第一話:ウォールビートのエレオノーラ
大きな机の上には、たくさんの紙の山。
それと対峙する女性の前に、一冊の本が差し出された。
「エル、これの続きが読みたい」
「殿下。そんな事したら、破綻しかねないので却下です」
女性は自らが殿下と呼んだ青年に対し、あっさりと、これまた容赦なく駄目だと告げる。
では何故、読みたい物が読みたいと言って、破綻するのか。
エルことエレオノーラはここ、ウォールビート国の人間である。
共に元が付くが、父親は財務大臣で、母親は国に七人いる将軍の一人であり、兄弟には義兄と実弟がいる。
そんな両親の意志を継ぐような形で、今現在将軍と財務大臣を兼任しているのが彼女、エレオノーラである。
彼女が財務大臣に就いたのは、過労死した父親の手伝いをしていたこともあり、選ばれたという理由もあるのだが、それまでは次が決まるまで代理という形ではあり、気づけばいつの間にか代理ではなく、正式な財務大臣という地位に就いていた。
本人は正式に決まるまでの代理じゃなかったの? と就いた直後は疑問符だらけだったのだが、上層部としては、いつまでも財務大臣の椅子を空けておくわけにもいかず、「なら、代理じゃなく正式な大臣にしちゃう?」「手伝ってたの知ってるし、今でも大丈夫そうだから、正式決定したとしても、多分大丈夫だよね」的な感じで決定したのだ。
もちろん、エレオノーラがそんなことを知る由もなく、知ったら知ったで、「大人汚い。マジで汚い」と冷たい目を向けるか、「そんな適当な理由で、重役をあっさりと決めんな」と噛みつきそうなので、上層部は揃いも揃ってこの件の裏側については口を閉じている。
だが、彼らとしても、一応はきちんと吟味して、彼女が相応しいと判断したのだから、一概に責められないのだが。
さて、話は戻して、冒頭の件なのだが。
「大体それ、絶版されたものじゃないですか。続編すら今はもう売ってない上に、作者もいませんから無理ですよ」
「なら、エル。探して、書いてもらってくれ」
「いないって、言ってるじゃないですか」
分からない人だなぁ、とエレオノーラは内心思う。
そもそもこの話は、エレオノーラの話し相手ーーウォールビート国第二王子・リオライトの持っている本から始まった。
国内で一度でも発売された本や資料とされるものは、初版など関係なく、城に集められ、城内の書庫へと入れられる。
そして、リオライトの持っている本は、その書庫で見つけた物だったのだが、エレオノーラの言う通り、現在、その本は絶版な上に作者不在である(生きているのか死んでいるかどうかも不明)。
そんな状態で探すとなると何年掛かるか分からない上に、たとえ見つかったとしても、続きが読める保証がないからだ。
財務大臣でもあるエレオノーラとしては、いくら王子であるリオライトの頼みとはいえ、そうまでして作者を探すのは嫌だった。
「それに、誰かさんの豪遊のせいで、赤字になりかけたこともあったんですよ?」
嫌みっぽく言うエレオノーラに、リオライトは何とも言えないような表情をした。
(まあ実際に、赤字になった時もありましたが)
とは言わない。その時は、国全体で不況状態だったので、一概にリオライトが悪いとは言えないのだ。
当時のことを少しばかり思い出しつつ、そんな中で、来年度の予算などを纏めながら、エレオノーラはリオライトの話し相手をしているあたり、器用にも見える。
「豪遊ではない。周遊といえ」
「ほとんど同じじゃないですか。殿下が行く場所によっては、赤字になるようなこともあるんです。その度に頭を下げに行く私の身にもなってくださいよ!」
「う……」
リオライトが出掛ける度に、エレオノーラは赤字が出ないように、上手くやりくりしていた。
時には給料を調整したり、時には加税したり……もちろん、赤字脱出さえすれば、税や給料は元に戻した。
それをリオライトは知らないわけではないのだが、どうしてもそういう態度になるのだ。
「も、もういい!」
そういうと、リオライトは部屋を出て行った。
「全く……」
エレオノーラがそう呟くと、微笑ましそうに笑みを浮かべた部下が彼女を見ていた。
「何……?」
エレオノーラが聞けば、部下は言う。
「いや、相変わらずだなぁと思っただけですよ」
それを聞き、エレオノーラは微妙な表情をしたが、すぐに顔を逸らすと仕事を再開させた。
☆★☆
前述にもあるが、エレオノーラはウォールビートの七人いる将軍の一人である。
「お! エレオノーラじゃん」
久々に軍の方へ顔を出したエレオノーラに声がかかる。
「何だ。ケイルか」
自身に声を掛けてきた人物を認めたエレオノーラは、声の主ーー同じく七人いる将軍の一人、ケイルに呆れたような疲れたような顔をして返事をする。
「何だ、って何だよ」
「別に?」
どこか不機嫌そうに言うケイルに、エレオノーラは肩を竦める。
「相変わらず、大変だよな。お前」
エレオノーラの様子を見たケイルが苦笑いして言う。
「でも、珍しいな。お前がこっちに顔出すなんて」
「ああ、理由は聞かないで」
珍しそうに言うケイルに、エレオノーラはその空気を感じ取ったのか、先に答える。
「どうせ、予算確保が出来なくて、煮詰まったんだろ」
「残念。予算確保は何とか終わりましたぁ」
ケイルは予想を告げるが、エレオノーラは違うと言う。
「実は時間が出来たから、顔を見せに来たの」
「なら寝ろよ」
さっきは聞くなって言っておきながらも、エレオノーラが自分から答えれば、それを聞いたケイルがすぐさま寝ろと返す。
城内では、財務大臣をしているエレオノーラが過労、睡眠不足、栄養失調寸前という不健康まっしぐらなため、彼女が財務大臣としての仕事以外をし始めようとしたときは、みんなで全力で止めて、食事させるか寝させることを暗黙のルールとされている。
だが、もちろん例外もあり、将軍でもあるエレオノーラが軍関係の事をする場合は止めてはいけないとされている。
今回の場合、エレオノーラは顔を見せに来たという目的のため、ケイルはエレオノーラに寝るように言ったのだ。
「大丈夫だって」
そんな彼にエレオノーラは笑顔を見せるが、その顔を見たケイルは、心配そうな顔をする。
そんな時だった。
「ケイル!」
ケイルの後ろから、彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
「って、ノーラ嬢も一緒か」
「一緒で悪かったですね。ノルウィルさん」
二人揃ってそちらに目を向ければ、声の主は、ケイルの隣にエレオノーラがいることに気づいて、駆け寄ってくる。
それに対し、エレオノーラはそんな声の主ーーノルウィルと呼んだ青年に不機嫌そうに返す。
「いや、悪かった。でも、一緒に居てくれたのなら、ちょうど良い。呼びに行く手間が省けた」
「何ですか?」
喜ぶノルウィルに、怪訝な顔をしながらエレオノーラは尋ねる。
「至急の、全員呼び出しだ。七将全員、な」
ノルウィルがそう言うと、内心疑問符を浮かべながらも、三人は集合場所に向かって歩き出すのだった。




