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となりの悪魔  作者: 錦燈籠
名前のない前奏
10/16

Ankunft―使者到着―

あの重たい音の後。

ヴァルゲンが確認をしに部屋から出て行くというので、後についていく。

朝に見た巨大な扉のある玄関まで来ると、なんとその大扉が開いていた。

人ひとり、通れる程でしかないが、開いていた。

どう見ても明らかに人力では開きそうにない扉が開いていることに驚きはしたが、その開いた扉から入ったのであろう人影を認めて目を見張る。


外見は人間の男。栗色の長髪を緩く束ねていて、それを肩に流している。

長身で、ヴァルゲン(の入っているアルテュールの躰)よりも頭一つ分ほど高い。そして服を着ていても引き締まっていると判る逞しい体躯。

肩幅が広いのでしっかりした印象だが、その方の上にある顔に厳つい印象は微塵もない。むしろ精悍さと繊細さを兼ね備えた美青年だ。

アルテュールの顔の造形を『華やか』と表現するなら、こちらの青年は『凛とした』美貌だ。

しかしそれにしても…。


(…この人が開けたのか?)


この者が一人で開いたのだろうか。この大扉を。

重たそうで、人一人では到底開門叶わないであろう、巨大な扉を。

見たところ、厚さもかなりあるようだ。大人の男の肩幅ほどありそうな。


「やはり君が来たか」

ジルドレ。

と、その男を呼んだ。

それが、この男の名なのだろうか。

「…聴いていないぞ」

「何を?」

「人間が大精霊の一柱の召喚に成功した、という話をだ」

ジルドレと呼ばれた男は静かな、落ち着きのある声と口調で言う。ヴァルゲンの涼しげに人をからかっているような話し方とは対照的だ。

あれ・・が昨日いきなり来た時、ハンターの罠かと疑ったぞ。それも、こんな辺鄙な場所から…」

そこまで言って、発言しながら周りに巡らせていた視線を、少年でぴたりと留める。

整った顔が、目を丸くする。

「それが今回のお前の主人か…?」

「そうだよ」

「驚いたな…。まだそんな年端もいかぬ子どもだとは…」

目を丸くしたまま少年に歩み寄る。

目と鼻の先で立ち止まって、少年を頭からつま先まで、それこそ穴があくほどにじろじろと見まわす。

「あの…」

「少年、名をなんという」

「っえ、と…」

応えられない問いをいきなり問われた。それも、かなりの威圧感を伴って。

さすがに堪えられずにジルドレから離れ、ヴァルゲンの背後へと身を隠した。これにはヴァルゲンも少々驚いたのか、「おっ?」と声を上げた。

「…返答に困る質問ではないと思うが、それともこの者とは使う言葉が違うか?」

「いや、通じているよ。問題はそこじゃないんだ」

「では何だと言うんだ」

「いやそれよりも、初対面の子どもを威圧するなよ。返答に困ったんじゃなくて、見ろ、怖がってるじゃないか」

「む」

ヴァルゲンの指摘に、不満そうに眉根を寄せる。

自分が発している威圧感に自覚がなかったらしい。

少年が恐る恐る、ヴァルゲンの後ろからジルドレを覗い見る。

視線が合い、またさっと陰に隠れてしまう。

それを見てジルドレはため息を吐き、ヴァルゲンは可笑しいらしくクスクスと笑った。


「笑うな」

「いや、失礼」

それでも未だくくく、と口の端を持ち上げたままだ。

ジルドレはその顔をじっと見ていた。

「…今回は随分と見目麗しい容れ物だな。人間の器など、何百年振りだ?」

「おや、私がこれ以前にも人の肉体を得たことがあると知っていたのかい?」

「主人から聴いた」

「だろうね。…かれこれ三百年ほどかな。それ以前なら割と人の躰を宛がわれるのは珍しくなかったんだけれど。今じゃ難しいだろうねぇ」

「…時代が変わったからな」

少年の頭上でわけのわからない会話が行き交う。

このジルドレという男、ヴァルゲンとどれ程昔からの知己なのだろうか。

「前回君を呼びつけたのはいつだったかな?」

「二十四年前だ。あの時は猫に憑依していた」

「なんだ、それだけしか経っていなかったっけか」

「その前は四十五年前。白い大鷲だった。その前は八十二年前、初めて会った時。竜人の遺体だった」

「おいまて、なんでいきなりそんな走馬灯みたいに」

「いや、その子どもが聞きたそうな顔をしていたから」

いきなり会話に出されて、少年の身体が独りでに竦む。そんな顔をしていただろうか。

ジルドレは背が高い。自然、見上げる形になる。

静かな深緑の瞳がこちらをまっすぐ見据えてくる。

「少年。俺の名は、ジルドレ・ヴァインリキウス・ギースレーリン。お前の名はなんという」

「え。あ、の…」

先程と同じ問い。しかも向こうの名乗りつき。

これはしっかり返答せねばなるまい。

…なるまいだろうが、しかし。

「…オレ、名前………ありません」

「……なんだと?」

案の定、怪訝な目を向けられる。当然の反応だろう。

ヴァルゲンも同じ答えで、同じような反応をしていた。

「ヴァルゲン、どういうことだ」

「私も昨日全てを聞いたんだよ?なかなか壮絶な過去があってね」

「では、今回の契約は」

「お察しの通り、まだ完了していない。瀬戸際だよ」

ジルドレの目が再度、驚愕で見開かれる。

「まさか消滅す…」

「しない為に君を呼んだんじゃないか」

「?」

(?)

ジルドレと少年が同時に顔に疑問符を浮かべた。どういうことなのかと。

「この子と私を、『夜城』へと連れて行ってもらいたい」

「!!」

(…?)

ジルドレは顔色を変え、少年は未だ疑問符。

「まさか、その子どもを…!?」

「アーノルドに合わせるつもりだ」

その発言で、ジルドレが再び少年に視線を向ける。しかし先刻が驚きの表情だったのに対し、今度は眉間に深い皺が刻まれている。

険しい。

「この子の名付け親になってもらうつもりだ」

「わが主に、そのようなどこの馬の骨ともわからぬ子どもの名付けをさせると云うか!」

「………言葉に気を付けろよ、若造」

「…っ!!」

(!?)

次に顔色を変えたのはヴァルゲン。声色も低く、恐ろしく変わった。

「仮にも私の主を愚弄するような言動は慎んでもらおう」

「っ、」

ジルドレがぐっ。と黙る。今の発言は双方共に地雷だったらしい。

「それに、だ。アーノルドがこの程度のことを渋るような、狭量な男ではないことは、君がよく解っている筈だが?」

こんどは迫力が一気に失せ、代わりに皮肉げになる。

ジルドレもこれには言い返さない。

「…わかった」

「なによりだ」

満足そうにうなずいた。

「発つのは、今すぐにか?」

「いいや。しばらくそちら側で厄介になりそうだから、この子の為の食糧を持って行かせてくれ。すぐに用意できる」

「滞在する気か…」

ジルドレの声は嫌そうだった。迷惑に思われているのだろうか。いや、思われいるのだろう、きっと。

ジルドレと少年を大扉の前に放置して、ヴァルゲンは「直ぐに済むから準備してくるよ」とそこから行ってしまった。

後に残された二人は当然、重い空気になる。


「あの…」

「っ、何だ」

「…ごめんなさい」

「……いや…」

別に気にしていない、と言ってそっぽを向いてしまう。少年の謝罪に毒気を抜かれたらしい。少し軽くなった。

だが沈黙が痛い。

どうやら危害を加える気はないようだが、少年にとっては『初対面の人間』というだけで身体が強張る。


今まで蔑まれてきたのだから。

この髪と目の色によって。


そこまで思い至って、体が勝手に動く。

ジルドレに背を向け、髪をなるべく見せないように、と頭を両腕で精一杯覆う。

「?おい、何をしている?」

「!!」

突然の奇行を訝しんだのだろう。ジルドレが声をかける、が。

ひとりでに体が竦む。

頭を抱えてはいても、数年間ろくに切らずに伸ばしっぱなしの髪は伸び放題のボサボサで、時々気まぐれにアルテュールが羊毛用の毛刈りバサミで無理矢理切り落としてくることがあったが、ここ最近は何もされていないので今は肩の位置より長い。

見られているだろう。

今更隠したところで、先ほどまで散々見られてもいた。

(どうしようどうしようどうしよう…っ!!)

髪の色を見られている、ただそれだけのことなのに。

ひどく焦ってしまう。

そういえば、直ぐに済む、と言って離れて行ったヴァルゲンはいつ帰ってくるのだろう。

まだ戻ってこない。


恐い。

初対面の者と二人きりにされるのが恐ろしくて堪らない。

蔑まれて甚振られるのには慣れている筈なのに。


ジルドレが、歩いて近づいてきた。

「!!」

肩を掴まれる。

(殴られる)

思考が条件反射のようにそう判断し、とっさに蹲ってしまう。

「…おい」

「…っ」

いきなり身を低くした少年に呆気にとられたが、訝しげにジルドレが声をかける。

「頭でも痛いのか?」

「…」

「違うか?腹が痛いのか?」

(…殴られ、ない?)

恐る恐る、ジルドレへと視線を向けると、立ったままだと思っていた男は、いつの間にかしゃがんで少年と目の高さを合わせようとしていた。

「!!!」

「…お前……」

心臓が飛び出るかと思った。

近い。

何度もいうがジルドレは背が高い。その男が少年と目線を合わせる為に目一杯、身を低く、膝もこれでもかというほど折っている。傍から見れば奇妙な光景である。

顔が近い。

人の、顔が間近にあるのは今日で二回目だ(一回目は朝目覚めての別の美形の顔だった)。

言葉が何もでない。

(どうしよう)

先刻とは違う意味で焦る。


「お前…ガゥルク族か」

「え…?」

耳慣れない単語。何のことだ。

「ガ…、…何?」

「知らないのか?お前はガゥルク族ではないのか?」

「ガ…、何とかって、何?」

「…おいおい」

ジルドレの表情が、驚愕→怪訝→唖然の順に変化した。

ガーゥルク族、とは少年のことを指して言っているようだ。

「お前は何者なんだ」

「…アカメのバンゾク…」

「…なんだと」

「いつも、会った人には皆、そう言われる。イヤシイバンゾク、ケガラワシイ、赤い目がオゾマシイ…って」

少年の説明に、ジルドレが眉間に深い皺を刻み、そのまま固まった。

暫く少年を見つめたまま動かない。

「…お前、いったい今まで、何があった」

「え、何って…」

「ああ、いい。こちら・・・の方が早い」

言うなり、ジルドレが突然少年の左手を取った。

大きい手の平で、細長くてしかし逞しい指。

何をするのか、と訳も分からずにいると。

想像もつかないことをしてきた。


少年の手首に、噛みついた。


判る人は彼の名前で判ってしまうでしょうね。

ジルドレのモデルは、あの人です。

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