ゆきうさぎ
雪の上。
俺はそこに立つ。小さな少女はしゃがみこんで、何かを作っているように見えるが、何を作っているかはさて知らず。
上からも雪。
太陽の光が毎日さんさんと降り注ぐ代わりに、今日は雪がさんさんと降り注いでいる。
頭に雪が少しだけかかるたび、特に考えることもなく俺は頭の雪を払い、その雪の一つ一つが地に着く。すると、何もなかったように大地の雪に染み渡っていく、ように俺は見えた。
少女の声が聞こえる。俺は、彼女の声がする方を振り向いた。
彼女は手にゆきうさぎを作って、それを俺に見せつけている。
小さな手に霜焼けを作って、その手より大きな楕円を作った。
空から来る白い芥は大地の色を消していく。
白い芥は彼女の笑顔を作って、色のない大地を広げてゆく。
狭い家の庭の中、道路の上、家の屋根、その全ての色が、既にない。
しかし、彼女の心は彩りに満ちている。白い芥が彼女の心を絵取っている。
くしゃくしゃの、白い楕円。彼女は笑顔でそれを俺に渡した。
――これを何に使うのだろうか。
そう思いしばらくして、彼女は小さな手で細長い葉っぱと石ころを二つずつ持ってきて、俺のくしゃくしゃの楕円を取り去った。
そして、彼女はその二つを楕円の上にくっつける。
目のつもりであろう石は左右で高さが違う上、大きさも別物と言ってよいほどだ。
耳だって、左右で高さも大きさも、色合いさえも違う。
しかし彼女はこれはうさぎだ、と言い張って止まない。
そう彼女が言ったら、やはりうさぎだと言わざると得ないのが俺の心情。子どもとは、かくも思いの強きものか。
彼女の手で生を受けたゆきうさぎ。数日も経てば溶けて消えてしまうだろう。
それでも、彼女は満足そうに笑みを浮かべ、俺にそのゆきうさぎをプレゼント、と言って手渡した。
小さな手、霜焼けになって、それを我慢するような笑みではない。
彼女の笑みは、一つの偉業を成し遂げたことによるものであろう。
ゆきうさぎの命の儚さは、彼女も多分、知っているはずだ。
去年の雪の日はゆきだるまを作った。二人での共同作業で、半月は持った。
しかし、半月は持ったと言っても、半月で消えてなくなってしまう。
彼女はたしか去年、ゆきだるまは何処、と問いかけたと思う。
俺はたしか、ゆきだるまはその短い一生を強く生きて、俺たちに温かさを残して死んだ、と言った。
不器用な俺は、その問いに対して上手い返し方を知らない。
本当に、不器用だ。
でも、彼女はにこやかに、ゆきだるまさん、ありがとう、と言って彼または彼女の墓を建てていた。
ゆきだるまのはか、と書いてある小さい木の板が、そこに今も、立っている。
その板は頭に雪を載せて、静々と頭の白を募らせている。
俺は、ゆきうさぎを手に取り、思う。
ゆきうさぎ
ちりゆくいのち
つめたくも
しろきいのちは
あたたかきかな
作った人の温かさが篭っている。
そのゆきうさぎは、触ると冷たい。長く触ると霜焼けもする。
しかし、心の篭ったそれには命が宿り、短い命を一所懸命に生きる。
そしてそれは、いつまでかは分からないが、作った人と、作ってもらった人の心に残り続ける。
遠く、遠くでは誰かが雪玉を投げて遊んでいる。
雪の命は、人の笑顔を作って、すぐに消えていく。
ゆきうさぎにしても、ゆきだるまにしても、雪玉にしても。
それが雪の、生きるということだと思う。