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私は、何でしょう?

 おばあちゃんと話した次の日、最初何だか照れくさかったんだ。何でかなぁ? おばあちゃんは新しい花――小さめの花束――を持って来た。片方の手は杖持たなきゃいけないから。私、普通に手を振っちゃった。そしたらおばあちゃん、笑ってくれた。見えてる。見えてるんだ、私が。ふと、よっしーの言葉を思い出した。

『佐藤さんに、話したい――という想いがあるんだから、心配要りません。届きますよ』

……今の私は、おばあちゃんに会いたい、私を見て欲しい、知って欲しい、っていう思いが強いのかな? だから、こんな明るくても見えるのかな?

 今日はおばあちゃん、いつもみたいにすぐ花を置くんじゃなくて、持って来た花が良く見えるように、私に差し出した。おばあちゃん、とっても可愛い花だね。ありがとう。それからおばあちゃんはいつもの場所にしゃがんで新しい花を古いのと交換した。私もいつものようにすぐ隣にしゃがんで。

「おばあちゃん」

私はそっと小声で、おばあちゃんにだけ聞こえる様に言った。

「なに?」

「おばあちゃんは私を知ってたの? 私が……ここに来る前に」

「ううん、あなたの事は知らなかったわ。私はここの近くに住んでるから、あの日、すぐにあなたの事を人から聞いたの。そしたら……どうしてかしらね、『すぐ行かなければ』と思ったのよ」

「……そうなんだ」

「ええ……、どうしてかしらね」

一瞬、おばあちゃんの表情が曇った感じに見えた。でもすぐにおばあちゃんは明るい声をだした。

「さて、ちょっとさぼってしまったから今日からまた歩かないとね」

言いながらゆっくり、杖に支えられながらおばあちゃんは立ち上がる。私は咄嗟に手を出して支えてあげようとした。でも、すぐに手を引っ込めてしまった。私では、おばあちゃんに触れられないから。よっしーみたいにおばあちゃんの肩を持ってあげられない……。

「リハビリなの。私が鈍臭いものだから、転んで骨を折っちゃってね。足をね。ついでに腰まで痛めちゃって」

「え? 大丈夫なの?」

「もう結構前なのよ。だからなるべく歩いたりして動かさないとダメだって、お医者様に叱られてるわ」

おばあちゃんは『フフッ』って、これまた上品で、可愛らしい笑い声をもらした。カーワイイナー、ほんと。

「それじゃ、またね」

「うん。気を付けて」

そう、いつもの様に、おばあちゃんはゆっくりとここから遠ざかって行く。でも、今までとは全然違うんだ。だっておばあちゃんは、今までの知らない人じゃない。私の中でだけ、なんだけど、私のおばあちゃんだから。

 

 それから二日が経った夜、私は人を待った。待ち合わせも何もしてないんだけど、偶然来てくれないかな、と。いや、ちょっとイライラしながら。

(何やってんのかな、ちょっとくらい顔出しなさいよ!)

変だとは思うけど。こういうのって、逆切れ? 違うか。逆恨み? 何で『逆』にこだわるんだ私。私に非なんてないわ。そして若干怒ってるわけ。……流行の言葉だとツンデ……? うわあああ! わたしわなにおいってるんだあ! 却下! 棄却っ!

 結局この日も来なかった。で、次の日、私の不安とイライラが一層募る。夜のコンビニの明かりを見つめて。

(頼むから……来てよ)

そんな事を念じながら、待つ事数十分、一時間は越えてたかな?

(わっ、来た! よっしーだ!)

コンビニの前に人影。うん、間違いない、よっしーだ。……じっと見てるのは変だから、もう少し近付いてから『あら? よっしー?』……うん。これでいこう。

 予想通り、よっしーはコンビニを離れて真っ直ぐ、こっちへ向かって来た。

「あ、あら? よ、よっ」

「何ですか? 『あらよっ』って?」

「言ってないでしょ!」

「そうですか?」

ニヤけてる。ふん、何考えてるんだか。

「あれからお婆さんは来てますか?」

そうよ! その話よ!

「あ、あのさ、あの日の次の日は来たんだけど、その後おばあちゃんが来ないのよ!」

「そうなんですか?」

「うん……。夜も見てないよ。気になっちゃって……」

「うーん、まぁ、お年寄りだし、毎日は大変だと思いますよ? ただ歩くだけのリハビリでも結構辛いらしいですしね」

「うん、そうだよね……ん? リハビリって知ってたの?」

私、よっしーに話したっけ? 夜におばあちゃん連れて来てくれた時に聞いたのかな?

「いや……でもお年寄りが毎日同じ所を歩いてるなら多分、そういう事なんじゃないですか? 運動の為とか」

「うん」

「佐藤さん。僕、あのお婆さんの事ちょっと調べて、いや、調べるとか大袈裟な事じゃないんですけど、ちょっと聞いたんです」

「え? 何を?」

私は身を乗り出すようによっしーに注目する。私、おばあちゃんの事は何も知らない。何だろ?

「あの、『ここ』で佐藤さんに言っていいものかどうか……」

「何よ、言ってよ!」

「その前に、佐藤さん。ここを離れてどこかへ……あーこれもそんな大袈裟な事じゃなくて、ちょっと行動範囲を広げてみようとか、思いません?」

「え? いや、思った事、無いけど……」

「絶対イヤ、とかじゃない?」

「……まぁ、必要に迫られれば、大丈夫かも……知れない」

「良かった」

「何で? もしかして! おばあちゃんに何かあったの!?」

「いえ、おばあちゃんには何も無いと思いますよ」

淡々と答えるよっしー。あぁもう! イライラする!

「教えてよ!」

「じゃあ、言います。あのお婆ちゃん、二年程前に幼いお孫さんを亡くされてます。ここ。この場所で――」

 

 ちょっと沈黙して、私は思わず辺りを見回してた。ここで? 亡くなった? 

「事故です。ここでお孫さんは、轢かれた……」

「そんな……」

人が、死んだ場所。その子が、自分の意思ではなく、他の『何か』に命を奪われた場所……。急に色んな事が頭に浮かんできて、混乱した。

(その子はどこへ? 私は一度も見てない。二年前だからもう居ないの? 私がここに来る前、何度も夜に通ったこの道。一度も、何も感じなかった。怖くも無かった。噂とかも聞いた事が無かった。知らなかった。びっくりして、身体が、はじけて、壊れて、悲しくて、悔しい思いをしたその子は、どこへ――? ……おばあちゃんは? その子に会いたくて、ここに?)

「すみません。イヤな話をして……。でも、確かにここはそういう場所だったんです」

よっしーはそう言って私の傍に、ほんの少し傍に寄った。あ、そうか、よっしーは私を怖がらす事になるんじゃないかって思った訳ね。人が死んで、出てきそうな場所に一ヶ月、何も知らずに、昼も夜も、ずっと居た私。

「……ううん、私は大丈夫。だってほら、私が怖がるのも変でしょ?」

「……」

よっしーは、私をじっと見つめてる。何か、顔に書いてあるかな?

「おばあちゃん……、あの花は……」

「違います! ……お婆さん言ってたじゃないですか。『ここに居る』佐藤さんに、花をあげようと思った、って。ここに居る間、ちょっとでも花を見て、微笑んだり出来るようにって」

……よっしー。あなた心が……読めるんだね。

「うん。ごめんね」

「佐藤さん」

よっしーは相変わらず落ち着いた声で、ちょっと力強く言った。

「お婆さんに、会いに行きませんか? 今度は、こっちから」

……私が? おばあちゃんに会いに行く?

「ここまで歩いてくるのは結構大変ですけど、本当に寝込んでもいない限り、家の前くらいには出てくる事もあるんじゃないですか?」

「でも、……良く分からないけどもしかしたらおばあちゃん、この間私と話して、例えばよ? その、亡くなったお孫さんの事がずっと胸の奥にあって、だからここに来続けてたとかだったら、何と言うか……ごめん、整理できないよ」

「分かりますよ。言いたい事は。佐藤さんと話せた事で、ここに来続ける事を止める決心をした――という事ですよね?」

私は頷いた。

「でも、あのお婆さん、それでいきなりパッタリ来なくなるなんて、あるかなぁ?」

「……新しい花に変えてくれたの。あと、リハビリだって話をして」

確かにもう最後、って感じじゃなかった。でも、帰った後にそう思ったのかも知れないし……。

「でも、お婆さんの気持ちはともかく、佐藤さんはそれじゃ納得出来ないでしょ?」

「え?」

「言葉を交わしたのはほんの少しだけでも、急にサヨナラなんて、イヤでしょ?」

「でも、私がそんな事言うの……悪い気がする。私はおばあちゃんに何もしてあげてない。ただここに突っ立ってるだけの……。死んじゃったお孫さんの事を何も教えてあげられないし……」

おばあちゃんから見れば、私とそのお孫さんは近い存在なのかもしれない。同じ様に、ここで。私がここに居る様に、お孫さんも居るんじゃないかと思ってたのかな? でも居ない。私には分からない。

「まぁ、勝手に色々想像しちゃいましたけど、その内にまた来られるかも知れません。でも、今度は佐藤さん、あなたの為に、会いに行きませんか?」

私の、為に?

「お婆さんが『もうイヤ』ってはっきりそう佐藤さんに伝えたのなら別ですけど、そんなのは佐藤さんとお婆さんの間では考えられないですよね? そんな出来事も無いんだから。いずれお婆さんがお孫さんを完全に吹っ切る為に、来ない事にすると決めるとしても、佐藤さんはその心境をはっきりと理解出来るじゃないですか。だから、仮にそうなったとしても、悲しい別れとは違う、もっと互いを想う優しい気持ちで、そうなれるんじゃないかなぁ。とまぁ、思うんですよ。だから、話に行きましょう。もしかしたらお婆さん、そんな事とは全然別に、何か不安事を抱えてるのかも知れないし、とにかく聞かないと。佐藤さんもここで不安そうにくすぶってるより、納得! すっきり! ですよ」

……よっしー、熱が入ってるなぁ。最後の方、ちょっと畳み掛ける感、ありありだよ? もしかして、私を何とかここから連れ出そうとしてる? 野外引きこもり中の私を。

 でも、そうだよね。おばあちゃんは勇気を出して、私に会いに来てくれた。今度は私が、勇気を出さなきゃ。納得して、おばあちゃんと一緒に微笑んで、お互いがどうするのか、心に決める。分かった。分かったよ。よっしー。

 

 私は初めて、この場所を離れる。これは変に緊張した。あの日以来の初めての行動。でもまだ良く知ってる街だから、マシかな。

 午後。おばあちゃんが来なかったその日の。よっしーと一緒にコンビニの前。うわー、何だろこの感覚は。男の子と二人で通りを歩くなんて! うーん、新鮮だ。けど、ちょっと恥ずかしい気もする。あの、『よっしー』なのに。そのよっしーは時折、『この店のあれが好きだ』とか、『あそこの工事が中々終わらない』とか一人で喋ってる。うん、文字通り、一人で。そうだね。確かあそこの道路工事、何ヶ月も前からやってたもんね。その継続が、私を少しブルーにする。

(変わらないなぁ)

 なんでも、よっしーの言うにはあのおばあちゃんの家を聞き込みで探し当てたらしい。なんとおばあちゃんは一人暮らししているそうで、ちょっと離れた街に息子夫婦が居るんだって。一人暮らしか……。そりゃ毎日の生活が大変だろうなぁ。歩きに出られない事もきっとあるだろう。『ちょっと忙しかっただけよ』っていうおばあちゃんの言葉を期待してたり。

 よっしーが、

「あそこですよ」

そう言って指差したお家は、何とも立派な……ちゃんと手入れされた垣根に囲まれた――馬鹿でかいお屋敷ではないけど――綺麗なお家だった。

「ねぇ、ここに住むおばあちゃんの事を聞いてまわってたんでしょ? 絶対怪しまれてるよ? 資産を狙った泥棒か何かに」

「はは、そんな下手は真似はしませんよ」

この子、一体どういう環境で育ったんだ……?

「じゃ、行きましょう」

よっしーがそう言って普通に正面の門を通って玄関に向かう。私も後ろに付いて。よっしーが呼び鈴を鳴らす。黙って待つ。再び呼び鈴。再び黙って――。

「居ない?」

「さぁ、出掛けてるんでしょうか? ま、よくあることですけど。あるいは床に伏せって――」

「変な事言わないでよ! もう……」

「佐藤さん」

「ん?」

「入ってみませんか?」

「え? だっ、駄目よ! 勝手に……。それに鍵掛かってるんでしょ?」

私は大きめの玄関にそびえるドアのノブに手を伸ばして、それをひねってみる。うん。閉まってる。

「出直そうよ」

「んーでもちょっと心配ですよね。お年寄りだから」

「あんたねぇ! 怒るよ!?」

「どうしてです? 実際、こんな風になって大変な事態が起こってたなんて事は珍しくないでしょう? あのお婆さんは歩くのも楽では無いし」

そりゃそうだけど、何で? 何でよっしー、そんな事を言うんだろう? 帰るのが普通じゃない。まるで、中の様子が分かってるとでも?

「……入れないじゃない」

「佐藤さんなら、入れます」

「は?」

「佐藤さんはこのドアを、通れます」

何言ってんの? これを? 私は手を伸ばしてドアの厚そうな板に触れる。それから掌をぺたっとくっ付けた。ちょっと熱い。そこは陽が当たってる場所だったから。

「これを?」

私はよっしーに良く見えるように、二、三回ぺたぺたとドアを叩いた。

「お婆さんと初めて話した夜、肩に触れようとしましたよね?」

……見てたのか。あの時、おばあちゃんの肩に手を置こうとした。ほんとは抱きしめたかった。でも、その前に確かめないと。私は、人に触れられるのか、を。で、駄目だった。

「佐藤さんの手はお婆さんの肩を素通りした。でも、このドアは触れる。何故ですかね?」

「それは……」

どうせもっともらしい答えを用意してるんでしょ? よっしー。勿体ぶらないで言いなさいよ。聞いてあげるから。

「それは、そう決めているからですよ」

「え?」

「佐藤さんが。自分は人と違う。いわゆる、幽霊なんだ、と思ってる。幽霊は人と触れ合えないと、どこかで見たり聞いたりして、思い込んでる。まぁテレビとか映画とかそういうので」

「そんなこと……、じゃ、じゃあこのドアは? 幽霊って壁とか平気ですり抜けたりするじゃない。私はそう思ってた。今も……思ってるよ。なのに、これはどういう事なのよ」

私はもう一度、ドアを数回叩いて見せる。

「んーその辺はちょっと難しいとこなんですけど……ほら、感情とか精神とか複雑でしょう?」

よっしーは、ついっとメガネの位置を直して、私を見る。

「そう。あなたは、ここを通り抜ける事が出来るんです。あなたは、幽霊だから」

 私は、なぜかショックを受けた。

 

 あなたは幽霊だ――。

 そんな……。そんなこと今更……言わなくても。そんな分かりきった事を、何も知らない子供に教えるみたいに、言わないでよ……。

「その……そんな言葉で……私は幽霊って事に目覚めて、力を発揮するとでも……?」

悲しい。悲しいよ。よっしーが、それを言うなんて。

「どうしてそんな事言うのよ!」

私は叫んでたかも知れない。よっしーにだけ聞こえる声で言ったのか、それとも他の人にも聞こえる声だったのかは分からない。深く考える間も無く、私は、驚いた。

「僕は! 僕ならあなたに触れられる!」

身体が、締め付けられる。ちょっと強く。でも、痛くない。よっしーが、私の、無い筈の身体を、抱いている――。

「どうして……?」

「どうしてって……」

よっしー? ちょっと涙声かな?

「あなたが……僕の事を他の人とは違う――そう、思っているから、だと思います」

他の人と違う? どこが? ……なんてね。……そうだね。よっしー、初めて私に声を掛けてくれた時から、もう、私には、……特別だったね。

「すいません。はは……」

よっしーがそっと私から離れて、頭を掻いている。

「まだ話さなきゃならない事が沢山あるんです。その、佐藤さんのこれからとか、考えなきゃいけない事がいっぱいあるし、あ、これは、僕がそうしたいんです。えーととりあえず今は突っ込まないで下さい。ただ、あなたと一緒に色々考えたり、僕に出来る事が……。

はは、何言ってんでしょうね。ただ――、佐藤さん、とりあえず今、佐藤さんはどういう状況なのか、考えてみませんか。……このドアがどうとかは、直接的にはあまり関係無い事かも知れませんけど、佐藤さんの自分に対する認識とか、その辺から始める為の第一歩になると思うんです」

……よっしー、難しい事言うのね。でも何となく、ぼやぁんとだけど、分かるよ。言いたい事。

「でも、教えてもらわないと、まだ何も分からないよ……」

「このドアを通り抜けることは、凄く簡単だと思います。佐藤さんの認識ひとつですから。佐藤さん。僕と握手してもらえませんか?」

「え?」

「何なら、もう一度、抱きしめ合っても……今度は佐藤さんの方から」

「……握手で」

私が言い終わるのと同時に、素早くよっしーが手を差し出した。普通、こんなシチュエーション無いよね。まるで、その、何でもない。私も手を伸ばす。私が、よっしーの手を握る。

「僕は、あなたと違わない。傍に居て、触れる事の出来る人間です」

「……うん」

「不思議ですよね。身体は本当は無いのに、僕には見えて、佐藤さんの体温を感じる」

「……うん」

「多分、佐藤さんの、身体じゃない部分、生命の能力なんですかね」

そういう難しい事は分からないけど、とりあえず握手はもういいんじゃない?

「身体が無いなら、遮る物はない。ぶつからないんだから」

「そうだね。でも……」

「もう一度ドアを触れてみて下さい」

……ぺた。ドアだ。左手で押したり撫でたりしてみる。だって右手、よっしーが握ってる。何だか、『離すつもりは毛頭なし!』な感じで。別にいいけど。

「どうなってるのかなぁ」

よっしーは私の左手とドアのくっついた辺りを覗き込む。私もちょっと顔を近付けてみるってわお! 近い! 

「佐藤さん、この手は佐藤さんの生命が生み出した、言わば擬似的な物です。佐藤さんが、必要だと思ったから、出来たんです。必要な時にいつでも用意出来る」

「なんだか滅茶苦茶な存在だね、私って」

「でもこの左手、今、要りますか? ほら見て下さい」

よっしーは私の左手に息が掛かるくらい顔を近づけて観察してる。私も仕方なくまた、顔を近づける。

「ドアがこの手を押してる。ドアは邪魔だなぁ。ドアの分際で生意気な」

よっしー、大丈夫? 頭。

「今の佐藤さんの身体、佐藤さんの生命の前には物質なんて無いも同然。屁でもないですよ」

「……逆じゃない? ドアの前には私は、居ないも同然……うわっ!」

びっくりした! 左手、私の左手は? あった。私の左横に。手が、ストンと落ちた。

「はは、逆でしたね。ドアにとっては佐藤さんは居ないんだから、阻む必要なし! な訳ですよ」

急によっしーが掴んだままだった私の右手を離して肘の辺りを持ち上げる。今度は後ろに回って私の左腕をも……。私は、あの前へ習え状態で、え? 私の手、ドアに同化してる!?

「ほら、何でもない。佐藤さん、好きな様にし放題ですね」

よっしーが私の両腕で遊んでる。近いし、ていうか、いや、近いね。そんな事よりも、私の手はドアに埋まってかき混ぜてるみたいに上下左右に動く。ドアは壊れない。

「凄い……これ、凄い!」

さすがに私は興奮してきた。何だか凄い超能力みたい!

「佐藤さん、これは当然なんですよ。健康に育った人間が普通に歩いていて『今日も歩けるぞ!』って感激する様なもので、確かに感謝してて良いんですが、毎日そんなに興奮してたらさすがに疲れますよ」

よっしー、笑ってる。

「だってほら、見てよこれ、凄い!」

何だか嬉しい。楽しくなってきた。んー、そう、まるで遊園地にデートで行って、ちょっとスリリングな乗り物で興奮気味の私を、彼が笑いながら眺めてる、そんな感じ。例えだから、例え。あくまでも。

 でもよっしーは、ほんとそんな風に、笑ってた。



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