第8章:逆流(エデン・ダイブ) 8-1:発射台(ローンチ・パッド)
(……不潔だ)
アキラの思考は、その一言から始まった。
彼が今「発射台」と定義した場所は、彼がエデンで知覚していた純白の論理空間とは、あまりにもかけ離れた「現実」だった。
「屑の底」と呼ばれる、ピットの最下層。
そこは、エデン創世記の産業廃棄物と化学汚泥が堆積し、化石化した「層」だった。
彼の肺は、ケイから渡された粗悪なフィルター越しに、粘膜を焼く高濃度の酸の空気を吸い込んでいる。
彼の「手」は、エデンの「一番マシな布」で拭ったとはいえ、未だにあの粘つくキーボードの感触と、スリーパー・ノードを覆っていた粘菌の「汚染」記憶に苛まれていた。
だが、彼の潔癖症は、もはや「悲鳴」を上げていなかった。
彼の「論理」が、その「不潔さ」を、「作戦実行に必要な環境コスト」として「許容」するよう、自らの精神(OS)を「最適化」させていたからだ。
(……俺は、ガラクタ(ジャンク)だ)
アキラは、自らにそう再定義する。
(……ガラクタは、ガラクタ(ここ)で、その「価値」を証明する)
彼の目の前には、彼自身が「清掃」し、ケイが「魔改造」を施した、「スリーパー・ノード」が鎮座していた。
かつては錆と汚泥に覆われていた、ヴェクターの「悪意」の塊。
だが今、その「内部」は、ケイがアジトから持ち込んだ無数の光ファイバー・ケーブルと接続され、アキラが持ち込んだ「汚れたキーボード」を受け入れ、この「屑の底」の暗闇の中で、不気味な「脈動」を放っていた。
t「……準備は、どうだ」
ケイが、アキラの背後に立った。彼女の声は、フィルター越しにくぐもっているが、その「鋼」の意志は、少しも揺らいでいなかった。
彼女の義手は、アキラの「論理」を「物理的」に支援するため、スリーパー・ノードの「冷却」システム——それは、近くの「汚泥の川」の水を「循環」させるという、アキラの潔癖症を再び刺激するには十分すぎる「非論理的」な代物だった——に、接続されていた。
「……プランAの『ヴァイラス・コード』、構築完了」
アキラは、キーボードを叩きながら答えた。
彼の思考は、三日三晩かけて「卒業試験」を解読した時以上の速度で、回転していた。
彼が構築した「ヴァイラス」は、純粋な「破壊」プログラムではなかった。
それは、彼が「リサイクル(再生)」と呼んだ、「新しい論理」の「種」だった。
(……マザーの『搾取』の『定義ファイル』を、書き換える)
(……ピットから『吸い上げる』のではなく、エデンが『蓄積』した『余剰エネルギー(リソース)』を、ピットへ『還元』するよう、その『パイプ』の『流れ』を、逆転させる)
それは、彼が「告発」しようとした「真実」であり、彼が「ピット」で学んだ「絆」であり、そして、彼が「開発」してしまった「罪(Ver.7.0)」への、彼なりの「贖罪」だった。
「……ケイ。お前たち『ピット・ラッツ』には、陽動を頼む」
アキラは、ノードのコンソールに、エデンの「防壁」の「構造図」を、立体的に展開した。
「『逆ダイブ』は、マザーの『下水管』を、物理的に『逆流』する。……だが、ヴェクターは、それを『予測』しているはずだ」
アキラの脳裏に、あの「鋼鉄の欺瞞」が、浮かんだ。
(あの男が、ピットからの『物理的な侵入』を、想定していないはずがない)
「この『スリーパー・ノード』が、俺たちにとっての『発射台』であると同時に、あいつらにとっての『迎撃拠点』でもある。……俺が、このノードから『逆ダイブ』を開始した瞬間、マザーとヴェクターは、俺の『論理』と、この『ノード』そのものを、同時に『焼き切り(デリート)』に来る」
「……だろうな」
ケイは、平然と頷いた。
「あたしたち『ピット・ラッツ』の仕事は、その『迎撃』を、お前の『頭』から『逸らす』ことだろ」
「そうだ。……俺が、マザーの『中枢』に『到達』するまでの、わずか数分間。……エデンの『防壁』の『処理能力』を、俺への『攻撃』から、お前たち(・・・)への『対処』へと、強制的に『分散』させる」
「……ハッ。お前を『王』にするための、『捨て駒』ってわけか」
「『論理的』には、そうだ」
アキラは、冷たく答えた。
だが、ケイは、その「非情」な「論理」を、笑い飛ばした。
「……上等だ、『エリート』様。あたしたちは、『ガラクタ(ジャンク)』だ。だが、『使い捨て』の『駒』じゃねえ」
ケイは、背後に控えていた、アジトの「仲間」たち——あの「腐った腕」の男も、脚を「切断」された「トシ」も、そして、アキラが「非論理的」だと切り捨てた、すべての「ジャンク」たち——に向かって、叫んだ。
「……聞け、ラッツ! こいつが、エデンの『神様』の『喉元』に、ナイフを突き立てる!」
「……あたしたちの仕事は、その『ナイフ』が『届く』まで、エデンの『犬』どもを、引きつけて、引きつけて、引きずり回すことだ!」
「「「応!!」」」
「屑の底」の「毒」の空気が、アキラが「感情」と呼んだ「非論理的」な「熱」によって、震えた。
(……うるさい)
アキラは、精神防壁の「遮音レベル」を、最大に引き上げた。
(……だが、悪くない)
彼は、この「非論理的」な「熱」が、自らの「瓦礫」の「論理」を、奇妙に「補強」しているのを、感じていた。
「……ケイ」
アキラは、最後の「確認」として、彼女に、あの「スレート」——彼が「二重の計画」を仕込んだ、彼自身の「命」——を、見せた。
「……プランAが、失敗した場合」
「……分かってる」
ケイは、アキラの「言葉」を、遮った。
彼女は、アジトの医療行為で使った「ナイフ」を、腰に差し、そして、あの「伝説」の「器」が「眠る」暗闇を、一瞥した。
「……お前の『ガラクタ(ゴースト)』は、あたしが、必ず『リサイクル』してやる」
「……論理的な、約束だ」
アキラは、そう言うと、あの「不潔なフィルター」を、自らの「覚悟」と共に、深く吸い込んだ。
彼は、「逆ダイブ」のための「インターフェイス」——それは、エデンの「純白のコンソール」とは似ても似つかない、「スリーパー・ノード」から引きずり出された、むき出しの「光ファイバー・ケーブル」の「束」だった——を、自らの「生身(レベル1)」の「後頭部」に、突き刺した。
(……痛い)
(……不潔だ)
だが、彼の「論理」は、もはや、その「ノイズ」に、揺らがなかった。
「——『逆ダイブ作戦』、開始」




