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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
旅程 硝子の道を踏みしめるように
5/8

始まりは願いのひとひら

勇者オラトリオの旅立ち前の物語です。

今回はかなり穏やかな回ですが、彼等がこれから歩む旅路のスタート地点ですので、お読みいただけますと嬉しいです。

 僕らは、三日月の夜に旅に出た。

咲き誇る黒い百合の花から舞い散る花びらに背中を刺されるようにして。



 ごくごく平凡な生まれだった。特別な力を生まれながらに持って、発揮したわけでもない。

王都の騎士団の息子だったわけでもなく、剣技などに長けていたわけではなかった。

特別なものは何も持たずに「オラトリオ」という名だけを両親に貰って、生まれ育ってきた。

野性の白百合に囲まれた、穏やかなテイルバレイの村で。


 テイルバレイはバレイという名の通り、周囲を野生の百合が自生する崖に囲まれた谷にある小さな辺境の村だった。夏季になると花々は一斉にその花を咲かせ、花の満開時期は花の香りと一面の白に囲われる美しい場所だった。

この世界には、漆黒の魔物と呼ばれる恐ろしい魔物が蔓延っていると聞いてはいたけれど、辺境のためだったのか、この村にその脅威が及ぶこともなかった。ごくごく平凡で平和と表現するのが自分の幼少期には似合いだったと思う。


 それに、僕には大切な親友がいる。名を「バラッド」という。肩まで伸びた黒髪に深い赤の眼をした同い年の少年で、家も近かったことから、幼少に知り合った後、ずっと一緒に大きくなってきた。

途中までは同じサイズ感だったのに、青年期になると174㎝くらいで身長が止まってしまった僕よりも少し背が高くなり、なんだかそこは癪なところだ。

だけれど、幼い頃から二人で勇者ごっこと称して木の枝を振り回して村の中を駆け回ったり、立木を魔物に見立てて戦ってみたりと楽しく過ごした思い出はいくらでも思い出される。

さすがに14、5歳頃からは勇者の真似事はしなくなったものの、それでも一緒にいることが気楽だった僕らは、ともに薬草学や世情などの一般的学問に励んだり、他愛もないことを語らったりと長い時間を一緒に過ごした。


 僕から見るバラッドは、どことなく考え方や見ているものが年齢以上に落ち着いているというか、達観したところがあるように見えた。たまに、ここにいるのにはるか遠くの未来とか空の先みたいなところを見つめているような目をする。別の何かを見ているように見えると言ったらいいのだろうか。他の人から見ると、一見ぼんやりしているようにしか見えないのかもしれないけれど、彼がそんな顔をするたび、僕は隣にいる彼が知らない人のように見えてしまい、ひどく戸惑い、何とも言えない気持ちになる。幼い頃はうまく言葉にできなかったけど、見えない何かに彼が連れていかれそうな不安にから、反射的に意味もなく彼の名を確かめるように呼んでしまったものだった。


 バラッドは僕をどうみているのだろう。同じように親友だとは思ってくれていると思う。ただ、たまに過保護すぎるというか、過剰に僕を心配する節はあった。


 あれは18になりたての春のはじめ頃。街のはずれにある滝のそばで、水汲みをしていたときだった。花が咲き誇る姿に自分のことを重ね見たりして、大人になるとは、と将来の可能性を少し大きく高く考え始めていた僕は、おもむろにバラッドに自分の夢を打ち明けてみた。


「バラッド。僕さ、王都に出て剣術を学びたいんだ。今までの経験上、まず僕に魔法の素質は全くなさそうだし。学者とか、穏やかな道もいいなとは思ったんだけど。ちゃんと世界を知って、自分で努力して、誰かの助けになれる仕事がしたいなと思う。……ここには幸い魔物は出ないけど、世界には漆黒の魔物がいて、今日も誰かが悲しい思いをしているかもしれないんだよね。だったら、勇者になるなんて大それたことは言わないけど、誰かを助ける力は欲しいなって思うんだ。ここだって今は平和だけど、いつか誰かの助けを必要とする日が来るかもしれない。そんな日のために、強くなりたいんだ。こんな僕にでも助けられるものがあるなら。」


そこまで話して、木桶に水を汲み終え顔をあげると、酷く傷ついた顔を一生懸命隠すように咄嗟に下を向くバラッドを見てしまった。聞きたくない言葉を聞いたような、酷く動揺して、何かを堪えるような顔。冷静でいつも動じない彼の、今まで見たことのない顔だった。バラッドは水面に視線を落としていた、さらりと真っ直ぐに垂れた黒い髪が顔を隠す。そのまま、歯切れ悪く言葉を落としはじめる。その時の酷く辛そうなその姿も、一生懸命選ばれた言葉も、心にこべりついたように忘れられず覚えている。


「なぁ、オラトリオ。お前は、誰かを守るには少しお人好しがすぎると思うんだ。お前の優しさは……お前の美徳でいいところだと思うし、そいういところは変わらずにいて欲しい……。俺もそんなお前が好きだと思ってる。でも、誰かを守る奴は自分を理由にするようなやつが丁度いい。例えば、剣術に長けてるから、とか自己満足と誹られても良いから人を救いたいんだって強い信念があるやつとか。誰かを助けることはできても、世界の全てを救うことはできないんだよ。誰かを救うやつはある程度、覚悟を決めて諦めに近い線引きをしてるんだ。見えないところで今日傷ついている誰かはもう自分には救えない。誰かを救うことは、取捨選択を迫られることばかりで、同じように誰かを救わないことと同じなんだと……。そんな現実に、きっと優しいお前は傷つく。どうしようもないくらい傷つく。目の前にそんな現実があるほどどうしようもなく傷つく……。もし、ここが襲われて、誰かを救える力を持ったとしても、村の全員を救いきれるとは限らない……。犠牲にするものを選ぶことになる。でも、きっとこの先なんらかの力を持ったお前は、見捨てた誰かに責任を感じるだろ。止める権利は俺にはないかもしれないが……。俺のわがままをお前に押し付けるなら、お前には自分勝手に生きて欲しい。誰かのためじゃなくて、自分のためでいい……。」


崖から吹き下ろす風が僕らの間を勢いよく過ぎていき。俯いたのバラッドの髪を攫って村の方へ流れていく。

僕はたくさんの思いを整理しきれず、風に攫われるように靡くバラッドの長めの黒髪と、眼前を横切る自分の金の短髪を見比べるように佇んでいた。バラッドの言葉にすぐに答えられるような信念や自我みたいなものをその時の僕は持ち合わせていなかった。だけれど、バラッドの言葉は僕への思いやりだと、それだけはわかった。

「バラッド……ありがとう。ごめん、なんだか変な話をしてしまって。そんな大それたことしたいわけじゃ…」

「いや、別に変じゃない。お前の大切な夢の話だろう。だから、諦めろって言いたいわけじゃない……。」

「……うん。」

バラッドは僕の言葉を遮り、探していた言葉を見つけるように顔をあげた。

「上手く言えないけど、オラトリオ。お前は、その夢の先で、たとえ、人を守る力を得ても自分を一番に考えてくれ。お前が世界……誰かをどんなに大切にしても、その誰かはお前を大切にしてくれるとは限らない……。世界ってそんなものだ。」

「うん。」

少し話のスケールが大きくなり、なんと返していいか分からずに僕はただ頷くばかりで、今度は僕が少し下をむく。そんな僕の様子に気遣うように、ほのかに笑顔になったバラッドが続ける。

「だから。もし、お前がそんな夢を叶えに行く日が来るなら、一緒に連れて行け。今までも一緒に過ごしてきたし、別に特別なことじゃない。気楽な気持ちでいいから。その夢に俺を巻き込んでくれ。お前が無理をしすぎないか、見張っててやるから。」

俯いた僕の頭をくしゃりと掴むようにバラッドの手が乗せられる。同い年なのになんだか、自分の抱く夢が理想に固められただけの酷く幼いものに感じられた。でも、バラッドのその思いやりは、冷たい手のひらからでも痛いほど伝わってくる。過保護だよと少しの反論や生意気が出そうにもなったけれど、バラッドの思いを否定するのは違う気がして、だから目を閉じて僕はただ静かに頷いた。

「うん。ありがとう。その時はきっと一緒に行こう。よろしくお願いするね。」

閉じた目のままでも、隣のバラッドが優しく笑った気配を感じた。



 それから数年。季節は巡って花が満開に咲き誇る、夏の日の夕べ。いつもと同じ調子でバラッドが家を訪ねてきた。話したい気分なのか、夜の散歩の気分なのか、そんなところだと思う。どこかへ出かけるときは、割とバラッドの方から僕の家を訪ねてくることが多かった。別に僕が非行動的なわけではなくて、ある種、習慣のようなものだ。

バラッドに家族はなく、昔から一人で住んでいたため、僕の家で食事をともにしたり、僕の家で過ごしたりすることも多かったのでバラッドが訪ねてくることは当たり前のようになっていたように思う。バラッドは子どもの頃、村の外から突然にやってきた。バラッドという自分の名前以外は覚えていなくて、家族も分からないと1人でやってきた。

「おい!オラトリオー!!いるかー?」

「あぁ!いるよー!ちょっと待っててー!」

夏とは言え、辺境の地の夜気は少し肌寒い。着用していた薄めの麻の服の上に夏用の薄手の肌掛けマントを外套として羽織り、玄関へ向う。

「また、バラッドくんとお出かけ?日が長くなったとは言え、あんまり遅くなりすぎないようにね。」

母さんのふんわりとした声が背中に優しくかかる。

「うん。わかってるよ。もう一応成人も過ぎたし、母さんにとっては子どもでも、子どもって年齢でも無いんだから……心配しないでよ。行ってきます。」

少しむず痒い気持ちでドアを出て振り返ると、父母が優しい笑顔で僕を見送ってくれる。温かな家族の中で育った僕は、バラッドの孤独をお節介ながら少しでも埋めたかった。家に帰った時、静かなのは時によって寂しいじゃないかと思えたからだ。実際バラッドが寂しいなんて口にしたことは一度もなかったけれど……。余計に本当は何か抱えてやいないかと勘繰ってお節介になってしまう。

幼い頃から一人で生きていくしかなかったからバラッドは大人びているのかもしれない。何かあっても困らないように、僕より沢山の知識を蓄えて、思考を重ねて生きてきたのだろう。


 もう日は大分と沈んでいて、紫に染まった街の中を歩き出す。やっぱり思っていた通りに夕暮れ過ぎの外気は少し肌寒い。隣のバラッドも外套として薄めの黒いマントを羽織っていた。外での作業や仕事用としても使う外套のため、マントは黒が主流のため、僕のものも黒。二人して段々暗さが増していく夕闇に溶け込むように歩き出す。

家々に明かりが灯りはじめ、食堂や酒場に少し早めの夕食や呑み客が集まり、通りは賑やかだった。辺境の村といえど人口はそこそこいて、それなりに賑わいがある。

見知った顔にそれぞれ軽く挨拶を交わししたり、軽い会話をしつつ通りを歩く。温かで空気感が穏やかなのはこの村の長所だと思う。突然村にやってきた素性の知れないバラッドのこともすんなりと受け入れ、村の大人たちみんなが親のように彼を大切に見守って育ててきた。だから、彼は一人であっても独りではなかったと思う。それでも僕はお節介を焼いたけれど……。

「で、今日の目的地は?散歩?」

「今日は崖の上まで行こうと思ってる。」

「あぁ!いつものとこ!」

「流星群の時期だろ?今日は星が綺麗に見えるのかもしれないと思って。」

「あぁ!だったら折角だからお酒でも持ってこればよかった!星が見えたら、絶対良い飲み口になるよ!自家製の果実酒あったんだけど……。とってこようかな……。」

「そうなのか!オラトリオの家の酒は美味いからなぁ……。取ってこいよと言いたいとこだけど、いいよ。戻るのも手間だろ。何か酒やつまみが欲しくなったら、通りで買って行けばいい。それくらいの多少の金は持ってきてる。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

僕らの関係性は年齢を経ても、子どもの頃とさして変わらなかった。

ただ、僕は夢の話をしたあの日以来、バラッドに二度とあんな顔をさせたくなくて、あの時の夢を一旦心の隅に追いやることにした。村の仕事を手伝うなどして日々穏やかに生活を続けていく。それでも、今は何の不満もなくて、意外とこのまま穏やかに生きていくのが自分には向いているのかもしれないとすら思いはじめている。

 

 村の大通りや家々を通り過ぎて僕らの向う目的地は、こっそり幼少の頃に見つけた秘密基地みたいな場所だ。村を囲む崖が一部、階段のようにならされていて登りやすくなっている場所を、幼少の勇者ごっこの際に見つけていて、そこを一番上まで登ると平地に百合が一面に咲く花畑になっている。崖の途中にある空間のため、意外と村の人々は知らないようだった。初めてあの場所を見つけた時は、咲き誇る花の香りと一面の清廉な白に感動したのを覚えている。

それ以来、僕もバラッドもそこを気に入って、語らいやお月見、流星群観測、散歩、仕事終わりの一杯にと、ことあるごとに理由をつけて訪れていた。花が咲いていても咲いていない時期でも、村を見渡すことができ眺めがよく、空気も風も綺麗で大好きな場所だ。


 崖に足をかけて登りはじめると頭上に三日月が見えた。雲もなく星も綺麗に見えている。流星群、流れてくれるといいな。少し先を登るバラッドの背中を追いながら、見えますようにと小さく願をかける。結局、お酒やつまみは良いかという話になり、手ぶらで星を楽しむ会となった。


 辿り着いた花畑には満開の百合の花。風が吹くと甘やかで高貴な香りがする。しっかりと強い百合の花びらは花の季節の終わりにでもならない限り簡単には散り落ちない。それでも、無為に花々を傷つけないようにと気をつけながら歩を進めて、花の咲いていない箇所に二人で腰掛ける。ここが僕らの指定席だった。

「流星群。見えるといいね。」

「あぁ、予測はできても確証はないからな。まぁ、でも十分綺麗な夜空だ。」

隣でバラッドが空を仰ぎ見て呟く。黒髪が肩を滑り落ちて、赤い瞳には星空が灯っていた。

バラッドには何が見えているのだろうか。今見えている綺麗な星空は僕と同じ色、同じ光なのだろうか。香り立つ花の香りは同じに香っているだろうか。

「うん。雲ひとつない。満点の星空ってやつだね。三日月もいつもより明るく見えない?良い眺めだなぁ。」

空には満点の星。眼下には人々の営みの明かり。まるで二つの星空に囲まれているみたいだった。ふと隣にいるバラッドから視線を向けられた。

「なぁ、オラトリオ。お前は数年前に話していた魔物を倒すために王都に……って夢をまだ持っているのか。」

わずかな緊張と共に問われる。その話をバラッドからしてくるとは思わず、少し面食らってしまった。

「うーん……。なくなったと言えば嘘になる。でもね、この村で過ごす穏やかな日々が自分にはすごく向いてるとも思う。元々気が強いわけでも気性が荒いわけでもないしさ……戦いの中に身を投じるって想像は子どもの頃の理想だったって感じもするんだ。一緒にやった勇者ごっこ、すごく楽しかったしさ。それの延長線?って言うのかな……。でも、実際は自分には向いていないものなんだろうなって。だから、今は現実的ではないけど、子どもの頃に自分の中に憧れとして持ってて、まだ実現可能な一つの可能性として残ってるだけって感じかな。」

短く、そうか、とだけ返したバラッドの瞳には僕が写っている。安堵なのか、疑念なのか、無表情の様にも見えてどう受けとって良いのかわからない表情だった。

「バラッドは?いつも僕の心配ばかりしてくれるけど、バラッドに夢とか願いはないの?」

何気なく疑問にあがったその問いに、バラッドは少しハッとしたように目を見開いた後、一瞬泣きそうな表情をした。

「あるよ。願いと夢が、ずっと幼い頃から変わらずに。もしかしたら、それより前から。運命のみたいに持ってる願いと夢がある。」

いつになく真っ直ぐに僕を見た後、バラッドはまた空の彼方を見て、砕けた調子に戻って続ける。

「でも、今はオラトリオが楽しそうに笑ってるならそれで良い。ほら、俺の方ばっかり見てると損するぞ。」

「え?」

バラッドが顎でしゃくってみせた先には星が眩いほどに流れていた。流星群の中でもかなり今夜は大当たりではないか。幾重にも幾重にも止まず振り続ける光の雨は、きっと生涯忘れることなんてないだろうなと思えるような景色だった。それは、さっきのバラッドの表情を深読みすることを忘れさせるには十分なほどに。

「うわぁ……!」

思わず感嘆以外の言葉を失っていた。隣のバラッドは酷く得意げに、僕の笑顔を見てくる。感謝しても良いぞと言わんばかりの表情だ。確かに家の中にいたら気づけなかったけれど、あまり得意げになられるとヘソを曲げたくなる。

「何?その顔。」

わかっていて聞いてやった。

「いや、喜んでもらえて何よりだよ。」

バラッドはそう言って笑う。いつものように僕の上手を行く返しをする。折角の景色を見逃すのも勿体なく、まぁそれでも良いやと、いつまでも終わりがないんじゃないかと思えるほど流れる星々を、暫く二人で静かに眺めていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回はこの続きのお話予定です。

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