夜這いしてくる勇者が重すぎる。
――異世界召喚理由、聞いてません。
「……で?」
玉座の間。
金ピカの王様、白ヒゲの大賢者、左右にずらりと並ぶ騎士たち。
そして私。
Tシャツにジーンズ、完全に寝起きテンション。
「私がこの世界に呼ばれた理由を、そろそろ聞かせてもらっていいですか?」
王様は咳払いをひとつした。
「うむ。単刀直入に言おう。
勇者が重すぎるからじゃ」
「は?」
意味がわからない。
異世界召喚って、普通は魔力があるとか、剣が使えるとか、チート能力とかじゃないの?
「勇者レインはな……強すぎる」
横に立つ黒髪の青年――レインが、ぬるりと私を見る。
湿度が上がった。気のせいじゃない。物理的に。
「魔王軍を一人で壊滅させました。三回」
「三回も!?
復活イベントかよ魔王!!」
「しかし問題がある」
大賢者が静かに続けた。
「彼は、精神が……その……」
「弱いの?」
「重い」
即答だった。
私は横目でレインを見る。
レインは瞬きもせず私を見ている。
「勇者は使命に殉じる存在。しかし彼は使命より先に――」
「私を見つめてますね」
「見つめてますな」
「見つめてますね」
全員、深くうなずいた。
「……それで?」
王様が真顔で言う。
「勇者の飼育係として、君を召喚した」
「人権!!!???」
私の叫びが、玉座の間に虚しく響いた。
*
「勇者レインは、眠るたびに異世界の君の夢を見ていたのじゃ」
大賢者は淡々と語る。
「そして寝言で
『リナ……愛している……なぜ君はそこにいないんだ……世界なんて壊れてしまえ……』
と呟くたび、王都の空に亀裂が入り、魔王軍の拠点が三つ消し飛んだ」
「夢見が悪すぎる!!!」
「彼の魔力の本質は『執着』。
夢の中の君に会いたいという一念が限界を超え、ついには世界の壁をこじ開けた。
それが今回の召喚の真相じゃ」
……待って。
情報量が多すぎる。
「つまり私、勇者の夢オチ被害者ってこと?」
返事の代わりに、レインが一歩近づいた。
「……ああ、本物だ」
彼は、私の手首を見つめている。
触れていないのに、視線がまとわりつく。
「夢の中では再現しきれなかった。
この生身の肌の温度、血管の脈動……」
「言い方!!
急にホラー寄りになるのやめて!!」
レインは恍惚とした表情で続ける。
「五年間、夢の中で君を追いかけ、
君の日常を“視て”いた僕への――これは神様からのご褒美だね」
「五年間!?
ちょ、待て。私、昨日あんたのこと初めて見たんだけど!?」
「君にとっては、ね」
レインは静かに微笑んだ。
「でも僕は知っている。
君が三年前の誕生日に一人でケーキを三つ食べたことも、
昨夜、Tシャツを裏表逆に着て寝たことも」
「それ夢じゃなくて監視だから!!!」
私のツッコミにも、レインは動じない。
「大丈夫。
これからは、ちゃんと現実で見守るから」
「守護霊みたいに言うな!!
重さが悪霊級なんだよ!!」
玉座の間に、ため息が落ちる。
こいつのおかげでこの世界は救われているのだろう。
だが私の平穏は、たった今、完全に滅びた。
――異世界召喚理由、
やっぱり聞きたくなかった。
*
あの一悶着があった初日の夜。
私はあてがわれた豪華な客室で、精神的な疲労の限界に達していた。
「……とにかく、寝よう。寝て起きたら、全部悪い夢だったってオチになってるかもしれないし」
扉には内鍵をかけ、さらになんとなく重い椅子を立てかけて物理的な封鎖も完了。
異世界のセキュリティなんて信用できないけれど、やれることはすべてやった。
――その時の私はそう思っていた。
しかし、その努力がまったく意味を成さないと知るまで、そう時間はかからなかった。
深夜。
微睡まどろみの底で、背中に「ひやり」とした感触を覚えた。
シーツの中に、場違いなほど冷たく、硬質なものが入り込んでくる気配。
「――っ!?」
飛び起きようとした瞬間、手首と足首に、熱を帯びた“紐”のようなものが絡みついた。
青白く光る半透明の糸。
魔力で編まれたそれは、私の自由を奪うには十分すぎる強度を持ちながら、不気味なほど肌に優しく絡みついてくる。
「落ち着かないんだ、リナ……」
耳元で、昼間よりもずっと低く、湿った声が囁かれる。
振り返らなくてもわかる。この部屋の空気を一瞬で重くする存在は、一人しかいない。
「レイン……っ!
鍵かけたでしょ!? どうやって入ったのよ! それに、この糸は何!?」
「扉の“概念”を、少しだけ消した」
さらりと、とんでもないことを言う。
「それより、大人しくして。
君を直接感じていないと、魔王軍を滅ぼす前に、この城を消し飛ばしてしまいそうで……」
「情緒が核兵器級なのよ!! 離しなさい!」
抵抗する私を、レインは背後から抱き締めた。
逃げ場のない力で。
けれどその抱擁は、どこか必死で、壊れそうなほど歪んでいる。
「……冷たい……」
「僕の魔力は、君を求めて冷たく尖っている。
これを鎮められるのは、君の“存在”だけなんだ」
彼は私を仰向けに転がし、そのまま動きを封じた。
そして私の右手を取り、強引に――彼自身の胸元へと導く。
「感じて。こんなに高鳴っている。
……君のせいだよ、リナ」
掌越しに伝わる、異常なほど速い鼓動。
彼の瞳は獣のようにぎらついているのに、その奥には、飢えと不安が剥き出しで宿っていた。
「……ちょっと待って!
指、どこまで下げてるのよ! そこは違うでしょ!!」
レインは一瞬、本気で考えるように視線を伏せてから言った。
「魔力の流れを『君の指』で確認しているだけだよ」
即座に返ってくる、真顔の言い訳。
「これ完全に夜這いだから!!落ち着け勇者!」
私の必死のツッコミに、レインの魔力が一瞬だけ緩んだ。
彼は恍惚とした表情で、私の指先を一本ずつ、確かめるように包み込みながら言う。
「………。
逃げようなんて考えないで。君が動くたびに、この魔力糸は“強化”される設定だから」
「変態の才能がカンストしてるのよ、この勇者!!!」
こうして私は、
国家最高戦力による“徹底的な点検”に付き合わされ、
一睡もできないまま、異世界の朝を迎えることになった。
――異世界召喚初日。
平穏は、完全に死んだ。
*
翌朝、私は鏡を見て絶望した。
目の下に鎮座する立派なクマ。
一睡もさせてもらえなかった原因である「国家最高機密の変態」は、私の隣で信じられないほど爽やかな笑顔を浮かべている。
「おはよう、リナ。昨夜の触れあいのおかげで、今朝の僕はかつてないほど万全だ。世界の一つや二つ、小指一本で救えそうな気がするよ」
「私は、今すぐ世界が滅びてもいいから寝たいわよ……」
フラフラになりながら広間へ向かうと、そこには王様と大賢者が待ち構えていた。
「おお、リナ殿。昨夜どうじゃった? よく眠れたか?」
王様の無邪気な問いに、私は「いや、夜這いされました」と言いかけて飲み込んだ。
だが、隣の男が余計な口を開く。
「完璧でした、陛下。リナの生体反応を直接(肌で)確認したところ、彼女の体温と私の魔力の親和性が非常に高いことが判明しまして。……ただ、まだ『奥の方』に不純なノイズが混じっている。今夜はより密着し、粘膜……失礼、精神の深層からの調整が必要です」
「「…………」」
食堂が、しんと静まり返った。
大賢者は持っていた杖を落とし、騎士たちは「聞こえなかった。何も聞こえなかった」と唱えるように空を見上げた。
「陛下、昨夜の触れあいは実に濃厚でした。リナが何度も『やめて』『変態』と中和の呪文(罵倒)を唱えてくれたおかげで、私の内側は今、かつてない快感……いや、平穏に満たされています」
「レイン殿……言葉の端々に隠しきれん欲望が漏れておるぞ……」
「私、もう帰っていいですか? 社会的に死ぬ前に、物理的に死にたいんですけど!」
*
私の叫びも虚しく、その日のうちに私は「勇者の専用(飼育)係」として、魔王城行きの豪華な馬車に押し込められた。
「せめて、隣の席にしてください!」
必死の交渉もむなしく、
レインの膝の上が私の指定席となった。
「安全のためだよ」
「何から守る気なのよ!?」
彼は微笑むだけで、理由は最後まで説明しなかった。
そして数日後。
私たちは驚異的なスピードで魔王城の玉座の間へと到達していた。
道中の魔物?
レインが「リナとの時間を邪魔するな」と呟いただけで、視界の端から消えていった。
……見てすらいない。
「勇者レイン!
貴様、一人の女に現を抜かして――」
魔王軍の幹部たちが、十数人、一斉に襲いかかってくる。
だがレインは私を左腕でがっしりと抱き寄せたまま微動だにしなかった。
「リナ、少し取引をしよう」
「この状況で!?
敵、もう来てるから!」
「敵を一体倒すごとに、あとで十秒、首筋に触れさせてほしい」
「レートが気持ち悪いのよ!!
却下!!」
「では条件を変える。
この階層を一掃できたら、今夜は――」
「ダメ!
その先は聞かない!!」
私が叫んだ、その瞬間。
言葉の続きを言う前に、
レインは私の顎に手をかけ、強引に唇を塞いだ。
「――っ!?」
深く、熱く、息を奪うような口づけ。
そのわずかな間に、彼の右手が軽く振るわれる。
次の瞬間、襲いかかっていた幹部たちは、音もなく“塵”になっていた。
「……ふぅ」
唇が離れる。
「交渉決裂だったからね。
これは事故だよ、事故」
「どこが事故なのよ!?
あと今の、完全に戦闘報酬の前借りでしょ!!」
「前借りじゃない。
衝動だ」
即答だった。
阿鼻叫喚の玉座の間。
ついに魔王が痺れを切らし、禍々しい闇の魔力を練り上げる。
「おのれ……っ!
ならば、その女を人質にして――」
魔王の鉤爪が、私へと伸ばされた。
その瞬間。
レインの瞳から光が消えた。
「……僕の宝物に、その汚い指を向けたね」
世界が軋む音がした。
彼の背後から、神々しくも禍々しい数千本の魔力糸が展開される。
「リナ目をつぶって。
……君に、僕の“汚い部分”は見せたくない」
嫌な予感しかしない。
「でも、君への欲望を邪魔する羽虫を、
生かしておけるほど、僕は理性的じゃないんだ」
「レイン、待っ――」
「大丈夫。すぐ終わるよ。
……終わったら、たっぷり触れ合おうね」
次の瞬間、
絶倫としか言いようのない高密度の魔力が爆発した。
魔王の絶叫は、
“愛(物理)”の奔流に飲み込まれて、跡形もなく消えた。
「……よし、掃除完了だ」
何事もなかったように、レインが私を見る。
「約束通り、僕の昂ぶりを――」
「世界は救われたけど、
私の貞操がかつてない大ピンチなんですけど!!!」
*
魔王は滅び、世界に光が戻った。
……はずなのだが。
私の目の前には、魔王よりもずっと厄介で、ずっと重たい闇が、堂々と鎮座していた。
「――で。結局、私は元の世界に帰れるんですか?」
玉座の間。
相変わらず金ピカな王様と大賢者は、まるで打ち合わせでもしたかのように、そろって視線を逸らした。
「……いや、その。勇者の情緒安定が継続する限り、という条件付きでな……」
「条件付き監禁!!」
私の叫びに追い打ちをかけるように、背後から濃密な湿度が迫ってくる。
振り返るまでもない。レインだ。
彼は勝利の余韻など微塵も感じさせない、飢えた獣のような目で私を見下ろすと、唐突にその場に跪いた。
そして私の足首を掴み、指先へと、熱烈で――どこか冒涜的ですらあるキスを落とす。
「世界は救われました。ですが、僕の心はまだ、君という猛毒に侵されたままです。……リナ、責任を取ってください」
「何で私が加害者扱いなのよ!
むしろ被害届出したいのは私の方よ!」
「いいや。君が僕をこう(変態に)したんだ」
さらっと言い切った。
「魔王がいなくなった今、僕の魔力は行き場を失っている。
今夜からは、今までみたいに軽く触れるだけじゃ足りない」
レインは私の腰を引き寄せ、逃げ道を完全に塞ぐ。
「もっと深く、君に馴染ませたいんだ。
表面だけじゃなくて……君の奥まで、ちゃんと」
「ちょっと待って!
その言い方、どう考えても危険な意味しか含んでないでしょ!」
「安心して。無理はしないよ」
彼は優しい声で、一番信用できないことを言った。
「ただ、君のことを奥まで知るだけだ」
「それを世間一般ではアウトって言うの!!」
「君がどこまで受け入れられるのか、
どこで息が詰まって、どこで逃げたくなるのか。
……全部、触れて確かめたい」
「ほんとに無理……この国どうなってもいいから早く元の国に帰してーー!!」
私は必死に突き放そうとする。
「無理、じゃないよ。君の体はこんなに素直に、僕の熱に馴染んでいるのに。……ねえリナ、僕をまたあの孤独な夢の中に置き去りにするつもり? そんなの、世界が滅ぶより残酷だと思わない?」
至近距離で見つめてくる彼の瞳が、あまりにも綺麗で。
くそ、、、こいつ結局顔がいい……。
「……まあ、顔だけはいいし。
ご飯も美味しいし。
死なない程度に……今夜一晩、
何もしないで添い寝するだけだから!
それで満足しなさいよね!」
これ以上付きまとわれないための、
私なりの精一杯の妥協だった。
消え入りそうな声で条件を提示した、その瞬間。
レインの瞳が、ゆっくりと細められる。
――逃げ道が閉じたときの、捕食者の目だった。
「うん。添い寝でいいよ」
あまりに素直な返事に、私は一瞬だけ安心しかけて――
「ただし、君がベッドの中でどう動くか、その軌跡を全部把握したい」
「は?」
「寝返りの角度、寝息のリズム、
君が無意識に寄ってくる距離。
……全部、覚えたいだけだから」
「それ、添い寝の範囲じゃない!!
観察対象になってる気しかしないんだけど!!」
彼は楽しそうに微笑む。
「安心して。触らない。
ただ、見てるだけ」
「“見てるだけ”って言い方が一番信用ならないのよ!!」
そう言いながらも、私は後ずさり――
「さあ、寝室へ行こう。
今夜は、君がどれくらいで僕に依存してくれるか確かめたい」
「それ、洗脳させる気でしょ!!
嫌な学習させないで!!」
抗う間もなく、彼の手が背中に添えられる。
押さえつけるでもなく、
逃げられない位置を正確に知っている手つき。
「ひゃっ!?
ちょ、待って、距離近いって……!」
「大丈夫。
君が逃げようとする前に、
逃げなくていい状態にするだけだから」
「言ってることが一番怖いのよ!!」
こうして私は悟った。
重すぎる愛を全力でぶつけてくる勇者に、ツッコミを入れ続ける運命なのだと。
世界は救われた。
だが、私の腰と平穏は――今夜、確実に消滅する。
ほんとはもっと変態的に書きたかったな




