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となりの悪魔  作者: 錦燈籠
名前のない前奏
9/16

Seele―精霊―

前回とは打って変わって、遠慮なくかぶりつく。

昨日よりも食いっぷりのいい少年に満足しているらしく、ヴァルゲンはにこにこと新しく持って来たパンを手元も見ずにナイフで切り分けている。

「ジャムかバターでもあればいいのにね」

「食べないって言ってたのに、必要?」

「人間はよくコレにつけて食べるじゃないか」

切り分けたパンを、ちょうど果物を飲み込んだ少年に手渡す。

幾らか時間が経っているのか、少々固いが、構わない。

パンを噛んでいると口の中が乾いてきて、水気のある果物を後から口に放り込んだ。果汁がパンに染みこんで丁度いい。ジャムいらず。

「…食べなくても動ける、て昨日言ってたけど」

「うん」

「……まりょく、ってのがあれば食べなくていいの?」

「あーー……」

少年の問いに、ヴァルゲンは食事を続けたままで聞いてくれ、と前置いた。


――――――――――


悪魔のことは説明したね?

そう、精神体の俗称だ。

精神体は本来住んでいるところより一つ下の次元、つまり人間などが住む世界ココに召喚されることで初めてこちらに存在を現すことができる。

召喚された場合は用意された肉体(容れ物)に宿るけど、では肉体に宿っていない場合は何をしていると思う?

まあ、想像もつかないだろうね。

ああ、莫迦にしているわけではないんだ、気をわるくしないで。してない?ならいい。

我々、精神体はそういった場合、本来住むこちらより一つ上の次元、こちらの言葉で表すなら『霊界』とでも云うかな。そこで魔力元素の還元・供給を仲介している。

そう、魔力だ。君が聞いてきたのがこれだ。

魔力というのは、こちらの人間たちは『魔術』を使うための燃料だと認識しているのが大半だが、実は違う。間違ってはいないが、本質ではない。

魔力は、私たちにとっては【生命力の余波として発生し、精神を介して操作され、具象を顕現させるもの】であり、つまり元は生命力だ。

生き物・自然の全てが持つ生命の力を、精神を集中して操作することで魔力が行使され、具象を顕現させる。

≪意図的に顕現された具象≫のことを総じて『魔術』と呼んでいるのさ、人間は。

話が逸れた?いいや、ここからだよ。


で、だ。

私がこの躰を動かすのに、なぜ食べ物の摂取の必要がない、という話だったね。

精神体は魔力元素の還元と供給を行っている、と先ほど言ったね。

これが宿主の肉体を動かすことのできる理由。

私たちは霊界でやってきたことと同じことはこちらでも一応、出来る。

魔力元素は人間の肉眼では見ることはできないけれど、空気中に漂っているんだよ。生きているモノ全てが発しているからね。

元素が集まって結晶化したものを魔石や魔力結晶と呼び、これは目に見えるし触ることもできる。まあ、これを使用するのは魔力の弱い人間くらいだ。

私たち精神体は通常、空気中にある魔力を利用する。

宙に漂う魔力を宿主に供給し、循環させて擬似的な生命力としている。

私たち精神体にとって元素操作なんて呼吸にも等しいから、意識せずともそれが今こうしてる間にも行われているのさ。

だからこの躰は今でも動く。

まあ、死んでから間もない新鮮な肉体、もしくは自我のない物体に限るがね。


――――――――――


「理解したかな?」

「……」

少年は終始、一言一句漏らさず聴いていたが、半分以上さっぱりであった。

目が点になっている。

「えーと…」

しかしなんとか今までの話を噛み砕く。

「…つまり、ヴァルゲンが入ったから死んでも動くようになって、食べなくても大丈夫になった、ということでいいの?」

「……概ね、そういうことになるかな。うん。間違ってはいないよ」

「そう…」

ヴァルゲンの返答は本人にその気がなくとも、まるで馬鹿にしているような響きを含んでいる。

蔑まれるのは慣れっこなのでそこはいいが、もしやすっとこの調子で続けていくのだろうか。

「われわれ…っていうことは、他にもあくまやせいれいがいるの?」

「勿論。個体によって性格も様々だから、だからこそ人間からの呼ばれ方も様々になった。悪魔、精霊、悪霊や神霊…」

「じゃなくて」

「うん?」

「ヴァルゲン以外にも、いるんだ?」

「……」

この目の前の『悪魔』とやらの他にも精神体が存在していて、それこそ多くの呼び名がある程に。

「…いるよ。気の合う奴から合わない奴、いけすかない奴、沢山ね」

「たとえばどんな奴なの」

「…何、気になるのかい?」

「うん」

「それは、また今度ね」

「……?」

ヴァルゲンはそれっきり、そっぽを向いて黙ってしまった。

どうやら、このことについては、今はこれ以上語る気はないらしい。

「……もしかして、他の奴らのこと、嫌いなの?」

「………そういう訳じゃないよ」

口調は険しいものではなかった。むしろ優しい。

何か他の理由が?

ふと、思いつく。

このヴァルゲンという悪魔は、そう最初から自分を『悪魔といった方が近い』と言った。

人にとって損になる結果のことをしたから悪魔と呼ばれる、とも言った。

自分をわざわざ悪の側面であることを名乗ったのだ。

精神体にも個性があり、気の合う奴からいけすかない奴まで沢山、と言った先ほどの言い方といい、もしやそこに理由があるのか。

(もしかして…)

他の精神体、いけ好かない奴とやらに。

(…会いたくない、か、合わせたくない、とか?)

しかしこちらの世界で精神体は…

(しょうかん、されないとこっちじゃ居られない、んだよな…)

それでは会える可能性は、人間一人に出会うことよりも低い確率ではなかろうか。

(…他に、まだ隠してる…)

食べ物から手を離さずに、ちらりと視線だけをヴァルゲンに向ける。

やはりこれ以上、何も話してくれそうにない。

先程から無言だ。そっぽを向いたまま。

(…なんだろ、これ…)

外見でいうなら、その顔が、今まで自分に苦痛を与えてきた人間のものだからか、何も言わない・してこないということがとても違和感のあるものに思えてしょうがない。

だがそれ以外に、言いようのない、背に見えない重石を置かれているような感覚に襲われる。

せめて、目ぐらいこちらに向けてほしい、と何故かそう思ってしまう。

初めてのその感覚に内心で酷く戸惑った。


それが【寂しい】ということなのだと、少年はまだ知らない。


----------


窓から差し込む光が赤みを帯びた頃。

『ズゥーーー…ン』

と重たい音がどこからともなく響いた。

ヴァルゲンが「本当に夕方に来たな」と感心そうに言った。

来たのは巨人…?それとも…

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