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ジェミニの初陣

 ハーン御祖父様は、アケリアのヴァルト宮殿の玉座――華美な装飾の施された玉座に座ってこう言った。

「お前達は欲しいものはないか?」

 神暦一五四三年に築いたヴァルト宮殿、その玉座の間が将軍や大臣の声でざわめく。

「私は、とても欲しいものがある。デュラウス王国のマデルナ宮殿だ。かつて、勢いに乗って攻め込もうとしたこともある。しかし、それでもなかなか私の手に入ることはなかった。今、内政は充実し、兵は強勢。齢六十八になってやっと安心して攻め入ることができる……。今こそ、出陣の時だ!」

 鋭い視線で諸将軍、諸大臣に向けて言い放つ。その気迫は僕にビンビンと感じられた。




「ザルド様が……ザルド様が、サッカンの砦にて、デュラウス王国の刺客の魔道士により暗殺されました!」

 ――父上の側近の兵士からその知らせを聞かされた時。僕は何が起こったのか分からなくて……本当に何が起こったのか分からなくて。涙すら出てこなかった。

「ザルドぉ~~~~~~~。ザルドが死んだ……私のザルドが……」

 そう言ってハーン御祖父様は、デュラウスの首都に攻め入る途中にある都市、ケイナットにある軍営地の幕内で、天を仰ぎ慟哭する。

 ――父上が死んだ。

 側近の一人が、御祖父様にこう言った。

「これは、一刻も早く、デュラウスを落とし、ザルド様の敵をとるしかありませんぞ!」

「――私のザルド――ありがとう、マルス、少し落ち着いてきたようだ。お前の言っていることは、分かる。だが、私はじっくりとデュラウスを攻めようと思うのだ」

 御祖父様は切り替えが早い。だが、長男で、跡継ぎたる父上が殺されて、すぐに冷静となることは、流石に御祖父様もできなかったのだろう。

 ――僕は未だ父上が死んだという実感がなかったが。



◇◇◇◇◇



 僕は、鎧を装備しようとしていた。防御の魔術――五行(フィリアヘビル)のうち、(メッテ)の強化魔術がかけられた鎧だ。その材質は、精霊銀プレートで、軽く動きやすい。どちらかと言えば胴当て、と言った感じで、腕のところや足のところは、一見したところ無防備とも見える。

「本当に、行くの?」

 気がつかないうちに、ディアナが、部屋に入ってきていたようだ。

「なんだ、いたんだ、ディアナ。いくら婚約者でも、今はちょっと空気読んでほしいな?」

「だって、独断行動じゃない!

ジェミニのやろうとしていることは。軍律違反よ? あんたがいくら、次のアケリア王国の国王となるからといって、これはまずいんじゃない?」

 そうだ、父上が亡くなったから、次の国王は僕となる……。

「だって、悔しいじゃないか、ラッドが、もう軍功を上げたんだぜ? しかもカイル叔父様に褒められて。僕はまともな戦闘らしいことをしていないんだ。あの軍神と称えられるカイル叔父様の息子で、僕の従弟のラッド……あいつはいいよな、褒めてくれる父がいて。僕の父上は……」

「なっさけないわね! コンプレックスの塊かしら、いい? あなたはあのハーンの孫で正統の後継者なのよ?」

「だからこそだよ、ここで抜け駆けでもいいから軍功を立てる。それに、敵の糧道を絶つくらい、僕にだってできるさ」




 結局、喧嘩別れみたいになってしまった。僕は少数の兵を連れて、デュラウスの本拠、カペリンと兵糧集積場である、マナウス砦の間の間道に来ていた。間者の情報によれば、この時間、輸送隊がここを通るはずだ。

 そこへ一人の少年が通りかかった。輸送隊じゃないのか? 年のころは僕と同じ十六歳くらいだろう。魔道師の着るような漆黒のローブ姿。こいつも魔道師か? いくらなんでも若すぎる。髪は金髪だ。そいつが持っている松明に照らされてそのブロンドの髪がよく分かった。どうやらマダール人らしい。

 ――っ!

 一瞬何が起こったか分からなかった。兵士の一人が僕を庇ったのだ。その少年の伸ばした手の先から放たれた炎の塊から。

「そこにいるのは分かっているよ、アケリアのボンボン」

 彼の手に松明はすでになかった。代わりに彼の周りはライトで照らされているかのようだ。魔法……。

「父の仇……取らせてもらうよ、アケリアのボンボン」

 言っている意味が分からない。僕はまともな人殺しをしたことがないのだ。僕が仇と狙われる筋合いはない。

「そっちには覚えがなくても、こっちには理由があるんだよ」

 彼はこっちの考えていることが分かったかのように言った。

 僕は背中にかけてある剣を抜いた。剣術はたしなんでいるが、こんな実戦で使ったことはない。そして多分これは、殺し合い、だ。一対多。一見、こちらが有利だが、相手は魔道師だ、優秀な魔道師は数の差など問題にしない。

 彼は、ただ一言、「炎の海」と唱える。

 木や草が、急に燃え出した、周りの兵士は混乱する。

「ジェミニ様、お逃げください!」

 兵士たちが、少年魔道師にかかっていく。

「東風の(やいば)

 少年の魔法、どうやら、五行の、(ウルト)、の魔術で、兵士が切り刻まれていく。全体攻撃の魔法とは、ここまで威力の大きいものなのか!

「さて、邪魔者は片付いたようだし……アケリアのボンボン、君には殺されていく人だけに与えられる特権……死の恐怖をゆっくり味あわせてあげるよ?」

 少年が微笑む。怖い、死ぬのが怖い。

「光の剣」

 少年がそう言うと、彼の手に光で出来た剣が形作られる。

 そして、僕にその切っ先を向けた。

 ゆっくり、彼は近づいてくる。

 誰だかわからない人に。

 勝手に言いがかりをつけられて。

 僕はここで命を落とすのか……。

「あ、そうそう、最後に教えとくよ。君の父親を殺したのも、この僕なんだ」

 こともなげに言う。

 だが、僕の中はその言葉で一気に熱くなった。

「じゃあ、お前を殺せば、父の仇が取れるわけだ」

「僕の父を殺したのはお前の祖父だよ、だから、仇討ちとして、ザルドを殺した。そして君も殺す。その時のハーンの面が見ものだよ。想像するだけで嬉しくなるね!」

「それで、偽情報を流して、僕をここにおびきよせた、ってことか? だけど僕がここに来たとは限らないじゃないか」

「まあ、その時は別の策があったさ、まあ一回目でひっかかるとは思わなかったけどね。で、死ぬ覚悟はできたかい?」

「できてない。できるわけがないじゃないか!」

 僕は、体制を整え、剣を構えると、その名前も知らぬ少年に突進していく。

「地龍の壁!」

 少年の(ソル)の魔法によって作られた、土の壁によって僕は弾き飛ばされた。土の壁が目の前から無くなると、僕は気がついた。

 少年は光の剣の刃を、僕の喉に当てている……。光のエネルギーの熱で喉がちりちりしていた。

 ――僕はここで……。

「さて、最後に一分だけ時間をあげるよ。神に、お前たちの信仰する、ハーン神やモディール神に祈りを捧げる時間をね」

 少年は冷たい笑いを顔に浮かべた。




 ――空を見上げていた。

 喉に光の刃を当てられながら。

 月明かりは見えない。

 なぜなら今日は新月だからだ。それを狙って、輸送隊を襲う計画を立てた。それもあの少年の思惑通りだったのかもしれない。

 父上は、月のような人だったな……。御祖父様のハーンが太陽だとすれば、父上は月だった。偉大な御祖父様の存在のプレッシャーに負けまいと思っていたのかもしれない。だけど僕は、そんな父上が好きだった。

 ――かみさま。

 偉大なるハーンの神。御祖父様はその姿を見たことがあるという。

 もし、僕が神に助けられる価値のない人間だったら?

 ならここで終わりだ。




「さて、一分経過、死んでもらうよ」

 少年はそう言って、ニヤリと笑った。

 ――轟音。

 僕たちは吹っ飛ばされた。「たち」ってのは少年も含めてだ。

「ごっめ~ん、ちょっと荒っぽすぎたかな?」

 聞き覚えのある声。

「大丈夫? ジェミニ?」

 少年と同じ魔法で光に照らされた姿。漆黒の髪、漆黒の眸。ちょっと釣り目の僕の婚約者、ディアナだ。

「荒っぽすぎるにも程があるよ……、僕まで吹っ飛ばすなんて」

 そうだ、彼女もかなり優秀な魔道師なのだ。

「そうか、そいつは君の恋人かなにか? それなら殺さなくちゃ……」

 少年はすでに体勢を整えていた。

「そうは、いかないわよ! すでにアケリアの王宮魔道師たちがここに来ているわ。アケリアの情報網を舐めないことね。

 そう、ディアナはアケリアの王宮魔道師たちもここに引き連れてきていたのだ。

「……こうなれば」

 少年は跳躍する。光の剣を僕に向けて飛び掛ってきたのだ。

 僕は、魔力を手にした剣に込めた。魔道の力にはこういった使い方もあるのだ。御祖父様の得意とする技でもある。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 僕は腹のそこから声を出して、光の剣を自分の剣で受け止めた。辺りが一瞬明るくなる。僕の剣と少年の剣の刃が触れたその瞬間だ。

 そして。

 少年の手から、光の剣は消えていた。

「おお、さすがはハーン様の正統な後継者であられる!」

 王宮魔道師の一人がそう言った。

 体勢を崩した、少年。

僕は、さっきの少年が僕にしたことと同じように剣の刃を彼の首筋に当てる。

「まず、君の名前を聞こうか? 君が僕の名前を知ってて、僕が君の名前を知らないってのは、なんだかイヤだからね。」

「……そんなのどうだっていいでしょ? さっさと、殺してくれない?」

「殺さない。僕は君とは違う」

 少年の顔に初めて戸惑いの色が浮かんだ。

「何故だ! 僕はお前の父を殺したんだぞ! 憎いだろ! その憎しみに身を任せて、剣に力を加えればいいんだ、そうすれば、お前の復讐は果たされるだろ!」

 怒気を孕んだ声。

「それなら、君と同じことになっちゃうね、僕は。そんなの、僕はイヤなんだ。――僕はね、イクソニア人とマダール人の対立を無くそうと思ってる。君が御祖父様を仇と狙うのは分かるよ。今までの戦で、かなりのマダール人が死んだからね。君の両親も、その中の一人だ、違うかい?」

 少年は答えない。僕は続ける。

「まあ、それがアケリアの王族に向けられた事は結構すごい事だと思うけどね。もう一度聞くよ。君の名前は?」

 少年が口を開く。

「……アルブレヒト=ティリー。もういいだろ、僕を殺せばいいんだよ……お前の言ってることは夢物語だ。マダール人とイクソニア人の対立は無くならないさ! それに僕を逃せばまた命を狙うぞ!」

「それなら、それでいいさ、また勝って、君に同じことを言って、また帰す」

 少年の顔が歪んだ。しかしそれも一瞬。

「はは、はははははは。バカだ、お前バカだよ!」

「バカかも知れないね」

 僕はニッコリ笑った。

「本当にいいの? そいつを帰して。ジェミニ、貴方も殺されるのはイヤなんでしょ?」

 ディアナの言葉ももっともな事だ。ディアナが本当に僕のことが好きで、僕のことを心配してくれてるのは、痛いほど分かってるから。

「それなら、私に任せてもらいたい」

 そう答えたのは、血の色のローブを纏った、王宮魔道師の一人だ。

「その男、アルブレヒトやらの魔力を封じておけばよいでしょう」

 僕としてはこのままアルブレヒトを帰してもいいんだけど、王宮に仕える身としては、そうはいかないのだろう。

「任せるよ」

 魔道師は右手をアルブレヒトの額に当て、呪文を唱えた。

 少年の頭に何かの紋章が浮かんだ。

「さあ、これで大丈夫、彼はもう魔法は使えない」

 僕は彼の喉から剣を離す。

「くっ……たとえ、魔法が失われても、何十年かかってもお前を殺してやるからな!」

「もういいよ、早く行って。僕はともかく、他の魔道師が君を殺しかねないから」

 少年はのろのろと歩きはじめる。どこに行くのかは分からない。もう魔道の力を失った彼は、デュラウスの人たちにとって利用価値はないだろうから。


◇◇◇◇◇


 祖父は僕を張り飛ばした。

 年に似合わない力の強さだ。

「馬鹿者がぁっ、独断で行動しおって……お前まで失えば、私はどうすればいいのだ、どうすれば……」

 頬を押さえて。

「御祖父様、本当にごめんなさい。僕は……ラッドが羨ましかった、功績を挙げて、ラッドに負けない働きだ、と御祖父様に褒められたかったんだ。でも、あいつ……アルブレヒトに会って、そんな小さなことはどうでもいいって分かった。イクソニアとマダールの争いを無くす、僕は王になったら、それを目指す。何十年かかるか分からないけど」

 祖父の顔に笑みが浮かんだ。それはとても、とても穏やかな笑みだった。

「そうか……私の代でできそうにないことを、お前がやってくれるか……その意味ではこの独断行動も意味があったのだな……ただ……」

 御祖父様は僕に近づいて、力強く僕を抱きしめた。そして御祖父様の目には涙。僕の目からも涙が溢れ出た。

「ただ、もう私は大切なものを失いたくないのだ。そういった意味で……自重してくれ……ジェミニ……」


このハーン戦記はこのようにバラバラで書いています。ロマサガに影響されて創った中二病世界の話ね!!

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