天使先輩and天使後輩
教室へ着くと1時間目の途中だった。先程の耳打ちの件もあり、保健室から2人同時で帰ってきた優斗達に不信感を抱く可能性もあったが、先に帰ってきた木下さんが良い感じに説明してくれた様だ。
「大丈夫?二人ともあまり無理しないでね?」
一時間目はうつつ先生の授業だった。うつつ先生の担当は現代文。おもに文章読解なのだが、読解練習に使う文章がラブコメばかりなので生徒からの好感度は高い一方、教師からの評価はすこぶる悪い。
今回は文法、と言っても恋に関するものばかり。黒板にはツンデレの行動心理が分かりやすくまとめられている。
この先生がここまで好き勝手にして誰も口を出せないのはこの先生が教え子の国語に対する苦手意識を無くして、進学実績を、伸ばしているからに他ならない。そんな事を考えながら授業を受ける優斗。幸いな事に成績は学内上位10パーセントだ。何となく周りを見渡した優斗はある異変に気づいた。
「???????????」
隣に座った絵瑠が頭を抱えていた。もしかしてうつつ先生のツンデレ解説に参っているのだろうか?しかしこの授業は絵瑠のことを言っていない。と言うことは、、、
「優斗ぉ〜」
ぽす、と手の上に紙が乗せられる。紙を開くと、
(どう言うこと?授業難しすぎない?)
優斗もその紙に返事を書き、絵瑠に手渡す。
(どう言うこと?、はこっちのセリフ。何で天使が高校生の授業内容分かんないんだ?
しかもうつつ先生の授業は特別易しいだろ)
だが、絵瑠は相変わらず頭を抱えている。どうやら本当に勉強が分からないらしい。
(これはマズイ、いや好機だ。)
勉強という一点において絵瑠よりも優れている事を知った優斗。
(何とか絵瑠に勉強を教え成績を伸ばせば、木下さんから褒めてもらえるだろうか?)
毎度のことながら、優斗は木下さんが絡むと急激に馬鹿になってしまう。いわゆる恋する乙女状態というやつ。
そんな事を考えながらも、優斗は普段は見もしない黒板を見やり、ノートを取り続ける。うつつ先生からすれば、いつも授業を聞いていないが成績がいいので許していた優斗が、真面目に授業を受け始めたので、張り切って猛スピードで授業を進めてしまった。クラスの大半はうつつ先生の授業は読解であり、今は雑談の様なもの、という考えのもと聞き流していた。しかし、雑談と言えど絵瑠の頭を良くして、木下さんに褒めてもらいたい優斗は必死だ。その姿を見たうつつ先生はさらにスピードを上げる、と言う負の連鎖が発生した。結果、頭が悪くなおかつ真面目に授業を聞いていた絵瑠は完全についていけなくなった。
残りの授業全てで同じ様なことが起きた。今日一日で二日分は進んだだろう。
「んん〜?」
優斗は完全にショートしている絵瑠の帰りの支度をしてやる。そうして全ての荷物をまとめ、席に置くと渋々ながらも絵瑠が立ち上がる。
「今日ちょっと寄らなきゃ行けない所があるから、一緒に行かないか?」
あくまでも疑問形で聞くが、答えは決まっているだろう。
「ん、分かった。」
今の絵瑠に反抗する気力など無かろう。絵瑠の頑張りに漬け込んでいる様で心苦しいが、先輩に命令されてしまったの仕方ない。
(それに、まだ絵瑠が部活を決めあぐねているのなら、文芸部に入れてやればいい。)
そんな事を考えながら、絵瑠を部室の前まで連行する。中は明かりがついている様だから、先輩が先に来ているのだろう。そう思って扉を開けるといつも通り先輩が同人誌を描いていた。
「こんにちは先輩。」
そう挨拶する優斗に続き、
「えと、初めまして、一年の愛莉絵瑠です。」
二人の挨拶に先輩は顔をあげる。
「ああ、お疲れ。」
机を引っ剥がして上げられた顔は敵意に満ちていた。その視線の先には、勉強に疲れくたくたになった絵瑠。
「あ、あの、、、先輩?」
優斗は恐る恐る尋ねるが、
「ふぅん。従姉妹ってこんな可愛い子だったんだ。」
暗く呟く先輩。
「そっか、、、優斗くんはこの子のお世話でここに来れなくなるんだ、、、」
そう言う先輩の声は酷く淀んでいる。本当に今日の朝から何なのだろう。
「今までありがとう、僕のことは良いからその子を幸せにしてくれ。」
「え?」
まさかの発言。
(木下さんに続き、みんな絵瑠のことを恋人だと思い過ぎではないだろうか。)
だが、そんな事を言われても、優斗が幸せにしなければならないのは木下さんなのだ。
「違います。絵瑠は彼女なんかじゃありません。ただの従姉妹です。」
「ホント?」
途端に先輩の顔が輝く。実は、と言うか今日の先輩の行動だけでもわかる通り、先輩は優斗のことが気になっている。いつも同人誌を描き、常日頃から恋に触れている先輩はすぐにこの気持ちに気づいた。しかし、気恥ずかしさからか、今の関係を壊したくないと言う願望か、はたまたラブコメディにおける先輩ポジの負けヒロイン率からかアピールが出来ないのである。だからこの思いは胸にしまい、今の関係を保持しているのだ。
(付き合えなくても良いから、ずっと側にいたい。そうすれば、いつかは、、、)
しかしそんな先輩のささやかな希望は絵瑠の言葉でぶち壊された。
「実は、優斗って同クラの木下さんって女子が好きなんです。私とは本当に何の関係も、、、」
唐突に登場した優斗の思い人。絵瑠からすれば、唯自分のみの潔白を証明しただけ。だが、絵瑠は人の恋路を指導する立場にありながら、こんなにも分かりやすいサインを見逃していた。普段の絵瑠であれば、見抜くのは容易でだったはず。
「う、う〜」
頼りなく崩れ落ちる先輩は、こんな時の泣き声もニヒルだ。流石である。この声を聞いている内に、絵瑠は理解した。この先輩がうめいている理由。そして、自分がどれだけ愚かだったかを。
「せ、先輩、、、どうしたんですか?」
優斗が困惑しながら、問いかける。少し目眩が、など言おうと思えばいくらでも言える。だがそうはしなかった。いや出来なかった。口から出たのは、
「****、*********。」
隠し様もない本音だった。




