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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
旅程 硝子の道を踏みしめるように
7/8

掌から落ちる砂

 僕は悪夢の中にいる。熱にうなされ、浮かされた頭で、直前に見た風景を延々反芻しているようだ。

炎に舐められる肌。内側に籠る熱。荒い呼吸。定まらない視界。うるさいほどの耳鳴り。無意識に動く体。


 目が開いたとき、自分の腕と手と、その先で荒い息を吐き苦しそうに眉間に皺を寄せ目を閉じるバラッドが目に入った。ぜいぜいという呼吸音にまず彼が生きている安心感があり、その後に先ほどの出来事をフラッシュバックする。

急いで、起きあがろうと体を持ち上げるも、視界がぶれぐらりと体が傾ぐ、気合だけで膝をついて体勢を立て直した。頭が、体が熱い。立ち上がった自分の背からは数枚の黒い百合の花びらが落ちる。

バラッドにせめて応急処置をと、うつ伏せに倒れる彼の背中に積もっている花びらを傷に障らないように優しく払う。そこに現れたのは痛々しく裂けた二本の爪痕。深く肉が抉れている様子で、出血が止まっておらず、下の草むらが赤く染まっている。

「バラッドちょっと我慢して。」

意識はないけれど、声をかけ止血のために自分のマントを脱いで、彼の背と腹を包むように傷口に強く巻いた。

無意識に彼の口からぐっと呻き声が漏れる。毒消しの手段がないため、一旦は止血だけだけれど何もしないよりマシだ。


 村を見遣ると地獄絵図が広がっている。漆黒の影が押し寄せている。先ほど自分の力が纏った力を思い出し、取り落としていた枝を握り直す。恐怖がないわけない。とても怖い、酷く痛くて苦しい。

それでも誰かを、目の前の大切な全てを失うことの方が余程怖かった。

 バラッドを担いで連れていくか迷ったけれど、ここには幸い、あれ以来魔物は出現していない様子で、不気味に黒く染まった百合に囲まれてはいるが、そちらに実害はなさそうだった。魔物の前に彼を担いで躍り出て、これ以上傷を負わせる可能性を思うと、一旦ここに居てもらった方が安全だと、なるべく毒々しい花々から離したところで見つかりにくそうな草むらに横たわらせ、村の方へ走り出す。


 上がった火の手に肌を焼かれる。視界が揺れ、ふらつきそうになるが、下手にバランスを崩すのは命取りだと頭を振る。前を見ろと。

 漆黒の魔物は生者を見つけるとそれが義務かと思われるように襲いかかってくる。声無きその姿からでも狩れ!という殺意と意志が伝わってくる。走りながら、眼前に迫った人型の魔物の頭を突く。頼りない枝で対抗する僕に、あたたかな色をした光が寄り添う。左から襲って来たものの足を咄嗟に身を落として薙ぐ、そうして村の中を走りながら必死にみんなを探した。走って走って自分の家の方を目指す。

「父さん、母さん、みんな、どうか無事でいて……。」

祈りは言葉にすると叶うと父さんがよく言っていた。祈りを呟きながら、なおも走る。

 漆黒の魔物は無限に眼前に湧いてくるようでキリがない。途中、足元を泥濘に取られハッとして下を見ると、流れる血液と先ほどまで愉しまれていたであろう酒が混じり合った水たまりできていた。そばにうつ伏せに倒れて動かない男性がいる。

「……っ!大丈夫ですか!」

急いで抱き起こすも、喉を掻き切られ、目は恐怖に見開かれたまま瞳孔が開き切っている。先ほどバラッドが挨拶していた男性だ。頬に触れた手が、体温の無くなった冷たい皮膚の硬い感触を伝えてくる。もうこと切れている。せめてもと、目を閉じさせ、静かに横たわらせた。

足を止めて見えた光景の中には、この人だけでなく、どこもかしこも同じような状態で、皆倒れていて中に生存者がいるのかよく分からない。血液の発する鉄の匂いと人の焼ける匂いが鼻腔を突く。無意識に涙が頬を伝い、思わず声を上げていた。

「誰か!誰かー!!」

返事はない。その反面、魔物が村の人に取って代わったように徘徊している。人型、獣型、鳥のような姿も見える。上から黒い花弁も降り止まない。

「ねぇ、誰か……。」

最後は絞り出すような涙声だった。声に反応した魔物たちがわらわらと寄り集まってくる。

何でもいい、手にとって振るえるものならもはや何でもよかった。木の枝が火に煽られ燃えはじめ、近くにあった火かき棒へ持ち変える。熱されたそれが自分の掌を焼いた音がしたけれど、それよりも目の前のあれ等を倒さなければ。

心得はないけれど、自然と体は動く。不思議なもので、どう動けば致命傷を避けられて、どう動けば致命傷を負わせることができるのかわかる。人型の魔物の懐に飛び込んで、刃を真っ直ぐに刺し、上へと裂くように斬り上げる。鳥型がこちらへ飛んでくる気配を察して、上空を裂くように薙ぐ。

火かき棒に変わろうとも、どんなものでも光は僕の一閃を包む。それだけが味方のようでこの状況下の中、心強かった。


 少しでも無事な誰かがいる可能性を信じて、守らないとと必死で剣を振るう。だけれど、多勢に無勢。無傷で戦い続けるのは無理があり、左肩は痛みでうまく上がらない。発熱で視界は回る。擦過傷や切り傷、火傷が増えていく、痛みはもう感覚の受容限界を超えたのか、感じているのかさえよく分からない。

魔物をどう倒したのかさえ途中からはほぼ覚えていない。沢山倒したのに、少しもその数が減らない。自分の荒い息遣いと、自分のものでは無い速度で早鐘を打つ鼓動だけが内耳にこだまする。


 たくさんのものを薙ぎ倒し、自分の家まで無我夢中で走り抜ける。

家の前に着いたとき、抱き合って座す二つの見慣れた影があり、急いで駆け寄った。

「父さん!母さん!」

近寄って、思わず手にした火かき棒を取り落としていた。父さんの背に剣の柄の部分が深々と突き刺さっている、その刃の先は母さんの背中から突き出ていた。もう亡くなっているだろうことは確認しなくても分かる。

感覚が遠のいていく、視界も、音も、温度も、匂いも、全てが遠い世界の出来事で、現実感がない。

これは、現実?

「あ……あぁ……。」

吸った息がヒュっと奇妙な音をたてたと思うと、嗚咽が喉の空気を押し上げこみ上げる、やがてそれは無意識に慟哭へ変わっていた。

「ああああああああああああああああーーーーーー!!!!!!!」

その慟哭に魔物がまた集まってくる。空になった頭で、心で、両親を貫いた剣をこれ以上二人の体を傷つけないよう静かに引き抜いた。

「とうさん、かあさん、ごめんね……。少しここで待ってて。」

零れた言葉は泣きぬれて掠れている。両親の亡骸を静かに横たえた。仲のいい二人だったから、どうかここでは無いどこかでも幸せに、仲良くいられるようにと願って。

もうこの村に生きている人はいないのだろう。ここまで来ても1人もみつからなかった……そんな希望はもうない。


 そこからは、どのくらい魔物を倒したのか覚えていない。襲ってきた漆黒の魔物を手当たり次第切り捨てた。両親の血に濡れたその刃で、首を刎ね、翼を捥ぎ、薙ぎ倒し、手足を切り捨て、両断した。

とにかく全てを滅ぼさなければ、目の前の全ての黒を。その衝動のままに斬った。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ!!」

僕の喉からは獣のような慟哭が絶えず漏れる。朝陽が登る眩しさで正気に戻った時には、もう漆黒の魔物は全て消え去っていた。奴らの死体は残らないらしい。切ったそばから全て霧散した。魔物の存在を許してはいけない。

僕は奴らの全てを滅ぼさなくては。と空虚な心が反芻する。これが正義などではなく憎しみと知っているけれど、理由なんてどうでもいい。ただ、僕は守れなかった。何一つとして。憎め魔物を、憎め自分を。




 バラッドが目を覚ましたのは、丁度朝日の登る頃だった。止血されている自身の状態に気づき、次いでオラトリオがいないことに焦り、発熱と失血でぐらつく体を叱咤して村へ急ぐ。

「オラトリオ、無事でいてくれ。」

村の中を走り抜けるが、道中の誰も生きてはいなかった。これが、少し前までの穏やかな村と同じ場所なのかと、うまく理解ができない。しかし、襲ってきたであろう魔物もいない。だいぶ火の勢いはおさまっているものの、まだ微かに燃える家屋だけがパチパチと弾けたような音を立てる、色々なものが燃えた酷い匂いに息が詰まる、あまりにも最悪な静寂。

 荒れ果てた村の中ではオラトリオが辿った道の痕跡は見つけられなかったが、あいつの性格を考えると、家の方に向かったと思う。酷い光景を横目に急いでオラトリオの家に向かう。


 たどり着いたそこにあったのは、金糸の髪を血で赤く染め、何も映さない空色の瞳で暁光を仰ぐオラトリオの姿だった。崖上から黒い花弁が降り注ぐ中、全身は傷にまみれ、見るからに満身創痍だ。血塗れの状態でもういつ倒れてもおかしくないだろうに、右手に握った剣はしっかりと握り込まれたままで、その背後にはオラトリオの両親が重なるように倒れていた。

暁光が照らし出すオラトリオの姿に、場違いな神々しいという感想を覚えた自分に戸惑い、一瞬言葉を失った。

しかし、その感想を振り払い、見つめ直したオラトリオは何かが壊れてしまっているような雰囲気を纏っており、焦って声をかけた。

「オラトリオ!!」

ゆっくりと首がこちらを向く。

「あぁ、バラッド……。君は……無事でよかった。」

静かな声だった。口元は場違いに微かな弧を描く。前髪に隠れて感情の読めない瞳。

「僕、何も守れなかったよ。バラッド……。僕は、魔物を、自分を憎むよ。」

前髪がはらりと瞼から落ちて、覗いた瞳に宿っていたのは空虚と憎しみと悲しみ、たくさんの負の思いを凝縮した悲痛な色だった。その言葉を最後にオラトリオは剣を取り落とし、その場に前のめりに崩れ落ちた。

「オラトリオ!!」

駆け寄って、意識のないオラトリオを抱え起こす。大分消耗し危うい状態ではあるが、微かに浅く息はしている。とにかく、傷の手当てと解毒をしなくては。

きっと、襲来した魔物は全てオラトリオが倒したのだろう。先ほど獣と相対した時に見せた光は勇者の素質そのものだった。勇者として選ばれてほしくなかった。その力を宿してほしくなかった。幸せに「ただのオラトリオ」でいてほしかった。

しかし、どう足掻いたって結局こうなる運命なら、自分が過去にかけた言葉がその運命をより過酷にし、オラトリオを追い込んだのではないだろうか。

「オラトリオ、すまない……。」

オラトリオの胸元に頭を垂れて、ただただ本人に聞こえもしない謝罪を述べることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
今回のお話もとても良かったです! なぜ"剣"が刺さっていたのか、漆黒の魔物は武器を持つのだろうか...と個人的に気になっています。もしなにか意味があったらと勝手にわくわくしています... 今後も楽し…
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