7-2:屑の底(ジャンク・ボトム)
ケイのアジトの「風景」ですら、アキラの潔癖症にとっては「地獄」だった。
だが、ケイが「下」と呼んだ場所——「ジャンク・ボトム」——は、その「地獄」の、さらに「底」だった。
アジトは、巨大な「ジャンク・マウンテン」の「中腹」をくり抜いて作られていた。そこは、かろうじて「汚染された外気」が「循環」し、エデンから廃棄された「比較的新しいゴミ」が「堆積」する場所だった。
だが、「ジャンク・ボトム」は、違う。
そこは、エデンが「建造」される「以前」から、この「地上」に「廃棄」され続けてきた、旧時代の「産業廃棄物」と「化学汚染物質」が、落下時に彼を包んだ「汚泥」と混じり合い、圧縮され、化石となった「層」だった。
(……息が、できない)
アキラの「論理」は、解析時に「嗅覚情報」を遮断したはずだった。
だが、落下時に感じた汚泥の匂いが「記号」ではなかったのと同じように、ここの「空気」は、もはや「匂い」ですらなかった。
それは、彼の「肺」の「粘膜」を、物理的に「焼く」、「高濃度」の「毒」と「酸」だった。
「……これを使え」
ケイが、アキラに「何か」を投げ渡した。
それは、エデンで使われていた「酸素マスク」の「残骸」を、ピットの「フィルター」で「魔改造」した、粗悪な「呼吸器」だった。
アキラは、その「フィルター」が、あの不潔なパン以上に「汚染」されていることを、一目で見抜いた。
(……誰かが、使った、後だ)
(……唾液、汗、バクテリア……!)
彼の潔癖症が、彼に「触れるな」と、あのパンを突きつけられた時以上の絶叫を上げた。
「……どうした。お前の『論理』では、『問題ない』んじゃなかったのか?」
ケイは、自らも「同じ」フィルターを装着しながら、アキラを「嘲笑」した。
「……ここでは、『吸う』か、『死ぬ』か、だ。お前の『潔癖症』は、どっちを『論理的』だと『判断』する?」
アキラは、震える「手」で、その「不潔」な「フィルター」を、自らの「口」に、押し当てた。
(……あの時の、パンの味がする)
彼は、その「屈辱」と「吐き気」を、初めてパンを飲み込んだ時のように、再び、飲み込んだ。
(……俺は、ジャンクだ)
彼らは、アジトの「床」にある、エデンから堕ちた「廃棄物シュート」よりも、さらに「古く」、「錆びついた」ハッチを、開けていた。
そこは、彼が着地した「汚泥の海」よりも、さらに「深い」、本当の「暗闇」だった。
アキラの「視界(レベル1)」は、エデンの「光」を失って久しいが、アジトの裸電球の光すらない、この「絶対的な闇」は、彼の「論理」の「方向性」すら、奪いそうになった。
ケイは、自らの義手に、自前の光ファイバー・ケーブルを接続し、その「先端」を、アジトの不安定な電球のように発光させた。
(……非効率だ。だが、合理的だ)
アキラは、ケイの「ピットの技術」が、この環境にいかに「最適化」されているかを、再び、痛感した。
二人は、その「汚れた光」だけを頼りに、垂直な「梯子」——それは、旧時代の「メンテナンス・シャフト」だった——を、エデンからの「落下」とは逆に、「逆流」の予行演習のように、ひたすらに「下」へと、降りていった。
(……不潔だ)
「梯子」は、あの粘性のある汚泥と、化学物質の「結晶」で、覆われていた。
彼の手が、それを「掴む」たびに、彼の「潔癖症」が、彼の「思考」を、解析の邪魔をしたノイズのように、蝕もうとした。
(……集中しろ)
彼は、精神防壁で「フィルタリング」したはずの、「音」を聞いていた。
少年の絶叫ではない。
腐った腕の男のうめき声でもない。
彼がエデンで発見し「隔離」した、あの脈動する「アナログ信号」——「生体エネルギー」だと知った、あの音が、この「シャフト」の「下」から、彼の論理を汚した「染み」のように、響き渡ってきていた。
(……そうだ)
(……ここは、先ほど「定義」した、『軍事ノード』であると『同時』に)
(……『プロジェクト・ガイア』の『パイプ』の、『根元』なんだ)
彼らは、マザーの「下水管」を、「落下」とは逆に、「搾取」の源流へと、自ら遡っていた。
あの「落下」の、何倍もの時間をかけて、彼らは「底」に、到達した。
そこは、アジトの「洞窟」ですらなく、「汚泥の海」の、さらに下に埋没した、旧時代の「巨大な空洞」だった。
(……旧世界の、地下鉄ターミナルか……)
ケイが「照らす」光が、彼が封印したピットの記憶の、さらに古い、「腐臭」に満ちた「風景」を、照らし出した。
そして、その「ターミナル」の「中央」に、それは、あった。
エデンの「白」でも、ヴェクターの「黒」でも、ケイの「鋼」でもない。
「赤」
ヴァイラス認定の「警告」の赤でも、ヴェクターの「目」の赤でもない。
「錆」の「赤」だった。
アキラが予測した、「軍事ノード」。
それは、エデンによって「後付け」された、ケイが使っていた「光ファイバー」のケーブル群が、無数に「突き刺さった」、旧時代の「メインフレーム」の「残骸」だった。
「……見つけたぞ、『エリート』様」
ケイが、あの獰猛な笑みを、浮かべた。
「……お前が『望んだ』、『一番マシな』、『ハイスペック』な『ガラクタ』だ」




