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夜聡(よざと)うござれ

 湯若里の真ん中、湯のこんこんと湧くあたりには湯屋や食い物の店が軒を連ね、お江戸の日本橋や浅草ほどではありませんがかなり賑わっております。

 が、東の方へちょっと行くと、あっという間に人家もまばらになり、林や原っぱばかりの土地でした。

 そんな場所を、二人の子どもが急ぎ足で歩いていました。松次郎と、卯吉です。


 二人は、同じ長屋に暮らし、同じ寺子屋に通う幼なじみなのですが、松次郎の方が身体が大きく、何かと威張っていました。

「なあなあ卯吉、今日、近くで葬式があるだろ」

 お昼前のこと。寺子屋で並んで算術を学んでいると、松次郎がひそひそと言いました。

「ってことは、田螺(だら)寺の和尚が来る。田螺寺は留守になるよな。寺の柿の木、登り放題だ」

「ええっ、柿を盗みに行くの?」

「ちょっともらうだけだ。お前も来るんだぞ」

「何でおれがぁ」

「お前の方が身体が小さいから、木に登りやすいだろ。いいな!」

 そしていつも言うことを聞いてしまう、気の弱い卯吉です。


 田螺寺は、人家の少ない林の中にありました。そして、寺の裏には立派な柿の木があります。

 しかし、松次郎の当ての外れたことには、柿はかなり収穫されてしまった後でした。もう、かなり上の方にしか残っていません。

「ほら、卯吉! さっさと登れ!」

 松次郎に脅しつけられて、卯吉は仕方なく登り始めました。

「こ、怖いよ松次郎」

「右側の枝が太いだろ、そっちへ登れ! 早くしろ、のろま!」

 へっぴり腰の卯吉を、松次郎がどやしつけます。

 どうにかこうにか、ひとつ、ふたつと柿をもいで落とすと、松次郎が下で受け止めました。

「も、もういい?」

「もうちょっと!」

「でもっ、帰りが遅くなるよ……」

「ちょっとくらい大丈夫!」

 もうちょっと、もうちょっとと言われて、さらにひとつ、ふたつ。

 ようやく卯吉は降りることになりましたが、かなりの高さまで登ってしまったので降りるのにも一苦労。怖くて足はすくむし、途中で(からす)は飛んでくるし、ようやく一番下の枝までたどり着いたときには、空は夕焼けに染まり始めていました。


 そのときです。

「こらあっ! 何をやっとるか!!」

 和尚です。帰ってきたのです!


「逃げろっ!」

 松次郎は柿を抱えて走り出しました。

「え、ま、待ってよぅ」

 卯吉も思い切って枝にぶら下がると飛び降り、わらじをひっつかんで走り出します。

 和尚に捕まりそうになった松次郎が、あわてて本堂に飛び込みました。卯吉は木の隙間をするすると走り抜けます。やがて本堂を裏から脱出した松次郎が追いつきました。

「……なる……待て……!」

 途切れ途切れに聞こえる和尚の声を背中に、二人は寺を逃げ出しました。


 息を切らせながら原っぱを走り、町なかへの道をたどるうちに、あたりはどんどん暗くなってきました。

「おい、卯吉。ほれっ」

 松次郎に布袋を渡されて、卯吉は「なに?」といいながらそれを開けてみました。

 丸くて平べったいものが入っていると思ったら、それは提灯の蓋でした。引っ張ると上下に広がり、筒の形になります。ろうそくと火打ち石も一緒に入っています。

「松次郎、寺から盗んだの!?」

「ちょっと借りただけだ。ほら、さっさと火をつけて持てよ」

 松次郎、自分で持つ気はないようです。柿の方を大事に抱えて、おや、いつの間にかかじっているようで。

 卯吉は仕方なく火をつけると、提灯を片手に持ちました。


「お前、灯りを持ってるんだから先に歩け」

 松次郎にそう言われて、卯吉はとぼとぼと野の道を行きます。とうとうあたりはとっぷり暮れて、道の先に何があるのか見えず、怖くてたまりません。

「暗いよぉ……怖い……」

「ちょっとくらい我慢しろっ」

 松次郎は「ちょっと、ちょっと」ばっかりです。先を歩いてもらおうかと思いましたが、後ろを歩くのはそれはそれで、何かが追いかけてきそうで怖い。卯吉はただひたすら、早足で歩きました。


 その時です。

 すーっ、と、白いものが原っぱを横切りました。


「わあっ」

「な、何だよ! でかい声出すなよっ」

 松次郎がきょろきょろします。

「今、あっち、白いの……」

 卯吉が震える手で指さすと、また、すーっ。

 布切れがひらりと舞ったようにも見えます。もしかしてあれは、人に巻きついて襲ってくるという、名の知れた妖怪……


「一反木綿だ!」


 わああ、と二人は走り出しました。

 ちょっと振り向くと、布切れが追いかけてきます!

「卯吉っ、提灯、放すなよっ!」

 松次郎はそう言うと、まるで二手に分かれるようにして卯吉から離れ、林の中を走り出しました。

「え、えっ? なんで?」

 暗くて、松次郎の姿はうっすらとしか見えません。自分は灯りを持っているから、松次郎からは卯吉が見えているはずで……

 ということは、一反木綿からも、卯吉がよく見えるはず!?

「ひいい!」

 卯吉は、いっそ提灯を放り捨ててしまおうかと思いましたが、火が消えれば真っ暗になってしまいます。そんなのは恐ろしすぎます。もう必死で火を守りながら、走りました。


 その時、

「わああ!」

と、松次郎の悲鳴。


 驚いてそちらを見ると、白い布切れが松次郎の方を追っています。

「助け、うっ!」

 声がこもりました。布が松次郎の顔に巻き付いたようです。大変です、あれでは息ができません。

「ま、ま、松次郎を放せー!」

 卯吉は駆け寄りました。ぐいっ、と提灯を近づけると、ふっ、と布が緩みます。

 火が苦手なのかしら? いや、そんなはずはありません。それなら、提灯を持って夜道を歩く旅人が一反木綿に襲われる、なんて話はないはずですから。

 頭の片隅でそんなことを思いながらも、卯吉は必死で提灯を突きつけました。

 緩んだ布を松次郎がどうにかこうにかひっぺがし、振り切ると、二人は今度は横にぴったり並んで、

「わああああ!」

と走り出しました。


 走って走って、しばらくして振り返ると――

 一反木綿は、もう追っては来ませんでした。


 長屋にたどり着くと、松次郎の母ちゃんと卯吉の母ちゃんが死ぬほど心配していて、鬼のように二人を叱りました。二人はべそをかきながら、今日あったことを白状しました。

「全く、柿を盗んだ上に提灯まで!」

 言いながら提灯を手に取った卯吉の母ちゃんが、あら、と提灯をためつすがめつ。

「小田原提灯じゃないか」

「小田原提灯?」

「この、上と下の蓋の部分、最乗寺っていうお寺のありがたーいご神木なんだよ。お前たちが助かったのは、きっとこれのおかげだよ」


 そうだったんだ、と、卯吉は提灯を見つめ、それから松次郎に目をやりました。

 松次郎は何だか悔しそう。卯吉をおとりにして自分は助かろうとしたのに、実は卯吉の方が提灯に守られて、自分は危険な目に遭っていたわけですからね。


 そこへ、

「こんばんは」

と声がして現れたのは――

「和尚様!」

 やはり提灯を持った、田螺寺の和尚です。

「ああ、二人とも無事だったか。暗くなるから待てと言ったのに。あの提灯を持っていれば大丈夫だろうと思ったが」

 どうやら二人を心配して、わざわざ追って来てくれた様子。

 和尚は言いました。

「妖怪は、『隙間』に入り込む。ちょっとなら平気、ちょっとなら大丈夫という、その『ちょっと』した隙間を好むのだな。夜の闇の中でも、怪しのものはお前たちの隙を見ている。その目を(おそ)れなさい、自分を見つめるためにもな。夜聡(よざと)くあれよ」


 夜聡い、というのは夜に目を覚ましやすいという意味ですが、夜間に用心する、警戒するという意味もございます。闇に紛れて助かろうとした松次郎を、妖怪はしっかり、見ていたのです。

 とにもかくにも、そもそもの発端は柿を盗もうとしたことから。二人はすっかりしおれて、住職にお詫びとお礼を言ったのでした。


 が、一晩眠ればケロッとしているのが、子供たちでございます。

 翌日寺子屋にやってきた松次郎は、

「なあ、柿を落として来ちまったから、俺たちが大人になるころにはあのへんに柿が成るな。昨日、卯吉には悪いことしちまったから、柿が成ったら食っていいぞ!」

ですって。

 そもそも松次郎の柿じゃないのに、と卯吉は呆れながらも、ついつい楽しみにしてしまうのでした。


【夜聡うござれ おしまい】

一年ちょっと前、小田原城に観光に行き、最乗寺のご神木から作られた小田原提灯というものがあることを知って以来、いつかお話に使おうと思っていました。それと、Twitterの「室町言葉bot」さんで見た「夜聡い」という言葉が素敵だな、と、合わせて考えたお話です。

参考URL http://www.chochin-daisuki.jp/news/2011/12/post-39.html

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