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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
序章 宵闇と暁の狭間で
4/8

世界と僕ら

今回は、魔王の手に堕ちた勇者目線です。

一旦これで、導入的な序章が終わり、本格的に冒険の道中、その後のパーティ、魔王と勇者など書いていければと思っています。

僕は世界を愛せなかった。


ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。壊れた蓄音機のように僕の思考は謝罪を繰り返している。

もう今更、何を謝ったって遅いのに。僕には、謝罪の言葉を述べる権利なんてない。

全ては僕が捨て去った、全ては僕が放棄した、全ては僕が斬り捨てた。


「ごめんなさい。」

と夢からの延長で発した自分の声で目が覚めた。

あたりを見回すと古城の中。薄昏く、光の欠片すら見つからない。この景色に少し心が鎮まる自分がいて、心底自分を呪いたくなった。そして、自分は魔王の手を取って皆を見送った後、魔王の腕の中で意識を失ったのだと、記憶を手繰り寄せる。つまりここは、終焉の谷の魔王の城の中だろう。


魔王の腕の中で、ごめんなさいと謝罪をひとしきり繰り返したが、最早それ以外、発していい言葉も見つからなかった。

少し前から自分の心は割れ始めていた。その異変にも自分で気づいていた。

感情は穴をくり抜かれた箱のように、空っぽで何も保っておくことができない。

愛おしさも、悲しみも、優しさも、感情の全部が嘘のように、自分の身に降りかかった出来事ではなかったかのようになっていく。

それを「自分は勇者であるから」と、「暁の勇者」であるからという理由だけで動かしていた。

全て偽りで固めた勇者なのに「暁」の称号まで得て、魔王を討伐する力まで得てしまった。

それが最悪のタイミングで綻び砕けただけのことだ、よりにもよって魔王の眼前で。


寝かされていた寝台から半身を起こし、窓の方を見やる。

城の内外を覆う黒い蔦は、そこここに美しい花を咲かせていた。皮肉なくらい美しい。まるで宝石ような花。

装備していた鎧も剣もなく、軽装で寝台に寝かされていた僕は、ぼんやりと何かに引かれるようにバルコニーの方へ足を踏み出す。


歩き出すため、ひたと地面を踏む僕の裸足の爪先に目を落とせば、城に根付いたものと同じような黒の蔦の紋様が肌に刻まれているのが目に入る。それに驚き、一通り自身の身体を見てみると、全身を這いずるように取り巻く影のような蔦の紋様は心臓あたりの皮膚に花模様を咲かせていた。

一種の呪いの類か、魔王の力によるものなのか分からない。だけれど、その紋様に、道を踏み外した僕に後戻りは許されないとでも言われている心地になった。


あれからどのくらい眠っていたかは不明だけれど、ついさっきまで勇者と呼ばれていたものが、魔王の眷属になるなんて、人々はどう思うのだろうか。

魔王という存在が生まれてから勇者の末路としては異例の結末で、希望を願う誰もが予想だにしなかっただろう。

いっそ、歴代の勇者のように魔王に胸を貫かれて死ねば、命を賭して立ち向かった英雄だと、ただ実力が足りなかったと僕の戦果を諦めてくれただろうか。


勇者たる力も剣も放り投げて、「暁」の称号を焼き尽くして、信念も運命も全て消し炭にした。

そんな僕に唯一残された祈りは、ワルツ、ロンド、フーガ、この世界にたった3人の親愛なる仲間達の健在だ。

特に、ワルツが心配だった。彼は僕の体を魔法で癒してくれる度に、僕の目を見て傷ついた顔をしていた。僕の心が少しずつひび割れていくのを間近でずっと感じてくれていた。気づかないでくれと願って元気に振舞って見せていたけれど、ワルツの優しさと治癒術師としての性質からか、彼はひどく目敏く僕の変化を汲んで、一緒に傷ついていたように見えた。

フーガも言葉少なだけれど、心根が優しく、いつも少し離れたところから皆を見守ってくれていた。頭も切れるし、状況を冷静に俯瞰して立ち回れる。彼が窮地を救ってくれたことは一度や二度ではなかった。僕らの感情や関係性の変化にも敏感で、僕に優しい瞳で、大丈夫だ、一人にしないと諭してくれた。

兄貴肌で面倒見の良いロンドにも頼ってばかりだったけど、きっとロンドが2人を守ってくれているという確信もあった。まっすぐで曲がったことも回りくどいことも嫌いだった彼には叱咤激励されることも多かった。何度折れかけた心を支えてもらって、その背中を預けあったか。

みんな大切で、大好きな僕の仲間。だけれど、この世界は優しくない。勇者が闇に堕ちた話はきっとどこかから漏れ伝わってしまう。そうなった時、仲間達は酷い目に、辛い目に合わないだろうか。

自分勝手で、都合のいい話だとわかっていながら、どうか僕を忘れて、勇者一行であった事を隠して、幸せに暮らしてほしいと願ってしまう。魔王の脅威の去らないこの世界でも。


バルコニーに出て、もう誰にも届かない言葉を呟いた。手すりに手をかけると、それでなくても冷えきった指先から石造りの城に体温を奪われていくようだった。

「ねぇ、バラッド………。僕、みんなのこと、すごく大切なのに。どこで間違ったんだろう。どうすれば、よかったんだろう……。」

身を乗り出し、そのまま、目を閉じてバルコニーから身を投げ出した。

「やめろ!!」

酷く焦った声と共に、城を覆っていた蔦が落下する僕を絡めとる。ぐいと持ち上げられた感覚があり、目を開ければ、紅い瞳が酷く傷ついた顔で自分を覗き込んでいた。


「死ぬな……。死のうとするな………。何のためにお前に手を差し伸べたと思っている。私はわかってやれる。お前の痛みも、苦しみも。お前もそれを理解して私の手を取ったのではなかったのか?」


魔王が僕の命を助け必死に死ぬなと言う。勇者である僕に。


「わからない。分からないんだ……。ただ、もうどうして良いのか分からない。死ぬ事以外に僕ができることなんてない。」


一度、話し出すとなぜか止まらなかった。堰を切ったように言葉が溢れていた。


「僕は世界を救いたかった……魔王であるあなたを殺さないといけないのに……旅を続けていくうちに分からなくなった…この世界を救う意味も理由も、僕が背負った宿命も……勇者だからと剣を振るった!勇者だからと、期待に応えてきた!勇者だからと理不尽な怒りも失望も受け止めてきた!!大切な人を喪ったって!!そこで立ち止まることも許されなかった……!!世界を救う意味が分からなくなった……僕たちは傷ついて…!たくさん辛い思いをして!それでも希望であろうとした!なのに、一方的な希望や要望ばかりを押し付け苦しめる…そんな思いをさせる世界を……ねぇ、どうしたら………ねぇ……どうしたら僕は救いたいと思えるほどに愛せたのかな?」


その紅い瞳の中に、自分と同じ形の悲しみや、孤独、不思議な懐かしさを見つけて安心したのかもしれない。久々に吐露した感情の澱は支離滅裂で、途中から涙で魔王の顔がろくに見えてもいなかった。ただ、その腕が酷く優しく額に触れ、諭すように僕に話しかける。


「お前……オラトリオ……と呼ばれていたな。……私という存在の生存がそもそもお前を苦しめている原因だろうから、私がお前を救えないことは承知している。だが、手を伸ばしたのは、お前の中に私と同じ悲しみを、孤独を見つけたからに他ならない……。お前を眷属にしたかったわけでも、軍勢に引き入れ利用したかったわけでもない。ただ、私も同じなのだ……。お前は世界を愛せなかった、私は世界から愛されなかった。世界に一切の祝福を受けず、永久とも思える孤独と不信の中、私と戦いながらその最中で孤独や不信とも戦う、お前を見つけたんだ。……だから、お前が少し落ち着いたら、どうか昔話をさせてくれ。この魔王が、いかにして宵闇の魔王と呼称されるようになったか。もとはただの人間だった私が、いかにして魔王という孤独を歩んできたか……。」


優しい声色に、酷く心が落ち着いたのを感じた。空っぽの箱を優しく両の手で包まれている感覚。これ以上何かがこぼれ落ちないように、外から傷がつかないように、同じ痛みを知ってしていることを思わせてくれる紅い瞳。


魔王の言葉に心が平静を保ち始めた時に、その痛みは身体に突然襲いかかってきた。

体を取り巻く蔦に沿って切り裂かれているか、焼かれているかのような錯覚を覚えるほどの痛み、道中たくさんの傷を負ってきたけれど、そのどれとも違う酷い痛みが体の内に走る。


「……っ!あぁぁ!」

「おい!どうした?一体何が……?」


痛みで意識が遠のき、魔王の焦る声も遠のいていく。彼が焦っているということは、この痛みは魔王が意図して与えているものではないのだろう。この痛みや苦しみは僕が魔王に与した罰なのだろうか。これは神罰か何かで、このまま僕は死んでしまうのだろうか……。


どうであれ、もう僕がこの世界に許される日は来ない。

「暁」というその称号が僕自身をも焼き尽くすのなら、受け入れるしかないのだろうと思いながらも、同じ何かを背負っていると言った目の前の彼の、その昔話を聞いてみたかったと心許無く切ない痛みを覚えながら、僕は意識を失った。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

お気軽にご感想やお気に召しましたらリアクション頂けますと嬉しいです!

幸せとは縁遠いお話なので、好き嫌いの分かれる作品かと思いますが、今後ともよろしくお願いいいたします!

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