第7章:遺産(ロストテクノロジー) 7-1:逆流(リバース・フロー)
(……『逆ダイブ作戦』だ)
アキラが放った「逆ダイブ作戦」という言葉は、ケイが叩き割ったブラウン管モニターの「残骸」が放つ、非効率な放電ノイズの中へと吸い込まれていった。
アジトの空気は、「欺瞞」の真実が開示された瞬間に「凍り付いた」憎悪と絶望から、今は、アキラの「非論理的」すぎる「提案」に対する、戸惑いと、そして、かすかな「熱」を帯びた「期待」へと変質していた。
(……なんだ、こいつらの、この「目」は)
アキラは、初めて会った時に彼を「値踏み」していたケイの「目」が、今や「取引相手」を見る「目」に変わっていること、そして、先ほどアキラに掴みかかろうとした男が、その「憎悪」を「困惑」に、「少年」が「尊敬」を「狂信」に、それぞれ「変質」させて、彼の「次の言葉」を待っていることに気づいていた。
彼の潔癖症が、その「感情の奔流」——ピットの住人たちの、汗と、血と、埃にまみれた、あまりにも「生々しい」期待——に、再び「汚染」されそうになるのを感じた。
(うるさい。非効率だ)
アキラは、解析作業中に構築した「精神的な防壁」を、再び最大出力で展開した。
(感傷に浸っている時間はない。俺は「プラン」を構築すると言った。ならば、それを「論理的」に「実行」するだけだ)
アキラは、ピットのコンソールに触れて「汚染」された、自らの「手」を見つめた。
(……俺は『ジャンク』だ)
少し前に、彼は自らそう定義した。
(……だったら、この「手」を、ケイが仲間を救うためにナイフを振るった時のように、躊躇いなく「汚し」続けるしかない)
「……『逆流』、だと?」
ケイが、アジトの沈黙を破った。彼女の声は、破壊的な怒りではなく、初めて会った時のような冷徹な論理を取り戻していた。
「『プロジェクト・ガイア』の『パイプ』を、逆流させる……。具体的に、どうやる、『エリート』様」
「……まず、現状の『問題点』を、定義する」
アキラは、エデンで同僚を論破した時とも、このアジトで真実を開示した時とも違う、冷たく、そして「重い」声で、説明を開始した。
彼の思考は、もはやエデンで信奉した「完璧な白」でも、裏切りを知って崩壊した「瓦礫」でもない。
ピットの現実と「共振」した、あの凄惨な医療行為を連想させる血と膿と鉄の匂いが染みついた、「不潔」だが、しかし、エデンにいた頃よりも遥かに「強靭」な「論理」だった。
「『プロジェクト・ガイア』の『パイプ』は、物理的な『エネルギー・コンジット』を経由している。かなり前に、俺はそれを突き止めた。だが、それは『一方通行』だ。ピットからエデンへ、『吸い上げる』ためだけの、な」
「……ああ。だから、それを『逆流』させるんだろうが」
「『論理』が足りない」
アキラは、ケイの「非論理的」な「発想」を、冷たく「修正」した。
「『逆流』させるには、マザーの『ポンプ(俺のVer.7.0)』の『制御』を、外部から『奪う(ハックする)』必要がある」
アキラは、ケイが破壊したブラウン管を、忌々しげに指さした。
「……この『ジャンク・コンソール』では、不可能だ」
アジトの「熱」が、一瞬で「冷」に変わった。
「……はァ? てめえ、ついさっき、三日三晩かけて『卒業試験』とやらを『クリア』したんじゃなかったのかよ」
「『ロックを解除』するのと、『システムを奪取』するのでは、必要な『処理能力』が、天と地ほど違う」
アキラは、あの忌まわしいコンソールでの苦痛を、思い返していた。
(あの『粘つくキー』と『非効率なCPU』では、マザーの『防壁』に『触れる』ことすらできない)
「マザーの『防壁』は、俺が『ヴァイラス』として『パージ』された時点で、俺の『生体認証(ID)』も、俺が使った『化石コード』すらも、すべて『ブラックリスト』に追加しているはずだ」
「……つまり?」
「『卒業試験』は、ヴェクターの『論理的欠陥』を突いて、クリアできた。だが、『本番』は、そうはいかない」
アキラは、ケイが彼に突きつけた要求を、そのまま「論理的」な「壁」として、彼らに突き返した。
「『逆ダイブ』を実行するには、マザーの『防壁』が、俺の『ハッキング』を『攻撃』と『認識』するよりも『速く』、俺の『ヴァイラス(・・)』を、彼女の『中枢』に叩き込む必要がある」
「……どれくらいの『速度』が、必要だ」
「……エデンの『ジェネシス・コア』で、俺が使っていた『純白のコンソール』と、同等か、それ以上の『処理能力』と『回線』が」
アキラは、このアジトの風景——不安定な電球、腐った腕、血の染み——を、冷たく見渡した。
「……この『不潔なガラクタ(アジト)』の中には、存在しない」
「……チッ」
ケイは、アキラがレーションを拒んだ時と同じ顔で、床に「唾」を吐きかけた。
「……つまり、お前の『逆ダイブ作戦』とやらは、ただの『夢物語』だったってわけか、『エリート』様」
「『論理的』に、だ」
アキラは、平然と答えた。
「だが」
彼は、ケイの「目」を、再び、見つめ返した。
「『論理的』な『問題点』は、必ず『論理的』な『解決策』が存在する」
アキラは、ケイが自慢げに見せた「魔改造」のコンソール画面を、思い出していた。
(こいつの『技術』は、『非論理的』だが、『本物』だ)
(俺の『論理』と、こいつの『技術』を『融合』させれば……)
「お前は、俺のスレートが『軍事用』の『ハイブリッド型』だと『解析』したな」
「……ああ。それが、どうした」
「……エデンが『軍事用』の『規格』を、なぜ『廃棄物処理場』との『境界』で、使う必要がある?」
「……!」
ケイの「生身」の目が、アキラの「言葉」の「意図」を、瞬時に「理解」した。
「……お前は、気づいてるのか」
「『プロジェクト・ガイア』の『パイプ』は、単なる『エネルギーライン』じゃない」
アキラは、スレートから開示した「定義ファイル」を、破壊されたモニターの「残骸」に、再び表示させた。
「……それは、有事の際に、エデンから『軍事介入』するための、『物理的な侵入経路』でもある、ということだ」
「……ヴェクター配下の『黒い部隊』が、ここ(ピット)に、直接『送り込まれる』、ための……」
「そうだ。……そして、その『軍事ルート』には、必ず、その『膨大な情報量』を『管制』するための、『ハイスペック』な『物理ノード』が、存在するはずだ」
アキラの「論理」が、ピットの「現実」と、完全に「接続」した。
「俺たちが、必要なのは、それだ」
「……マザーとヴェクターが、あたしたち(ピット)を『制圧』するために『用意』した『武器』を、あたしたちが『逆利用』して、あいつらの『喉元』に、あの原始的な『ナイフ』を突き立てる……」
ケイの口元に、アキラとの取引を決めた時の獰猛な笑みが、浮かんだ。
「……ハッ。最高に『イカれた』、『論理』だ」
「どこにある」
アキラは、ケイが解析に使っていた「デバッグ画面」を、指さした。
「お前の『技術』なら、その『物理ノード』の『場所』も、『解析』済み、なんだろう?」
「……当然だ、『エリート』様」
ケイは、アキラを突き飛ばし、自ら「汚れたキー」を叩き始めた。
「……だが、お前が『反吐が出そうだ』と言った、この『アジト』よりも、さらに『下』だ」
「……問題ない」
アキラは、彼が要求した「一番マシな布」で、自らの「額」に滲んだ、三日三晩の解析作業による疲労の汗を、拭った。
「……俺は、ピットに堕ちた日、すでに『汚泥』の味を知っている」




