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クロノス  作者: 儀式雑種
1/1

プロローグ

島崎研究所は、食堂からすぐ近くにある。そこへ向かうのは日課だ。今日の昼飯を終え、研究所へ向かう。俺と同じ価値観を持つ、彼女に合うため。

「失礼します。」

二回、軽いノックをして、研究所の扉を開ける。するといつも通りのアールグレイの香りが広がる。 針部蓮は、この研究所の常連だ。研究員たちは良い人ばかりで、またかと口では言いつつも、嫌な顔一つせず俺をもてなしてくれる。

悪い気もするが、毎日毎日せんべいを頂いている。醤油がたっぷりと染み込んだせんべいだ。何でも、ここの研究員たちは、塩せんべいが好きならしい。しかも、醤油せんべいは教授しか食べないので、別に良いという事だ。教授もバリバリと食べる訳ではないとの事だ。

「島崎教授、例のブツ、届けに来ましたよ。」

「そこ置いといて、うん。」

デスクトップPCとにらめっこしている島崎空美。彼女の言う「そこ」とは、すぐ横の事を指す。近づいて見ると、いつも通りの時間の研究をしていた。

「飽きませんね。僕も当然、時間に興味はありますが、相対性理論だとか、超弦理論とか、頭の悪い僕にはサッパリですよ。」

「飽きるわけないでしょ。私はこれでここまで来てんのよ。」

「タイムマシン、完成したらどうするつもりなんです?」

「どうするも何も、時間に関する禁忌に触れたとして、クロノスに抹消されるでしょうね。」

「目的も持たずに、タイムマシンなんですか?」

「人類がクロノスに戦いを挑む。いや、挑発にも取れるかしらね。とにかく、私は時間の檻を壊したい。」

「神なんて、そんなあるかどうかも不安定な存在じゃ。」

「あら、そんな事言ったら、タイムマシンも不安定でしょう?」

「それもそうですが…」

島崎空美と針部蓮の会話はいつもこんな感じだ。価値観は同じといえど、針部蓮の知らない知識や意見を島崎空美は持っている。それが良いとお互いが思っている。

「そのためのこの映画なんですよね?」蓮が冗談混じりに言う。

「もちろんでしょ。タイム・マシーン…シンプルで良いタイトルだわ。」

「前に見たのもシンプルでしたね。ええと……」

「クロノス・ジョウンターだったかしら。あれは過去に戻ったらもっと未来に行ってしまうから欠陥品よ。まぁ、それがあの作品の良い所なのだけれど。」

蓮と教授が話していると、後ろから研究員がこちらやってきた。

「教授。レポート、置いときますね。」

「はいはいー。」

ここの研究員は皆、当然だが時間に興味津々だ。島崎教授の美貌に憧れこの研究所に入りたがる者も居るが、それだけの輩は入れないようにしてあるらしい。

「僕達って何なんでしょうね。」

島崎空美と針部蓮が映画館に向かっている途中、彼女が運転する車の中で問いが投げられた。

「何?人類が何か聞きたいの?」

「違いますよ。教授と僕のです。友人でも無ければ、恋人でもない。当然、親族でもない。」

「価値観が殆ど同じってだけで、それ以上でもそれ以下でもないわ。言うなれば、恋人以上親族未満。」

「はぁ…。解り辛いですね…。」

「そりゃあそうよ、私と針部くんは同じ人間では無いのだから。価値観が同じでも、人は自分自身を理解するのに一生かかる。」

「依存している、っていう表現は当てはまらないですかね?」

「やっぱりアンタは面白いわ。」ははは、と高笑いをあげる島崎空美。

余談だが、島崎空美の運転の巧さはピカイチだ。ハンドル捌きも、それは素晴らしいものだ。

「さぁ、着いたわね。」

映画を見終え、帰路につく。

映画は一言で言えば、イマイチだった。どこかで見た事あるようなストーリーに、タイム・マシーンが何なのか、どういうメカニズムなのかがハッキリしていない。その点で、島崎空美は少し不機嫌だった。

「ぼったくりね。」

「まぁまぁ、僕の奢りですから。」

「とんだ時間の無駄だったわ。」

「教授!前!危ないっ!!」

彼女が前方不注意だったのは一瞬だっが、そこに暴走車が突っ込んできた。後に衝突事故として報道されるであろう事が起きたのだ。衝突のショックで、島崎空美と針部蓮の意識は途絶える。

「教授は………?」

それが三日間の眠りかから目覚めた針部蓮の第一声だった。

「先生、針部さんが……!」

「目覚めたか!」

どうやら病院へ運ばれていたようだ。

「意識はありますか?あるなら返事を。」

「島崎……教授……」

「島崎…?」

「きょ……うじゅは………無事………なんですか?」

「島崎空美の事でしょうか?」

「ええ……」

医者が顔色を変えた。

「針部さん、落ち着いて聞いてください。彼女は…島崎空美さんは即死でした。真っ向から衝突されたのです。」

「え…」

「そして、島崎さんの臓器提供によって貴方は生きています。針部さん、貴方も…危ないところだったのです。」

「あ…」

針部の目から涙が落ちる。

「大学の研究員から聞きました。貴方と島崎さんは、ほぼ等しい価値観を持っていて、とても仲が良かったと…。でも、これで人生を諦めないでください。彼女の意識を無駄にしてはいけない…。」

「ああ…!」

「でも、今は泣いてください…。気が済むまで。私達はここから一先ず出ていきま

す。」

「ありがとう……ございます……」

感情を必死に押し殺し、彼らが部屋から出るのを待った。

そして、確信した。冗談のつもりで言った、依存しているという事、あれは本当だ。医者は諦めてはいけない、と言ったが、正直出来そうに無い。俺の良き理解者、そして俺がよく理解している人が死んだのだ。

情けない奴だとも思う。

自分が物凄く惨めに思えた。

結局のところ、自立できなかったのだ。俺は彼女を理解していたのではなく、ただ依存していただけ。母性に似た何かを感じていただけの事だ。

「うぅ…あぁああぁあぁ……」

声が漏れている。もはや感情を抑えられなかった。

数ヶ月して、退院する事になった。

"身体的"な異常は無い。全く持って健康だ。食欲もある。

しかし、人と話す事や、いままで熱中できた物に魅力を感じなくなっていたのだ。時間の無駄、そう思っていた。

針部、と話かけられても、全然面白く感じないのは、価値観が違う、全く赤の他人だからだ。

熱中できたものも、意見を交換できる程の人間がいない。そのお陰で、多少だが暗くなってしまった。

針部蓮にとって、島崎空美がどれだけ大きな存在だったか。ただ依存しているだけの事だと解っているのに、何故行動を起こせないのか。様々な思考や葛藤が針部蓮を付き纏う。

そんなある日の事だ。休日、何もする事が無く、家でただ時が過ぎるのを待っているところにインターホン鳴った。嫌々ながら扉を開けるとそこには少年がいた。

「誰だ? 」

針部蓮が問う。するとその少年は、まるで自分は神だと言うような顔で言った。

「私を生かすか、それとも殺すか…貴方に問いましょう。」

「はぁ?」

「私の名前は島崎祐介。あなたがよく知っている島崎空美の息子だ。母が遺したモノを頼りに、ここへやってきた。」

「免許証でも何でも良い、身分を証明しな。」

すると少年の顔が、ふふっと笑いを漏らして綻ぶ。

「あっはっはっは!いやー、人の前で神を気取るって楽しいもんですねー!ほら、これ母さんのと、僕のです。」

そう言って、2つの証明書を手渡された。見る限り本物だ。

現にコイツの生年月日が4年後になっている。

「あー…そうかい。」

「アレ、やっぱり驚かないんですね?」

「立ち話も何だ、上がりな。」

「お邪魔します。」

人を招き入れるのは久々だった。見られたくないものは特に無いので、祐介を待たせる事は無かった。

「座って、茶でも出すよ。」

「あ、紅茶あります?葉は…」

刹那、蓮は祐介が求めるものを理解した。

「アールグレイ、だな。」

「その通りです。よく分かりましたね。」

あの研究所で癖のあるアールグレイを飲んでいたのは、蓮と空美だけだったのだ。それに、ほんの少しの上から目線。これで血のつながりは証明できた。

ほら、と出来た紅茶を、胡座をかいている祐介に差し出した。

「ストレートで良かったな?」

「美味しい…」

祐介は紅茶に夢中だ。

「あっ、すいません。先程の話の続きですね。」

「ああ。」

ずずっと紅茶を飲みながら話を聞く蓮。

「まず、色々と説明しなきゃなりませんね。まず、僕は貴方とは違う、いわゆるパラレルワールドから来ました。母の死は遅かれ早かれ、定められた事なのです。しかしタイム・マシーンが完成し、ここで僕が貴方と話ている今、生存する可能性が出てきました。」

沈黙し、動じない蓮に多少気圧されながらも、祐介は話を続けた。

「問題なのは、そう。貴方は母に…島崎空美に依存しすぎていた。」

初めて蓮の顔色が変わった。微妙な変化だったが、しかしどこか物悲しそうな顔だった。

「教授の遺書か……?」

「そうですね。とどのつまり、母さんを救い、僕を生かしたら貴方はまた依存し、甘えた生活を送る事になる。無意識に自身を不幸にさせるんですよ。他の可能性を自ら潰しているんです。そんなんじゃ、母さんがいようがいなかろうが、先の貴方はたかが知れる。中身が僕の母さんだけの、駄目な人間になるでしょうね。そしてまた何かで母が死んでしまうと、また今のような貴方に逆戻りだ。」

祐介は厳しい現実を蓮に叩き付ける。すると、蓮は頭を掻き回して、深い息を吐いた。

やがて、紅茶が湯気を出さなくなった頃、蓮がぶつぶつと、下を向きながら独り言の様に語り始めた。

「自覚は……していたんだ。このままじゃいけない。価値観が同様なのを良い事に、ただ依存しているって。教授が死んだらどうしようって。教授は何時の時も俺の味方だったし、俺の意見を尊重してくれる人だった。そんな人は生涯初めてだった。多分、あちらもそうだったと思うんだ。でも教授は俺に依存しなかった。それが何故か、俺にはまだそれがわからない。…それが分からない限り、俺は教授という箱庭から脱する事は出来ないんだ。」

次第に顔が上がっていき、しまいには島崎祐介の顔を凝視していた。

「でもな、祐介。お前を見ていると、教授を救わなきゃいけない気がするんだ。しかし、俺はまだ未熟だ。時間をくれないか。」針部蓮が立ち上がり、深く頭を下げる。それに合わせて島崎祐介も立ち、なだめるように言った。

「時間はたっぷりあります。ゆっくり…ゆっくりで良いんです。納得の行くようにしましょう。貴方にとって、ハッピーエンドになれば良いのです。」

島崎祐介は、先程見せた無邪気な笑いとは違い、母親のような、慈愛に満ちた笑顔をしていた。

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