癒しの聖女は公爵令息と婚約した
公爵令息との婚約が決まった。これは親同士が勝手に決めたものだった。
婚約相手と初めて会ったとき、気さくな人で見た目もよかったので、まずまずの相手だと思った。しかしそれは大きな間違いだったのだ。
私は聖女をしている。人々を癒すのが私の務めだ。職場は神殿。
「オリビアさん、あんた婚約したそうじゃな」と腰痛を治しに来たおじいさんが言った。
「誰から聞いたんですか?」と私はおじいさんの腰に手をかざして回復魔法をかけながら尋ねる。
「なあに、わしは地獄耳なんじゃ。ほっほっほ」
「18歳になったら結婚するんです」
「わしがあんたをねらっとったのに残念じゃわい」
「冗談ばっかり。はい、終わりましたよ」
「ありがとう、あんたの回復魔法はきくわい。おかげで10歳は若返ったぞい」
おじいさんは喜んで帰って行った。
治療を受けた人たちに喜んでもらえるのが私の生きがいだ。
「おいオリビア、遊びに行こうぜ」と婚約者のアダムが私の職場にやってきた。
筋肉質で精悍な顔つきをした20歳の青年。彼は若い女性と一緒にいた。
「私はまだ仕事があるからいけないわ」
「そうか、残念だな。これから河原でバーベキューをしようと思ってたのに」
「そちらの女性は?」と私は気になっていたことを尋ねる。
「ああ、この子は僕の友達のレイチェルだ」
「レイチェルですわ。よろしく」と、やたらと胸を露出させた金髪の女性がにこりと微笑んだ。
「オリビアがこれないなら、仕方ないからふたりでバーベキューをやるか」
「そうですわね。残念だけどしょうがないですわ」
「これからふたりでバーベキューをするんですか?」
「そうだが、何か問題があるか?」とアダムが私を見る。
「だって、私という婚約者がいるのに・・・」
「なんだオリビア、お前は僕にバーベキューをするなっていうのか? レイチェルはただの友達で恋愛感情とかは全然ないんだぞ。男女の友情ってやつだ。それに、お前がバーベキューに参加できないから仕方なくふたりでやるんだぜ。せっかく誘ってやったのに」
まるでただ仕事をしているだけの私が悪いみたいな言い方である。
「いえ、そういうわけでは・・・」
「僕は束縛されるのは嫌なんだ。根っからの自由人だからな」
アダムとレイチェルは出て行った。恋愛感情はないと言っていたが、レイチェルはやたらにアダムにボディタッチをしていた。
そのあと、私は心がもやもやして仕事に集中できなかった。
×××
アダムの女友達はレイチェルだけではなかった。彼は会うたびに違う女性を連れていた。
彼が言うにはみんな友達であり、恋愛感情はないから心配するなということだった。しかし自分の婚約者が、たとえ恋愛感情がないにしてもほかの女性と親しくしているというのはいい気持ちがしない。
あるときたまりかねて、女友達と会うのを少し控えてほしいとつたえたら、彼は露骨に嫌な顔をし、
「君は僕を束縛するのか? 彼女たちはただの友達であって、恋愛感情はみじんもないんだ。何度もそう言っているだろう? 君は独占欲が強すぎるぜ。傲慢な女だ」と言われた。
取り付く島もない。
私は鬱々とした日々を送るようになった。
「どうかしたのか? 最近元気がないじゃないか」と神殿によく来るおじいさんが言った。
「婚約者とあまりうまくいってないの」
「その話、詳しく聞かせてくれんかのう」
ちょうど誰かに聞いてもらいたいと思っていたところだったので、腰の治療が終わった後、ふたりでお茶を飲みながらアダムのことを話した。
「うーむ、その婚約者のアダムってやつが浮気をしているかどうか知りたいんじゃな」
「それもそうなんだけど、なんだか私のことをないがしろにされてる気がして、このまま彼と結婚してもいいのか悩んでるの」
「よし、いつも腰を治してもらっとるお礼に、アダムが浮気しとるかどうかわしが調べてやろう」
「ええ! おじいさんが? どうやって調べるの?」
「わしはこう見えていろんなことができるんじゃ」とおじいさんは不敵に笑った。
×××
1週間後、おじいさんがまたやってきた。
「お前さんの婚約者を調べてみたぞい。腕のいい探偵に尾行させたんじゃ」
「それで、どうだったんですか?」
ゴクリと私は唾を飲み込んだ。おじいさんは首を振り、
「残念ながら、アダムは最低の男じゃった」
「じゃあやっぱり、女友達と浮気していたんですね」
「そうじゃ、しかもこの1週間だけでも5人の女とな」
「ええ! 5人!」
「これがその証拠写真じゃ」
おじいさんが私に十数枚の写真を渡した。アダムが女性と手をつないだりキスしている写真だった。
私は驚いた。そして怒りを感じた。女友達と恋愛感情はないと言っておきながら実際にはこのていたらくである。
「悪いことは言わん。あの男と結婚するのはやめた方がいい」
「そう、ですね・・・」
私の目から涙が流れる。予想はしていたが、事実が明らかになったことで私は大きなショックを受けた。
するとそこにアダムが現れた。
「おいオリビア、遊びに行こうぜ・・・ん? どうした? なぜ俺をにらむんだ?」
「あなた、女友達と浮気してたのね」
「な、ななな、何を言っているんだ? バカバカしい。そんなこと僕がするわけないだろう」
「だってここに証拠があるわ」
証拠写真をアダムに見せる。
「こ、これは?! なぜこんな写真が・・・」
「わしが探偵に命じてとらせたんじゃ」とおじいさんが言った。
「なんだじじい、てめえはパパラッチか? 余計なことをしやがって!」
逆上したアダムは突然おじいさんに殴りかかった。殴られたおじいさんはもんどりうってぶっ倒れる。
「ぎゃふん!」
「乱暴はやめて!」
その時、建物の柱の陰からひとりの青年が姿を現し、素早い動きでアダムの腕をつかむと、その腕をねじって関節を極めた。
「いててて! な、何しやがる! 僕は公爵の息子だぞ!」とアダムは叫んだ。
「大丈夫?」
私はおじいさんに駆け寄って殴られた場所に回復魔法をかけた。
「腕を離しやがれ! 僕にこんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「ただで済まないのはお前の方だ」とアダムの腕を極めている青年が言った。「お前が今狼藉を働いたお方をどなたと心得る」
「そんなのただのよぼよぼじじいだろ」
「愚か者! このお方は国王陛下だぞ!」
「ええ! こ、国王陛下!?」とアダムが目を見開く。
「そ、そうだったの!?」、私も驚いた。
今まで何度も腰の治療で顔を合わせてはいたが、おじいさんがどんな人物かは知らなかったのだ。
「ほっほっほ、身分を隠して国民と触れ合うのがわしの趣味なんじゃ」
その後、アダムは国王陛下に暴力をふるった罪で地下牢に入れられ、私との婚約も解消になった。
×××
「せっかくの婚約がだめになってしまって残念だったのう」とすべてが終わってから国王陛下は言った。
「あのまま結婚してたほうがむしろ悲惨だったわ。国王陛下には感謝してます」
「どうじゃ、結婚相手としてわしの孫を紹介してやろうか? 」
「ええ! 国王陛下の孫?!」
「この前アダムを取り押さえたのがわしの孫じゃ」
アダムに関節技を極めていた青年を思い出す。なかなかの好青年だった。しかも国王陛下の孫だから当然王族である。
「ぜひ、よろしくお願いします!」と私は頭を下げた。




