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となりの悪魔  作者: 錦燈籠
名前のない前奏
3/16

Birthmark―紋―

1話と比べて長くなりすぎたかもしれません。

ここでは満足に手当ができないから、と青年に抱き上げられた。その行動も、少年の今までの経験からは理解不能のものだ。咄嗟にもがく。

「暴れないで。別にとって食ったりしないよ」

そのまま気にせずすたすたとその場を後にする青年に呆気を取られて、少年はようやくおとなしくなる。

「やけに広いね。城なのかい、ここは?」

少年を抱えたまま、無遠慮にずかずかと歩き回りながら青年がぼやく。既に先程までいた地下室は出ていた。

「古いね、埃臭い。大丈夫かな…」

何が大丈夫なのか、と訊こうかどうか迷う。動揺し過ぎていて少年は喉をまともに使えないでいる。

それだけじゃなく、この青年には訊きたいことがたくさんあるのだが。


そのうち、この城( かもしれない )の寝室の一つらしき部屋に入った。

天蓋つきのベッド。そこに敷かれたままのシーツ。

「ああ、これなら大丈夫そうだね」

青年は少年をベッドに座らせ、シーツの端を掴み、躊躇いなくビリビリと裂いた。

「……」

青年の大胆なそのやり方にやはり声が出ない。

何から何まで、少年にとって今までに見慣れていた青年とはまるで違う。やはり、自分の知っているのとは別の者だ、と判断する。

先刻言っていた「大丈夫かな」とは、シーツのことを指していたのか。

「水、はないか。仕方ない」

青年は右手にシーツの切れ端を持ったまま、左手の掌を広げ、暫くそのまま動きを止める。

すると、左掌のすぐ上、何もない宙に水の球が生まれた。拳大のそれを、右手に持っていたシーツに含ませる。たっぷりと水分を吸ったそれを、床の上で絞る。ベッドの周りに敷かれている上物そうな敷物の上にぼたぼたと水滴が落ち、濡らした。

いいのだろうか、と怪訝な目を下に向けていたら、布を絞り終えた青年が「腕を出して」と言った。

動かないでいると、少年の応えを待たずに腕を取って、肩近くにある傷を優しく、血を拭き取るように濡れた布をあてられる。

「…っ」

血は止まっているが、傷口とその周りは赤く腫れており、若干の熱を持っている。

この傷は、さっきまでいた地下室で、黒装束の一人につけられたものだ。

少年の傷から出た血で青年の胸に模様のような何かを描いていた。

「………」

目の前の青年の、裸のままになっている上半身。その胸の部分に目を向けると、その時描かれた模様と同じ形の痣が出来ている。

「気になる?」

少年の視線に気付いたのか、青年が胸に手を当てて、またにっこりと微笑む。

「これは証。君が私を呼んで、この体に依らせた目印だよ」

あんた・・・…いったいなんだ」

先刻と同じ質問をする。

青年は少年の腕に細長く裂いたシーツを巻き付けつつ応えた。

「君たち人間が精霊、あるいは悪魔と呼ぶモノだよ」

「……精霊…?」

「今回は悪魔といった方が近いかもね」

整った顔がまた笑う。

どこか意味深な、含みのある笑い。

「そもそもどちらも同じものだよ。私から言わせれば」

「どう違う」

私達・・は精神の集合体だ。実在してはいるが実体がない。物理的なものではないから目に見えない。触れることもできない。しかし召喚されるなどして実体を得た場合なら能力を行使することが可能になる。その能力行使の結果が人間にとって損なことか、得なことかの違いだね。損すれば悪魔、得すれば精霊」

包帯し終えた腕を優しくさすって、少年と顔を向き合わせる。慈愛を含んでいるような表情である。

「そして私は、君の血が使用された術式によって召喚され、この肉体という実体を得ることができた。この胸の印はその契約の証」

自分の胸を示して誇らしげに言う。

成程、さっきから何度も言っている「君に呼ばれた」というのはこのことを意味していたのか、と得心いく。

ならば、契約が完了しない、というのは。

「名前をいわないと契約が完了しない、というのは…?」

「契約には、『何故召喚されたか』を提示されることが、私たち精神体には必要不可欠なんだよ。それは『誰の願いであるか』と確定していることが前提。個人を特定できないと、誰彼かまわず私の主人ということになってしまう」

少しばかり難しい、少年にとってはそんな言葉の羅列であった。

疑問符を顔に浮かべる少年に、しかし青年は優しく、理解できるようにゆっくりと言った。

「つまり、私は今回、『肉体を与える代わりに願いを叶えてほしい』と召喚された」

「うん」

少年が頷き、青年は続けた。

「それで、こうして肉体を得て、召喚した主である君の願いを叶えることになった」

「…うん」

「しかしそれが………」

そこまで口にして、青年ががっくりと肩を落とし、床に顔を向けた。

「…名前が、ない……」

「………うん…」

思い出したように、更に落ち込んだ。

この『悪魔』を名乗る青年が、先ほど顔を覆った理由、そして今肩を落としている理由がここでようやく解った。

願いを叶えるために呼ばれたのに、叶えるための手順が踏めないということだろう。

それがどれ程の問題なのかは少年には解らないが、この『悪魔』がここまで落ち込むということは、相当大変な事態なのだろう。

次に進めない。それも多分、段階としてかなり初めの辺りで。

「こんなところで躓くなんて…」

「…名前ぐらい、好きに読んでくれて構わない、けど…」

「いや、それじゃ駄目だ。本人が『これが自分である』という自覚をその名前に持っていないと、個人を特定する要素たりえない。勿論あだ名も駄目。本名のみ」

「……細かい……」

「霊界の掟だから」

「…?」

自分に名前がないというだけで随分と大袈裟な、と思ったが、譲れないものであるらしい。掟だかなんだかは知らないが。

「それ、そんなに大切?」

「無論。でなければここに呼ばれた意味がない」

当然、という顔で即答・言い切られた。

「……別に、願いとか無いし、自由にしてもいいんだけど…」

「願いがない!?」

少年の発言にまたもや青年が愕然とする。まるで信じられないものでも見るかのような表情。

対して少年はそんなに意外なことなのか、と目を丸くしている。

「本気で言ってる…!?」

少年は頷く。

「本当に、願い…無い……一つも?」

再度頷く。

青年は目を見開いたまま硬直する。

「え、じゃあ、私、何で、何の為に…どう、して………」

頭を抱えてその場にへなへなと蹲った。

「…あの…」

「……」

「……」

「…………願いを」

「え」

「願いを、言ってくれ」

「でも」

ない、とつい今しがた言ったのに。

青年は今にも泣きそうな哀れな顔で、再度同じことを繰り返す。

「頼む、願いを」

「…」

「願いを叶えないと…、消えてしまう」

「え!?」

「私は、私を呼んだ者の願いを叶えなければならない。叶えないまま契約を終わらせたら、精神体は霧散して、消えてしまう」

いきなりの、それもとんでもない告白にさすがに度胆を抜かれる。その上内容があまりに切羽詰っていた。

「そ、それは今すぐなのか?」

「今は肉体に留められた状態だから大丈夫だが、願いを叶えないうちに契約を破棄されたりしたら、理によって精神体である私は消滅しなければなくなる」

「そういうものなの?」

青年は頷く。余裕のない顔である。

つまり、(見た感じなら)冗談でも作り話でもないのだ。

「…契約の破棄の仕方なんて、知らないよ」

「…」

青年の顔がここで一瞬、明るくなる。まるで光を見出したような。

「でも、やっぱり、叶えて欲しい願いなんて…」

一転、先ほどよりも陰鬱とした表情に変わった。

段々と申し訳ない気持ちになってきたが、ないものはないのだ。

少年にとって今までの、それほど長くない人生の中で、『願い』という希望を持てる状況や環境や出来事などついぞなかったのだ。あまり人に言いたくない意味で。

さっきから鬱気味な青年にかける言葉もなく、ただ黙っていたが、青年の方から言葉が持ち出された。

「話を」

「?」

「君の話を。まだそっちの方は全く聴いてない。」

「…何を話せばいいのか」

「今までどうやって生きてきたか、どんな暮らし方をしたとか、何を見て・聞いてどんな風に感じて思ったか。なんでもいい、君の今までのことを聴かせてくれ。そうすれば――」

叶えられそうな願いが何か判るかもしれない、と真剣な表情で言った。

少年はベッドに腰掛けたて動かないまま、どうしようかと迷う。

正直、この青年が悪魔だということは半信半疑なのだ。いまいち信じきれない。

果たして自分の素性ともいえる話をこの【悪魔】に話していいものなのか。

以前の、少年の知る人物とはまるで別であることだけは判る。

やはり迷う。


しかし、他にすることもなく。

いままで何度死のうか思ったことに比べたら、どうということもない。

「…一番、昔の記憶は―――」

少年は口を開いた。




まだ少年と青年の名前がは出てきません。早く出したい。

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