蟲 玉
引きこもりになって5年か〜。
貴志は、今何とかして新しいゲームを手に入れようと、模索していた。
新発売に追いつく事は、出来ないのだ。
父親は単身赴任で、家には寄り付かないし、母親はもう泣きわめかない。
妹はサッサと家を出て、一人暮らしをしていた。
誰もここから、貴志を引っ張りだす者は居ない。
ただ、ゲームを買う金が欲しい。
母親を脅して買い換えたパソコンは速攻古くなって、貴志をイライラさせたが、自分で工夫したソフトが売れてくれれば、お払い箱にしてやる。
部屋の外で、スリッパの音が止み、母親手作りの食事が、置かれた様だ。
顔を付き合わせなくなって、半年過ぎていた。
デロンとした時が過ぎ、人気の消えた廊下に、昼夜兼用の食事が置かれている。
貴志は自室で、代わり映えのしない漬物をガリガリと噛み砕いた。
ヒットした。
モニター用のゲームがある。
レポートを出せば、お金ももらえるやつだった。
虫を育てて、世界を作って行くのだ。
野菜を育て、増やす。
蝶が卵を産む場所を整える。
昆虫がカラフルで、かなりデカサイズ。
カブト虫にかかると、問題が発生した。
幼虫がうまく脱皮しないのだ。
ツノがずれたり、脚が無かったり、甲虫特有の輝きが無かったり。
蝶や蟻より手間がかかった。
手間取れば手間取るほど、貴志はのめり込んだ。
ようやく、一匹のカブト虫が、生まれた。
だが、小さい。
色も黒光りせず、何故か栗色。
可愛いんだか、面白くない。
成功したり失敗したりを書くだけで、レポートは直ぐに埋まった。
貴志は飲み食いもトイレに行く回数も減らして、モニターに張り付いていた。
小さいカブト虫に栗丸と名づけ、クヌギの林に、行かせる。
そこには、形や色の悪いカブト虫が、縄張り争いをしていた。
が、チビの栗丸は強い。
バランスの悪いツノや足の足りなカブト虫達を、次々クヌギの蜜場から、叩き落す。
気に入った。
蜜を独り占めした、栗丸は、身体を大きくしていった。
ふっと気ずくと、30時間が過ぎていた。
だが眠くも空腹感もない。
その時、母親が扉をたたいた。
「貴志、ご飯が減ってないけど、大丈夫。風邪ひいたの?」
うざったい猫なで声に、イライラが、募る。
「食べたくないんだ。ほっといてくれ。」
貴志の返答に、母親が泣いていたのは、覚えていたが、その後が曖昧だった。
気がつくと、日付がかわっていた。
母親の気配はない。
モニターに、ゲーム会社からのメールが、届いていた。
栗丸の誕生に、お祝い金が付いてきたのだ。
棚からぼた餅の10万❗️
貴志は、騙されてるのかなと、伸びた髭を手で撫でた。
固まった身体をのばすと、立ちくらみに気をつながら、部屋を出た。
食事がしたい。
風呂にも入りたいが時間が惜しい。
カップ麺に電気ポットのお湯を注ぎ、待つ間にテーブルの上のバナナをむく。
ラーメンを貪り食うと、シャワーを浴び、髭を剃る。
サッパリとして、台所に戻ると、冷蔵庫に貼られたメモが、目についた。
母親からの伝言だ。
あの父親の所へ行ったのだ。
3週間の予定で、メモの下に3万円が一緒に貼ってある。
冷蔵庫にメモと札を留めていたマグネットは、小学校の時のガチャガチャで出た、カブト虫だった。
外は夜中。
コンビニまで出かけ、久々の買い物をした。二、三日後には、あの10万円も、振り込まれから、ふた袋も買い物した。
大好きなアイスを食べると、甘いジュースと、スィーツに手を伸ばした。
物足りない。
コーヒーを入れて、砂糖を入れた。
一杯、二杯、三杯、四杯、五杯も砂糖を入れていた。
コーヒーの中の砂糖が溶けなまま、飲んだ。
うまい。
うまい。
遠足の時のお菓子のように旨い。
疲れすぎてるからかな?
貴志は、もう一杯、砂糖がザスザスするコーヒーを入れた。
モニターに戻ると、なんと栗丸からのメッセージが。
「人間の中で、栗丸に、にてる所はどこだ。」
「無い。」
と、返信。
「知らないんだね〜。」
コンチクショウ、ひっかけ問題が何かか?
「硬い殻に囲まれてるよ。」
貴志は、栗丸にからかわれてるようで、モニターをにらんだ。
「人間の硬い殻は何かな。」
貴志はキーをたたいた。
「口の中か?硬い歯で囲まれてるからな。」
「知ら無いんだね〜〜。」
「どこだよ。」
栗丸は、あざけってるような返信をよこした。
「頭さ〜〜。脳みそは甲虫の腹のように硬い頭蓋骨で、守られてるだろう。」
「それが何なんだ。」
貴志はムカついていた。
チビの栗丸のくせに。
「貴志の頭の中だよ。栗丸がいるのは。」
貴志は悲鳴を上げたが、栗丸に乗っ取られた身体では、声が出ない。
「く、り、ま、る、は、む、し、だ、ま、な、ん、だ、よ。」
頭の中で、キンキンとした、栗丸の考えが響く。
「蟲玉は、ワームを産む。」
その映像は貴志の脳の中を走り回った。
脳が溶けて、タンパク質の白い芋虫が蠢き出し、ほどけて、それぞれの目的の場所を目指した。
「ワームは増える。」
〜ワームは増える〜
「ワームは増える。」
〜ワームは増える〜
「ワームは増える。」
〜ワームは増える〜
母親が帰宅し、溶けたアイスの後をかたずけてから、貴志の部屋の扉をノックした。
身体の中から、ワームに喰われ、皮だけの貴志を見つけるまで、…………後、3日。
今は、ここまで。