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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
旅程一章 集い来る光

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灰燼に残る悪意

 王都から出立して数時間。次第にその道は、石畳から整地された街道へ、街道から未整地の畦道と獣道に近い悪路へと移り変わり、揺れの激しさだけで乗客が消耗しそうな道が長く続いている。事実、何名かは出発したての頃より少し口数が減った。同乗の連中の顔色を見ると数名白い顔をしながらも平静を装う痩せ我慢をしている。まぁ、全て顔に滲み出ているが……。

 隣のワルツはというとこういった劣悪な環境にも慣れていて、至極平気な涼しい顔で揺られている。見た目はあまり頑丈そうでなく繊細に見えるが、その実かなり逞しい内面をしている。すまし顔が崩れぬその姿には、少し憎たらしさすら感じる程だ。


 荷台から後方へ流れる風景も単調な自然が多くなり、夕暮れが燻らせる湿気を含んだ土と深緑の匂いに包まれる。もう少し乗り心地が良い上等な馬車なら田舎道へ移り変わっていく景色に郷愁や旅愁を感じられたのだろうか。乗っている馬車の車輪が岩や石、草と砂を噛み、激しく揺れるため落ち着けもしない。まぁ、そもそも自分は王都出身であるし帰る郷もなければ、何より、この先の目的地について考えるとそんな気持ちでもいられないが……。


 いつ何時何があってもいいようにと、自分とワルツを含め乗り合わせた六人は全員、装備は解かずに待機している。それでも終始周囲を完全警戒し続けるのも酷く神経をすり減らすため、代わる代わる見張り番を担当しながら道中を行き、合間で名前と職分をなど紹介し合った。向かう場所に未知数の危険度が潜んでいる可能性が高いだけに、なんとなく想像はできていたが、ワルツ以外は全員、戦闘部隊の人員だった。折角、同任務に就くことになったのだから相互理解を深めておこうと話している中で、他の連中が口々に話す。

「今回の任地、テイルバレイの状況は正直よく分からないんだろ?諜報の鷹を疑いはしてないが、どうもやな感じもするし、相方も怖がってたから、今回は一人で行くと上官に申請して許可を頂いたんだ……。」

「まぁ、なぁ……。やっぱり不気味だよな……。こっちは一緒に行くと言ってくれたが断った。組んでる奴にあんまり戦地での実地経験なくてさ、普段は市民救護ばっかりやってる奴だから、どうも心配でなぁ……。」

「それは英断じゃないか?正直入団して以来、他に例を見ない任務だからなぁ。」

「その点、もし戦闘が必要になればワルツさんには迷惑をかけるかも知れない。なるべく危険なものと遭遇しないに越したことはないが、もし戦闘になった時は、どうにか自分の身は自分で守れるよう努力するよ。」

「いえ、その点はお気になさらず。私はこう見えても割と実地経験もありますし、彼……ロンド含め、皆さんのサポートでしたら、それなりに立ち回れる方だとは思いますので。ただ、今回はイレギュラーも多そうなので、私自身も油断はせずいるつもりです。」

その言葉を受け改めてこの先のことを各々考え込み、一瞬の沈黙があった。もちろん気は抜かないが、それだけで疲れるような重い空気はごめんだ。一言軽口を挟んでやった。

「ワルツはこう見えて結構タフだし、図太くできてるから大丈夫だ。こいつとは付き合いも十年ほどあるし、フォローには俺がまわるから、安心しろ。殿は任せろ!ってやつだ。」

「そうですね、何事か余計な言葉も挟まった気もしましたが、私もロンドの立ち回りについては熟知してますし、彼に関しては殺しても死なないような人なので、なるべく皆さんを中心に補助するようにします。」

殺しても死なないとはまた物騒な物言いをと思いつつ、本気なのか冗談なのか、よく分からないマジメ腐った調子でワルツが返す。ちらりとロンドがワルツを見遣ると、「冗談ですよ。あなたの軽口の意図を汲んでますよ。」と言いたげな流し目を送ってくる。目線だけで何となく察しがついた自分に辟易しつつも……癪に障る表情しやがると内心で愚痴っておいた。

 その後、念のため戦闘になった時の立ち振る舞いや陣形の相談のために、それぞれの武器や攻撃可能範囲など、できる限りの情報を共有した。武器種としては剣を得意とするもの二名、ハンマー一名、魔法一名。まぁ、戦闘においてバランスは悪くない取り合わせだ。真面目な話が終わると、少し砕けた調子で世間話や団の中で今までに就いた任務などの話で歓談しつつ、馬宿への道のりを順調に進んだ。


 出発からおよそ丸一日、やっと馬宿に降り立った。この一日なるべく急ぎでとの依頼から、かなり長時間にわたって馬を駆り続けてくれた御者に礼を言うと「これが仕事ですし、お安いご用ですよ。」と逞しい返事が返ってきた。あの悪路を安全に走り抜けてくれたことも思うと、守護団にスカウトしたくなる根性と集中力だと感心する。

 馬宿前の広場でまず軽く体を動かしてみる。街道の途中に何度か小休止を入れてはいるものの、決して長時間にわたって人を乗せる作りでない馬車の荷台に揺られていると、やはり体も硬くなる。普段の仕事上で長時間の座りっぱなし状態があまりないこともあり、バキバキと関節から渇いた音が鳴る。

「くぁ……ふぁぁ……。」

伸びをした時に思わず間抜けな声と欠伸が出る。一息入れてみると肺の中に新鮮な空気が入り込んできて気分がいい。街道沿いには魔物だけでなく、馬車の積荷を狙う盗賊もそれなりにいるから気をつけろと聞いていたが、馬宿には他の滞在客も多い。ここでは少しばかり気を緩めても問題ないだろう。で、何よりこの先が一番の難所だろうから、今くらい羽を伸ばしても文句は言われ無いだろう。

ここで数時間ほど休憩をとって、そこからは数時間、狭めの山間の街道沿いを徒歩で行く。こう振り返ると中々にハードな道のりに加え、下手すると戦闘も有りという激務だ。守護団に帰り着いたあかつきには上官に少し給料の上乗せ請求をできないだろうか……。正義感と湧き上がるの焦燥感に似た感情から志願したはいいが、仕事と捉えるといつもより多めに取り分が欲しい内容だ。

 行き先の山の方を眺めるも、日柄も大変よく、照りつける陽射しが突き刺してくるように目を射る。山登りだもんな夏の小旅行のようだと頭が少し現実にそっぽを向く。呑気に傾こうとする思考を振り切って、さて、この後に備えて仮眠でもとるかと、馬宿の中に用意された仮眠用の硬いベッドに横になった。



 ロンドは「ちょっと仮眠取る。」と一言残したかと思うと、はいと返事をする間もなくすぐに寝入っていた。こういう時にぐっすり眠れてしまうのは彼の長所だなといつも微笑ましく見てしまう。

その姿に倣って、ワルツもこの後に備えてしっかり体を休めなくては、と横になってみるが、酷く考え込んでしまい眠れそうにない。

テイルバレイのように絶対安全地帯と守護団が認識していた場所でも、魔物災害があることを改めて考えると気が気でない。守護の力が弱まったのか、結界を破る強い魔物が生まれ始めたか、あるいは……。考えても答えは実際に現地に赴かなければ分からない。正直、現地を見ても生存者がいなければ何が起こったのか分かるかは不明。ただ、事前に把握できる危険性はつぶしておくに越したことはない。だから、考えうる最悪をできる限り考える。誰も犠牲にせずにこの任務を終えるために。

守護団は対魔物、対罪人と穏やかではない仕事も引き受ける。命の保障がない仕事もこれまでに多くあって、目の前で喪われる命も相応に見てきている。誰一人死なせない、傷つけさせないが自分の責務であると強く自負しているけれど、力及ばず救いきれなかったものもあった。それは後悔として心の奥に積もって、次こそは全てを救えと記憶の遠くから吠えている。だから、考える、最悪を……。

 隣のベットから少し唸り声が聞こえたかと思うとロンドが寝返りを打つ。くるりとこちらに向いた顔は穏やかそのもの。普段は精悍で隙のない雰囲気なくせに寝顔は少し幼く見えるますねと、鼻から笑いが漏れる。ロンドと組んで長いけれど、彼に安心感を覚えるのは、決して揺らがぬ精神力と、決して居なくならないという確証が持てるからだろうか。

あと、ロンドが並び立ってくれることによって犠牲者を減らすことができるのも事実。彼の戦闘力はかなりの高さを誇っていて、他者も自分も守る余裕を持って戦闘に臨んでくれる。今回はロンドもいる。未知数ではあるがきっと大丈夫。今は杖を持っていないのに、いつも杖を持つ左手が少し震えている。いや、情報が薄すぎて不安なだけだ。震えるの止まらない左手を右手で強く包み込んで押さえ込んでいた。



 数時間の休憩の後、暗くなる前に装備を整えた守護団一行はテイルバレイへ向けて歩き出した。ロンドから見るに馬車の揺れにやられていた面々も回復したらしい。万全の体制だ。少し先ほどより緊張感は強いが、ここからの道中はそれくらいがちょうどいいだろう。歩ききった数時間後、そこには何が待っているのだろうか。

 歩きはじめて一時間ほど、酷くあたりは静かだった。少し陽が傾きはじめているが、このまま順調にいけば完全に日没までにはテイルバレイに到着できる。その時、突然に静寂を裂く声が道の向こうから空気を裂いた。

「うわぁぁぁ!!!」

「助けて!!助けてくださいー!!!!!」

道の向こうから血に濡れた三人の大人が、後ろを気にしながら必死の形相で走り寄ってくる。全員が警戒し、武器に手を添える。助けを求める人々はそのままこちらに走り寄ってくると、

「漆黒の魔物が!!」

「あっちで……!!」

「助けてください!!」

と必死に守護団の奴らに縋りつき、前の四人は彼らを匿うように様子を見てやっている。ロンドは少し後ろに控え、先だっての発言したとおり辺りの気配に感覚を研ぎ澄ましながら、危険がいつ迫ってもいいように拳を構えた。

ワルツを見ると同じく周囲を警戒はしつつ、何よりも警戒を向けた相手は目の前に現れた血濡れの連中だった。眉を顰めて彼ら見ていたかと思うと、ギッっとその表情を険しいものに変え大声で叫んだ。

「皆さん!そいつらから離れて!!」

ワルツは、同時に目にも止まらぬ速さで左手の杖を振り翳し団員と連中の間にシールドを固める。次の瞬間、夕陽を反射してギラついた刃がワルツの張ったシールド魔法を叩き甲高い音がする。

「はっ!勘の良い奴!めんどくせぇ!」

「後ろのあいつから落とせ!面倒だ!」

「うるせぇ!言われなくてもやってやるよ!」

先ほどまで怯える人民を演じていたそれが醜悪な表情を晒し、ワルツに向かって襲いかかってくる。ワルツは怯まず毅然と向き合い、奴らの動きを慎重に読んで次の行動を吟味し、戦う姿勢を崩さない。ロンドはその間合いに入り、ワルツに襲いかかるものを一振りの拳で薙ぎ払う。

それを皮切りに、少しの間面食らっていた他の連中も体勢を立て直し加勢してくる。ハンマーが薙ぎ払われた男の内一人の腹にめり込み、伸しあげる。残った連中からチッと舌打ちが漏れた。さすが守護団に所属しているだけあり、反応も立て直しも早い。それなりにできる者揃いのようで安心した。剣を扱う二人はギリギリと残り二人の短刀と競り合っている。魔法を扱う奴が風の刃を飛ばし、足を薙いで残り二人の体勢を崩す。

「待ってくれ!!すまなかった!見逃してくれよ!!」

男の一人が命乞いを始める。団員は全員警戒を解かず、突然の襲撃者にその武器を差し向けたままだ。既に伸された奴に対しても同じく警戒を怠らない。

「今更、命乞いですか?都合が良すぎますよね?では、代わりにあなた方の目的を教えていただきましょうか。」

ワルツは先ほど、誰よりも早く相手の殺気に気づいていた。いつも考慮に考慮を重ねる癖があるワルツのことだ、何かしらややこしい事情をあらかじめ計算の内に入れていたのだろう。

「一見盗賊ですが……あなた方、ただの野盗ではありませんよね?ただ追い剥ぎを狙う目的なら、ここで人を待ち構えているのは違和感があります。この辺りを縄張りとしているのならテイルバレイが今どうなっているかご存知でしょう?通る者がいる可能性も低いのに、ここにいた理由は何ですか?」

「それは……。」

男は一度下を向き、何かを言うように言い淀んだ。そして顔をあげ、

「言えねぇなぁー!!」

と下卑た笑いを見せる。男が態度を変えたその瞬間、ワルツとロンド以外の団員が四人が全員がばたりとその場に倒れ伏した。

「「!!」」

さすがにこの状況は予想外だ。ニヤつく男は、自分の目の前に小さな針を見せつけている。

「さっき、縋りついた時にやってやがったか。」

「ロンド、やむを得ません。私たちのみで制圧しましょう。おそらく、倒れた皆さんの様子から見て麻痺の症状をもたらす神経毒です。あまり長く体内に残すと筋肉だけでなく、内臓の動きに影響を及ぼし、最悪死亡、命が助かっても後遺症が残る可能性もあります。……残念ながら、あなたもご存知の通り、解毒の魔法には時間と集中力を要しますので、奴らに静かになってもらうまでは解毒は不可能と思われます。」

「あぁ、わかった。さっさとやれば良いんだな。」

「えぇ。後、できれば殺さず制圧してください。先ほどの言い種、テイルバレイの件、魔物災害以外にも何か面倒なものが絡んでいるように思えます。捕縛して、守護団で聴取する必要がありそうです。」

「そうだな。」

「どうか、あなたも、あの針には気をつけて。」

「手の内を態々見せてもらっちまった後で、俺がそんなヘマすると思うか。」

「思ってませんよ。言葉のあやです。」

「そうですかい。」

相槌を打つと同時に前に向かって地面を蹴り込む。横からの刃物の閃きを目にしたが、それを無視して正面の命乞い男の腹に思いっきり拳を叩き込む。その速度について来られなかった男はノーガードで拳をくらい、泡を吹いて倒れた。武具についた刃は刺さらないように峰打ちのような状態にしてやったから死にはしていないだろう。

側面から刃物が複数回、俺の心臓や首などの急所を目掛けて襲いかかっていたが、全てワルツのシールドが見事なタイミングで弾き返し、相手のより強い一撃をシールドで受け流し、前のめりに怯ませる。その隙に体の向きを変え、正面から向き合って前のめりになっている首のあたりを打ち、地面に殴り落としてやる。

ワルツはふっと小さく短い息を吐き、杖を下ろした。

「他に気配も殺気も感じません。ロンド、あなたは奴らの捕縛をお願いします。私は皆さんの解毒に徹します。」

「あぁ、了解だ。」

ロンドが野党を縛り上げる間、ワルツは一人一人に丁寧に解毒魔法を施していく。

「うん、これでよし。おそらく皆さん後遺症も残らないでしょう。ですが、このままテイルバレイへ連れていくのも危険です。少し時間はかかってしまいますが、馬宿まで引き返して、念のため医師に見てもらえるよう手配しましょう。ここから先へは、明日の朝に時を改め二人で行きましょう。」

「……お前がいてくれて助かったよ。ありがとな。」

「今更殊勝な物言いですね。お互い様でしょう?」

「お前、平気そうにしてるけど、結構消耗してるだろ?改めて思ったまでだ。素直に受け取っておけ。」

「……やっぱり、あなたに隠し事はできませんか……。折角何事もなかったかのようにしてるんですから、触れないでくださいよ。相変わらずお節介な人ですね。……まぁ、はい、ありがとうございます。……にしても彼ら、一体何でしょう?やり口や殺気からして、盗賊……ではあるんでしょうが……。あの態度から察するここに居合わせたのは偶然ではない様子でした……。」

「まぁ、今は全員伸びちまってるし、守護団に連行してにゆっくり聞くしかねぇな。」

「えぇ……。」

そう言ってワルツが見下ろした男たちが、その瞬間、突如として炎を上げて燃え上がり、目の前で断末魔が上がる。ワルツとともに驚いて一歩後ろに飛び退いた。人の燃える酷い匂いがする。

「何だよこれ……!!」

「……これは!遠隔魔法…!?……口封じですか…!!」

対抗しようとワルツがシールド魔法の応用と治癒術を同時展開するが、バチッという音がして黒い電撃のようなものがワルツを打ち、短い悲鳴と共にその体が弾き飛ばされる。

「くっ……!!」

「ワルツ!!」

急いでワルツを抱き起こし、その体を見ると、指先から腕、肩にかけて黒い火傷が稲妻のように痛々しく皮膚を走っている。ワルツの治癒術は自分自身には使えない。痛みを逃すため荒く呼吸しながら、ロンドの心配を汲み取って話し出す。

「はぁ……。……っ!!大丈夫です……。幸いやられたのは右手ですから、宿に戻って応急処置をします……。」

「右手とか左手がどうって問題じゃねぇ!酷い怪我じゃねぇか!!せめて俺の前では無理するなよ……。」

「本当に大丈夫ですから、ですが……。さっきのは遠隔魔法か、発動条件をつけた魔法でしょう。干渉を完全拒絶されました……。彼ら、初めから捨て駒だったのでしょう。もう、すでに骨すら残っていません……。完全なる証拠隠滅ですね……。何かしらの……。」

自分越しに捕縛した男たちの方を見たワルツが呟く。

そこには、およそ人三人分とは思えない体積となった灰だけが残っていた。

「何なんだよ……一体何があったんだよ……。」

ワルツは痛みに時折息をつめつつも、黙りこくって何かしら思案し、状況を整理しようとしてる様子だった。

かたや、自分の中では、あまりにも多くのことが起きすぎて整理しようと努めても混乱するばかりだ。気丈に振る舞ってはいるものの、ワルツの怪我の程度もあまり軽くなく、早く治療を受けさせてやりたくて、気が気でない。


この件の裏で、漆黒の魔物以外の何かも蠢いている。

それは分かったが、何が起きているんだ。

テイルバレイの方を見つめると、夜の帳が音もなく忍び寄っていた。

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