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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
旅程一章 集い来る光

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守りたいもの

 翌朝、早朝六時に酒場を後にした。先日は盛大に見送ってもらったが、今回は打って変わって静かだ。営業前の酒場店内にはしっとりとした暗闇が立ち込めている。使い込まれ、磨き込まれた木製の床やカウンターテーブルが、微かに普段の喧騒とこの店に流れてきた時間の気配を醸し出している。窓にかかったカーテンの隙間や入り口のドアから射す夜明けの淡い光が、少し欠けたり凹んだりと細かな傷をほんのりと浮き彫りにする。オラトリオはこういったところに人の営みを感じると少し心が安らいだ。多くの人が憩い、笑顔で飲食を楽しむ記憶が、この店の中には満ち満ちている。数日前に見た盛況な光景を思い出し、穏やかな気持ちになると同時に、ここに訪れた人の中で何人が行方不明なのだろうと胸がずきりと痛んだ。

 五人は金属の装備を身につけているので、あまりガシャガシャと音を立てぬにように店内をそろりと歩く。バーカウンター奥にある住居スペースでまだマスターが眠っているはずだ。今日の出発時間を告げ、事前に店の合鍵を預かっている。フーガが預かっていた鍵を差し込み回すと、年季の入った金属の擦れる音がしてカタンと鍵が開く。人のいない店内に少し音が反響して、その後壁に吸い込まれるように消えていき、また元の静寂が戻った。先頭のフーガがドアを静かに押して開き、全員が外に出ると施錠する。

「さて、行こうか。」

施錠完了だと知らせる意図も込め、フーガが皆に歩き出そうと促す。


 外はもうすぐ朝日が登ってくるというところで、空が薄縹色に白み始め、ほんのりと明るかった。来光の気配に五人は皆一様に空を見上げる。空には雲ひとつなく、風もほぼなく、日が照れば今日はよく晴れそうだ。しかし、空気はキンと音がしそうなほどとても冷え込んでいる。深夜に重い雪が降っていたためか、足元には新たな積雪がある。少し油断をすれば足元をとられそうで、地面にも注意しつつ、気をつけながら歩き出す。まだ、足跡の少ない地面は踏むたびにぎゅっと固められた音がする。そんな視界の前を吐いた息が白く煙っては消えていく。

 酒場の店内は静かだったが、少し歩くと大通りにはそれなりの人出と交通量があった。流石、流通拠点というべきか、早朝とは思えないほど忙しなく人々が行き交っている。飲食店だと、喫茶店やら定食の店、パン屋やサンドウィッチの店など、朝のひと時を提供する店はちらほら開いている。小売や仲買商の仕入れやら準備やらの始まる時間なのだろう。それらしき人の往来が多い。ソラリアの街にはそう行った交渉用の施設や市場も多い。ここで仕入れや販売を終わらせた後、王都や多方へ発ち、商談や納品に間に合うように準備、もしくはまた仕入れをするのだろう。市井の人が忙しなく行き交うのを横目に王都方面とは逆の門を出て、また森の方へ歩き出す。思い詰めたような声色で、オラトリオがフーガに尋ねる。

「フーガさん。鷹で確認してくださった守護団の行方不明者は四名でしたか?」

「あぁ、そうだ。オラトリオの方で調べておいてくれた街の行方不明者は、分かっているだけで七人と言っていたよな?あれから、魔物がいなくなってから、既に森に出入りして可能な範囲で採取物や産物を取っている人もいるみたいだが、魔物に占拠されていた間、道の整備も碌にできなかったから、積雪をどうにかする必要があって森道の本格復旧までまだ少しかかると酒場の客から聞いた。もし、生存者がいるとしても自力で森から脱出するのも難しいかもな……。」

「……合計十一人か……街の人は魔物が出始めてからどのくらいで森に入ったかにもよるが、守護団員は、派遣タイミング的にも状況的にもあの凶悪花に遭遇したと見て間違いねぇだろうな……。それなりに団員は戦闘の心得はある。普通の魔物ぐらいでは行方不明になんてならねぇはずだ……。」

「えぇ、でしょうね。私たちがもう少し早く捜索に出られていたら良かったのですが、時間もそれなりに経っているので、安否が心配です。私の力で治せる容態でどこかに避難してくれていることを願うばかりです。」

「バラッド、炎魔法頼りにしてるね。結構雪深そうだからあんまり無理はしすぎないで。」

「あぁ、問題ない。調整は割と細かくもできるし。だけど、手当たり次第に森の中の雪を全部溶かすのはかなり骨も折れる。あのベラドンナの行動パターンは初手で根を寄越して、次いで本体が迫ってくる感じだった。断定はできないが、漆黒の魔物に思考はないとするなら、同じパターンで初手は根で襲ってる可能性が高い。雪がその後も降ったとは言え、多分、地中を這って突き出てくるから、地面が抉れた跡ややつが雪を掻き分けて通った場所くらいは見つけられるはずだ。だから、魔物の暴れた痕跡を辿りながら行ければと思う。あと、行方不明者を見つけられたあと、森道の開通のため地面整備を少し手伝えればと思う。多分ちまちま雪掻きするよりは魔法で溶かす方が幾分か効率もいいだろう。」

「そうだな、バラッド僕も手伝わせてくれ、雪を吹き飛ばすなりして、それなりに力になれると思う。」


 そうこう話しているうちに森の入り口に到着していた。すっかり朝日が辺りを白く照らしており、先日は鬱蒼としていた森にはキラキラとダイヤモンドダストが舞っていた。陽光を受け、木々の枝の間や針葉樹の葉の間を気まぐれに細かな氷が舞う。ちかちかと光を受けて煌めいてはどこかへ散り去っていく氷の粒。その美しさに皆心を奪われていた。オラトリオの心の中で懐かしい声がする。「ダイヤモンドダスト、テイルバレイでも見られるのねぇ、珍しい。ねぇオラトリオ、ダイヤモンドダストは、天使のささやきとも言うのよ。ロマンチックな名前よねぇ。」優しい母の声だ。あれは、まだ幼い頃、母におぶられながら見たテイルバレイの崖の上に舞っていたダイヤモンドダストを見た時の記憶だ。あの時は今一と意味を理解していなかったが、これがどうか本当の意味で天使の祝福であり、皆を助けられますようにと遠い記憶に祈った。

「オラトリオ、あまり思い詰めるな。救える命には限りがある。たとえ救えなくてもお前のせいじゃないから。」

バラッドがオラトリオにだけ聞こえるような音量で釘を刺す。バラッドはオラトリオの機微な表情の変化に気づきがちだ。今回も途中までは綺麗だなと眺めていた瞳から光が消えて、最悪の結果を考え始めていたことを目敏く気づいたらしい。

「ありがとう。僕またそんな顔してた?よくない癖だと思って、最近はなるべく根を詰めすぎないように気をつけてるんだけど……難しいよね。勇者になるって決意したし、いざとなったら啖呵も切ったり、宣誓したりするけど、まだ自分で本当にいいのかなって思ってるのも事実なんだ。バラッドもそうだけど、ロンドさん、ワルツさん、フーガさんも僕と一緒に来てくれるって言ってくれてるから、ちゃんと責任感持たなきゃ、とか守らなきゃとか考えすぎちゃってるんだろうなって思う。一緒に来てもらうってことは命を預けてもらうってことだから。」

「気持ちもわかるが、一人で背負うなって。そのために皆と一緒に旅に出るんだから。」

「似たようなこと、この前ロンドさんにも言われたよ。善処します……。」

「あぁ、善処しろ。」

バラッドの一言を聞いて、一度、気を取り直すようにオラトリオは深く息を吸って吐き、凛とした声色で皆を促した。

「行きましょう!」


 ダイヤモンドダストの舞う森の中は、やはり数日前とは打って変わって穏やかに明るく。鳥の鳴き声も聞こえている。動物たちも危険なものがいなくなったのを察して戻ってきたのだろう。一旦、先日通った道沿いにバラッドとフーガが先頭に立ち、魔法で雪を溶かし、飛ばしながら魔物の暴れた痕跡を探す。

「この辺りだな、先日僕たちと漆黒ベラドンナが戦闘したのは。」

立ち上がりフーガが地面を見ながら言う。

「ここ、地面が抉れてる。ここから続くこの地面の盛り上がりは根が這ってきた跡だろう。この後を辿っていくと、本体がいた場所にたどり着けると思う。」

一見もぐらが派手に地面を掘り起こしたような土の盛り上がりをバラッドが目で追っていく。その先は森の奥深くへ続いている。

「確かに……あいつが這いずってきたのを思い出しちまった……。」

ロンドもげんなりしながらそちらを見て、何かが思いっきりぶつかったように樹皮がめくれ、幹が一部不自然に凹んだ木が目に入る。自分が思い切り打ち付けられた木だと思い出し余計にげんなりした。五人は各々、数日前の光景や苦戦を思い出し、皆一様に苦虫を噛み潰したような顔をしたが、ワルツが気を取り直し

「この跡を追ってみましょう。」

と声を上げたことで、再び森の奥へ歩き出した。


 歩くこと数十分。魔物は倒したはずなのに嫌な気配が森の奥から感じられ、五人はいつ戦闘に入っても良いように武器に手をかけ奥へ進む。やがて視界に、蔓草が絡みつき大きな岩の重なった崖に行き当たった。そこに自然とできたであろう洞窟があった。先ほどから漂う嫌な気配もそこからしている。蔓草と奥行きの深さのため、入り口から数メートル以上先は闇に沈んでおりで見通しがない。一旦皆立ち止まり、準備を整える。

「俺の炎魔法で中を照らしながら進むのが良いだろう、先頭を歩く。」

「では、次に私が続きます。先の見通しが悪いので、バラッドの前にシールドを展開しながら歩きますね。」

「はぁ……ここまできたら確実にわかっちまう。この前の魔物と同じ気配だ。」

「ですが、なぜでしょう……この前のような殺気は感じません……。」

「そうだな。それが余計に不気味まであるな。遠距離攻撃で対応ができるから殿は僕が務める。ロンド、オラトリオはいつでも戦闘できるように態勢を整えて進んでくれ。」


 バラッドが左掌に炎を灯すと、慎重に洞窟内へ歩み出す。中はかなり冷え込んでおり、湿った岩や土の壁が続いている。足元には根の這った後も続いており、奥に行くほどに明らかに瘴気が増してくる。数分歩いたところでオラトリオが叫んだ。

「バラッド!止まって!!いる!!漆黒の魔物だ!……洞窟奥にいたから浄化しきれてなかったんだ……!」

ワルツがシールドを更に強固に張り、全員が警戒を最大限に高める。目を凝らした先には自分たちと同じ丈か少し小さいくらいのベラドンナの魔物が蠢いていた。

「やっぱり、あの花かよ……下手に近接戦闘をやると毒をもらうか……。」

「燃やすのも危険だな、ここで毒が舞うと全滅しかねない。」

「僕がやる。多分今回はそれが一番いいと思う。勇者の力なら毒を撒かれる前に消し去れる。だから、バラッドはそのまま前方を照らしてて。ロンドさんはすみませんが一旦待機してください。ワルツさん、僕が斬り込みますので、防ぎきれない背後や横の敵へのシールドをお願いします。フーガさんは風を刃にして僕が討ち漏らした奴らをお願いしてもいいですか?多分このサイズ感なら一撃で消し去れると思うのですが、僕の腕からして百パーセントの保証ができません。でも、多分一発で核を潰さないと毒を撒かれると思われます、だから毒が出る前に核を両断してください、瞬発力も必要ですし結構無茶な依頼で恐縮ですが、お願いします。」

「分かった。僕もオラトリオの案が一番だと思う。瞬発力には自信があるから問題ない。」

「私もロンドといつもそういう戦法をとっていますのでいつでもいけます。オラトリオ、よろしくお願いします。」

「はい、お二人ともありがとうございます。では……」

とオラトリオが纏う空気が変わる。流れるような仕草で剣を鞘から抜き去り、正眼に構える。その姿は他のものから見ても見事に勇者然としていた。

「行きます!!」

そう言い放つと同時に、足が勢いよく地を蹴って前へ飛ぶように踊り出る。まず花の茎部分くらいの低い体制で突っ込んでいき、左上に剣を半月状に薙ぐ。その刃には暗い洞窟に場違いなほどの光が寄り添う。一振りで左に蠢いていた二体の核を両断し、そのままの流れで正面にいた花の核を一突きにする。右から襲い来た魔物をワルツが守護魔法で防ぎ、それに怯んだ隙を見て、オラトリオは正面の花に刺したままの剣から手を離し、即座に逆手に持ち替え、体を右に向ける勢いで三体の花を切り裂く。斬撃の入りが浅かった三体目だけ、フーガが追い打ちで風を刃にして切り裂く。オラトリオは体制を少し上げると、怯んだ後ろの花五体をぐるりと円を書くように一挙に両断した。剣閃が美しい丸を描くと、薄暗い洞窟の中にも関わらず中天の太陽を見ているような心地になった。今回は一体も討ち漏らしていない。回転の慣性が残り、少し攻撃の隙のできたオラトリオに三体の花が三方から襲いかかるが、いずれもジャストガードのタイミングでワルツが防ぎきる。怯んだ三体の花に目にも止まらぬ速さでオラトリオが突きを繰り出し、光が三回火花のように咲くと魔物はもう一体もいなくなっていた。

オラトリオは一つ大きな息を吐いて、前を見る。そこには紫がかった人の顔くらいの大きさの黒い実が四つほど落ちており、その気配から花の魔物が産まれるのだと察することができた。剣を二回、三回と振り上げ、振り下ろす。その実は両断すると全て綺麗に消え去っていた。念のため瘴気の浄化をと、オラトリオがフラーに手を添え、高く天に向かって刃を翳すと洞窟の中にも関わらず、刃は暁光を並々と迸らせる。その剣先を地面に突き立てると、洞窟内の空気が一新されたように風が通り抜ける。そこまでやり終えるとオラトリオはくるりと後ろを振り向き、

「ありがとうございます。終わりました。」

と表情を緩めた。皆オラトリオを激励しようと駆け寄ったが、第三者の声に遮られる。

「あんた!今のは勇者の!?……というかオラトリオくんか?……!それにロンドさんにワルツさん!バラッドくんも!助けに来てくれたのか?」

「お前、第四班の……!アスター…か!?無事だったのか!!」

洞窟の奥から、少しやつれた顔をした青年が目を丸くしながら顔を覗かせ、矢継ぎ早に話出す。

「はい!街の皆さんもいますよ!あの花にやられて怪我した者や毒をもらった者もいましたが、班の回復術師キルシェが回復してくれました。皆、あの巨大な漆黒の魔物花に出くわしたんですが、幸いにも追い込まれたのがここだったんです……多分やつの根城だったんでしょうね……。でも、あいつは大きいから中に入って来られないようだったので、この奥に隠れて、あの花が離れた隙にと外に出る機会を伺ってたんです。ですが、その後、あの花が子育て用にここを使い始めてしまって、さっきの魔物がうじゃうじゃいて身動きが取れなくなっていたんです。今思えば僕ら子花の栄養に蓄えられてたんですかね……防御術師ハーゼルがずっと守ってくれていたのでどうにかなったのですが、皆さんが来てくださらなかったらどうなっていたか……。」

「皆さんご無事で何よりですが、皆さんよく体が持ちましたね?行方不明になられてからそれなりに期間もあったと思いますが……。」

ワルツの疑問に後ろから治癒術師らしき女性が出てきて言葉を続ける。

「それも幸運なことに、逃げ込んだ皆さんが、場所がら商人をされている方ばかりで、食材の積荷を奪われまいと持てるかぎり持って逃げ込んでくださっていたんすよ。この寒さだったので、食材もそれなりに長持ちまして、この通り。商売人根性に命を救われました。」

洞窟の少し奥から、残りの守護団員二人とその後ろに、老若男女様々な七名の男女が顔を覗かせた、皆口々に助かったとか、ありがとうございます。と声をあげ喜んでいる様子だった。

そんな中、洞窟の中の人数を確認し、皆の無事を知って一番喜んでいたのはオラトリオだった。

「皆さん、お待たせしました!無事でいてくださりありがとうございます!帰りましょう!ソラリアの街へ!」

これをもって、ソラリアの森の行方不明者は無事全員救出となった。


 洞窟を出るともうダイヤモンドダストは舞っていなかった。しかし、オラトリオの心は晴れ晴れとしていた。

オラトリオとワルツとロンドは救出した者を支えつつ街へ、バラッドとフーガはもう一仕事と森道の整備をし、最終的に全員が夕方には街へ帰り着いた。

 その夜、街の者も守護団の団員も大事ないと医師から容態を聞いて、五人は夜のラウンジで喜びの乾杯にグラスを傾けた。

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