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心とカラダ

「じゃあ、行ってみましょうか」

「ん?」

「中」

あ、そうか、私、入れるんだね。おばあちゃんのこの家に。でも、勝手に入るのはやっぱり気が引けるけど……。

「誰も居ないなら、どうってことありませんし、佐藤さんならちょっと意識するだけでほぼ完璧に気配が消せますよ」

「そうなの?」

……人であるよっしーに聞くなんて、我ながら情けない。でもよっしーって何でここまで色んな事、特に私の様な存在に関する事を知ってるんだろう? ……やはりオカルト研究会?

「じゃ、よろしく」

「う、うん」

私は恐る恐る、ドアに身体を押し付けて――押すって感覚は無いけど――埋まっていった。

「う、うわぁ……」

変な感じ。でも直ぐに視界が元に戻って、玄関の中の様子が目に飛び込んできた。静かな廊下。綺麗に磨かれた床が、正面の奥に見える窓からの光を反射していた。

(お邪魔します……)

私は廊下に上がる。ん? まてよ? もしかして私は、あのドアみたいに床もすり抜けて落っこちるんじゃないでしょうね? そっと足を床に下ろす。……落ちない。堅そうな床。でも? すり抜ける事も出来る? 私は試しに、さっきのドアの時と同じ感覚を――もううろ覚えだけど――思い出して、ほんの少しだけ体重を掛けてみる。

「あっ!」

足が、くるぶしまで沈んでる。なんだか、笑えた。やった――。

 さて、あんまり慣れて床の上を歩けなくなっても困るからこの辺にしといて、私は先に進む。どの部屋も入り口のドアやふすまは開け放たれていて、良く見える。そして人の気配は無い。外から見たとおり、広くて部屋がいっぱいあった。でも、割とすぐに分かる。誰も居ない。二階は? このお家は二階建て。でも、おばあちゃん、二階に上がるかな? ちょっと無理なんじゃ……? でも一応見ないと。私はそっと二階へ上がる。

 上がってすぐの所にある部屋、ドアが閉まってる。……どうしよう? 開けてみる? でももし中に誰か居たら、びっくりするよね。うーん。静かに近付いて、耳をドアに当ててみる。音は……無し。……このまま、すり抜けてみようか……でも、中からだとどう見える? ドアからまず、私の鼻がじわじわと出てきて、顔が……そして目がぎょろっと中を見回して……。

(いやー!! 怖すぎる!!)

自分の想像に身を震わせる私。絶対ヤダ。……じゃあどうしよう? もしどうにかしておばあちゃんがここまで上がって来てこの部屋で、倒れてたりしたら……。見なきゃ!

 私は覚悟を決めて、ドアにまず手を触れさせて、通れる状態になる事を確認する。そして額から、徐々に前へと進んだ。ドアは薄かった。すぐに中の状態が一目で確認出来た。誰も居ない。私はそのまま中に完全に入る。子供部屋? 学習机。戦隊ヒーローものっていうのかな? あれの写真がパネルになって学習机の本棚の下に貼り付けてある。おもちゃが片付けられた箱。おばあちゃんの……お孫さんの?

 きっと、当時の、二年前のままなんだろうな。でもおばあちゃん、もしかしてもう上がって来れなくて、この部屋も見ることが出来なくなってたんじゃ……?

(おばあちゃん。おばあちゃんを探さないと)

 今度はドアを開けて廊下に出る。二階にはそんなに部屋は無い。ちょっと行けば、すぐに誰も居ない事が分かった。階段を下りて、真っ直ぐ玄関に向かう。同じ様にして出ないと、鍵閉められないな。もう一度。外にはよっしーが居る筈。あのじわじわ出てくる顔だけは見せられない。私は勢い良く外へと飛び出した。

「ん? よっしー?」

玄関の前には誰も居なかった。

「おーい」

辺りを歩いてみる。ん、居た。家と垣根の間にあった物置の陰に、ひっそりとよっしー。

「何してんの?」

「あ、いや、さっき前を人が通りかかったから。あそこだと待ってるのも不自然だし。で、どうでした?」

「おばあちゃん、居なかったよ……」

「そうですか。一人暮らしなら買い物とかも行かなきゃならないし、そういうことでしょうね」

「でももう、暗くなるよ?」

「とにかく、戻りましょうか。道中会うかも知れないし」

 私とよっしーは来た道を戻っていく。途中、スーパーがあったから二人で入ってみる。おばあちゃん来てないかな? 結構大勢な人。でもおばあちゃんの姿は見当たらない。今度はちょっと回り道をして商店街の方へ行ってみる。お年寄りは多かったけど、あのおばあちゃんじゃない。私が、『あっち』とか『こっち』とか色々言うのによっしーは付き合ってくれて、かなり歩き回った。初めてだな。あの場所を離れてこんなにうろうろするなんて。私は全然平気だったけど、さすがによっしーは疲れたかも。

「佐藤さん、また明日、お婆さんの家行ってみましょう」

「……うん」

 二人がコンビニの前まで戻ってきた時には、殆ど陽は沈んで、もう夜になるところだった。

「もしかしたら、いつかの夜みたいにおばあちゃん来てくれるかもしれないな……」

私はそんな願望を込めた独り言を口にして、慌てた。

「あ、今日は、ありがとう。その。もう疲れたでしょ? ごめんね」

よっしーも一緒に待って欲しいとか、そういう意味じゃないから、帰って休んで。

「……いや。じゃあまた明日。あ、それから、あのドアのすり抜けるやつ、ちょっと練習して慣れればもう自在に出来るようになるんじゃないかな?」

「そうだね。はは、あれ、便利だね」

「悪用はしないように」

「あはは、何に使うのよ」

「それじゃ」

よっしはいつものごとく、手をひらひらさせて歩き出す。おっと、私ももう戻らないと。こんな所で姿を現したらみんなびっくりするな。ん? でも、私を知らない人なら、居ても何とも思わないんじゃないの? ……あそこにずっと立ってるから、怖いんであって。……でも、まぁ今は、戻ろう。

 

 私は、いつもの定位置目指して歩き出す。歩くのって、楽しいな。今は疲れないから楽しいのかな? 多分、そうね

足が軽い。軽快に足を繰り出して進む。通りから離れれば離れる程暗くなっていく道。そんな中――

(ん?)

前に、……誰か居る? 動いてる人影。歩いてる? 私と同じ方向に歩く人。ちょっとゆっくりで……。もうこれだけ暗くなったら来る人なんて居ない筈。もし今日わたしがよっしーと出歩かなかったら、あそこで私を見た筈。あの人、ラッキーだね。怖い思いしなくて済むもん。私は早く行って追いついたりしてしまわないように間隔を確保して。

 そのまま暫く行くと、その人は道を左に曲がって行こうとする。

(あれ? あそこ、左に行く道なんてあったっけ?)

この道はこのまま真っ直ぐと、右に折れる道でT字路になっている。角に公園があって。あそこ……あそこって! 線路! 間違いない! あの人の曲がったのって、踏み切り! あの人、線路に入って行っちゃった! 

私は早足でその人の後を追う。まさか線路の整備する係の人とかじゃないよね。明かりも持ってないみたいだったし。踏み切りの所にひとつ照明があるだけで、あの人が入っていった方にはしばらく行かないと次の明かりは、無い。……もしかして、もしかして! 

私と同じ様に――?

 走る。私は走り出す。あの人がどういうつもりなのか分からない。それでもとにかく! 急がなきゃ! 踏切まで数十メートル、百はない。とにかく走った。まるで踏み切りにゴールのテープが張ってあるかの様に。そして、踏み切りまで到達しようとしたその時――、

『カンカンカンカン――』

まるでゴールを祝う鐘の様な音が響き始めた。

(うそ!?)

あの人は?あの人はどこまで!

 明かりが何も無い暗がり。居る! ゆっくり線路の中央を歩いてる!

「待って!」

私は叫ぶ。でも、その人は全く反応せずに進む。私は再び駆け出す。

「電車が、電車がもうすぐ来るのよ!」

叫び続けながらその人に近付いた。ゆっくり進む人。一定のリズムで出される、杖? 少し丸まった背中。

「お、おばあちゃあん!」

何で?何でこんな所にいるの! どこへ行くの! ダメよ! ダメなのよ!

 私はすぐに追いついた。おばあちゃんに。でも、おばあちゃんは全く私のほうを見なくて、ただ、前を――。

「おばあちゃん! 私よ! 危ないから戻って! おばあちゃん!」

私はおばあちゃんの肩を掴もうと両腕を出す。

「えっ? 何で? 何で!?」

私の手がおばあちゃんの肩に留まらない! 掴めない! 何でよ! 私はおばあちゃんの前に立ちふさがる。

「おばあちゃん! 私! 見えるよね? おばあちゃん! こっちを、私を見て!」

その瞬間、おばあちゃんの目じゃなくて、光、強い光が遠くから私に向けられた。目がくらむ程の、電車のライト。一瞬息をのむ。

「おばあちゃん! 返事をして!、私に気付いてよ!」

「佐藤さん!?」

不意に私じゃない声。

「佐藤さん! どうしたんですか!?」

よっしー!

「おばあちゃんが! おばあちゃんがここに居るの! 私が、見えないのよ!」

踏み切りからよっしーが飛び出してくる。長い直線の線路だから電車のライトは遮られる事は無い。よっしーの顔は全く見えない。強い逆光で。こっちに走ってくる。でも……電車が……。

「おばあちゃんが! おばあちゃんが私には触れないの! 触れないのよぉ!」

「佐藤さん落ち着いて!」

 

「プアァァァァァァン」

警笛が響く。 思わずよっしーが電車を振り返る。もうどれくらいだろう? 電車って結構なスピードで走ってるよね。特に直線。

「もうダメよ! 逃げて!」

よっしーがここに来るのが早いか、電車が先か、もう分からない。

「おばあちゃん! こっち! こっちよ!」

私はおばあちゃんの前で横の草むらへ行こうと促す。ちょっと避けるだけで助かる。

「おばあちゃん! 何で! 何で聞こえないの!? 話したじゃない! なのに!」

「佐藤さん! 気持ちを落ち着けて! あなたは、おばあちゃんと話せるし、触れられる! 信じて!」

よっしーも叫び声で。

「おばあちゃん! 死んじゃだめだよ!」

もう、すぐ。

「おばあちゃん!」

私は、身体をおばあちゃんに思いっきりぶつけた。おばあちゃんを助ける。助ける為に必要な物は――。

 そして確かに私はぶつかった。おばあちゃんに。とにかく夢中で。足元がどんなふうになっていたのか分からないけど、私は線路脇の草むらに飛び込むようにして突っ込んで、転がった。胸に重い感覚。必死になって力んでいる私の腕の中には、おばあちゃんが居た。

(助かった……)

ぼんやりと見上げる眩い線路。電車が……通過する……。

「え?」

私の視界にあったのは、……よっしー? よっしーが飛び出してる!? 私を見て、おばあちゃんを見て、安堵の表情で……そして、その姿を一気にペンキで塗りつぶすように、電車の薄い水色が覆った。

「よっしー!!」

 見間違いじゃない。よっしーは確かに線路の上に居た。向こう側じゃない。私は目を思いっきり見開いたまま呆然としていた。そして電車の最後の車両が、通り過ぎた。

 

「……はは、助けられましたね、お婆さん」

私の目はずっとそのまま。口も開きっ放し。でも、更なる衝撃映像に頭がどうにかなりそうなところまでショックを受けて……。

 電車が通過する前と同じポーズの、よっしーが、そこに居る。……どういう事?

「佐藤さん、電車が止まりますよ! 急ぎましょう。今ならまだ間に合う!」

え? 急ぐって……何を?

「佐藤さん! ほら、早く。杖、持ってください。僕がおばあさんを……」

よっしーがおばあちゃんを抱きかかえる。

「これは……結構きつい……」

よっしーは細腕を震わせながら線路に上がって踏み切りの方へ向かう。

「佐藤さん! 何してるんですか。電車の人、運転手か誰かが降りて来ますよ! かなり煩わしいことになります! 早く」

「う、うん」

私もようやく事態が飲み込めて、慌ててよっしーを追いかける。私は派手に草むらにダイブしたけど、怪我は無い。怪我をする性能を持つ程の身体を再現する能力は無いから。おばあちゃんは、大丈夫だったろうか?

「よっしー、おばあちゃんは? 大丈夫かな?」

私はよっしーの傍でおばあちゃんの顔を覗き込む。微かにうめく様な声がおばあちゃんの口から漏れている。

「急いで病院に行った方がいいですね。素人が見た目で判断なんて出来ませんから。道にうずくまっていたのを見つけたって事にしましょう。場所は……あの踏み切りじゃなくて、コンビニの横の角で」

「うん」

「それから、」

よっしーの息が切れてる。小柄なおばあちゃんだけど、赤ん坊を抱くのとは訳が違う。かなり重労働。

「初めてですね。佐藤さん、『よっしー』って呼んでくれたの」

「え、あーいや、そうだっけ?」

「何ていうかこう、佐藤さんがぐっと近くなった感じですよ。もうそろそろ僕も、明子さんくらい呼んでも――」

まだ早いわっ!小僧!

「馬鹿な事言ってないで急いで!」

「い、急いでますよ。電車のほう、どうですか?」

私は電車が停止している場所に目をやる。もう結構離れたから人影とかは見えない。

「人は見えないなぁ」

「ま、あの辺をしばらく捜索するでしょうけど、大丈夫ですよ。何も無いんだから」

 

 なんとかコンビニの所までたどり着いて、コンビニで救急車を呼んでもらう事にした。念のために私は表で待ってて、よっしーがおばあちゃんを抱きかかえたまま中に入った。待つこと数分。救急車って意外に早いんだね。どこから来たのか知らないけど。すぐにおばあちゃんは救急車に乗せられて、よっしーは救急隊の人に乗るように言われてたけど、何か言って断ってた。

「明日、病院行きましょう。市立総合に向かうそうです。一人暮らしだし、まぁしばらく入院になるのかな?」

「……そうだね」

 救急車が走り去って、しばらくそっちの方向を二人して眺めてた。よっしーももう帰るよね……。私、もうあそこに居るの、ヤだな……。もうちょっと……。もうちょっとだけ……あっ! そうだ! よっしー、怪我は? っていうか、アレ、何だったの? 聞かなきゃ。

「ねえ」

「佐藤さん」

「え?」

「ん?」

ああっ! もうこういうの凄く煩わしい! だから私は即座に口を閉ざす。

「なんですか?」

よっしー、ニコニコしてる。OK。私が先ね。

「あのさぁ、あの線路の上で……まともに電車にぶつかった様に見えたんだけど……。よっしーが」

「……え? そうですか?」

「……見間違いだったのかなぁ?」

「まともにぶつかったのなら、無事では居られませんね」

「……そうだよねぇ」

私は簡単に話を切り上げるつもりは無かった。私はじっと、よっしーの顔を、目を見つめてる。よっしーも気付いて見つめ合っちゃってるんだけど、私はそんな事より、あの時のよっしーの状態の方がとても重要で、知りたかったから。

「あのさ」

「佐藤さん」

……。

「なんですか?」

「今度は、よっしーからでいいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。佐藤さんどこか遊びに行きましょう。今から」

「え、今から?」

「だって、明日病院に行くまで、暇ですよね?」

「私は、そうだけど……よっしーは? 暇なの?」

 あなたも……『私と同じ様に』、暇だったりする訳? 他にしなきゃいけないことは、何も無いの?

「暇ですね。僕、かなり自由ですから」

「何それ」

「そうだ、ちょっと足を伸ばして朝までやってるコーヒーショップにでも行きますか? かなり粘れますよ。よく行く所があってね」

「……朝まで居るの? 私と?」

「あー、佐藤さんがよければ、ですけど……」

そうじゃない。そういう事じゃなくて。朝まで一緒に、なんて別に構わない。そうじゃなくて、よっしー、あなたは家に帰らないし、寝ないって? で、今日は昼間、私と一緒で、明日は昼間から病院行って?

「佐藤さん? あの、何か……怒ってます?」

「えっ? ううん、あ、でも、ねぇ。よっしー?」

「はい?」

「その……あなたって……」

何て言おう? 今、すごく、よっしーの事が知りたい。素性が知りたいって意味よ。で、もう、予想は……。普通なら馬鹿馬鹿しいと考え直すんだろうけど、じゃあ、私は? って思って……。

「佐藤さんの言いたい事は、察しが付いてるんですけど……」

「えっ?」

……。…………。

うわっ! 今度は、何だか恥ずかしいぞっ! こんな所で、見つめ合っちゃって! これじゃあまるで……。

「行きましょう。朝まで時間はたっぷりありますから、話しますよ。佐藤さんが聞きたい事を。一緒に行ってくれたら」

「……喫茶店くらいならね」

「決まり。じゃあ行きましょうか。ご案内します」

よっしー、左手をすっと差し出して。……どこ行くのか知らないけど、手をつないで行く訳? 人が見たら……あ。今、見えるよね、私。私を知ってる人が見たらびっくりするよね。でも。知らない男の子と手を繋いでる光景って、どうなのかな? びっくりするけど……あそこでぼうっと立ってるよりは、全然いいよね?

 しょうがない。お姉さんが、手、繋いであげるよ。

 


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