遠鳴りする惨事
視点変わり、さらに二人登場です。今回は戦闘描写などなしです。
語りが三人称になったり、一人称になったりと、行ったり来たりで書いております。
読みづらかったら申し訳ございません。
「テイルバレイ。漆黒の魔物の大挙により壊滅。」
王立守護団の創立以来、初であろう村一つ壊滅規模の大災害。その報が守護団へ届いたのは、悲劇の夜の翌朝だった。
王立守護団は、対魔物と対犯罪者のため、戦闘要員・治癒術師・諜報の大きく三つの職分で組織された部隊である。日常の警邏業務から、罪人の取り締まりと捕縛、漆黒の魔物の討伐、怪我人の治癒まで、国の守護に必要になる様々な仕事をこなしている。それ故に、「王立何でも屋」と揶揄されることも多い。ただ、「王立」を冠するだけあって、その構成員には高い能力と志が求められる組織ではあり、精鋭揃いと名高くもあった。
王立守護団の戦闘要員である青年、ロンドは、慌ただしく人の歩き回る足音や話し声、団内の喧騒によって自室で目を覚まし、起き抜けに耳にした団員の話し声によってその報告を知った。自室に差し込む朝の温かな日差しとは真逆で、ひどく肝の冷える心地がしたものだ。
自室の外から慌ただしく壁越しに話し声が聞こえる。普段なら牧歌的に食堂で振る舞われる今日の朝食の話題や世間話などがちらほら聞こえる時間帯、守護団といえど毎日が常に戦いの日々ではない。非番の際には一日鍛練の日もあるが、相応に休暇もあり、有事がなければ団内も割と平和なものだ。
今日は明らかに団内が殺気立ち様子がおかしい。廊下から数名の怒声にも近い話し声が筒抜けてくる。皆一様に焦っている雰囲気は壁越しでも嫌というほど伝わってくる。
「諜報部隊の伝達間違いか何かじゃないのか?」
「いや、流石にそれはないだろう。諜報の「鷹」が知らせてきたんだ。間違いない。」
鷹とは諜報部隊が伝達のために飛ばす風魔法の一種で、伝令したい言葉を風に込め飛ばす。途中で他の生物に襲われたり、かき消えないように小動物や他の鳥類が恐れる猛禽類を創造して飛ばすため、通称で鷹と呼ばれている。
「鷹を使えるものは限られているし、魔法の編み方も諜報のものに間違いなかったとのことだよ。」
「しかし、信じられない。本当にテイルバレイが?あそこに漆黒の魔物は簡単に寄りつけないはずだろ?」
「……そのはずだ……。」
「それに諜報部の定期警邏にも怪しい報告はなかっただろう?」
「あぁ、なかった……。」
「じゃあ一体何が……。」
「なぁ、おまけに既に……」
話はなおも続くが、意識を自分の思考にシフトチェンジする。テイルバレイ壊滅……想像するだけでも、背筋を冷たいものが這うような嫌悪感と恐怖が走る。あの場所は辺境の小さな村ではあるが、結構な人数が住んでいる。任務などで数回訪ねた際には、人々も土地柄も穏やかで百合の花が美しい素朴な村だったはずだ。それが、壊滅と……。
外の会話に、居ても立ってもいられずがばりと体を起こし、ベッドから降りて立ち上がる。
それと同時に背中に声がかかった。
「ロンド、やはり起きていたんですね。おはようございます。……外の話、あなたの耳にも入りましたよね。」
後ろを見ると同室の青年であるワルツも同様に目を覚ましていたらしく、ロンドより少しばかり小柄で細身な体を自分のベットの縁に預けるように深く腰掛けてこちらを見上げていた。まぁ、小柄と言えど、自分がかなり高身長なだけで、一般的にはワルツも高身長の部類に入るのだろうが…。肩まで伸び真っ直ぐに切り揃えられた白髪に朝陽が反射し、少しばかり眩しさの増したこれはいつもの光景だ。
ワルツは団の中でも治癒術師に属する。戦闘要員と治癒術師は規則上、基本二人一組で活動することになっているため、部屋も同室となっている。戦闘要員が負傷した際の治癒を基本業務とし、戦闘要員へのシールド魔法展開など補助魔法が使える者もいるため、死者や負傷者を出さないために設けられた規則だ。戦闘要員だけでなく、一般民への救助、回復、守護も担当する。ちなみに諜報に所属する者は、個で活動し他の者と共同任務につくことがあまりないため、挨拶程度交わしても仕事内容やタイミングは読めないことが多い。
ワルツは治癒術とともにシールド魔法の使用が可能で、結構な腕利きだった。責任感と思いやりの強い男なので、性格に見合った魔法の素質を頂いたと言われればとても納得がいく。自分としては、いつも少しばかり捨身で動こうとするのが気に食わず、文句を言いたいところではあるが……。
ついでに、普段のワルツは穏やかな性格ゆえ、その表情も穏やかなことが多い。しかし今日ばかりは、整った中性的な顔立ちが不安や猜疑心に歪んでいる。団に所属して以来、訓練生だった頃から十年ほどの長い付き合いの中でもあまり見たことのない顔だ。自分より幾分冷静なワルツが緊迫感を隠そうともしない様子に煽られ、さらに得体の知れぬ焦りを覚える。外の連中も話していたが、一夜で村一つが壊滅と?本当にそんなことがあり得るのか。そもそも、そんなに魔物が大群で押し寄せることがあるのか?
ワルツも一通り話を聞いていたようなので主語は除いて話を続ける。
「あぁ、だが、テイルバレイには守護者がいたはずだろう?まぁ……詳しいことは知らねぇが、少なくとも俺はそう聞いてたぜ。それが突然、魔物に襲われて壊滅なんてことあり得るのか?何かの間違いじゃねぇのか?」
「えぇ、私も同様に記憶しています。当人に危険が及ばないため、その存在は秘匿されているようでしたが、常に守護術師が村にいて結界を張っていたため、漆黒の魔物は近づけないはずだと……。また、魔物が大群で襲ってくる例はあまり聞いたことがありません。奴らの行動原理に集団の意識はないと……されています。だからこそ、村一つが一夜で壊滅なんていう事態はあまりにも不気味な知らせです……。」
不安要素は多い。だが、テイルバレイへ行かなければならない、もし生きているものがいるなら救いたいと、守護として心をつき動かされ、迷いなく言葉を吐いていた。
「この件、すぐに招集がかかると思うが、俺は志願してテイルバレイへ行こうと思う。お前は?」
「私も同行します。……そもそも、あなたが行くなら、ついて行くことになるでしょう?規則でもありますし。」
ワルツは当たり前だと言ってのけるが、今回ばかりは得体の知れない不安がある。自分で聞いたくせに少し言葉を濁した。
「まぁ……そうだが、今回ばかりは気軽に任務に行くにしては状況が状況だろ。戦闘要員じゃねぇお前を得体の知れない危険な場所に近づけたくない気持ちもある。無理にとは言わん。なんなら隊に申告して一人で……」
「何度も言わせないで下さい。私も行きます。」
山吹色の瞳がこちらの言葉を流すように細められ、見返してくる。中性的で一見弱腰に見えるくせに、守護団員らしく志は高い。多分自分と似たような心持ちなのだろうと表情でわかる。一度決めたら曲げないし、やると決めたら曲げない。責務を全うする心は自分よりも頑固で強固なのがこの男だ。
「あぁ、すまん。よろしく頼む。だが、危険かもしれないことに変わりはない。無理をするな。」
「はい。あなたこそ。」
しかし、だからこそ自分はこの男に全幅の信頼を寄せ、安心して背中を預けている。
その後、急いで身支度を済ませ、守護団の任に就く際の武器と胸当てなどの防具を各々装備し、二人して上官に出立希望を申し出た。防具は動きやすいように所々の当て具が基本。武器は、拳で戦う自分は革の手袋に短く鋭い刃のついたの装備を騎士団より頂いている。手に装備した後、何度か手を開いて閉じて、具合を確認する。
ワルツは顔より少し長いくらいの細身の杖を少しばかり光らせていた。魔法を使用するとき、基本的に魔法元素を操るため、杖は必要ないらしいのだが、シールドを張る時は、魔法元素の集結力でその硬度を出すらしい。そのため、杖があった方が補助の役割を果たし集中しやすく都合が良いのだとワルツが言っていた。
王立守護団は大きな組織であるため、魔物の討伐や大惨事となりうる有事には本来かなりの人員を割くのだが、諜報から追加で飛ばされてきた伝令内容は、「テイルバレイ。漆黒の魔物の大挙により壊滅。」に加え、「既に魔物の姿は確認できず。」とのことだった。団も事や状況の奇妙さを警戒し、一旦すぐに出立できると志願した者のみ、ロンドとワルツを含め、たった六人の少数精鋭での出立となった。出立するものへ上官は強めに任務を告げる。
「此度のテイルバレイでは、守護の存在があったにもかかわらず漆黒の魔物が出現。さらに大群で押し寄せたとの奇妙な動きが多い。村は既に壊滅との知らせが届いているのに加え、魔物も既に周辺に存在していないと、常ならぬ動きがあまりにも多い。そのため、団はこの動きを大々的にせず、一旦隠密行動とすることにした。」
……つまりは、魔物以外の何者かの介入の線を睨んでいるため、隊の出立も最低限に抑え、まだ見えぬ脅威との衝突や捕縛に備える動きと裏を取るために動くと暗に言っている。
「諸君らの今回の任務はあくまでも、テイルバレイの現状視察ならびに生存者の捜索、救助、看護。なお、生存者の中に怪しい動きを見せるものがないか、しかと観察判断し、必要に応じて王都へ連れ立ってくることである。何より、状況が読めぬところが多い。くれぐれも自身の身の安全も絶対的に確保するように。警戒を怠らず任に出向け!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
任に就くものは皆、一人として乱れぬ動作で頭を下げ、恭しく礼をした後、踵を返し守護団の建物を後にした。
今回の道程としては、途中までは馬車を使い、途中の馬宿で降車、小休憩の後、山がちになる地帯からは徒歩のため、何事もなければテイルバレイまではおそらく二日ほどの旅程となるだろうとの見通しだ。
気を引き締め背筋を伸ばしながら石畳を踏み締め、通りに停車された馬車に全員で乗り込む。荷台の奥の方に腰掛けると、隣り合ってワルツが腰を落ち着ける。
「ロンド、有事の際は私があなたを守りますから。あなたは自身の身を最優先に動いてください。」
馬車の荷台の薄暗さの中、こちらを見ずにワルツが独り言のように溢す。いつもは行動にしてみせるにしても、わざわざ口に出さないことを口にして同意を得ようとするあたり、ワルツは今回の任務にかなりの緊張感と危機感を持っているようだった。自分ももちろん緊張感は持っていたが、少しばかりその気持ちをほぐしてやる様に、砕けた調子で返す。
「気持ちはありがたく受け取っておくが、お前が倒れると俺の回復役がいなくなることも忘れんなよ。」
浅く息を呑む気配の後、少しばかりワルツの纏う空気がほぐれた。
「えぇ、心しておきます。」
馬車が走り出すと各々外を見つめていたり、仮眠を取ったりと一旦気を緩めている様子だったが、ロンドは吉兆なのか凶兆なのか、よくわからぬ予感めいたものが心で渦巻き、落ち着かない拳を改めて強く握り直していた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
1話をご覧頂いた方にはお分かりかと思われますが、一気に2人登場です。
この後の彼らの旅もぜひ見守ってやっていただけますと幸いです。




