5-4:原初の医療(プリミティブ・ケア)
「おい、ケイ! ダメだ、熱が下がらねえ! 『接続部』が、もう、真っ黒だ!」
アジトの奥から、悲鳴のような声が上がった。
ケイは、アキラの「スレート」の解析を中断し、舌打ちを一つすると、その声の元へと駆け出した。
アキラは、好奇心(それは彼にとって非論理的な感情だった)ではなく、ただ、この「コンテナ」という「密室」の不潔さから逃れたい一心で、その後に続いた。
アジトの奥。
そこは、かろうじて「医療区画」と呼べる場所らしかったが、アキラが知るエデンの「純白の無菌室」とは、正反対の「地獄」だった。
床には、油と、乾いた「血」の「染み」がこびりついている。
「患者」——それは、5-2でアキラを襲ってきた「ジャンク」どもよりも、さらに若い「少年」だった——が、粗末な台の上で、全身を痙攣させていた。
彼もまた、エデンから廃棄された「義足」を、自らの脚に「接続」していた。
だが、その「接続部」は、すでに「腐敗」を通り越し、「壊死」していた。
黒く変色した肉が、錆びついた金属に、醜悪に癒着している。
(……非衛生的だ)
(……論理的じゃない)
アキラの思考は、その光景を「理解」することを、再び拒否した。
(エデンならば、即座に患部を「切除」し、クリーンな「義体」に「交換」する。ナノマシンで「再生」させる。それが「論理的」だ)
(なぜ、こんな「非効率」な状態になるまで、放置した?)
「ケイ……頼む……」
少年が、高熱にうなされながら、ケイに助けを求めている。
「……間に合わなかったか」
ケイは、少年の「壊死」した脚を見て、苦々しく呟いた。
彼女は、そばにいた仲間に、怒鳴った。
「火! 湯を沸かせ! それと、あの『ナイフ』を持ってこい!」
(……ナイフ?)
アキラの思考が、その「単語」に引っかかった。
(……メス、ではないのか?)
数分後。
仲間が持ってきたのは、「医療用レーザーメス」ではなかった。
それは、エデンの「廃棄物」から削り出したとみられる、分厚い「金属片」——「サバイバルナイフ」だった。
ケイは、その「ナイフ」を、アジトの焚火で沸騰させただけの「汚れた湯」に、数秒間浸した。
(……煮沸消毒)
アキラは、その「単語」を、歴史のデータ(・・)としてしか知らなかった。
(……非効率だ。不完全だ)
(……細菌は、死滅しない)
(……この環境では、確実に「二次感染」を起こす)
(……この女は、「医療」ではなく、「殺人」をしようとしている)
アキラの「論理」が、警報を鳴らした。
「待て」
彼は、思わず声を出していた。
「その行為は、非論理的だ。その環境での『切開』は、破傷風と敗血症を引き起こす。生存確率は、10%未満だ」
ケイは、その「煮沸」したナイフを、油汚れた布で拭きながら、アキラを振り返った。
その目は、もはや「怒り」ではなく、絶対的な「軽蔑」に満ちていた。
「……黙ってろ、『エリート』様」
「だが、論理的に……!」
「『論理』? お前の『論理』じゃ、こいつは救えねえんだよ!」
ケイが、吠えた。
「このまま放置した場合の、こいつの『生存確率』は、何%だ? ああ?」
「……それは……」
アキラは、言葉に詰まった。
(……ゼロだ)
「あたしの『非論理的』な『医療』なら、10%は、ある(・・)。そうだろ?」
ケイは、アキラの「論理」を、ピットの「現実」で殴りつけた。
彼女は、少年に向き直った。
「トシ! 死ぬなよ! 今、この『クソ(ジャンク)』を、切り離してやる!」
彼女は、仲間に命じて、少年の体を、ロープで台に縛り付けさせた。
そして、アキラが「不潔だ」と断定した、その「ナイフ」を。
少年の「壊死」した脚の、「生身」と「機械」の「境界線」に。
——躊躇なく、突き立てた。




