを務められるのですから」
周囲のざわめきに気づかぬふりをして、私は小さく嗚咽を零す。
これで、ラヴィエラ・コーレンドの、コーレンド家の王家への忠誠を疑う輩はいないだろう。記憶にある不忠の内容も、調べてみれば父の独断捜査によるものだったので、手は打ってある。
王妃殿下からの使いだと名乗った男性が、王子からの呼び出しは誤りであったと謝罪を告げ、私の約4時間にわたる王宮訪問は終わりを告げた。
そして、タイミングよく、私は著しい魔力消費のため高熱を出し、2日間学園を休むことになったのである。
**********
さて、それがちょうど、5日前の話である。
「――コーレンド嬢。前へ」
重々しい伯爵家の息子からの呼び出しに私は首をかしげつつ、前に出た。華やかに始まった夜会は何事か、とこちらをうかがい、場の空気が重苦しさに満ちる。
「これまでの、ヨルケーナへの数々の暴言と振舞い、もはや見過ごすことはできぬ!」
王子殿下の言葉に、私はショックを受けたような顔を作る。内心では予想通り、とその四文字を思い浮かべた。
「私が見過ごされていたようなことがあるのでしょうか」
「あぁ!これまでの暴言も許しがたいが、5日前!お前はヨルケーナを階段から突き落としたな!」
そしてこれも、予想通り。笑いそうになるのを堪えて、ただただショックを受けた信じられないという表情を浮かべ、動揺してふらついたふりをする。
「5日前、とは、確かなのですか」
「あぁ!ヨルケーナが倒れていたのを他でもない私が運んだ!その際に、お前の名前の入ったスカーフが落ちていた!これは確固たる証拠だろう!」
その言葉に私は震える唇をかんで、首を振る。
「その現場を見た方は、いないでしょう?…私では、ありません」
「馬鹿を言うな!どうせお前が家の権力を使って黙らせたに決まっている!!」
「ですが、ものがあっただけでは証拠になりません」
「――お願い、もう、認めてください、ラヴィエラ様」
割って入ってきた少女、件のヨルケーナ嬢に周囲から信じられないものを見る目が注がれる。王子と侯爵家の話し合いに割って入ってきたのだ。身分制度を重んじる人々からすれば眉を顰めるどころではないだろう。
「下がっていなさい。今はあなたの話を聞く時ではありません」
「化けの皮がはがれましたね、姉上」
その言葉に振り返れば、義弟が勝ち誇った笑みを浮かべている。ちらりと奥にいる父を見れば頭を抱えていた。まぁ、そうだろう。この場で私に敵対するなど、考えが足らなすぎる。
「どういうことです?」
「ヨルケーナへの暴言の数々はそう言ったあなたの貴族主義な態度の表れだったのでしょう?」
「私たちは貴族です。それを貴族主義とひとくくりにするのは違いますよ」
「貴女がヨルケーナに暴言を吐いていたのを何人もの人間が見ていたのです。もうあきらめて罪を認めなさい」
そう告げてくるのは宰相の息子。私は彼らと対峙する格好になりながら、一度、深呼吸をした。
「暴言とは、『婚約者のいる、身分ある方への対応を考えなさい』という言葉のことですか?当然のことを告げただけでしょう。それに、それ以外の暴言は、私、一切存じ上げません」
私の堂々とした言葉に、王子は顔を真っ赤にいて怒鳴り散らした。
「ふざけるな!!!貴様、この期に及んで…おとなしく罪を認めればこちらもそれなりに対応しようと思っていたが、もう許せぬ!お前のような女などこちらから願い下げた!!私はここに、ラヴィエラ・コーレンドとの婚約を破棄し、新たにヨルケーナ・フェイベムとの婚約を結ぶ!」
「――もう、よい」
その言葉に、私の背が一度、震えた。
国王陛下が静かな目でこちらを見下ろしていた。王子はぱっと顔を明るくして、父上、と呼びかける。
だが。
「お前の顔を見るのも不快だ。跪いていろ」
息子への呼びかけとは思えないくらいの冷たい声。そして、国王陛下は私を見て悲し気な表情を浮かべた。
「すまぬなぁ、コーレンド嬢。そなたには、ひどい苦労を掛けてしまった」
「そ、そのような、」
「謝って許されることではない。馬鹿な息子がそなたにした仕打ちは、王家として、責任ある立場につくものとして許しがたい」
その言葉を聞いて、うまくいったのだと思うのと同時に安心したのか涙がこぼれた。
「わ、私が、至らなかったのです」
「貴女は、よくやってくださいました」
「王妃様、」
王妃殿下は高い席から降りてくるなり私の手を取って、泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「――な、なぜですか父上!!母上も!!その女は、」
「黙っていなさい。我が息子ながら、こんなにも、こんなにも手を上げたいと思ったのは初めてです」
怒りを押し殺した王妃殿下の言葉に王子は戸惑いながらも口をつぐむ。
国王陛下がふー、とため息をついて、椅子に座りなおした。
「先ほど、5日前といったな。それは確かか?」
「え?あ、はい!そうです!5日前に、」
「ならば、コーレンド嬢だけはあり得ぬ」
「ですから、それは何故ですか!?証拠の品もここに、」
「――その日、ラヴィエラは貴方の呼び出しに従って、王宮に来ていたのですよ」
思わず、体が震えた。王妃殿下がなだめるように私の背中をさする。
「え、」
「自分で呼びだしたことも忘れたのですね。そんなことだろうと思いました。彼女は、貴方の呼び出しの命令に従い、4時間も南の離宮前であなたを待っていました。かわいそうに、この寒い中薄着で、紅茶も碌に口を付けず、帰ってから倒れたそうです」
「そ、そんな、…っ、そうです!そんなのその女の虚言に、」
「お前は、王宮中の人間の目が節穴だと申すか」
国王の声に王子だけでなく、私までぎょっとする。
「コーレンド嬢がたった一人の供だけを連れて、お前を待っていた。実に、4時間も。そのような行い、目立って当然であろう。彼女は令嬢だ。その彼女が人目にさらされる場だというのに、4時間もおれば、不審に思わぬ方がおかしい。お前のしでかしたことはすでに、王宮中の人間が知っておる」
「王宮から学園に戻るまでに2時間はかかります。どんなに急いでも、ラヴィエラ嬢がその娘を突き落とすことは不可能です」
王子は真っ青な顔で左右を見渡す。控える友人たち(義弟含む)も真っ青で目線がさまよっている。
「――殿下、」
私は静かな声を出した。はっと王子が顔を上げる。
「私を呼び出されたのを忘れられていたのは、いいのです。…けれど、5日前に私がどこにいたのか、調べても、くださらなかったのですね」
王子の目が細まり、口が小さく震えた。私は国王陛下と王妃殿下に向き直る。
「――ご覧になられましたように、私はすでに、殿下の信頼もいただけておりません。このような場で、申し上げるのは心苦しく思いますが、私からも、殿下との婚約を破棄させていただきたく存じます」
俯いた瞬間にはらはらと涙を零す。一見、何も見えないようだが、眼前に座る王や王妃、そのほかの重鎮たちにはよく見えるだろう。
「認めよう」
国王陛下の唸るような声を聴いて、私はさらに深く頭を下げる。
内心では、やってやった!と喝采を上げながら。
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さて、その後の話をしよう。
まず、王子。廃嫡を王妃様は主張なさっていたが、現実問題、私との婚約を破棄しただけでそれは重すぎると判断され、わずかな期間の謹慎が言い渡されただけだった。しかし甘いというなかれ。
彼の元婚約者である私がどのような扱いを受けたのかが広まるには十分な時間だったらしく、ヨルケーナ嬢との婚約はまるで祝福されず、彼の謹慎終わりのパーティーはそれはそれは閑散としたものであったらしい。
次に義弟。父は思った以上に私の味方になってくれた。現夫人である義母の言葉にも耳を貸さず、弟を見習い騎士として就任させ、しごきにしごいているらしい。このままだと私が婿を取って次代を継ぐ可能性もあるのだとか。できれば、もう面倒ごとは勘弁してほしい。
他の人間も似たり寄ったり。鍛えなおすとかなんとか言われて、ほうぼうで働いていたり、心を入れ替えたり、それなりに生きているらしい。私のもとにも謝罪が届いた。
そして、私は。
「お嬢様!届きましたよ!」
「本当!?」
フレイアの持ってきた書状を確認する。許可の印が押されているのを見て、思わず口をほころばせた。
隣国ゴルテアの、『魔法学院への入学を認める』という文に小さく飛び跳ねてしまう。
補助魔法を使っていて、思ったのだ。折角魔法が使えるのだから、ファンタジーな世界らしく魔法研究をしてみたい、と。
これまで妃になることしか目指していなかった私にとって、他の選択肢はそれこそ考えられもしなかった。ましてや、隣国への留学なんて。
前世の記憶、様様である。そもそも、この記憶がなかったら、没落を回避することすら難しかっただろう。神様の存在をいっそう信じてしまう。
どうせこの国で結婚するのは難しそうだし、新天地でいい人を見つけるのも悪くない。
「来月からね。…楽しみだわ」
その隣国で、私はまたしても色々と巻き込まれたり、うっかり恋に落ちたりするのだけど、それはまた、別の話。